22.おれと、組んで、ほしいです
男同士の場合、バレンタインデーはどうすべきか。
おれはイベントに乗る派です。
デパートとかで売ってるチョコを準備して、当日清和くんに渡すつもり。
せっかくだからデートとかもできたら……
「源吾、バレンタインどうする?」
まさかの清和くんからの質問。
「おまえってイベント結構気にするタイプだろ」
「え、なんで知ってん?やりたい派」
「カップルイベント的な日のメシが手が込んでる。
いい夫婦の日とか。付き合って半年記念とかもやってたじゃん。
バレンタインもなんかやるんかなって思って」
見抜かれてました。
重くならないようにと思って何も言わず出してたけど、やっぱちょっと重かったかな……?
「清和くん食べたいものあったら作るよ」
「あー……
たまにはいいとこで外食でもするか?どっか連れてってやるよ」
わぁお。本格的デートじゃん!
嬉しい!
「三月繁忙期に入るから、ホワイトデーは多分何もできねぇけど。まとめてバレンタインってことでいい?どこか予約取っとくわ」
「全然!超楽しみにしとく!」
「何系がいい?」
「えー……清和くんは?」
「別にこだわりないかな。本格派ならフレンチでもいいし、懐石でも、回らない寿司でも。カジュアルにイタリアンとか」
選択肢がスパダリのソレなんですが……
「じゃあ、カジュアルめイタリアンで……」
本格派フレンチも懐石も入るの怖え。
あとバレンタインなら和風より洋風がいいなって気分。
「オッケー。よさげなの探しとくわ」
このお任せして安心できる感よ。
「清和くんまじでスパダリ〜」
「そう思ってんのおまえだけだから」
「嘘やん?」
「てかおまえにしかこんな扱いしねーし」
それって他人には見せないスパダリってことでいいですか。
何それ嬉しすぎるんですけど。
「おれ長年の金欠に慣れすぎてて、高級なとこ入る勇気がないんよ」
「何も社長とか御曹司が行くようなやつじゃねえよ、俺だって行き慣れてねぇし。
庶民がちょっとかっこつけるレベルのとこだから。
あんまラフな格好はアレだけど、ビジネスカジュアル的なコーデで十分」
「このジーパンはよくないよね」
「バイト行くときのパンツに、ニットでいけんじゃね」
ビジネスカジュアルなんて持ってないんだおれ……ニットだけユイクロで買ってこよ。
♪
そして超楽しみにしていた当日。
朝からずっと落ち着かなかった。
家を出るときの清和くんもかっこよかったな。
思い出すとニヤけてる変な人になりそうなので、マフラーで口元を隠しておく。
今日の待ち合わせ場所は。
でっけえオフィスビルの前なんだけど。
清和くんの会社の真ん前の、ちょっとした広場。
改めて、清和くんってエリートなんだなって実感が湧いてきた。
しかもそれで副業で収入あるとか……
ほんとはタワマンとか住めんじゃね?
てかおれが本来手の届かない相手なんだろうけど。
でもおれのベース気になって声かけてくれたんだよな。
金なし家なし底辺バンドマンだったのに。
たった一年弱で、音楽でこんなに収入が発生するなんて。
すごいプロデューサーっていうのかな。
清和くんの底知れなさに、なんていうか、底なし沼みたいな怖さ……とは違うけど、おれなんかが、っていう感情がちょっと出てくる。
普段は思わないんだけどな。
おれが会社近くまで迎えに行かせてって言っちゃったから、こうなってるわけで。
日が沈んで、オフィスビルは煌々と明るい。
会社帰りっぽい人たちが大勢あちこちのビルから流れ出てきて、駅の方へと川のように移動していく。
清和くんおれの場所分かるかな。
スマホを確認しながら、そのまま待っていた。
何度目か、顔を上げたとき。
人混みの奥に、その姿を見つける。
これだけ人が動いてるのに、おれの目はもう、大好きな人の顔を捉えて離さない。
「待った?」
「ちょっと早く着いたから」
「はは、おまえもスパダリムーブかよ」
「迎えに来たよ、ダーリン」
「うっわ、おまえそういうこと言えんの」
「自分で言ったけど超恥ずい」
笑い合って、腕を絡ませてて。
「行こうか」
リードしてくれる清和くんは、イケメン俳優よりもかっこいい。
「会社近くで腕組んで大丈夫かな?」
「誰も俺だって気づかね―だろ」
「おれ一目で清和くんって分かっちゃうよ」
「おまえが特殊仕様なの」
そういえば、最初は清和くんのこと、会社行くときモブになってるって思ってたっけ。
前髪下ろして黒縁メガネ、あの頃と変わらないのに、もうモブだなんて思えなくなった。
「だって。清和くんのヨメだもーん」
「さすがだな、ヨメ」
人混みの中、誰にも間に入られないように、ぎゅっと清和くんの手を握って、腕も取って。
おれたちのいるところだけ、まるでスポットライトが当たっているような気分だ。
♪
そして今いるところ。
あの。
これはオトナの隠れ家ってやつですか。
おれのバイト先も、カジュアルレストランではあったけど、これはちょっと客層が違う雰囲気。
おれは基本何でも食べれるので、清和くんが全部仕切ってくれて、メニューもなく料理が運ばれてくる。
めっっっちゃオシャレやん。
「飲み物は?ワイン行っとく?」
「ワイン……よく分かんないんだよな。バイトで注いだことはあるけど」
「俺も銘柄とか産地とか詳しくはないけど。
カルパッチョだし白にするか」
「赤と白の違いからして分かんないや」
「ざっくり、白は魚、赤は肉、って感じ」
ワイン自体ほぼ飲んだことがないから、行けるかちょっとドキドキした。
「あ。いい」
「うん、いいな」
「何だろ。魚が美味いかも……」
「料理を引き立てるっていうけど、たしかに」
「そうなんだ」
清和くんも、滅多に飲まない。
何せまっすぐ帰宅して作業ばっかりしてるのをおれは毎日のように見てるのだ。
そんな清和くんは、どこでこういう店のチョイスとかワインのこととか知識を仕入れたんだろう。
会社の飲み会とかも行ってないし、仕事で接待とかもないみたいだから、会社で得たわけじゃなさそうで。
やっぱり音楽仲間かな。橋立さんとか。あのクラスのミュージシャンならいい店とか知ってそう。
皿が下げられて次を待っている間、ちょっと聞いてみよう、と思ったとき。
「源吾」
清和くんが、まっすぐおれを見て。
なに?この何か告白的な感じ。わけもなくドキドキする。
「五月。一緒にステージ出るぞ」
「…………
……へ?」
今なんと。
変な声出てしまった。
「ハシコーのバンドでさ。俺と、おまえも指名だ。ジャズフェスのステージ」
「……え。
……え?」
待って。
橋立さんの?
あのベーシストさん、佐古江さんの代わり!?
「え、おれ、ムリ……」
「ムリじゃねぇよ。俺とスタジオで合わせてたろ。あんなタイプのセットリストだから」
「佐古江さんの代役!?ムリだっておれのレベルじゃ」
「代役じゃねぇよ。ハシコーがおまえを見込んで抜擢したんだ。
おまえの動画とかも見た上での判断だ、普通にできる」
ちょっと待って……
混乱しそうなんですが。
清和くんは分かるよ。
でもおれ!?まじでどうなってそうなった!?
「ちょっとまだ現実感ありません……」
「今月中、おまえを仕込んでやるから。頑張って付いてこいよ?
ていうかおまえ、ちゃんとできるんだけどな」
いや、そう言われても信じられないんですが。
大役すぎるやろ!
「四月まで俺が繁忙期だから、五月の連休辺りで一回全体リハして、あとは俺がフォローする。
譜面は難しくないし、急なアドリブとか振らないから。
ソロは回すけど」
「怖え……え待って。手が震えてる」
ほんとに、テーブルの上に乗せた手が小刻みに震えてる。
「ああもう、おまえは。俺がついてんだろ。
大丈夫だから」
清和くんが手を伸ばして、震える手に重ねてくれる。
うん。そうだよね。
清和くんがついてるなら。
怖いけど。
「特訓します」
「譜面データ持ってるからすぐ渡すわ。三ヶ月あれば大丈夫」
「こないだ佐古江さんに連絡先もらったんだけどさ、個別レッスンやってくれないかな?」
「あー……
まぁおまえの気の済むようにしたらいいけど、レッスンっていうより、使うフレーズの反復練習とフレーズを増やすことじゃねぇかな。結局地道な作業で、何年もかかって積み上げるモンなんだよ。別に、今のおまえで足りないわけじゃねえし」
「それは……なんとなく分かってた」
「だろ」
「フレーズのマンネリ化がさぁ……いっつも同じことやってるなってなる。
ぶっちゃけロック畑なら通用するって思ってるけど、ジャズ系はなぁ……」
「気になるなら、秋に俺がハシコーと出たときの動画が公式で出てるから、サコさんの音使い見てみ」
「そっか!それ参考になりそう」
次の皿が来て、清和くんが手を引っ込める。
店員さんに見られたと思うとちょっと恥ずかしい気もしたけど、清和くんが慌てて離すとかじゃないのが嬉しい。
堂々としてるよな、こういうとこも。かっこいい。
てか男同士でコース料理っていうのがそもそもカップルみたいに思われてるかな。店内はほぼカップルだし。
話は弾むんだけど見事に音楽の話ばっかりで、もうなんかさすがおれたちって感じ。
清和くんも音楽の話だと止まらないし。
「そういや重甲シフォンの、あの子と組むのどうなった?」
「あ、結局ちゃんと返事できてないんよ」
「慎重になるのは分かるけどな。向こうはどうなん?」
「毎月リハ行ってるし配信でも絡むけど、話題に出てなくて。……これってもう今更なんかな?」
「でおまえ自身は決まってねぇの?」
「それは……」
何より清和くんとやりたい、っていうのを言い出せないまま、ユージュくんと組むのも決められないでいた。
ここを抜けないと、いつまでも抜けない、そんな気がして。
今日はこじつけだけど告白の日だ。
それなら。
「あの、清和くん。
将来的にでいいけど、おれと、組んで、ほしいです」




