19.今更
「クリスマス、どうする?」
「平日だから、普通に仕事だけど。年末だから定時は無理かもな。おまえは?」
「おれもーラストまでバイト入ってる……」
「まあよくね、家で」
「ま、いっか」
恋人いるバイトが軒並み休み希望出してたので、おれは出勤に立候補しました。
おれたちのクリスマスは何も起こらなそうだ。
クリスマスだからって恋人らしくしないといけないわけじゃなし。
プレゼントどうするか聞こうと思ったけど、サプライズであげようと思いついて、触れないでおいた。
一旦風邪は治ったけど、忙しさは変わらずで、休む時間を確保するにはバイトを削るのが一番なんだよな……なにせ遠い。清和くんに近場にしろってずっと前言われたけど、学生時代から馴染んでる職場だってことで辞める決心がつかないままにしてた。サポートバンドの曲を覚える時間に当ててはいたけど。
ごはん作る件は、とりあえずおれがやりたいだけやればいいって清和くんは言ってくれたけど、週のどこかでは一緒に外食したり、テイクアウトしたりすることにした。
「俺が養ってんだから、俺の言い分聞けや」
って言われたんだけど。
「俺は家政夫育ててんじゃねぇんだよ。ミュージシャンとして育ってほしくて養ってんの。家事はおまえが何もしないのが居心地悪いだろうからやってもらってるだけ。音楽に関することが優先に決まってる。分かった?」
養うがめっちゃ優しく聞こえるんよ、清和くん……
その晩はおれから迫りました。
清和くんとは順調に戻った。風邪で弱ったときに隠れスパダリだったことが判明し、めちゃくちゃ包みこんでもらって尊さが増した。
重甲シフォンで集まったときにその話をうっかりしてしまい、ユージュくんにド惚気って突っ込まれました。そしていつの間にかメンバー全員に知れ渡ってた。清和くんが観に来たときに手を繋いだのが目撃されてたらしい。
でも、みんな普通に受け入れてくれててちょっとびっくりして、ちょっと嬉しかった。
♪
「――で、この前風邪引いちゃって。寒いからみんなも気をつけてね。今月はまだまだ忙しいんだ〜みんなはクリスマスに向けてどう?あー、仕事ね。おれも仕事ー」
今日は夜の楽器なし配信。
で、大体ユージュくんが同接してくれてるっていう。今日もコメント欄にいてときどきツッコんでくる。
「ユージュ『ゲンゴさんが遊んでくれないんでクリスマス暇でーす』。うんごめん〜。だってクリスマスはみんな仕事休むんよ。俺出んとしゃーないやん。てかその後重甲シフォンの方で対バン出ますやん。会えるから。寂しがんないで?」
コメント欄がちょっと賑やかになってきた。
ユージュくんから飛んできた人もいるから、ユージュくんと絡むと結構ウケる。
その中の一つに、思わず目が止まった。
[カケルくんは今どうしてるんですか?]
スピネルを知ってる人。
まあ、そういう人も来るよな。
探してておれに行き着いた、って感じか。
「わ、懐かしい名前きた……
カケルって、おれの前やってたバンドのギタボ(ギター+ボーカル)だったんだけど、引退しちゃって。
それ以上のことは公で話さないことにしてるんよ。なのでこの話題は以上、ごめんね。
でもスピネルのこと覚えててくれてありがとう」
思い出せば、まだちょっと胸の奥は痛む。
だって別れて一年も経ってない。
未練はないけど、傷だけまだ残ってる感じ。
話題に上がれば笑顔で対応できるレベルではあるけど。
[カケルくん、今どうしてるんだろ……]
[私も会いたい]
そんなコメントがちょっと飛び出した。これ広がってほしくないな……
スピネルのファンだったなら仕方ないのかも。明らかにカケルのファンが多かったから。
[ここゲンゴくんの場だから、カケルくんの話やめてあげて]
擁護コメントまでいただいてしまった。これは早く鎮めないと荒れるやつ。
「カケルのこと考えてくれてありがとね。
でも音楽は好きだったヤツだから、またひょっとしたら音楽の場に戻ってくるかもしれないし。そのときは待ってたよーって言ってあげて。
おれのことも気遣ってくれてありがと。あいつの話はこれ以上コメントできないからさ、この話題はおしまいにしよ、ね。
あ、そろそろいい時間だから、今日はこの辺にしよっかな。みんな今日もありがとー」
あー。
なんとか無事に終了。
荒れるまでいかなくてよかった。
でもちょっと消耗した。
パソコンに向かってる清和くんに、後ろから抱きつく。
「清和くん……なぐさめて」
「んーちょっと待って」
音楽優先のこの温度感……通常運転で逆に和む。
「キリいいとこで切り上げるから、準備しといて。ヤるんだろ」
「えっあっ、そ、それでもいいよ」
いきなりする前提で言われてちょっと動揺して、そのつもりじゃなかったみたいな発言になってしまった。
でもどストレートな言い方が心に刺さった……張り切って準備に行った。
♪
メガネを外した清和くん、顔がエロい。
まだ部屋着は着たままで、ベッドに横になって抱き合って、触れ合ってる。
「なぐさめてって、どうした?」
「さっきの配信で、スピネルのファンが来てくれたんやけど、元カレのこと聞かれた」
「ふうん」
「別に、会いたくはないけど。
消耗したから、補充したい」
「キスでいい?」
「うん」
唇が重なる。
嬉しい。
清和くんは、結構エロいキスをしてくれる。
「ん……すき、清和くん」
「ん」
これだけでもう、蕩けそうで。
「元カレの話して、怒らん?」
「今更」
「ごめん」
「なんで?」
「やな話よな」
「一応、おまえと元カレのステージまで観てんだよ、俺。
音の絡みとか聞いてるし。セックスも何となく想像つくわ。
どう、俺の方がいい?」
「当たり前じゃん」
「なら良し」
「キスもえっちも清和くんの方が上手いけん」
「はは、そこまで聞いてねぇし」
話してるうちに、部屋着の中に手を入れられて、体を撫で回されてて、気持ちよくなってる。
「おまえ、キスマークつけられんの好きだよな」
「清和くんのなら」
胸も、腹も、首筋も、キツく吸われて次々跡を付けられた。
清和くんの所有物みたいな気分で、おれはこれが嬉しい。
「もう、脱げ」
「うん」
「寒くね?」
「大丈夫」
肌が直接触れると、お互いにもう熱くなってるのが分かる。
うつ伏せにされて背中に乗られ、後ろから抱きしめられながら、またキスマークを付けられてる。
体をつなげる度に、大事にされてるって感じる。
・
・
「清和くん……ハーフディミニッシュっていつ使うん」
「譜面にそう書いてるとき」
「あ。そうか」
「Ⅱ−Ⅴ−Ⅰの進行で使うのが多いな」
賢者タイム、清和くんに習ったジャズ理論がなぜか出てきた。
マジメに理論の話をして、二人でシャワーを浴びにいく。
洗面台の鏡をふと見ると、おれの体はあちこちキスマークが。
「夏じゃなくてよかったな。結構目立つ。
……嬉しそうにしてんなよ」
「だって、嬉しいし」
「なに、所有されたいの?」
「うん、清和くんには」
「そうか」
二人でシャワーを浴びながら、また何度もキスを繰り返す。
思い出した傷のことはすっかり忘れてて。
久しぶりに、二人で温かな眠りについた。
♪
もうすぐクリスマスという日、久しぶりに東秀のいるバンドで、対バンに出演した。
ベースメンバーは、年末仕事に追われて楽器を触ることすら難しく、おれを代役にと指名があったのだ。
「ゲンゴ、すっかり売れっ子ベーシストになったよな〜」
「おまえの予約取るのが難しいなんてびっくりしたわ、来てくれてありがとな」
友達のバンドではあるけど、今回はギャラ交渉をさせてもらった。
半年前、スピネル解散直後はバンドメンバーと同じチャージバックをもらっただけだったのを思えば、おれもプロっぽくなったなと思う。
とはいえ、彼らが快く交渉に応じてくれたから、他のバンドよりも若干割安で価格提示したおれはまだ甘いのかもしれない……
そこは旧知の仲ということでおれは納得してる。曲もほとんど経験あるから、準備期間も短いし。
今回の対バン相手は、スピネル時代に対バンしたこともあるバンド二組。会うのは久しぶりで、挨拶と近況の話なんかをしていた。
スピネルの解散とかカケルの話も出てきてしまうのは、仕方のないこと。
もう引退した相手のことを話すのもアレなので、配信のときみたいに軽く流していたんだけど。
「俺な、新宿のバーで働いてるじゃんか。こないだカケルみたいな人見かけたんだよなー。
髪の色落ち着いてたから見間違いかと思ったんだけど、やっぱそれっぽくて」
「お前のバーって、二丁目だよな」
「そうそう。ガタイいい男のツレがいた」
あー。そうですか。
別にその情報いらないんだけど……
普通に考えて、彼氏できたんだろうな。あいつ顔いいし。
でもガタイいいっていうとバリタチ?
まさかカケルがネコやんのか?絶対タチだと思ってた。
……考えてもしょうがない。おれには関係ないや。
その場はあー、そう、くらいにとどめて、ちょうど東秀が呼んでくれたので離れる。
「東秀サンキュー、助かった」
「大丈夫か?顔がすんってなってる」
「大丈夫、心は凪」
「今日彼氏さん来ないの?」
「今日は残念ながら」
「俺も一度会ってみたいなー」
「めっちゃ怪しんでたのに?」
「それ彼氏さんに言うなよ」
分かってくれてる東秀はまじでありがたい。
ギャラ交渉する前から、ギャラ割増にするって言ってくれたのもこいつだ。
バンドは一部アマもいるけど東秀はプロだから、その辺もちゃんと理解してくれてる。
♪
今回の対バンは、インディーズでも同等くらいのバンドの集まり。
おれが最近サポートに入ってるバンドより、若干格下に位置するっていったら上から目線になるけど。
スピネルでやってた頃より、確実に階段を上がった気がしてる。
「ゲンゴおま、安定感パネェわ。さすがプロ」
「いちお、プロっす」
「去年より絶対出来いいわ」
メンバーが喜んでくれて、何より。
変化を感じてくれたのも、おれ自身の成長が見えて嬉しかった。
出演バンドの中で、このバンドが一番よかったとおれは思ってる。
彼らとの年内の絡みは、これが最後。
また来年、なんて挨拶したりして。
でもこのバンドには本当に助けてもらったな。だから相場よりギャラを安くした。
「ゲンゴ、ちょっといい」
東秀に呼ばれて、ライブハウスの外、人気のないところへ連れ出された。
「あのさ。……言いにくいんだけど。
実は、つい昨日、カケルから連絡きててさ。おまえと連絡取れないって」
「……は?」
「なんか分かんねえけど、ブロックしてる?」
「あー……そういえばしたわ……」
退去費用を請求されたことで、清和くんからブロックしときと言われてしたのを思い出した。
すっかり忘れてた。
「ごめん、東秀。おまえ関係ないのにな、どうしよ……てか今頃おれに連絡ってなんだよ……」
「いや、俺はいいんだよ。じゃあブロックしてるなら、あいつと連絡取る必要はないんだよな。だったら俺も何かでシラ切るからさ」
「うん、とりあえずそれで……てかどう返事したらいいん?それ」
「俺も、分からん。
でもまあ、今更って感じだよな。どっちかが悪いとか言うつもりはないけどさ、別れて解散って言い出したのは少なくとも向こうだろ」
「そうなんよ。え、彼氏いるって言っていいやつ?」
「どうだろ……
ゲンゴ、年内仕事は?」
「クリスマス後に、重甲シフォンのライブ出るくらいかな。御茶ノ水の辺」
「念のため、気をつけときな。カケルがストーキングするタイプじゃないと思うけど、スピネルで馴染みだったハコとか、鉢合わせするかもしんないから」
「ありがとな、気にしてくれて」
最近カケルの話題が頻発してて、ほんとになんなんだ。
向こうの意図が分からないから、どう出ていいのかも分からない。
「あとな。俺、結婚した」
「っえ!?まじ!」
こっちもびっくりする内容だった。
「結婚つーか、入籍だけな。
前おまえに話したじゃん、あの後プロポーズした」
「おおぉ……おめでと、なんかお祝い……てか式とかは?」
「式は親族だけでやってて、大々的にはしないことにしたんだよ」
「そっか。今どきそれもいいよな。
えー、指輪ないし全然気づかんやん。ドラマーって指輪できんの?」
「してるドラマーも普通にいるけど、俺スティックに挟まるのが苦手でさ」
ちょっと不穏な話もあったが、東秀のめでたい話で、いつの間にか元カレのことはすっかり忘れていた。




