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ハイテンション・ノート 〜詰みベーシスト、音楽ガチ勢リーマンに拾われる。〜  作者: 橘 いゆ璃


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6/12

6.音合わせ、クるね

月末、清和くんの帰りは少し遅い。

業務が立て込むそうだ。


普段より一時間ほど過ぎてから、玄関を開ける音がする。


「おかえりっ」

「ただいま」

「ごはんできてるけど」

「食べる」

「今日は、サワラの煮付けでーす」

「すげー。和食」


いつものようにジャケットとネクタイをソファーに放って箸を持つ清和くん。

おれが片付けようとすると、


「後でいいんだよ。おまえも食べな。

昭和の主婦じゃあるまいし」

「……脱ぎっぱなしにしとく方が昭和の亭主っぽくない?」

「うるせーよ、おまえ細かいとこまで気にしすぎなんだよ。

多少散らかってたって誰も気にしねぇっつうの」


居候の身としては、家事はちゃんとやらなきゃとつい思ってしまう。

多少散らかったままでも、いいって意味?


でも、手を抜いて、抜き加減によってはヒモみたいになりそうで、嫌われて追い出されたくない。

それならきっちり家事をしておく方が気持ち的にずっといい。


「源吾、おまえまじでさ、もうちょっと気楽に過ごしていいんだぜ」


清和くんの言葉に、はっとする。


「おまえが料理が好きとかでやってるならいいけどさ。

きっちりやんなきゃって思ってやるくらいなら、普通に惣菜買ってくるだけでもいいんだよ。

ちゃんと音楽に時間使えてるか?」


……やさしい。


居候で気を遣うのは当然だけど、気を遣ってることをちゃんと分かってくれてる。

だから、


「めっちゃ過ごしやすいよ。

まじで感謝してるから頑張んの。

やっぱヒモみたいになりたくないし」


「音楽やってるやつなんてヒモくらいでいいんだよ。

家事はそのくらい緩めに考えてやんな。

俺は大体シリアルとプロテインバーで乗り越えてきたんだからさ」

「それは……ちょとヤバない……?」


コンロ周りが汚れていないわけだ。


本当にヒモになったら追い出されるやつだ、そのくらい分かってる。

そこまで家事レベルのハードルを下げてくれる、その気持ちがありがたい。


「上司に肌艶がよくなってない?って聞かれたわ。

おまえの手料理食ってっからか」


うわーーー。

なんだこの“家庭感”、恥ずっ。

そんな言葉聞いたら頑張るしかないでしょ。



食事が済んで、洗い物をしているとき。

清和くんがキッチンのところまで来て言った。


「源吾、来週火曜、空いてる?火曜バイトない日だろ」

「うん、何?」

「スタジオ練行くんだけど、一緒に来る?

アンプもあるから、音合わせもできる」


「行くー!めっちゃ楽しそう」


本格的な音合わせだ。

この部屋だとどうしても音量を気にするから、スタジオで思いっきり弾けるのは最高。

それも清和くんとだなんて!


「てか平日だけど、会社は?」

「有給」

「有給取れるんだ」

「もちろん取る」

「会社員って有給取れなくて残業だらけって思ってた〜」

「そういう部署もあるし、そういう人もいるな。

でも俺は会社第一じゃないし」


清和くんって実は仕事にそんなに前向きじゃない。

休み明けは大体、行きたくね〜って呟きながら出て行くし。

おれももし会社勤めしてたらそうだっただろうな。


「新人の教育係だけど休み取ってやった。

まあ俺いない日は多少気楽にできるだろ」

「清和くんて厳しいの?

でもたしかに教える情報量多そう……」

「上司にも言われたな。新人がフリーズしてるって」

「あ、わかる」


音入れするときのダメ出しと注文の量がすげえ多いから。

別に怒られるとかじゃないけど、情報が多くて無になった。


「まあ、でも、清和くんに教えてもらった分だけ成長できるからさ。

新人さんもその価値に気づいてくれるといいね」

「……おまえくらい意図を分かってくれたら、苦労しねぇなァ」

「……苦労してるんだ」

「仕事と学歴ってまじで別よな」

「おれFラン大だけど」

「だからさ。おまえの方が多分仕事できる」


「……

はは、まじでー?おれ意外にシゴデキだったりして?」


思いがけず評価されて、一瞬戸惑って、なんか茶化しちゃった。

清和くんがそんなこと言ってくれるなんて。


「Fランじゃそもそも足切りされるだろうけどさー」

「おまえは、別に会社員やんなくていいんだよ。

音楽やれよ。そのために養ってんだから」

「…………

あ、うん、もちろん……早く稼げるように頑張る」


養う。


……って言葉使われるとさ。


なんか奥さんポジションみたいじゃね!?


いやいやいや。変に意識しすぎだろおれ。


清和くん言葉のチョイスがちょっと独特だよ!?


首から上がちょっと熱い。

清和くんが要塞にこもるのを見て、濡れた手で頬を冷やした。



平日の昼間、清和くんとスタジオ練習に向かう。

日差しが強くなって、汗ばむくらいのいい天気。


「背中あっちー」

「ケース黒いもんな」


電車を降りて少し歩けば、目的地。

狭い部屋だけど、生ピアノと各種アンプが置いてある。


「きれいな部屋だね」

「いいだろ。平日の方が安いから有給で来るのが最高」

「何からやる?清和くんはいつもどんな練習してんの」

「指のウォームアップして、適当に曲弾いて、あとは適当に弾きながらいい音が出れば曲にしてって……」


適当っていう単語が並ぶのがすごい、おもろい。

清和くんの弾き方からして、適当っていうのは雑じゃなくていい感じっていう意味だ。


ベースを繋いで準備する間に、清和くんはもうピアノを開けて、音出しを始める。


「……っ……!」


清和くんの和音に、背中が一瞬ゾクっとした。

嫌なやつじゃなく。

いい意味のやつだ。


(うわ……なにこのエロい音)


なんていうか、そう、エロいって表現がやっぱり一番しっくりくる。

パソコンに繋いでる鍵盤で弾いてるときもちょっとは思ったけど、生ピアノでの音は重さが違う。

楽器由来、アコースティックな音だからでもあるのかもだけど。


ベースの接続の手が止まってて、いつの間にか清和くんの音に聴き入ってしまった。


何の曲かも分からない。

なのにこんなにも耳を惹きつける。


「おい、源吾?

準備まだかよ」

「あ、ごめん、てか凄すぎ清和くん」

「え?」

「生音、エ……やべえ」

「そうか?まあキーボードとは違うわな」


危ない、エロいって言いそうになった。

エフェクターとアンプ、あちこち繋いで、音量を上げていく。


この前ライブしたし久しぶりというほどではないけど、

やっぱりアンプから出す音が重くて心地良い。


「いいね。5弦の開放弦の音くれよ」

「これ?」


一番下の音。

通常の四弦ベースより4度低い、深くて重い音が5弦ベースらしさで、醍醐味。


「おぉー。やっぱいいわこの低音。

クるね」

「清和くん結構低音好きよね。曲でも多用してた」

「低音ってなんかエロくね」


同じこと考えてる。

そう思ってドキッとしてしまった。


指慣らしでいろいろ音を弾いてみて、スラップ奏法でも試す。


「うーわ、アンプから来るスラップやべえ。かっこよ」


清和くんの評価がまじで嬉しい。

ベースの音好きって言ってくれる人は多くないから、褒められるとすぐ嬉しくなっちゃう。

あんなすごい音楽をいっぱい作ってる清和くんからなら、余計に。


「ウォーミングアップ一緒にやる?こんなフレーズなんだけど」


清和くんが楽譜を置いて、一緒にメトロノームも立てかける。

フレーズ的にはベースでも全然いける。

指慣らしにちょうどよさそう。


「普段メトロノームを裏拍で取って合わせてるんだけど、それでやってみるか?」

「裏拍……」

「2拍目と4拍目で鳴る。テンポ感取るのにいい練習になる」


まじで。1拍目がないとか。むずいだろ。

自分で1拍目を感じ取らなきゃいけない。

清和くんにリードしてもらって一緒に音入れしたけど、メトロームの入り方が違和感すぎる!

どうしても音が鳴るところを1拍目と勘違いしてしまって、拍がずれる。


「いきなりは無理ー!てかえげつない、このカウントの仕方……」

「ジャズだと裏で取るからな。

じゃあ、今日は4つ打ちでするか。次から2・4で数える感覚練習してみな」

「ハイ……」


清和くん、おれに合わせてくれたけど、スパルタでした……

基礎練がこんなに消耗するとは……

てか普段これくらいやんなきゃだめなんだ。

清和くんが、音楽に時間使えっていう意味が尚更分かってきた。


指が疲れて、おれは一旦飲み物を買いに部屋を出る。

清和くんも一人で練習する時間がいるだろうし。


それにしても、二人で同じ音弾いた瞬間、めっちゃ心地よかった……


メトロノームに混乱しつつ、懸命に清和くんの音を追いかけた。

まだ全然、後をついてってるだけなんだけど。


(幸せ……)


ん?

なんかおれの思考やばくね?

いや、音楽やって幸せなのはおかしくない。

上級者と合わせるときってこんな感じ。

安心できるし楽しいんだよな。


(さて、そろそろ戻って頑張るか)



濃い。


濃かった。


非常に濃厚でした。


(帰って晩ごはん……作るのキツイな……)


練習で出し切った。


そして清和くんのエロい音を浴びまくった。


(これはアカン。惚れてまうやろ案件)


出してくる音がいちいち琴線に触れる。

使う音がほんとに……どうやったらあんな音の組み合わせになるんだろっていう謎。


つーかこれでプロを目指さなかったって、ほんとどういう……

このレベルのキーボードなら欲しいバンドはいくらでもいるだろうし、しかもメジャーに移行しそうなバンドにスカウトされてもおかしくない。


「疲れたか?源吾」

「……清和くんスパルタなんよ」


帰りの電車、清和くんを立たせておれは席に座ってるという先輩にやっちゃダメなやつ。


「でもあれくらいやらないとダメなんだって骨身に滲みた。

明日から頑張る……」

「おう、頑張れ」

「ごめん、今日、ごはん適当になっていい……?」

「どこかで食って帰ろう。

今から家事とかだるいだろ」

「いや、大丈夫……」

「いいから。おまえ、何食いたい?」

「清和くんのいいとこで、いいよ」

「おまえが決めな」

「駅前のチェーン店とかになるよ」

「いいよ」


優しい。


こういうときって大体おれが相手に合わせてたから、自分で選ぶのが慣れない。

それに、おれの判断に付き合わせて悪い気がしてしまう。


おれはこういうとき、気の利いた店も選べないし、スマートに決めることもできない。

かといって気合を入れて探すと場違いな雰囲気の店だったりして……

結局チェーン店とか大衆居酒屋に落ち着くのがオチ。


清和くんは、いいところ知ってそうな雰囲気あるけど。

でも外食しに行ってないし、会社の飲み会とか聞いたことないし、意外にそうでもないのかな。



家の最寄り駅に到着して、結局駅周辺の居酒屋になった。

平日の夜だから、それほど混んでない。

偶然ちょっと個室っぽい仕切りのある店で、悪くはなさそうだった。


「源吾って飲む方だっけ?」

「まあ、多少は……」

「今日はちょっと飲もうぜ。俺も飲む」

「え、清和くん普段飲まないのに」

「今日は収穫多かったから、家での作業はいいや。

おまえと飲むの初めてだよな」

「そういえば」

「別に普段も晩酌くらいいいんだぜ。おまえ遠慮しすぎじゃね」

「いや、そこまで飲みたいわけでもないし」


清和くんと初飲み。

なんか嬉しい。


「せっかくだし、おまえといろいろ話してみたいと思ってさ」


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