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ハイテンション・ノート 〜詰みベーシスト、音楽ガチ勢リーマンに拾われる。〜  作者: 橘 いゆ璃


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8/12

8.前髪、上げたら

今日はまた清和くんの曲のベースレコーディング。

前回の曲は二時間かかったけど、今日は一時間で済んだ。

清和くんの欲しい音が前回より分かって、ダメ出しが減ったのは明らか。

褒めてもらえる回数が増えた!


でも、待てよ。

清和くん、もっと曲数作ってるはずなのに、前回のレコーディングからもうひと月くらい経ってる。


「スラップ入れるとかさ、おまえのベースが映えそうなやつだけ録ってるからな」


ということだった。

ジャズ系やボサノバのときは、清和くんが自分で打ち込んでる。

おれはまだジャズのベースの音使いとか、ノリの点でジャズじゃないので、使ってもらえない。


(役に立ちたいのにな。できるようになりたい)


それから、そもそもベースを使わないクラシックな曲まで作ってた。


「クラシックもできんの……?しかもオーケストラ編成って」

「オケの指揮者用スコアを見て研究したんだよ。学生の頃はなんだかんだそんなことする余裕もあった」


すげえ。やっぱり努力の幅と内容が半端ない。


「オケのフル編成はさすがに作るの厳しいけどな。

室内楽っぽいのなら、売り物になるくらいには。

あと映画音楽系も憧れるし。今どきゲーム音楽もオケものが多い」


楽器も複数できるのに、ジャンルまでマルチプレイヤーやんけ。


おれはメトロノーム裏拍打ちに慣れようと今必死なのに、全然追いつける気がしない……


でも、すぐ追いつけるような人じゃないのは分かってる。

フリーターの特権を活かして、清和くんの2倍、せめて1.5倍は練習しなきゃ、追いつけるどころか距離だって縮まらない。


(ほんとに、すげえなぁ。

かっこいい)


敢えて音楽を本業にしなかったその生き方も、理由を聞いて理解できた。

何でも作ると言いながら、やっぱり好きなタイプの曲を作ってる。

話すうちに、清和くんは好きな音楽にはこだわりがあって、音楽なら何でもいいというわけではない一面も垣間見えた。

だから選んだ、自分で作る、かつ、副業にするというスタイル。


おれは曲の好き嫌いって多分基本ないから、どんなバンドのヘルプでも入れるけど……

清和くんがプレイヤーとしてほぼ出ないのは、好きな音楽に徹するためでもあるんだと思う。



(この間のセッション動画、結構回ったな)


今日のレコーディング自撮りをアップした後、前回のスタジオセッション時の投稿を見返す。


再生回数が今までのより伸びて、コメントが増えた。


ただ、画面に映らない清和くんに向けたものも。


「ピアノの音やばくねかっこいい」

「ピアノ実力者だな」


清和くんの凄さに改めて感動するのと同時に、

やっぱり清和くんの方が人を惹きつける音なのか、という少し複雑な胸中になる。


そりゃあ、あんなエロい音だもんな。

聴いたら虜になっちゃう人だって普通にいそうだ。


清和くんこそ、SNS活用すれば収益化して会社勤めしなくていいんじゃないか、と思うんだけど。

でも安定しないからって言ってた。


「老後資金ってもんがいるんだぞ。ちゃんと資産作っとかないと」


大真面目にそんなことを言ってた。

おれは、まだ現実感がなさすぎて……


そういえば、老後に面倒見てくれる人とか、おれは期待できないのか。

きょうだいはいるけど疎遠だし。

この先、子どもを持つことはないし。

(そもそも子どもに老後を見てもらうとか思いたくないけど)


――清和くんとは、今までパートナー関係の話、いわゆる恋バナをしたことがない。


友達としゃべると大体彼女がほしいとかそういう話が出るもんだけど、清和くんがその話をしてこないのは何か理由でもあるのか少し気になる。


恋愛が苦手とかで話題を避けているのか、

おれの嗜好を知ってて触れないようにしてるのか、

そもそも恋愛に興味がない人なのか。


ちなみにおれから聞く勇気はない……

ノンケだろうと覚悟はしつつも、実際にノンケと確定してしまったら、好きになることさえ無駄になるから。


もうちょっと、夢見てたいんだよ。



今日は一人でレンタルスタジオに行って、アンプを通した練習と、投稿用の動画撮影、あとライブ配信をこなす。


(やっぱスマホ一台じゃ無理あるんよな〜……

録画用のデバイスと音流すデバイス別々で欲しい……)


これじゃカバー曲の撮影も難しい。

実は清和くんには、パソコンを買えとアドバイスを受けている。

動画撮影にも、編集にも、個人事業の事務処理にもパソコンはいると。

でも、バイト代ひと月分を費やすのはなかなか勇気のいるところ。


あとフリーターじゃなくて音楽の個人事業主という自覚を持てと事あるごとに言われている。

そう、バンドマンと言いつつ、フリーターっていう意識がどうしても大きいんだよな……

音楽での収入は実質ほぼなしだし。


それを打開するため、動画投稿と配信にチャレンジすることにした。


マンションだと音が気になるし、トークで視聴者を惹きつけるような華はないので、演奏しながらときどきしゃべるスタイルでやってみる。


……まあ、最初なんて誰も見ないよね。


スピネル時代のほんの僅かなファンが見てくれたらと少しだけ期待をするけど

配信します!って宣伝がこっ恥ずかしくて、配信の練習ということにしてゲリラ配信だから、気づかれないだろうし。


「ベーシストのゲンゴっていいます!インディーズでバンドやって、今は解散しちゃったけどフリーでサポート入ったり、あと作曲家さんのレコーディングやらせてもらったりしてて」


一人でしゃべるの、気まず〜。

スタジオだから誰にも聞かれないのはいいけど。

ちなみに作曲家という言い方で清和くんの話をするのはOKもらってる。

なんなら曲使っていいとも言われてる。

流してぇ!


「え〜なに、イケメン?まじ?ありがと〜。

メイク?うんちょっとやってるよ。今どき一般男子でもやる人いるし、バンドマンなら全然ありくね?撮影してるし。V系じゃないけどさー。

そー、これ5弦あるん。初めて見た?こんな低い音出るんだよー。

うれし〜思ったよりコメント来た、ありがとね〜また配信しま〜す」



本日の撮れ高、よし。

なんだかんだで十数人同接あって、コメントも少しあった。

投稿用動画も撮ったけど、このライブから切り抜きもできそう。

練習もしっかりできたし、スタジオ代をケチらずに使うってたしかに効率いいのかも。

清和くんにちゃんと事業投資しろって言われた意味が、ちょっと分かった。

(ちなみに経費計上しろと言われてる)



「おまえ、メイクしてる?」


帰ったら清和くんが顔をじっと見てきた。

なにこれ。そんなに見つめられたらちょっと。


「してる……今日配信もして……」

「すげーな、メンズメイクって初めて見た。

イケメン度増してんな」

「えっ……」


ちょ、清和くんにそんなこと言われたら。


「てかバンドマンならこのくらいするから」


顔が真っ赤になってそうで、顔を背けて清和くんの前から離れてしまった。

うわ〜恥ずっ……

真顔でそんなこと言うとかさ。


それ、他の人にも普通に言えること?


不意にそんな疑問が起きて、一瞬どきりと鼓動が大きくなる。


(そうだよ。女の子相手に言ったら、気があるって思われるやつじゃん)


普通の男同士だからあっさり言えちゃうのか。

多分そう。


寝室にこもって、今日の配信の切り抜きと、今日撮った動画の編集をショートにして投稿。

今夜は、清和くんの顔を見れなかった。



バイト帰りの電車の中、

投稿の反応をチェックする。


いいねとコメントは増えたり減ったりを繰り返して、フォロワーも少しずつ右肩上がり。


(スタジオ行くの、毎週にするか……投稿する曲のネタも考えて……)


最近はどんな投稿をするか、伸びる投稿はどんなものか、そればっかり考えてる。

悪くない。

音楽のことで思考の隙間が埋まっていく。そう気づく瞬間が好きだ。


清和くんも、こんな感じでずっと音楽のこと考えてるのかな。


清和くんと同じような感情を持ってること、同じような世界を見てることが、

なんだか嬉しくて。



「ただいまー」

「おう。おかえり」


玄関を入ると、清和くんの顔に違和感が。


(誰?このイケメン)


普段いかにもなモブスタイルの清和くんが、前髪を上で括ってちょんまげスタイルにしてる。


え?まさかの前髪上げたらイケメンなやつ?


いや、元から整ってるなとは思ったけど、こうはっきり顔が見えると、ぱっと見の印象が違う。

髪型のせいもあって、ちょいワル入ってそうな、すっとした眉と目力の強さ。


隠してるのがもったいないレベルだけど、

おれだけがこの素顔を見れてるのかと思うと、なんか嬉しい。


「……今日もうお風呂入ったん?めずらし」

「おー、会社帰りすげー雨振ってきてさ。源吾濡れなかった?」

「こっちは、そんなに。

あ、じゃあスーツもびしょ濡れ?」

「そうなんだよ」

「明日クリーニング持ってく」

「わりいな。いやーおまえ()()()たけえわ、まじで」


とん、と清和くんが肩に手をかけてくる。


(近い)


別に、友達同士の距離感としてはおかしくないと思う。


でも。


ただの例えなんだろうけど、主婦力って言われたら。

おれが変に意識しすぎなんだろうな。



清和くんはいつも通り要塞にこもって作業を始め、

おれは夕食を済ませて先にシャワーに行く。


「あー〜〜……」


頭からお湯を浴びながら、思わず、ため息が声になって出た。


あの顔は、トドメだった。


イケメンだからじゃない。

それまでに、気になる要素はいくらでもあった。


そもそもで、ピアノのエロい音が最初から心に引っ付いて離れなかったのだ。



けど、なんかいろいろと、もう誤魔化せない。



清和くんのこと、好きだ。



(あー……

認めちゃった)


抑えたまま、生活していられるかな。


清和くんの行動ひとつひとつがかっこよく見えて。

同時に、切ない。


認めちゃったら、そういう欲も出てくるわけで。


(ただの……生理現象だから)


正直この三ヶ月で、数回、抜いたことはあった。


でも今は――


“したい人”が、はっきり定まってしまった。


(……ごめん)



パソコンに向かってる清和くんに、今夜はおやすみと言えなかった。


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