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ハイテンション・ノート 〜詰みベーシスト、音楽ガチ勢リーマンに拾われる。〜  作者: 橘 いゆ璃


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4.ベテラン、変態のすすめ

失敗した。

大型連休、バンドがなくなったのと稼がないとと思ったのとでシフトを入れすぎてしまった。

清和くんと音合わせできるチャンスだったのに!


バイトやって音楽やる時間が減るのが口惜しい。清和くんが入れすぎるなって言ってくれた意味が身にしみた。


清和くんの方は連休中、ひたすら家で作曲作業。

朝出ていったときと、夜帰ったときの画角がまったく同じで、一日動いてないんかい!と突っ込んでしまった。


「エコノミーなんとか症候群にならん?」

「水飲んでたまにトイレに立っときゃ大丈夫だろ」

「ほんとかな……」


清和くんはおれのこと頼りないって思ってそうだけど、

こういうとこ清和くんのほうが危なっかしい。


帰りのスーパーで買い足した食材と、冷蔵庫にあるものを使って、手早く一品。


「ごはん食べてくださいおにーさん!

ちゃんと食べないと!いい曲できませんよっ!」


清和くんが椅子の上で背伸びをして、ようやく動き出した。



ごはんを食べながら、一日人と会ってなかった清和くんと会話。


「曲、進んだ?」

「んー。今3曲やりかけてて、1曲上がりそう」


まじで。一気に3曲も作ってんの。


「いやーでも1曲は乗りが悪いから、ボツにするかもな……」

「もったいない……」

「ボツ案の上に上澄みが残るんだよ」


作曲とか考えたこともなかったおれには、ボツでも曲ができること自体がすごすぎる。


「このできた曲って、どうするん?」

「まずはストック音楽を取り扱ってるサイトに登録する。審査あるけどな。

使用されたら報酬が入る仕組み。

数百曲載せてるからさ、1曲あたり微々たる金額でも、合計したらちょっとした小遣いくらいにはなるよ。昔の曲でも今使われたら報酬入るしさ」


へー、そんな仕組みが……全然知らなかった。

てか数百曲!これだけ作業してるもんな!


「同じ系統の曲をまとめて長尺動画にして配信すればBGMとして見てもらえたり。そこからの収益もちょっとずつ。

BGM系長尺動画は流しっぱなしにしてくれる場合が多いから、再生時間は稼げる。

あとは各プラットフォームで一括配信できるサービスがあるから……手数料いるけど曲数重ねてったら元取れるようになってくる」


それってもうアーティストレベルやん。

会社員、作曲家、配信者、一体何役やってるんだろう。


「こういうの、いつからやってるの?」

「作曲は学生のときから。配信はここ数年かな」


うわあ。

それだけやってたらベテランだ。


「こんな仕組み、全然知らなかったな……

CD作ってライブする以外でも稼げるんだ」

「だから、配信やってみろって。

ベースで人気の配信者の真似から始めたらいいんだよ。

探したら案外いるよ、そういう人」

「何を発信しようか迷って、着手できてないんだよね……」

「考えるより行動だな。

とにかく本数出して、人気が出る路線に力いれてくこと。

出さね―と何が受けるかもわかんねえ」


清和くんは、人気の動画も見せてくれた。

有名な曲のベースカバーとか、

自分でアレンジしたカバー曲とか、

派手なフレーズのコピーとか。


再生回数の多いものを真似して始めたらいい、って。

ほんとに、多方面に知識がすごい。


清和くんがストイックすぎるという思いと、

同時にすごく頼もしいという思いと、

おれのやってきた量は少なすぎるという思い。


清和くんが帰宅後5時間くらいは作業してるのを考えたら、おれはもっとやってなきゃだめだよな。


「結果はすぐ出ないもんだけど、年単位で続けろよ。

そのくらいのスパンでやっと反応がでてきたりする。

おまえの場合はスピネル時代の固定ファンもいるんだから、既に小さくても下地があんだよ。それだけでもめっちゃ有利だからな」



食後、清和くんはいつものように作業開始。

おれも、寝室の方でやることをピックアップして、今日の練習の自撮りをイ◯スタにアップ。

これだっていい活動だって清和くんに褒めてもらった。


(あ、そうだ)


思い立って、作業しようとしていた清和くんに声をかけにいく。


「ベースカバーするのに清和くんおすすめの曲とかある?」


清和くんはすぐにクローゼットのCDの山から、おすすめを抜き取ってくれた。


「これの3曲目と……

この1曲目のイントロめっちゃいい。

あとは……

このCD、変態向けのベース入ってる。俺的おすすめ」

「へんたい?」

「ベーシストは変態って言われて一人前なんだぜ」

「嘘やん、知らんし」

「まじだって。

変態は変態と引き合うんだよ」

「新手のスタンド使いかいっ」


清和くんとのこんな会話が前より増えて、楽しい。



連休明け、モブと化した清和くんは超テンション低い状態で出勤していった。


「クソだりいまじで仕事行きたくねぇ」

「五月病?」

「自分の音楽の世界から現実世界に戻る瞬間が一番絶望する」


あー。

そうだよね。

おれは連休の出勤の後で休みにしたので、なんだか申し訳ない気分になる。

いや、家事をしっかりやって、自分の音楽活動始めていこう。これがおれの仕事だ。


稼いでくれる清和くんの食べたいものを作ろうと思ったんだけど、この人食事に頓着しないんだよな……

メッセしても


[なんでもいい]


これが言葉通りに何でもいいから、作りがいは正直ない。

ただ何を出しても文句言われないのは、非常に嬉しい……(過去のあれこれ)


CDコンポからBluetoothでイヤホンに音を飛ばして、清和くんおすすめのCDを流しながら家事をするの最高。


「レッチリかっけぇ〜」


こうやっていろいろ聴いてると、清和くんの好みが何となく分かってきて。

そしておれにとってもかなり好みということに気づく。


ただ中には拍子が分からないすごいプログレメタル系があってびっくりした……

低音パートを縦横無尽に駆け巡るような、うねりの連続。

下にいるのに時折水面に浮上して、いいところをかっさらっていく巧妙さ。

おれには聞き取れない妙な拍子を軽々とこなしていく、圧倒的強者感。


変態ってこういうことね。

妙に納得してしまった。


とりあえず家事を一段落させたらスケール練習やろ……

変態への道は長くて遠い。

あっ変態に染まりかけてる。やべーおれ。


いや、清和くんに一人前って認められてもらえるなら、変態でもいいか。

あれ?

いいのか?いや待て。


でもこのくらい弾けたらやっと清和くんに並び立てる気がする。

今はまだ、先を行く清和くんの背が遠くに見えてるから。

いつか追いつけるように。



今日も今日とて、華金にもかかわらず定時に上がって速攻で帰ってきた清和くん。

一緒にご飯を食べて、スーツをソファーに放り出して、緩い格好になって要塞にこもる。

おれはそのスーツをクローゼットに掛けて、脱いだものは洗濯かごに。

もはや日課である……


結局食卓はまだ買わないまま、なし崩し的にソファーの前のローテーブルで床に座って食べている。

作曲作業が一区切りついたらって前清和くんは言ったけど。

区切りがついたらもう次の曲に取り掛かってて、いつまでも隙間ができないんだよな……


ツッコみたい気持ちと、

そういうところがすごいと思う気持ち。


「源吾ー」


清和くんに珍しく呼ばれて、要塞の入口まで来た。


「ちょっとこの曲、相談」

「はいよ」

「これ、スラップ入れたくてさ。

源吾、スラップ行けるよな?ライブで観た」

「うん、いける」


 ※スラップ:ベースの奏法の一種。親指を弦に打ち付ける「サムピング」と弦を上に引っ張ってはじく「プル」の組み合わせで弾く。鋭く目立つ音になる。


「来週の土日はまたバイト?」

「日曜だけ。でも土曜は友達のバンドのサポートに行くから、昼前なら時間取れるよ」

「そこで録音するか。

今仮ベース入れてる状態だけど、音源ファイル送るから雰囲気掴んどいてくれる?」


そして送られてきた仮ベース入り音源。


「うわ、かっこええ」


聴いた瞬間に、反射で声が出た。


「ちょっ清和くんどういうこと?既にバキバキにスラップ効いてますやん!

おれ要らんくない?」

「やっぱベーシストによる音の入れ方がほしいんだよ」


うわー。

それって大役じゃん。

てかこんなワイルドなベースラインを打ち込みで再現できるって、ほんと清和くんどんだけ。


「スラップ勉強し直すわ……

清和くんのほしいスラップってどのへんの曲聴いたらいい?」


清和くんは例のCDコレクションから、何枚かピックアップしてくれた。

どのアルバムをどんな風に好きか分かってるのも、すごい。


研究しまくるぞ。清和くん好みに近づいて、役に立ちたい。



家事の間も、寝入るときも、

バイトの行き帰りも、

聴きまくって体に叩き込む。


清和くんの出勤中の昼間と、

ヘルプに入るバンドのリハーサルの間にちょっと、清和くんの曲を練習しておく。

マンションだとヘッドホンしても気分的に思い切り弾けないから、スタジオにいる間にできるだけアンプを通して弾いておく。


「ゲンゴ、それめっちゃかっこいいな」

「おまえ前よりうまくなったんじゃね?」

「なんか難しい曲やってんだな」


バンドの友達からも褒められて、前より確実にレベルアップできてるのを実感した。

スタジオ練の自撮りもしたから、帰ったら投稿しよう。


清和くん、スラップの出来気に入ってくれるかな。


そう思うと、少し胸の奥がそわそわする。


だって、認められたい。


こんなにかっこいい人に。


(やべ、考えちゃだめだ)


今のままが、一番楽しい距離感だ。


考えちゃだめだ。


近づきすぎないために。


仕方ないよ。


音がこんなにかっこいいんだもん。


これは好みドンピシャの音を見つけたときの、軽い高揚で。


ある意味で恋。


(アイドルに恋する女子かよ……)


それでも今はしばらく、この軽やかな思いを大事に持っておきたい。


清和くんちに帰る道沿いの木々が、みずみずしい新緑できれいだ。



[おまえの練習風景、うちのアカにも載せとくな]

[こんなとこ撮ってたん。おけ]


メンバーが送ってくれた動画をおれも自分ちにリポストしておいた。

清和くんの曲のさわりをスラップで攻め倒してるところ。


[このベースの人かっこいいな]


そんなコメントがついていて、小さな一歩、進んでいるのを感じた翌朝だった。


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