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ハイテンション・ノート 〜詰みベーシスト、音楽ガチ勢リーマンに拾われる。〜  作者: 橘 いゆ璃


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5/12

5.多分、ノンケ

「――うん。いいじゃん」

「……よかった〜〜」


朝から清和くんの曲にベースパートを入れる作業をしてて、昼頃にやっと合格もらえた。

レコーディングの経験は元バンド・スピネルのCD作成時であるけど、今回は相当緊張した。


自宅録音、いわゆる宅録は初体験。

パソコンに取り込むための機器にベースを繋いで、録音とカットを清和くんがパソコン上で操作する。普通にレコーディングエンジニアじゃねこれ。


清和くんの望むレベルでできてるかどうか、

合格もらえるかどうか、そればかりが気になって。

ふつーにミスタッチとかしてしまった。情けねえ……

こんなんじゃプロだなんて名乗れない。


「場数で慣れるよ」


清和くんはNGを出しても怒ることも文句もなく、淡々とおれに指示を出す。

救われてると思うか、慰めもしない態度を心無いと思うかどうかはおれ次第――変に慰められたりするよりよかった。

真剣におれの音に耳を傾けて判断してくれるのが嬉しい。

ダメならダメ、どういう音がほしいか、そういう注文をつけてくれるのは、プロデューサーみたいでかっこよかった。


たった3分ほどの曲なのに、何パートにも分けて細切れで撮っていくせいか、2時間もかかってしまった。

スピネルのレコーディングなんか屁でもないくらいハードだった……

これからライブなのに仕事を終えた気分。



「源吾、ゴーストノートの使い方よくなったな」

「へ?」

「緩急がはっきりするようになってるってーか。

色気出てきたわ」

「ひゃいっ?」


 ※ゴーストノート:音を伸ばさずに弦をミュートして(止めて)タッチ音を出す。使うとリズム感を強くしてくれるぞ!


聞き慣れない言葉が出てきて、喉から変な声が飛び出した。

色気て。

でも、そんな風に聞こえるなら嬉しい。


音楽って結構本能に近いところあると思ってて、心動く音楽ってセクシーだったりするんよな。

露出とかじゃなくて、体で感じるっていうか。


それで言うと、清和くんの作ってる曲って、派手じゃないし歌も入ってないのに、セクシーだなって思うことがある。


そこに組み込んでもらえるほどおれも弾けてるなら――最高に嬉しいだろ。



その日の午後。

ヘルプに入ったバンドで、二ヶ月ぶりにステージに立った。


メンバーとは音楽友達。

オリメンのベースとも友達だけど、会社員を兼ねてる彼はどうしても仕事の都合がつかなくておれが呼ばれたのだ。


(だから会社勤めってやりたくなかったんだよな)


居候させてもらってる身で言えることじゃないけど……本音だ。

こっちが本業って思いたくても、会社のことが優先になるのが悔しいっていうか。


今回のヘルプ、自分のアカウントで宣伝投稿してみた。

コメントは……今回のメンバーがくれたのみ。

いいねが十何件ついたくらい。


(もともとカケルほど見られてないもんな)


収益化という言葉に期待が膨らんだけど、おれのSNSって現実はこんなもん。


それは置いといて。


やっぱりステージで演るのは最高だ。

めちゃくちゃテンション上がるし、おれは本当にこの場所が好き。

ステージにいると、このためならバイトで食いつないでていいって心から思う。



「おつかれー」

「ゲンゴ、今日はありがとうな。まじ助かった」

「お安い御用でっせ」

「あいつ仕事忙しそうなんだよな。また空いたときには頼む」

「おれでよかったらいつでも」


チケット代をみんなで割って、そのまま打ち上げへ。


今日は遅くなるからごはん食べてねって清和くんにメッセしておく。

こういうのに返信、スタンプすら返さないのが清和くんである。

“既読無視”っていうけど”既読”でよくね、ってこの前言ってたな。


「会社のしがらみって、嫌よなー」

「それな」

「おまえんとこもそうだっけ、カケルも就職したんだよな。やめることないのにな」

「あー。あれはなんかもう、内情いろいろ行き詰まってたんだよ。音楽性の違いだと思うから、仕方ない」

「ゲンゴはどこかまた加入すんの?」

「んー……考え中」

「どこか紹介しよか?ベースいないとこときどき聞くんだよ」

「ありがと、でもしばらくサポートまでにするわ。

いろいろ考えたくて」

「そっか。じゃサポートの話あったら回してい?」

「助かる」

「おまえのベースやりやすいからさ、自信持っておすすめできる」

「まじでー。がんばるわ」


今まで、こんなに外の世界が広いと思ったことがなかった。

たまにサポートの話をもらっていたけど、あまりやるとカケルが怒るから、つい控えめにしていた。

カケルの影にいたようなおれだけど、仲間内でベースが評価されていたのは地味に嬉しい。



「ゲンゴおまえ、ステージいつぶり?」

「三月ぶり」

「あれかぁ〜スピネル解散ライブ」


このバンドのドラム、東秀(トーシュー)とは前からよく話す仲。

スピネルにサポート出演してくれたこともあり、演奏スタイルも、カケルと付き合ってたことも知ってる親友である。


「もう一連のこと落ち着いた?あまり力になれなくてごめんな」

「いや、ありがと、もう大丈夫」


東秀は彼女持ちなので、お邪魔することは考えなかった。


「リハのとき話す時間なかったから気になってたんだけど、おまえ今どこに住んでんの?

金ないって言ってなかった?」

「今?居候させてもらってる」

「はっ?」


あのときのハコで出会った清和くんちに居候することになった経緯を話したのだが。


「え、そいつ大丈夫?ほんとにカタギ?」

「まじで普通のリーマンだって」


めっちゃ怪しまれた。


「普通そんな自由にカネ渡してくれないだろ。

友達にどころか彼女にもしねーわ。

本当に援交とかじゃないんだよな?」

「違うって。金の出入りはチェックされてるし、おれもちょろまかすつもりなんかないからさ」

「なんか……束縛系?心配になるな」

「いや、束縛感はないけど……代理で買い物してるだけっていうか。

めっちゃいい人よ。

普段ひたすらパソコン向かってる、変わった人かもしれないけど。

でもさ作曲して収入あるんだよ。かっこよくね?」

「そりゃあそういう点は、俺らからしたらすごいけどさあ。

……向こうはさ、ゲンゴの()()、知ってんの」


「いやー、特に言って……あ、解散ライブのときマスターに泣きついたときに言ったっけ……?

その場にいたからワンチャン聞かれてるかも。

でも話題になったことはないよ」


おれがゲイであること。

でももし聞かれてても、嫌なら家に誘ったりしないだろう。

仮に、向こうもゲイなら……?


「同士だったらっていうか、カラダ目当てだったらとっくにそうなってると思うんよな」


同じ屋根の下で暮らして二か月、恋愛対象なら普通はそういう関係になりそうなもの。


なんならお世話になるときに、酔いと失恋、あと家も失って半分ヤケで、カラダで払いますとかなんとか言った。

でもそういう気配は全くなく、多分、普通にノンケだと思う。


ただ女っ気が一切ないのがすごいっていうか。

今のところえっちな本とか出てきたことがない。


「音楽の知識豊富だし、音楽の話も楽しいし、勉強になるし、音楽で収益化するっていうのがすごい研究してあって強いんよ。

バンドやライブだけじゃない方法をいろいろ知った。

それで会社員しながらだろ……人生何周目なんだろうなーって感じ」

「ふーん……

ゲンゴ的にはさ……その人、アリ?」

「なんでやっ!

てかやめて。

ノンケはそういう目で見ないようにしてんの。

そのくらいかっこいい人だよ」

「わり」


正直、アリかナシかで言えば、全然アリ。

でもノンケ相手にそんな思いは不毛だから、そっちは考えないようにしてる。

少なくとも家を出る金が貯まるまでは。


今の生活は気に入ってるし、できるならしばらく続けさせてほしい。


「まー、とりあえず安定してるならいいか……

いやなんか、距離感にちょっとびっくりしただけ。

でもほんとなんか困ったことあったら、言えよ」


「ありがと。けどおれがこうして音楽できてるの、ほんとその人のおかげだから」


「5年の傷はでっかいし、まあ一旦アリか。適度にヒモ生活楽しんでくれや」

「ヒモちゃうわ。ちゃんと家事やってんよ」

「ヨメかいっ」


適度に飲んで、笑い合って、メンバーと写真撮って、打ち上げでーすってSNSにアップ。


おれのファンってほんとにいたのか?

大事にしろって清和くんに言われたけど。

カケルとセットなら応援してくれたとしても、おれ単体になるとほんとに少ないだろうな。


少しだけ空振り感を持ちながら、帰途についた。



帰宅すると、清和くんは定位置にいた。


「ただいまー……」


ヘッドホンしてるから、多分聞こえてない。返事はなかった。

邪魔しないようにそっと風呂に行く。ちらっとキッチンに目をやると、食器がシンクに置いてあった。


(ちゃんと食べてくれた)


それだけで、ちょっと嬉しい。


風呂を上がって、まだ作業してる清和くんの背中を見て、寝室に入ろうと――


「源吾」


清和くんが振り返る。


「おかえり」

「ただいま」

「どうだった?ステージ」

「楽しかった!」

「おお。

よかったな」


作業の手を止めて話しかけてくれるのも、ちょっと嬉しい。


「もう寝る?」

「んー、ちょっと何か聴きながら……寝落ちするかも。

清和くんはまだやるの?」

「まあ、もうしばらく」

「ほんとすげーよな、毎日。

でもちゃんとごはん食べてくれてよかった!」

「そりゃ、作ってくれたもんはな。

おつかれ。おやすみ」

「ありがと。がんばってね。おやすみ」


清和くんはまた作業に戻り、おれは寝室に入って今日のアルバムを一枚決める。


寝る前だから、ジャズでも聴いてみるか……あんまり分かんないんだけど。

清和くんのおすすめピアノトリオを聴いてみることにした。


ベッドに寝転がって、音楽を聴きながら。


今日のステージ、ちょっとは気にしてくれてたんだ。


(そういうとこ優しいんだよなー……)


ちゃんと会話のある生活。

違和感なく、かといってぐいぐい踏み込んでこない距離の取り方。


東秀に聞かれたからか、ちょっと意識しそうになってしまう。


(おれ惚れっぽいのかなー)


立て続けの失恋は勘弁してほしいから、あまり深入りしたくないんだけど。

耳には爽やかなサウンドが届く。


(この、ジャズの独特な音の使い方……

それにアドリブなんだよな。

どういう仕組みでこんなの思いつくんだろ。

清和くんに、教えてもらおうかな)


ライブでテンションの上がった神経があっという間に静まり、寝付くのに時間はかからなかった。


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