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 人はいつから大人になるのだろう。いつから、大人と呼べばいいのだろう。どこで人は女になるのだろう。どこで人は男になるのだろう。生まれた時から決まっているのか、法律の定め通りにすれば大人になるのだろうか。テレビで成人式に暴れる若者を流していたが、あの人たちは大人の一員になったが、有識者は子供が抜けきっていないと呆れていた。けれど、子どもはあんなバカげたことはしない。ああいう馬鹿なことをするのは、ニュースを見る限りほとんど大人と呼ばれる人たちだ。大人、僕が知っている大人は、皆顔がない。顔が無くなれば、それが大人なのだろう。いつから顔が見えなくなるのか、まだその過程を見たことはないが、少なくとも僕の姉の顔はもう消えてしまっている。姉、そうだ、姉は僕と違って女だ。僕はもう、女を吐き気がするほど嫌いではないし、男だと昔ほど強く思うこともなくなった。けれど、女と押し付けられるには、僕にはまだ何かが足らず、何かが違う。かといって男かといえば、大輝と僕は何かが違って、何かが足りない。身体的なことも、何かが足りていない。中途半端なままで、僕はここに生かされて、時折息が苦しくなって、夜眠れなくなる。何も考えまいとするたびに、闇の中で、イメージの代わりに己の声が響き渡って、思考を止めることができない。それでも何時しか眠っているのだから、人間の体は実はとても上出来なものだろう。

 日常というのは、常に変化するものだが、それは恐ろしく穏やかなとき、激流のごとく流されるときがある。けれど、ただの平凡な中学生である僕の日常が怒涛になるはずがなく、大した変化のない時間が過ぎ去るばかりだ。

 教室の窓から廊下を眺めていると、羽野と佐藤が並んで歩いているのが目に付いた。今までどうして気付かなかったのだろうか、事実を知っているだけで、隠していることなどわからぬほど二人は密接している。ふと、二人と目が合い、どう反応すればいいのか一瞬戸惑ってから、からかう様にニヤニヤ笑い、二人の顔が赤くなるのを確かめてから窓を閉めた。

 その日は体育も苦手な英語の授業もなかったというのに、両肩が異様に疲れていた。今日も早く家に帰ろうと思っていたが、教室から出ると大輝と目が合い、逸らして逃げるのも変なので、走って追いついた。

 「今日も帰るのか、」

 「いや、どっちでも良いんだけど」

 言葉を濁すと、大輝は柔剣道場に視線を向けて、僕にまた眼を戻した。

 「先生が昨日気にかけてたからさ。太鼓やるやつがいないし、色々面倒なんだよ」

 そうはいうが、僕は土曜、日曜日の練習などに一切顔をだしていないのだから、変わらない筈だ。それでも、誰かに気にかけてもらえることが嬉しかった。雑用を押し付けられている形でも、そこにはまだ居場所がある。

 「なら、行く。匂いは嫌いだけど、竹刀の音は好きだから」

 本当は、匂いもほとんど気になっていない。ただ、照れくさい気持だった。

 その日は太鼓係と、竹刀の手入れ方法を先生と先輩に教わった。とげが出来たら、すぐに捨てると思っていたが、使えるときは削るのだそうだ。また、たまに割れるときもあったが、そういう時は竹刀をばらして、他の竹と組み合わせもう一度新しく組み合わせて竹刀を作っていた。公式の試合には使わず、練習用にするのだと言う。組み立ての中で、弦が一番面倒だったが、職人の気分に浸れるので、太鼓を叩くよりも面白かった。練習終わり、大輝とそれからまたついてきた河合と帰っているときに、大輝にそのことを伝えると「そんなんのどこが面白いんだ」と呆れられた。

 帰り道で、土曜は大輝の練習があるから、日曜日に映画に行くことを決め、何時にするかを話していると、何故か河合が話に入ってきた。不快なのは僕だけで、大輝は何を見に行くかも彼に話していたようだった。

 「三人で見に行くんだね」

 僕に顔を向けてきたので、顔をなんとか繕い「違う、ちょっと佐藤は用があって」と言葉を濁した。

 「ふーん、なら、俺も行こうか」

 何がどうしてそうなるのか。冗談じゃないと喉まで言葉が出かかったが、唾を飲み込み誤魔化した。映画なんて何人でも見ても変わらないのだから、ここで拒絶するのは可笑しなことだ。お前が嫌いだと面と向かって言うことになりそうで、僕は大輝の方に視線を向けた。だが、大輝はもともと気にしない質なので、「ああ、いいんじゃないか」と受け入れてしまった。

 河合と別れ、大輝と二人きりになると僕は大きなため息を漏らした。それに気づいた大輝が、僅かに咎めるように苦笑した。

 「お前さ、そんなにあいつを嫌うなよ」

 「別に、嫌ってなんかいない。えっと、苦手、そう。苦手なだけだ」

 河合がいるのは嫌だったが、何も彼と二人きりというわけではない。彼を無視して、大輝とだけ話をしていれば良いだけのことだ。そう考えると、気が紛れた。

 思えばもっと、はっきりと断っていればよかった。河合が好きでないのなら、嫌われても別に気にする必要など無かったのではないか。いつも、これで本当に良いのかと、周囲から何度も確認するように言われてきた所為か、もう決まってしまったことを後になってあれこれ悩み、取り返しがつかないのに最善案を模索してしまう。年を重ねるたびに、僕は病的なほど臆病になってしまう。

 ウジウジと家の中で悩んでいると、外に出なさいと家族が怒る。けれど、平日の間はずっと学校に行っているのだから、休日くらい自分の好きに使っていいのではないかとも思う。遊びに行く友達がほとんどいないのだし、一人で外に出ても何も楽しいとは思えない。よく遊んだ公園も広場も、今はマンションが建ち、土地の所有者が廃材置き場に変えてしまって、廃棄されたあの工場群も撤去されてスーパーの駐車場に変わっている。外で遊べと言うが、アスファルトの中を一人で、何をして遊べばいいのだろう。嫌味を一日中耳に張りつけられながら、ひたすら無視を決め込み、部屋でゲームをしてその日は過ごした。


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