7.テンション・ノート
「清和くんは、ずるい!」
「は?何がだよ」
「なんでスラップできるワケ?」
今日のセッション楽しかったなー!から始まり、感想を共有しまくった。
というか、主におれが感動を清和くんにぶちまけてる。
だって!
音はエロいし(別の単語に言い直したけど)、おれができる曲はどれも弾けるし、ジャズの訳分からないアドリブは繰り出すし。
スラップベースといえばこれ!な曲を一緒に合わせて、動画も回した。後で投稿しよう。
ジャズの音使いについても少し教えてもらった。
そして極めつけに、
清和くんがちょっとベースを触らせてと言うので渡したら、
おもむろにスラップやり始めた。
おいおいおいおい?
あなたベースもできるんですか!?
めっちゃ様になってるやん……
おれは鍵盤なんてドミソの和音くらいしか弾けないのに。
「5弦の低音めっちゃいいな」
そう言って5弦にサムピング(スラップ奏法)をかますのがもはや、かっこよすぎて心臓に悪かった。
「低音ってハマるんだよなー。
学生時代に部室のベースでめっちゃ遊んでた。エレベやるヤツに教えてもらったりしてさ。
作曲も始めてたから、大まかにでもやり方知りたかったし。
ちなみに部室の楽器は一通り触った」
「まじっすか」
でも、だからいろんな楽器を取り入れた曲もできるんだ。
すごい人はやっぱ学生時代からすごい。
もう痺れるし憧れる。
あー。
これで一緒に生活してるってちょっとやばいな。
なんか、もうすぐ恋愛の好きになっちゃうところまで来てそう。
家借りる金が貯まるにはもうしばらくかかるし……
それまで平常心保てるかな。
「源吾はさ、なんで5弦にしたの?」
清和くんが聞いてきた。
たしかに5弦ベースは少数派。
メタル系か、フュージョン系で使う人がときどきいるレベル。
「もともとは、そんな深い意味なかったんだよ。
大学の軽音入ってベースやってた先輩が5弦でさ。
先輩がおれのこと、“ゲンゴ”をひっくり返して“ゴゲン”って呼んでたんだよね、なんかそういう業界用語?が内輪で流行っててさ」
「あー、業界用語。わかるわかる」
「分かる!?」
「親世代のオッサンとかが言うやつな。うちのサークルにも一時期そういうブームあったよ。
ルービがまいうー、ってな」(=ビールがうまい)
「それそれ!」
こんなネタで二人で爆笑できるのが、もうめっちゃいい。
「その流れでおまえも5弦ベースにしたら?ってなって今に至る」
「はは、くだらねー。でもそーいうノリすげえ好き」
「まじでよ、くだらねーと思う」
でも、そういうのが楽しいんだ。
♪
「てかさー、清和くんあれでプロ目指さないって超勿体無いよ……
あのレベルなら引く手数多だって」
前から思ってたけど今日確信したこと。
酒も入っててつい言ってしまった。
「ジャズ方面じゃ、もっとうまくてセンスある奴がいくらでもいるからさ」
「おれが聴いてきたバンドのキーボードで、清和くんほど上手い人いなかったよ。メジャー行くようなバンドでも通用すると思う」
「畑が違えば求められる技術も違うだろうな。
……でもおれは今の状態の方がいい。
バンドでやるの、俺向いてないから。一つのバンドに人生預ける覚悟ができねぇんだよな。
バンドカラーに染まるのも好きじゃないし。
つまりは音楽で食っていくためになんでもするより、好きな音楽を副業でいいからやる、ってのが俺の結論なんだよ」
そう言われれば……それも分からなくはない。
おれも現に、今後どんなバンドでやるか明確に決まってない。
今は清和くんとの音楽が楽しくて、ほかに熱中できるバンドを見つける気にならないっていうか……
「それにプロっていったって、一握りのトッププロは稼げるけど、名も無きプロってのが無数にいてさ。地方のドサ回りは儲けにならねえし、メインの収入が個人レッスンとかになるんじゃな、と俺は思って。
ジャズはそもそもリスナーの母数が少ないんだよ。
技術を磨いてトップに上り詰めたところで、ぽっと出のアイドルの知名度にも敵わないんだぜ。
名を売るのが全てじゃねえし、音楽と向き合って技術を突き詰めればいいって人はそれでありだけどさ。
全部捨ててプロを目指すより、好きな音楽を細々やる方がいい。
そもそも音大出身でもない俺が、トッププロなんてまず行けねぇけどな。だから尚更今のやり方がいいんだよ」
「そうなんだ……」
漠然と、バンドで成功したいって思ってきて、ライブの動員が増えていってCDが売れていくことを目標にしてたけど。
ジャズ方面の行く先って、そうなんだ。
「おまえのジャンルのほうが、バンドっていう個性で勝負できる分、ジャズよりチャンスは大きいと思ってるんだよ。
CDの実績もあるしな。
だからおまえもよくよく見極めて次のバンド入れよ。音楽性も大事だけど、活動の方向性とか、将来目指してるところとか」
「そうだよね……それは思ってる」
でも、それなら。
清和くんとやるのは、どうだろう。
今日の合わせた感じ、おれはすごくやりやすくて相性の良さを感じたけど……
(あー、でも、もしこれからガチ恋しちゃったら活動に困るかも)
そんな煩悩が邪魔して、一緒にやりたいとは言い出せなかった。
「しばらくサポートだけすることにしたんよ。
その中でもし合うバンドがあれば、空きがあれば加入とかかな……
前のバンド、学生のときただただ成功するぜって言って勢いで始めたからさ。
これからの方向性考えながら、合うバンド探すのって簡単じゃないだろーなとは思ってる」
「バンドは結婚みたいなものって言うしな」
「……っ……」
うん、聞いたことはある、その例え。
さりげなく出たその単語に、なぜか胸の奥が反応してしまってる。
清和くんと組むことを、考えたから。
(なんか……恥ず)
今のおれって。
清和くんの音楽に寄り添いたい、そんな意識でやってる気がする……
(顔あつ)
「酔った?顔赤いぞ」
そんなこと言われたら、余計熱くなる。
「酔ってない、多分……」
「ふふ。
かわい」
今何か言いましたか……
ちょっと脳が処理しきれてない。
「そろそろ、出るか」
「んー」
割り勘にと思ってる間に、清和くんは先に会計に行ってしまった。
ベースを背負って清和くんを追いかけて、店を出る。
「おれの分、払う」
「いらない。これも養う範囲内だから」
「……あざす」
清和くんに半歩ほど遅れて、帰り道を歩く。
おれはまだ、彼の真横には立てない。
少し見下ろす角度になる彼の背中は、とても存在感があって、堂々としてて。
(これだけのモノを、持ってるはずなのに)
好きなことだけではやっていられない、この道で食うということの重みと深さ。
それを分かって、選んでるかっこよさ。
「また、見せてやるよ。トッププロの演奏を」
「え」
「ライブに連れてってやる。
プロの演奏を直に浴びるのは、いいぞ」
「ありがと……」
「おまえの、ライブの予定はまたあるの?」
「ああ、うん。来月だけどヘルプに行ってくる」
「ちゃんとギャラもらってっか?」
「えと……」
そこからしばらく、ヘルプに入るなら経費を含んだギャラをちゃんともらえという清和くんの丁寧なご指導をいただいた。
友達とやる延長くらいの意識だったから、この前のサポートもチケット代をみんなで割った分をもらっただけで、それも打ち上げでほぼ消えた。
あのバンドはほんとに友達で、おれはそれでよかったんだけど。
そんな状況じゃ稼いでいけねえだろとの清和くんのお言葉。
ギャラをちゃんとくれるところを選べと言われた。ごもっとも。
♪
今日は作業はいいやって言ってた清和くんだけど、帰ったらやっぱりパソコンに向かっていた。
習慣すぎて、何かしら作業を進めないと気が済まないんだって。
なんかもう、だろうなと思った。
おれも寝室に入って、ベースを取り出す。
本当は夜の音出しは避けた方がいいけど、ちょっとだけ。
今日清和くんが教えてくれた音を、もう一度聴きたくなった。
『ジャズの特徴的な音。ここと、これと、これ』
普段使う音に、色の違う音が重なる。
清和くんの曲で聴き覚えのある響き。
『テンション・ノートっていうんだよ』
“緊張”を表す音。
加えると“らしく”なる音。
仕組みが分かったから、今度から取り入れてみようかな。
テンション・ノート、思いっきりぶっ込んだ音楽で、バチバチにテンション上げて、
(いつか、清和くんと一緒に、作品作りたい)




