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 母の小言と過ごした土曜は過ぎ去り、また朝が来た。大輝と出かけるための準備なら、嬉々として出来る。部屋のクロ―ゼットにつるされているのは、姉のお古であるスカートやワンピースだった。もちろん、それを着たくないので一つしかないズボンにパーカー、いつものリュックを背負ったまま、リビングで大輝が来るのを待っていた。母は「またそんなだらしない格好を」と何度も文句を言ってきた。反論しなかったのは、事実、もうズボンは変色し、パーカーは自分の体よりサイズが一つ大きく不格好だと分かっていたからだ。だからと言って、佐藤なら兎も角大輝と遊ぶのに、スカートなぞ絶対に穿きたくなかった。

 チャイムが鳴り、僕はやっと愚痴から逃れられると晴れやかな気持ちで外に出た。大輝はいつもと変わらない、僕と大差ない恰好をしていたので安心した。

 「よぉ、」

 大輝が自転車から降りずに待っていたので、僕は玄関の傍に留めた自転車に乗って先に進み始めた大輝の後を追った。自転車に乗っていると、出不精な僕でも、不思議とこのままどこか遠くへ行ってしまいたい気持ちになる。目的地もなく、行けるところまで走らせられれば、きっと楽しいだろうという。

 「大輝、サイクリングに変えようか」

 いつもなら、この突拍子のない提案でも、何だかんだと言いながら賛成してくれる。だが、今度ばかりは事情が違った。

 「お前も好きだよな。けど、今日はマサが待ってるから駄目だ。また今度な」

 すっかり忘れていた存在に、ふっと胸が暗くなった。もしかしたら、僕は心の内で河合を排除したかったのかもしれない。

 「そうだね・・・」

 大輝が気にかけるように視線を向けてきたが、それにヘラヘラの笑みを返し、彼を追い抜いた。競争しようと思った訳でもないが、僕が先を行くと大輝が後に続き、そしてまた僕が追い抜かすことをつい繰り返した。意味があるわけでもなく、それはじゃれあいの延長線上でしかない。大輝といれば、自然と遊びに変わってしまう。特別に何かをしなくても楽しいのだが、きっと大輝はそれではつまらないのだろう。成長するたびに、この意味のない遊びに気づくことなく、目的をもった状態でしか相互に遊びであると確認出来なくなっていくものだ。

 駐輪場に自転車を留めてから駅に向かうと、すでに河合の姿があった。この片田舎にしては、雑誌に載っていそうな流行の格好で、似合ってはいるがどこか浮いる。それは僕らファッションに頓着しない二人と並ぶと、より顕著で、ピエロを見ているようで面白かった。

 「俺ら遅刻してたか、」

 大輝の言葉に自然と時計を見上げたが、約束の時間など聞いていなかったので、見ても僕には分からなかった。河合は自分が早かったのだと肩を竦め、僕らに切符を早く買う様に促した。言われれば、もうすぐ電車が来る時刻で、少し慌てて切符を買い、先にホームに入った河合の後に続いた。

 電車を待っている間、大輝と河合が部活の話題で盛り上がっていたが、僕には会話に参加する時期が分からず、また、彼となるべく関わりを持ちたくなかったので黙っていた。

 ようやく来た電車に乗ると、人が多く座る場所が無いので三人並んで立った。吊革の位置が高かったので、僕は指先だけで持つことしか出来ず、電車が揺れるたびに身体も大きく傾いてしまっていた。

 周囲を見回すと、座席は詰めれば僕ら三人が座ることも出来そうに見えたが、大人の男の人が足を大きく広げて座っているので、つめて座ることが出来そうもなかった。傍の女性のように足を閉じて座ればいいものを、どうしてあんなに場所を取ろうとするのかよくわからない。

 次の駅で一人出ていったので、前の席が空いた。すると、今の今まで大輝と話をしていた河合が突然僕を見て、「座ったら、」と言ってきた。別に疲れているわけでもない、自分一人だけ座ると言うのは勝負に負けるような気分がしたので、首を横に振った。

 「チビが何言ってんだよ」

 馬鹿にした声を出したのは、当然大輝だ。僕はむっとし、彼に視線を向けるとナップサックを押し付けられた。すぐに押し戻そうと腕を伸ばしたが、大輝に頭を掴まれて動きを止められた。

 「掴めないおチビさんは、荷物持って座ってろ」

 つり革を掴めなくはないと反論しようとしたが、頭を押さえる腕は予想以上に強く、それよりも他の乗客に迷惑がかかると思い荷物を持って座席についた。大輝はニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべ、「ほれ、マサもそれ渡しとけ」と河合の荷物を取り上げてナップサックの上に置いた。河合との距離がまだわからないので、どう対処すればいいのかわからず、取りあえず憮然の表情を浮かべ沈黙した。荷物は膝の上に乗せているので重さは無い。僕の気に障ったのは、チビという単語だった。両親の遺伝というのもあるかもしれないが、それにしても僕の背は高く無かった。姉は長身の類で、僕の齢のころには、今の大輝よりも背が高かったように思う。いや、男子の二次性徴は女子より遅いのだから、男である僕が姉と同じ年に背が伸びる筈がない。そう自分を慰めると、チビと言われたことに対する怒りも静まり、大輝たちと自然と会話を交わすことも出来るようになった。人の感情は、心持ち次第でいくらでも変えようがある。


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