9.もやもや、胸の奥
清和くんとのスタジオセッション、二回目。
基礎練をメトロノーム裏拍で一緒に弾けるようになった。
テンポ上げたらまだ慣れないけど。
「今日は、ピアニストさんとセッションしてまーす。
顔出しNGだからおれだけ映るね。
今日は曲もお送りするよ〜」
ライブ配信しながらの練習と、音合わせ。
事前に、これをやってみようと曲を決めて、さわりだけライブで披露する。
清和くんが弾くと、ドラムもギターもピアノに含まれてるような雰囲気があるんだよな……
二人なのに音楽が成立する凄さよ。
配信は短時間に収め、あとはひたすら練習と音合わせ。
清和くんは安定のスパルタ。
自分自身にもスパルタ練習を課してるとか、すごいよなぁ。
今晩も外食して帰って、投稿の反応を見る。
なんと、初めてのDMが。
[ピアノがすごく素敵でした!
お仕事のお声がけなのですが、ピアノの方にコンタクト取ることは可能でしょうか?アカウントありましたら教えていただきたいです!]
胸が、ざわついた。
(当人じゃない人へのDMって、どうなんだよ)
清和くんがやってないプラットフォームで、清和くんに声をかけたいならここのDMを使うしかないんだけど。
アカウントがないか聞いてくるのは、まあ、マナー違反じゃない範囲。
でも、おれを通り越して清和くんの演奏がやっぱり魅力的なんだ、という何とも言えない感情がまず出てくる。
おれに一言も触れずに、ピアノがよかったって……
清和くんが評価されていい気分がしない自分にも、なんかもやもやした。
一応相手のアカウントを見てみると、インディーズバンドのようなプロフィールとライブの写真や動画が載っていた。
演奏レベルは、結構よさそう。
キーボードがほしい、ってところか。
(清和くん、バンドに入る気はないって言ってたし)
[すみませんが、ピアニストの方はSNSされてないみたいです。あと、本業がある方なので、そういったお話は難しいみたいです。お役に立てずにすみません]
丁寧にお断りをしておいた。
そしたら、
[ヘルプだけでも、頼めないですか?もし一回でもお時間いただけるようだったら、このアドレスに連絡いただきたいです!よろしくお願いします!!]
熱烈なメッセがさらに来た……
どんだけやりたいんだよ。
いや、わかるよ、あのエロいピアノに虜になるのは。
なんとかしてコンタクトを取りたそうなこの感じ。
でも。
おれから、清和くんに、言いたくない。
清和くんが直接こういう話を受けてるなら、それは何とも思わない。
でも、おれを通すのはなんか違う、と自分の感情が邪魔をする。
考えた結果。
[やっぱり厳しいみたいです。すみません]
♪
(あれで、本当によかったのかな)
なんとなく、もやもやな気分が続いてる。
もしかしたら、清和くんにとって転機になった話だったかもしれない、そう思うと。
おれが清和くんのチャンスを潰すことになんてなってたら。
いや、でも。
清和くんのタイプの音楽じゃなさそうだったし……
バンドに染まるの好きじゃないって言ってたし……
(うぅぅぅん)
なんで、ぐるぐるしてんだおれ。
一体誰のためになんで悩んでるんだ?
なんとなく清和くんに対して後ろめたい気もして。
はっきり顔を見ることができない。
……いつも通り、パソコンに向かってるから多分おれのことは気にしてないだろうけど。
「源吾」
「っ!?」
不意に話しかけられて、変にびっくりしてしまった。
「この日夜空いてない?」
「え?どしたん」
「知り合いのライブ行くんだけど、おまえも来てみる?
ジャズの現場ってもん、見とくか?」
「あ……うん。行ける、観たい。てかプロと知り合いなんだ」
「学生の頃、ジャムセッションに出入りしてたときの友達でさ。音大行ってたやつでプロになったんだよ。当時からひときわセンスよくて、やっぱプロになるやつは違う」
清和くんがセンスいいっていう人か……
どのくらいすごい人なんだろ。音大だし相当だろうな。
「俺は仕事帰りで直に行くわ。駅で待ち合わせしよ」
・
・
・
そして当日、駅で待ち合わせ。
なんだこのデート的なシチュは……
いや、おれが変に意識してるだけ。
でも、駅近くのちょっとシャレオツな喫茶店で夕飯食べたりしてて。
席の向かい側に、モブな清和くんがいるのに、かっこいい。
てかスーツのリーマンとちょいチャラ見た目のバンドマンの組み合わせってどうなん。オシャレに気合入れすぎた。
「おれ、派手すぎん?」
「別に?いいんじゃね」
「なんかジャズの感じじゃないような……」
「いいよ。おまえはそれで」
ライブ会場のジャズバーに向かって、まだ日が落ちない夕暮れの中を歩く。
「清和くん、前髪あげたらかっこいいのに」
「会社で目立ちたくないからおろしてんの」
「もう会社じゃないじゃん」
「まあ、そうだけど」
「ワックスつけたげようか」
「なんでそんなもん持ってんだよ。
……着いたらな」
うわ。
これは、なんか、デレか???
(やっべー。
てか髪触らしてくれる感じ?いいのこれ?)
歩きながらネクタイを緩めてる清和くん。
エロすぎる……
「梅雨はやく明けねーかな。クソ蒸し暑い」
♪
初めてのジャズのライブは、想像以上にアツかった。
清和くんの友達という人はサックスの人だった。
楽譜なんてないんだというのは分かってたけど、もうどんな頭の作りしてんのってくらい、バンバン難しいフレーズが出てくる。
おれのジャンルとは求められるものが違うんだな、って実感する。
ピアノの人も、当然すごい。
清和くんがやってるようなことをやってるんだけど、なんだろう。
やっぱり本業らしい凄さがあるっていうか。
すごく芸が細かい。
清和くんとガチジャズを演奏したことがないから、清和くんが本気でジャズの人と演ったらどんな音を繰り出してくるのかは分からないけど。
清和くん、このくらい弾けるんと違う?
いや、プロに対して失礼な感想かな。
そしてウッドベースによるジャズの演奏を初めて聴くんだけど。
初めて、こうやって弾くんだとはっきり分かった。
ベースの動き方が、再現しろと言われると難しいけど、よく分かる。
(おれのなんちゃってジャズとは何か違うんだよな……音使い以外にも)
ウッドベースという楽器構造そのものの違いによるのも、あるかもしれない。
ウッドベースも、いいなあ。
ただフレットレスだからポジション覚えるの大変そう。
真似するとか考えなくてもいいかもしれないけど、新たな音に触れるのは新鮮で、モチベにもなる。
いわゆるジャズだけじゃなくて、ビートの効いた、清和くんも作りそうなフュージョン系の曲もやってくれて、曲は知らなくても楽しむことができた。
♪
「フジセイ久しぶり〜!今日はありがとうな!
おまえ髪型変えた?イケてるじゃん」
演奏終了後、清和くんのところにアルトサックスの友達が来た。
(フジセイ……あだ名おもろ)
清和くんと同級くらいだから30過ぎか。
オシャレで若く見える。
いや、清和くんが落ち着きすぎな気も……
二人が会話に花を咲かせているのを、おれは静かに飲みながら待っていた。
「ハシコー、紹介するわ。こいつ俺が育て中のベーシスト、大滝源吾。
普段インディーズでやってんだけど、フュージョンはぼちぼち使い物になると思う。ちなみに5弦の使い手」
ええ!?いきなり紹介されたし。
(ちなみにサックスの人は 橋立 光揮でハシコーだった)
「まじ。5弦ってすげー、しかもインディーズ界隈で?
よろしく、大滝君。藤崎君の音楽仲間の橋立です」
「大滝源吾っす、よろしくお願いしっす」
「ロックの子ってやっぱシャレオツ〜。いくつ?25?いやー若いね!フジセイの曲に参加してんの?ジャズ初めて?すごいねぇ」
さすが今日の主役のプレイヤー、華があって気圧される。
堂々と友達やってる清和くん、すげえな。
「こいつのSNS見てやってよ。演奏こんな感じでやってて。
おまえがこれっていうレベルになったら、よかったらDTMでもレコーディングでも使ってやって。ジャズはまだ人前に出せないけど、フュージョンなら行けるから、それ系のトラとかあれば候補にしてやってくれたら」
「ほーほー。いいじゃん。D−スクエアとかもできる?」
「あ、有名なのは知ってます、練習すれば多分」
清和くん、これは、もしかして、売り込んでくれてます……?
本当におれの投稿を見て、動画チェックしてる。
いつか、このすごいプレイヤーと仕事をしちゃうかもってこと?
ちょっと待て。理解が追いつかない。
いや、いやいや。
でもおれだってプロになろうとしてんだし。
けど聞いた感じロックのヘルプとは全然勝手が違いそう、おれ今日みたいなの再現きついよ!?
「帰ってゆっくり聞かせてもらうよ。
フジセイ、一曲くらい弾いて帰れよ。久々に」
橋立さんが席を立って、再びステージのサックスを装着する。
「じゃあこれから、ちょっとだけジャムセッションの時間にしようと思いまーす。
最初にピアノ弾いてくれるのは、僕の学生時代のセッション仲間なんですけど。久しぶりに合わせるな〜何やる?」
お客さんも交えて、スタンダードなジャズの曲をその場でセッションする時間が始まった。
ベースとドラムはさっき弾いてたプロの人がやってる。
プロに交じる、清和くんのプレイ。
いや普通に馴染んでるやん!?
おれにはプロとの違いが分かんないよ。
清和くんの次に、ジャズ経験者というアマチュアの人が参加。あとは橋立さんの生徒さんというサックスの人も参加していた。
これならおれも合わせられそう、という印象。
つまりおれが清和くんに並び立つのはまだまだ……
「おまえも楽器持ってくればよかったな」
「はい?無理!むりむり場違いすぎる」
「いけるよ。こういうのは場数だって」
「無茶振り〜」
セッション後も清和くんと橋立さんとの話は弾み、店を出たのは終電ギリギリの時間だった。
♪
楽しかった。
楽しかったけど。
さっきから、引っかかって仕方がない。
清和くんは、おれにチャンスが増えるように、人に紹介してくれたのに。
おれは何をした?
清和くんには必要ないだろうと勝手に判断して、紹介を断った。
なんであんなことしたんだろう。
断るにしても、清和くんに一言聞けばよかっただけなのに。
(清和くんだけ、成功するのが嫌だから?)
そうなのかな。
おれよりずっとすごいと思ってるのに、そんなこと。
(おれが見られてないって、思ったから?)
それなら、おれの器小さすぎだろ。
おれなんて最初から大したことないのに。
駅からマンションまでの帰り道、そんなことを考え始めてだんだん胸の奥が苦しくなってくる。
「……清和くん、ごめん、先帰ってて。ちょっと飲みすぎたかも。そこの公園で休んで帰る」
「おい、大丈夫かよ」
「いい、清和くん明日も仕事でしょ。早く帰りなよ」
「……わかった。何かあったら呼べよ」
おれは一人、ベンチに腰を下ろした。




