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 角を曲り家の傍に来て、正面から大輝が部活から帰ってくるのが見えた。無視して家に帰っても良かったが、帰る大輝と眼が合った気がして、僕は動かないで近づいてくる大輝を眺めた。

 「お帰り、」

 「・・・ああ」

 今帰りかと聞くのは野暮で、彼の体からはいつもと同じ剣道の防具の匂いがした。臭いとからかうか少しの間考えていると、大輝は突然、思い出したという顔をして僕に一歩近づいた。

 「お前さ、佐藤に映画の話してなかったろう」

 「・・・ああ、そう言えば、すっかり忘れていた」

 呆れたと大輝が息を漏らす音が聞こえ、申し訳ないと小さく頭を下げて苦笑を見せた。

 「大輝から伝えてくれたのか、」

 「何の映画を見るかって聞いたら、あいつお前から話聞いてないって言うからよ」

「それで、」

 ふと、大輝の顔が戸惑ったように、眉を顰めて視線が揺れた。彼が僕に対しそのような表情を向けることは珍しいので、一体全体どうしたのかと首を傾げて言葉の続きを待った。

 「・・・あー、佐藤は、今週用があるから無理だとさ」

 そんなことなら、大輝が戸惑う必要はない。なら、用事というのが大輝から言いにくいことなのだろうと分かり、普段なら尋ねないが気になったのであえて聞いた。

 「何の用事、」

 大輝は細かく聞かれると思ってなかったのだろう、あさっての方を向いて首を掻いた。いつもならここで諦めるが、大輝のことではなく、事珍しい佐藤のことなので、視線を逸らさずにじっと彼の顔を眺めた。

 「あれだ。あー、初、デートだそうだ」

 およそ彼の口から出ないだろうと思っていた単語に、僕は驚くよりもまず笑った。そして、その言葉の意味が脳に行き渡って、ようやくわけのわからない反射的な笑いが止まった。

 「デートって、佐藤が、」

 「佐藤が」

 「女の子と、」

 「男じゃねぇだろう、普通」

 佐藤が僕と大輝よりも女の子を選ぶのが、不思議に思った。その女の子と先に約束でもしていたのだろうか、ならば仕方がないとは思うが、「遊び」ではなく「デート」という言葉を付け加えたことが気になった。質問を口にすることが出来ず、戸惑った顔のままの大輝をじっと見つめた。見つめながら、内心では本当のところをはぐらかしてもらいたかったいと思いつつ、しかし、大輝は正直に事実を話した。

 「あんまり言い広めるなよ。・・・羽野と、付き合うことになったんだとよ」

 「付き合う、って、」

 知らないわけではない、それがどういうことか知っている。ただ、彼はまだ中学生で、そんなことが起こりうるものなのかと疑問に思ってしまっただけだ。きっと、おままごとの延長線上のものでしかないだろうが、それでも、同じ年の者が好き合い、付き合っているという事実が、変に居心地を悪くさせた。ほかの同級生なら、よく知りもしないので、こんな風に思っていなかったのに、どうして、頭がぐちゃぐちゃだ。

 「・・・そうか。なら、仕方ない、のかな」

 「俺らより、女なんかを優先しやがってさ。あいつはほっといて、二人で行くか」

 「そうだね」

 もし、僕が佐藤に尋ねに行った時、女と行くから良いと言われたとしたら、きっと驚いて逃げてしまっただろう。大輝に任せてよかったと思うと同時に、親友だと思っていたのは僕だけで、佐藤は何も僕に相談してくれなかったという事実が、両肩に重しをつけるようで、苦しかった。大輝はそのようなことなど、きっと、分からないに違いないし、もしかしたら、大輝も誰か恋人がいるのかもしれない。今はいないとしても、大輝のことを好きな女子がいるかもしれないし、大輝にも好きな人がいるかもしれない。羽野が僕に何度も好きな人を聞いてきたのは、佐藤が好きだったからなのだろう。女子は時折、恋愛以外でも醜いまでの独占欲を示して、僕はそのたびにうんざりする思いをしていた。このことは男子にも言えることだが、僕は中学に入ると男子と女子の二グループのうち、女子のグループに分類されてしまっているので、どうしても女子のほうが目に付いてしまう。

 僕が佐藤と親しくしていると、羽野の友人集団が冷たい眼を向けた時があったのは、こういうことなのだ。知らないうちに恨みを買っているということは、芯が冷える。

 ふと、頭の上に手が伸び、汗ばんだ臭い指が僕の髪をくしゃくしゃと撫でた。臭いから止めろと茶化すべきか、素直に受け止めるべきかわからず、僕はその指をじっと眺め、黙っていた。

 「ほっとけって。佐藤には悪いが、どうせ長続きしないだろう」

 中学生の恋愛などその程度だと、姉を見て分かっている筈だった。けれど、佐藤はこれから先、僕らよりも恋人を優先するようになることは紛れもない事実で、彼は僕よりも他の男子と遊ぶことを選ぶだろうことも容易に予想できた。ただでさえ数少ない友人が、知らないうちに離れて行く。友情というものは、こんな風に掠れて消えてしまうのだ。

 「・・・大輝も、付き合ってる人がいるか、」

 豆が固まり、厳つくなった指が、さらに強く僕の頭を撫でて、離れた。頭にあった熱が消えると、風が吹いたわけでもないのに、急に冷たくなってしまう。

 「変なこと言うな、いるわけねえだろ」

 「それなら・・・」

 言いかけて、僕は首を振った。これ以上聞いてしまったら、取り返しがつかなくなる気がした。気まずくなってポケットに手を突っ込むと、ガムの紙に触れた。そういえば、いつの間にか口の中にあったガムがなくなってしまっている。知らないうちに飲み込んだか、どこかに吐き出してしまったのかはわからないが、そんなことどうでも良かった。

 「大輝、一個あげる」

 ガムを渡し、彼が口の中に放り込んだところで僕はニヤリと笑みを作った。

 「それ、美味しくないけどね」

 「・・・お前、食ってから言うなよ」

 呆れ顔を向けられ、僕の日常は変わらないままだと安心した。髪をいじり、鼻を摘まんで「臭いが移ったから、さっさと風呂はいろー」と呟きながら玄関に入り、少し怒った顔をした大輝にまた明日と手を振った。


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