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ハイテンション・ノート 〜詰みベーシスト、音楽ガチ勢リーマンに拾われる。〜  作者: 橘 いゆ璃


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2/12

2.切り傷、回復

手とか切った瞬間より、しばらく経ったあとの方がじわじわ痛いってあるじゃん。

おれはあれを今、地で行っている。


元カレと同棲していた部屋から自分の荷物を運び出す作業は、いちいち心を抉る。


月曜日、清和くんは地味なリーマンに戻って出勤していった。

荷物を持っておいでと言ってくれたので、今日は元カレのアパートに荷物を取りにきたんだけど……


昨日は清和くんと音合わせをしてめっちゃテンション上がったのに、落差がひどい。


5年だよ。5年。

相手のことは何でも分かるくらいに、生活も音楽も共にした。

その重みが、部屋のあちこちに染み付いてる。


ほとんどのモノが二人で共用してたもの。

服も食器類も、バッグからアクセサリーまで。


どっちのモノだってこじれるのも嫌だし、明らかにおれが買っておれだけが使ってたものだけ選んでバッグに詰めた。

元カレは、おれがいる間は外に出てるから。


もう話し相手もしてくれないんだな。

別れた直後は、なんだかんだ同居の友達みたいな距離感で。


……しばらくは、発散の意味でヤることもやったけど……

互いにイイところを分かってるから、すげぇよくて。

その度にもしかして戻れるんじゃないかと何度も期待した。


でもやっぱりカケルの中でそれはなかったらしい。


解散ライブを終えて、明らかに態度が変わった。

一週間で出て行けなんて鬼だと思ったけど。あちらの言い分としては、別れたのにいつまでも居座んなよってこと。


(おれ、そこまで疎がられてたのか……)


胸の奥が痛い。


二人でやってきたモノ、ライブのチラシだとか一緒に行ったフェスのグッズとか、そんなのがいっぱい出てくる度に。


(オレたち、ずっと一緒にやっていこうな)

(オレにはおまえだけだよ)


そんな言葉をかけてくれたこともあったけど、結局、未来を保証するものじゃない。

そんな歌、みんな歌ってることだけど、客に届けてきたのか。なんだかな。


カケルは引退だから、おれたちのユニット「スピネル」のCD他関連の物品はおれが管理することになった。


(処分、か……?)


でも、おれの音楽の一部であることにも、変わりはなくて。

終わったから捨ててしまえるというものでもない。


(こういうとこなんだろうな、おれが重いの)


この日何度目かの、大きなため息をついた。



「お、源吾帰ってた」

「おかえり。

ごはん、食べる?」

「まじで作ってくれたん」


日中気が重かったから、清和くんが帰ってきて、ちょっとだけホッとする。

作ったごはんを食べると言ってくれる、それだけで少し嬉しい。


清和くんはジャケットとネクタイをソファーに放って、そのまま座った。

ローテーブルに食事を置いて、シワが気になるのでジャケットとネクタイを回収してクローゼットに片付けておく。


「源吾、おまえも食えよ」

「ああ、うん」

「昨日も思ったけど、このテーブル食いにくいな。食卓買うか」

「今まで気づかなかったの?」

「インスタントでも買ってきたものでも、大体キッチンで立って済ましてたわ」

「えー。それ食事じゃなくない。ただの栄養補給」

「まあそんな感じ」


コンロがきれいなのは、つまり料理はしていないということだ。

男の一人暮らしかつ、食事を作ってくれるような人は、少なくとも最近ではいないというわけで。


「あのさ。ウォークインクローゼットのとこに荷物置かせてもらってる。すぐは難しいけど、そのうち片付けるから」

「ああ。いいよ」

「やっぱCDとかは処分しがたくてさー」

「CDって、インディーズで出してたやつ?」

「うん。在庫はおれが管理することになって」

「ケースに入れて保存しとくか。おまえがいっぱしのベーシストになったら希少価値でるから、そのときプレミア価格で売れよ。儲かるぜ」

「えっ……?」


儲かる?


思いもよらない単語が出た。


「コアファンって過去のレア音源とか欲しくなんじゃん。

数量も限られてるし、需要が高まれば値段上げれるよ。

その前におまえがそのくらい人気出さなきゃだけどな。頑張って名を上げようぜ」


レア音源が欲しくなるのは分かる。

たしかに。

さすがに値段を大幅に釣り上げたくはないけど。


でも、こんな考え方ができるなんて思ってもみなかった。

ずっと過去の荷として閉じ込め続けるものになるって思ってた。


清和くんの言葉ひとつが、おれが勝手に引きずってる荷を外してくれる。


「ははっ。儲けるだなんて考えもしなかった……

清和くんの発想、最強」

「CDだろ?売らなくてどうすんだよ」


そのとおりだ。

カケルと共に作ったっていう意識が強かったけど、商品だって考えればいいんだ。


「CD出してるって、すげえよな。

ちゃんとスタジオ録音したやつだろ?

俺も自作曲配信してるけどさ、やっぱりレーベルからCD出してるってミュージシャンとして一段上にいる感じ」

「いやいや!清和くんの曲の方がレベル高いから!」

「昨日の感じ、おまえのベース、ちゃんとよかったよ。

いいベーシストがいるって人から聞いてたけど、そのとおりだった」


おれのこと、少しは知っててくれたんだ。


「……おれ、元相方の影に隠れがちで、あんまりそういう評判聞いたことなかったから……

ベースってやっぱ脇役ってなりやすいじゃん。だからめっちゃ嬉しい」

「あー、ギターの子ね。解散ライブ?聞いてたけど、俺ならもっと5弦ベースを活かしたいって思ったよね」


うわ。

こんなにおれのベースに興味持ってくれた人、初めてだ。

こんなこと言われたら、音楽人としては誰だってときめくやつ。


「あとちょっと正直に言わせてもらうと、もうちょっと使う音に幅が欲しいかな。

こっち来て」


ああ。そりゃあ、そうだろな。

清和くんほど自由に音使えてない自覚はある。


清和くんに招かれて、寝室に入った。

寝室のクローゼットの中、清和くんが衣装ケースを引き出すと、そこにはみっちりとCDが。

わかる、わかるよ。

配信が主流だけど、現物(モノ)がほしくなる気持ち。


「学生時代に集めたやつ。昔のCDって、配信のストアにないものとかあるんだよ。

かといってサブスク複数も意味ねーし。

CDで聴くのもいいよな」


寝室の棚にCDコンポが置いていて、機械は新しくないが、Bluetooth送信機でワイヤレスイヤホンに飛ばせるようにもなっている。

さすが清和くん、デジタル強者。


「この辺、俺の好きなタイプのベース入ってるから、聴いて参考にしてみ。

使ってる音の解説とかするし」

「ありがと、聴いてみる」

「CD自由に聴いていいよ」

「あ、おれこれ知ってる。かっけえよね」

「いいよな」


もうこの音楽の好きポイントが合う感じ、めっちゃ楽しい。

ここにあるCD、聴きまくろう。

そんで清和くんのほしいベースができるように頑張ろう。



食後、清和くんは要塞にこもる。

今日は、音合わせはナシ、かな。

本当はちょっと合わせたいけど。


――そっか、さすがに夜はスピーカー音出しはまずいか。


となると、合わせられるのは週末か。

それまでにさっきのCD、いろいろ聴いてみよう。


「清和くん……」

「ん」

「片付け明日でもいい?音しないほうがいいでしょ」

「ああ……そうな。俺が居ない間の方が助かる。

片付けはいつでもいい」

「じゃあ明日にするね。シャワー先行っていい?」

「いちいち俺に断らなくていいよ。使いな」

「ありがと……じゃ、お先」


作業中は家事の音がしない方がいいだろうと思って、片付けは明日に回すことにする。

家事にはこだわりがなさそうで、よかった。

シャワーの準備をして、清和くんの後ろを通る。


「っあー、あと四日もある。仕事だりー」


ヘッドホンをつけてパソコン画面を向いたまま、椅子によりかかって伸びをしながら野太い声でつぶやく清和くん。

これは同調したほうがいいのか?独り言?


でも再び作業を始めたので、声はかけないままにしておいた。



仕事だるいと言いながらこんなに作業を頑張ってる清和くん、まじ尊敬。

おれも、こんな風に会社員やりながら音楽やったほうがいいのかな。

まあ、普通の人はそうよな。


バンドの界隈では、バイトしながら音楽活動の人が多いから、おれのフリータースタイルが普通だった。

カケルのほうが、現実をよく見てたのかも。


今更ながら、世間が見えてなかった自分に気づく。


でも同時に、会社勤めしててもここまで本格的に音楽ができるんだっていう気づきも。


(当面は……ここに居られる間に、清和くんにいろいろ教えてもらお。邪魔しない程度に)



翌朝、簡単な朝食を準備して、ソファーで眠る清和くんを起こす。

何時までやってたんだろう。

あっけなく二度寝した。


「清和くーん。

ごはん食べてよ―」

「……そういやメシがあるんだった」

「コーヒーでいい?」

「……ん」


ごはんとコーヒーで目を覚ましてもらって、身支度を整えた清和くんを玄関まで送る。


「いってらっしゃい」

「ん」


しかしなんと地味な姿だろう、清和くん……


顔が隠れるように髪を下ろして、正直ダサい黒縁メガネ。

ザ・モブ。


パソコンに向かってたあのかっこよさはどこへ。

あえてこのテンプレリーマンスタイルやってる?

こんなに雰囲気変えれるなんてすげえ。



洗濯して、掃除して、買い物に行って。


バイトの日は作り置きしておこうかな。

一週間の献立を考えて。


しばらくライブできないから、バイト増やして、新しいバンド加入をまた考えないと……



そうこうしているうちに、他バンドの友人から連絡があった。


『ゲンゴ、来月のライブ、ヘルプ頼めない?』

『いいよー』

『助かる!また練習日送るな』


ありがたいことに、たまにこうしてヘルプで呼ばれるくらいにはなってきた。

ベースの需要って、思ったよりある。

自分のバンドがなくなって暇なので、ガンガンやってくぞ。


やるべきことを考えてたら、切れた痛みも少しの間は忘れられる。



「……清和くんいつからシンクの掃除してないのかな?

そして掃除道具がないのはなぜですかね?」


当面、おれの仕事は大掃除になりそうです。


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