18.おまえ、熱くね?
清和くん不足。
なんとなく、っていうか確実に、最近すれ違ってる。
年末が近づいてきて、イベント事が増えていて、サポートの依頼がまた一件入った。
一件とはいえバンドの曲を覚えて練習して仕上げるには日数も必要。逆に何件も入らなくてよかったくらい。
重甲シフォンのライブも月二回ほどは大体あるし、ユージュくん配信のペースも落とさないし、おれも見習って最低週一は配信を継続中。
カバー動画の作成は今優先度が低くて、後回しにした。
バイトも実は続けてる。イベントが増えて出勤日数少し減らしたけど。
年末にかけてこっちも忙しくなる時期なんだよな……
その合間を縫って、家事もやってる。
清和くんをほっといてると思われたくない。
清和くんはというと、変わらず会社と家の往復で、大体要塞にこもって作業してる。
シンクに置いてある食器で、おれは清和くんがちゃんとごはんを食べてるのを確認する。
でも最近、週末とかライブのある日はいつも食べて帰ると言われる。作れるときは作りたいのに、突き放されたような気分になってしまう。
居候の条件ってこともあるけど、それ以上に清和くんの面倒をおれが見たいだけなのに。
「ただいま……」
キッチンを通りすがりに、今日も食器がシンクに置いてあるのを見てホッとする。
食べてくれてるのが嬉しいから。
相変わらず要塞のパソコンに向かってる清和くんに、後ろから抱きついた。
「清和くん」
「ん。あーおかえり」
清和くんがヘッドホンを外して、椅子をこっちに向ける。
「疲れたぁ」
「おつかれ」
「清和くん補充……」
「吸うな、まだ風呂行ってねーんだよ」
「いや、風呂前の純粋な清和くんの匂いが」
「おまえ犬だな、つかくすぐってえ」
よけられてしまった。
「ほら、こっち来い」
清和くんがソファーに移動して、誘ってくれる。
今日はもう限界で体がだるくて、横になって清和くんの膝に頭を乗せた。
「……源吾、おまえ、熱くね?」
「んー……?」
「熱あんじゃね、これ」
嘘だろー……
明日本番なんだけど……
言われてみればちょっと前から寒気がしてたような。
気温のせいだと思ってた。
「おい、ちゃんと寝ろや。ベッド行って」
「シャワー、してくる……」
「うち体温計ねぇや。いるモン買ってくる。なんか欲しいものある?」
「ない……てか明日本番で……」
「ステージはテンションでなんとかなる。とりあえず一晩休め、飯食えそう?」
「いらない……」
「じゃあ水分だな。シャワーするなら早くして、ベッド行っとけ」
部屋着スウェットにメガネ姿の清和くんはダウンパーカを着込んで、慌ただしく部屋を出ていく。
こんな時間にごめん……
てか風邪ひいたのかぁ。バイトも休まないと。忙しいのに申し訳ないな……
そしてステージは気合で乗り切る前提。
プロなら体調管理しとけって話だけど、それでも平気なフリしてステージに立つのがプロ。
いや、こんなの初めてなんだけど……
だめだ、熱あるって分かった途端しんどくなってきた。
なんとかシャワーだけ終えて、ベッドに倒れ込む。
風邪なんていつぶりだろ……
背中から、次々悪寒が込み上げる。これ熱上がるやつかな。
寒い。しんどい。
明日までに直さないと。明日までに――
♪
久しぶりに長時間寝た気がする。
起きたときには、まだ体はだるいけど昨晩ほどの熱さとしんどさは消えていた。
枕元に飲みかけのペットボトルがあったのに気づいて、そういえば夜中に何度か目が覚めて飲んだのを思い出した。清和くんが声をかけてくれたような記憶も、かすかに。
額に冷却シートが貼られていたから、全部清和くんがやってくれたんだ。
ドアが開いて、清和くんが姿を見せる。
「起きたか?具合は」
「ん……昨日よりマシ」
すっと首に清和くんの手が差し込まれる。
「そんなに熱くないか。熱測れ」
まだぼんやりしているおれの襟口から、清和くんが体温計を差し入れてくる。
「今日の入り、何時?」
「今日、本番か……何時だっけ……スマホ……」
頭が働かずにスケジュール帳を確認しようと思ってスマホを開く。
あれ、今は9時?
「清和くん、仕事は……?」
「休んだ」
「へ?なんで?」
「病院行って、仕事も連れてってやるから。時間教えて」
「えっと、入りは……3時」
「なら病院行くぞ。検査はしとかないとだろ」
昨日よりは明らかに下がっていたが、まだ微熱。
ぼーっとしている間に、清和くんはなんか病院に電話して、タクシーを呼んで、上着も着せてくれた。
近場の内科に連れて行ってくれて、そこで感染症のテストを受けて、幸いどれも陰性、風邪の診断を受けた。
支払いから薬の受け取りから清和くんが全部やってくれて、おれはぼんやり座っているだけ。
またタクシーで帰ってきて、とりあえず食べれそうだったレトルトのおかゆだけ食べて、薬を飲む。
「出る時間まで横になってろ。持ってく機材だけ確認しといて」
言われるままに機材を確認して、寝室に戻ろうとすると。
清和くんが珍しくキッチンにいて、なんと洗い物をしていた。
「……やってくれてんだ……ありがと……」
「いや、俺の使った食器だし。洗い物くらい一応できる、面倒なだけで。いいから寝てろ」
またベッドに入って、体を沈める。
洗濯機の回る音が微かに聞こえてきた。
今日は全部、清和くんにお世話されてる。
なんていうか……
(うれしーな)
今弱ってるから、特に。
清和くんと一緒の時間過ごすの、久しぶりだし。
元気だったらもっとしあわせなのに。
仕事も連れてってくれるって、え?
おれ過保護にされてね?
つかスパダリじゃん。
いざというときはスパダリにもなれるのか……かっこよすぎる。
うとうとしながら、最後に風邪を引いたのはいつだっけ、と記憶を辿る。
風邪なんて滅多にひかなくて、寝込んだ記憶は中学生の頃だったかもしれない。
逆にカケルが何回か寝込んで世話をした記憶ならでてきたけど……
あの頃は、母親の世話が鬱陶しいと思っちゃって、世話を拒んで、継父に怒られたっけ。
まじで居心地悪かったな。
いやまあ、おれも素直に言うこと聞けなくてウザかっただろうけどさ。
でも結構多感な時期に再婚って、どうよ。
結局継父と合わなくて、高校に入るタイミングで父親の方へ移ったら、こっちも再婚してたっていう。継母は気を遣って干渉してこなかったけど、まあ居心地は微妙だった。
あーこんなん思い出してもしょうがない。ほんとに頭変な方向行ってんな。
とりあえず家出といてよかった。
なんだかそんなことをとりとめもなく思い出していると、いつの間にかしばらく眠りに落ちていたらしい。
清和くんが呼ぶ声で、意識が戻った。
「源吾。そろそろ出れるか」
「ん……」
ゆっくり起き上がって、まだかったるい体を清和くんにつかまって立たせる。
「タクシーこれから呼ぶけど」
「ちょっとだけ、メイクしていい」
「おう」
鏡の前で、完全に気の抜けた顔のおれ。
それでもこれからの本番を思い浮かべてメイクを始めると、色が入るごとに体にも力が入る。
髪を整えて、気合が入って。
嘘。
超ダルい。
清和くんが機材のバッグを持ってくれて、おれはベースだけ背負って、タクシーで現場へ向かった。
♪
重甲シフォンだったらまだマシだったんだけど、今日はよりによって新規のサポート案件。
なんかマネージャー引き連れたどんなご身分のミュージシャンだよって感じになっちゃった。
挨拶は腰低く。
調子が悪いのは顔に出さないように気を張る。
とはいえ現場に入れば、それなりにテンションが戻ってきて普通の顔ができてると思う。
リハーサルは問題なく終わって、あとは本番を待つのみとなった。
会場の外に待合スペースがあって、清和くんはそこで愛用のノートパソコンを開いていた。
イヤホンしてるから、こんなとこでも曲作ってるんだ。
おれに気づいて、作業の手を止める。
「源吾。大丈夫か」
「うん、なんとか。めっちゃ助かった、荷物とかいろいろ。ありがと」
「ん」
「タクシー代、おれの経費で払うから」
「いいよ」
「だめやって、結構高かったやん。距離あるし」
「いいから」
「えー……」
「本番前に、これ。飲んどけ」
パソコンの横に隠れてた栄養ドリンクが、おれの前に差し出される。
もう、こんなに気が回るなんて。
「……ありがと。清和くんってほんとシゴデキよな……」
「今日はおまえのジャーマネな」
「それで仕事まで休んだん?」
「どうせ、一生する仕事じゃなし。新人クンがなんとかすんだろ、なんとか使い物になってきたから。
それよりおまえが心配だしな。その風邪だって大方ハードワークのせいじゃね」
「まあ、最近、忙しいとは思ってた……」
「だろうよ。おまえさ、まじで、抜くとこ抜けよ?優先順位考えて仕事しねーとまたこうなるぜ。
つーか家事とか一番後回しでいいから。俺一人暮らし歴十年越しよ?何かあったらどうにかできるって」
「だって」
弱ってるとこに、そんなこと言わないで。
急に鼻の奥が痛くなる。
清和くんの肩に、思わず顔を埋めた。
「家事、居候の、条件だし」
「ヒモぐらいでいいっても言ったよな?」
「ちゃんとやらないと、おれにできるのってそれくらいで」
「十分ちゃんとやってんよ。もっと抜いてもちゃんとしてる」
「全部、清和くんの世話になってて」
「そりゃそうだろ、養ってんだから」
この人は。
どこまで受け止めてくれるつもりだろう。
買い出しとか、家事とか、病院も仕事も連れて行ってくれるのとか。
清和くんが全部、仕事休んでまで、おれの横にいてくれて。
おれは一人で頑張らなくても大丈夫なんだって、心の奥底まで、安心して。
体中から力が抜けそうだ。
「うぅ……」
「あー、おい、メイク落ちるぞ」
「優しくするからやし……」
涙腺まで緩んでる。
こんなに受け止められたこと、ないんだってば。
「おれ、清和くんに、ごはん作りたいんよ」
「んー」
「安心して、仕事も音楽もしてほしいから」
「できてるよ。おまえのおかげで」
「……ほんとに」
「分かったから、もう言うな。本番で目ぇ腫れるぞ、続きは帰ってからな」
「うー……」
おれだけ頑張ってるって思ったけど、ちゃんと受け止めてくれてた。
情緒がごちゃまぜで、清和くんの首に抱きついて、しばらく止まらなかった。
♪
ステージは無事終了。
本番前はちょっとぼーっとしてたけど、本番に入ったらテンション上がった。
栄養ドリンクが効いた気がする。
今回のバンドは、ボーカル中心で、例えばユージュくんみたいなクセ強プレイヤーはいない。
バンド全体がバランスよく出てて、メンバーとしても方向性とか仲の良さが定まってる印象だった。
そう、上手いドラマーとやるとこんな感じ。
無茶苦茶派手じゃないけど、確実なグルーヴを出してくれるドラムでビートを作るのが心地よかった。
サポートの話をいろいろもらい、取捨選択してるうちに体感してきたことだけど、やっぱりちゃんと一定のギャラを出してくれるバンドは技術も人間性もより洗練されてる。(まあなんか女の子と遊ぶとかの人間性は色々あるけど、仕事としての話)
そしてサポートしたバンドからのツテで次の仕事が来るケースもあって、いいバンドと知り合えば次もいいバンドに当たるし、イベントとか対バンでより格上のバンドと出会うチャンスも広がってる。
「ゲンゴくん、ベースよかったわ〜。また頼むでぇ」
「こちらこそ、ありがとうございました、樫さんのドラムめっちゃやりやすかったっす」
「うれしーわぁ、ベースの相性って意外と大事よなぁ」
ドラムの樫さんは関西の人だった。話しやすい。
「んで今日一緒に来とったにーちゃん、誰ぇ」
「えっと、あの人は……監督?師匠?な感じの人っす!」
マネージャーとは言えなかった。だって清和くんには教わってる側だし。
「あの人オレのカンやけどめっちゃ音楽できそうやんなぁ、紹介してくれへん?」
というわけで清和くんまで巻き込んでライブ後めっちゃ盛り上がった。
ドラムの樫さんは清和くんと同世代で、何か共感する部分があったみたい……
そしておれのアドレナリンが切れてふらふらと座り込んでしまい、そこでお開きになったのでした。
♪
「今日のステージ、よかったよ」
帰りのタクシーの中で、清和くんが言ってくれる。
「重甲シフォンのとはまた合わせ方が違ったな。おまえ、バンドカラーに合わせるの上手いよ。サポートとしてすげぇいい仕事してる」
「ほんと……?ならよかった」
なんだかまた熱が上がってきたかもしれない。顔が熱い。
「……やっぱぶり返したか。帰ったらゆっくり休め。
明日は?」
「バイトだけど、さすがに休む……」
「うん、そうしな。俺ももう一日休も」
「え、いいの?仕事大丈夫?」
「“体調不良”だから仕方ねーだろ。来週取り戻すわ」
「……なんで、そこまで」
「おまえの看病したいからさ」
「……もー、今、弱ってるんやって……」
清和くんに抱きついて、まぶたを押さえる。
耳元を、清和くんの声が低くかすめた。
(明日)
(……うん)
(おまえが元気になったら、するか)
(……やる……!)
多分、タクシーの運ちゃんには聞こえてないはずだ。
ジャーマネ → マネージャー




