3.居候、無期限で
清和くんに拾われて一か月。
居候生活は順調。
おれは清和くんが仕事に行っている間に家事をこなし、ベースを練習する日々。
これめっちゃ理想の環境じゃね?
家賃とか生活費の心配をしなくていいって、こんなにも軽い。
安心して練習できる感じが、本当に楽。
やろうやろうと思ってなかなか手出しできなかった練習メニューとか、やってみたかったフレーズの練習とか、後回しにしていた練習がやっとできてまじで幸せ。
DTM要塞のパソコン周りを触らなければ(ロックしてるから弄りようもないけど)自由に家を使わせてくれて、クローゼットの中まで全部オープン。
そんなに信頼して大丈夫?と聞いたこともあるけど、金も通帳もスマホ管理、最悪パソコン盗られてもデータがクラウドバックアップだからパソコンを買えば済む話だそう。
デジタル強者、さすが。
おれに渡してくれてる生活費もプリペイドのクレカで、買い物金額がメールで清和くんに届くようになってる。
人に任せながらもきっちり管理してるのがすごい。
ちなみに、金を預かって代理で買い物をしている感覚で、監視とかは全然思わない。
ありがたや。
その分家事はしっかりやらないと。
♪
「退去費用の折半……10万って……」
「たっか」
元カレからいきなり連絡が来たと思ったら、退去費用の折半の請求。
経理だからお金に強そうと思って、清和くんに相談してみたら鋭いツッコミが入った。
てか退去予定だったなんて聞いてない。
だから早く出ていってほしかったのか。
これで今月のバイト代がほぼ飛ぶ。
「なんか色々盛ってそうだな……名義は誰?」
「相手」
「じゃあ、おまえが払う義務は少なくともないな」
「でも……そこはおれも5年住んできたし」
「まあ、おまえに払う意志があるなら、とりあえず、退去費用の請求書写メしてもらい」
「え?請求書を?」
「一応な。請求書の額面の折半は払うって言っとけ。
じゃないと相手の言いなりになる」
元カレを疑うのもちょっと悪い気がするけど……
でも10万はリアルにキツいので、背に腹は代えられないと思い切ってメッセした。
「源吾、節約はちゃんとできてるけど、そういうとこ危なっかしいな。
どれだけ出費があるか、ちゃんと把握してる?」
そこから始まったおれの収支状況チェック。
経理すげえ。
解約忘れてたサブスクとかも見つかって、目に見えて出費がスリム化した。
「バイト近場に変えたら?電車代も時間もかかってるし」
「うーん、でも人間関係よくて働きやすいんだよな」
「まあ、すぐにすぐ変えろとは言いにくいな。
でも時間短縮は考えといたほうがいい」
「うん、こっちでもう一つ掛け持ちしようかなって」
「おまえ、バイト漬けになったら音楽は?練習時間あるの」
「今は、固定のバンドがないし」
「音楽で食っていきたいんじゃないの?」
清和くんに言われて、一瞬止まる。
そうだけど。
そうなんだけど。
「ずっと、世話になるわけにもいかないし……金貯めないと」
「それは一旦いい」
清和くんの言葉が、すっと差し込まれる。
「金を貯めるのは貯めといたらいいけど、とりあえず、ここにいな。
いつまでとか考えなくていいから。
それより、音楽で食いたい思いがあるんなら、そっちに向けて時間と気力体力使えよ。
バイトで消耗して練習もできないとか、意味ねーじゃん。
おまえ、いい音してんだから、それを有効利用するのをちゃんと考えろよ」
「……!」
清和くんて、聖人?
いや、ほんとに裏とかない?
カラダで払うとか言ったけどさおれ。
音楽好きってだけで、ここまで普通言える?
尊敬の念と、ほんのちょっとだけ、今更ヤバい人だったらどうしようという思いも。
「清和くんて……お人好しって言われる?」
「言われない」
「嘘やん?見ず知らずの人ここまで世話しないって。おれが貴重品盗んで逃げる奴だったらどうするんだよ」
「音楽界隈で活動できなくなるようなこと、おまえしないだろ。うちにあるたった数万程度盗んで前科負うリスクのほうが高すぎ。
それ以前に常識はあるってくらい、見てて分かるし。
買い物もマジメすぎるし、俺も生活助かってるの。
家事一切気にしなくていいって、まじで快適だわ。
あと俺の作業を邪魔しない生活態度も合格。
だから今んとこ無期限でここ居ていいよ」
「恩に、着ます、ほんとに」
土下座するしかない……
いや、これはお人好しじゃないな……
超合理主義なお人なのでは?
そういうところも含めて、清和くんのこともっと知りたい気がする。
音楽で、食いたいなら。
そんなこと言ってくれたの、清和くんが初めてだ。
「おまえさ。ミュージシャンやるんだろ。
俺より時間あるんだからさ、俺より練習しねーと、俺の副業分も稼げねーぞ。
そんな甘くないって、わかってんだろ」
ほんと、そうだ。
やってる人の言うことだから、重い。
「バイトも入れすぎんなよ。
バイト以外で稼ぐ方法を考えた方がいい。
SNSで演奏動画出すとかして、固定ファンつけてって、ライバーやるとかさ。
それだってちゃんとミュージシャンとしての収入につながるよ。
簡単にできるとは言わないけどな」
SNSは前のバンドでやってた。元カレがメインに。
配信も、そういえば二人でたまにやってた……ライブ告知とか。
でも、おれがソロで配信する頭はなかった。
よく考えたら、すればよかったのに。
――無意識に、カケルより目立たないように、って思ってたのかもしれない。
「おまえ今固定バンドないし。
元相方が引退したなら、おまえだけでも顔見せてたら喜ぶファンいるんじゃね。
収益化は別として、ちゃんとファン受け止めてやれよ。
おまえしかできないんだから」
「おれは……多分、9対1の1しかファンいないだろうけどな」
「その1を大事にするんだよ。
きっと将来、強力な支えになる。
練習風景のショート投稿とか、変態フレーズのカバーとかさ、発信しなよ。
おまえならファンついていくって。顔も出せるし、おまえ結構イケメンだしさ」
「いや、べつに……」
清和くんにイケメンって言われた。
待って。恥ず。
でも、配信、ライバーか。
なんで気づかなかったんだろ。
SNS発信はカケルの分担だったから、意識の外にあった感じ。
一応自分のアカウントもあるけど、写真だけ。完全に宣伝用でしかなかった。
曲のベースラインだけ弾いても映えないな、って思ってて。
すごい。
清和くんほんと何でも知ってる。
どんどん、おれの活動を開発してくれてる。
ちなみに清和くんは演奏の投稿や配信はしない派だそう。
「会社に知られたら面倒だから」
と涼しい顔で言っていた。
「顔出しなしにしても、地味に編集に時間取られるし。編集外注してまでやりたいかっつーとそこまででもない」
つまり一度はやったことがあるということ。
スキル幅広すぎない?
「俺はプレイヤーとしては一流になれないからさ。
音楽業界につま先でも踏み入れてようと思って、いろいろやってきただけ」
あっさりと言うけど、清和くんの曲は音楽やってるおれが聴いてもプロの曲と違和感なかった。
こんなに音楽が作れるなら、おれより絶対いいバンドに入って活躍できると思うのに。
でも、これだけできる清和くんの判断だから。
ジャズ系の事情をよく知らないから、プレイヤーでいないのは勿体ないって思っちゃうのかも。
ただ、それでも、表にもっと出ればいいのに、おれはそう思ってしまう。
♪
後日、元カレからの返事。
『もう払ったから請求書は捨てた。
オレのこと疑ってんの?』
清和くんはそれを見て、失笑してた。
「逆ギレじゃん。
これ引っ越し費用まで上乗せした感じじゃね。
もう、手切れ金として、払っときな。そんでそいつブロックしとき」
「そうする」
送金連絡の後、思いの他あっさりと、カケルのことをブロックすることができた。




