16.モテたら、どうすんの
いい秋晴れ。
今日は重甲シフォンのサポートと、それから清和くんがジャズフェスに出演する日だ。
「じゃー行ってくる」
「いってらっしゃい!観に行くからね」
前髪を流して、ジャケット姿の清和くんは男前。
出がけにキスをくれる。
(しあわせだ〜)
おれも昼ごろには出ないといけないから、朝ごはんの片付けをして、ベッドを綺麗にして、軽く掃除。あとは昨日のうちに干した洗濯物の乾き具合をチェックする。
さすがに気温が下がってきたから、夜のうちに干しても乾かなくなってきた。
おれの本番が増えてリハもそれだけ増えたけど、なんとか家事をこなしてる。
(清和くんおれがいないとほんとにまともなご飯食べないんだもんな)
すぐコンビニに頼るから、あの人は。
洗濯もおれがするまで溜めるし、コップも洗わないし、部屋の埃は放置。
ちょっとくらいやってくれればいいのに、と思ったが、おれの仕事だったと思い直す。
(清和くんにさせるなら、おれが居る意味ないやん)
掃除をしていると、スマホが鳴る。
[おはようございます!リハ前にメシ行きませんか?]
ユージュくんからメッセが来た。
今日は清和くんのライブを観に行くから、入りがギリギリになることを伝えておく。
すると、
[じゃあ俺も行きます!駅で集合しません?]
二人で行って清和くん嫌にならないかな……とちょっと迷ったが、ユージュくんにも清和くんのプレイを見てみてもらいたい気持ちもあり、一緒に行くことにした。
一応清和くんにもそのことは送っておいた。
♪
でかいショッピングモール内の広場が、今日の会場。
普通に遊びに来るのにもいいかも。落ち着いたら清和くんデートに誘ってみようかな。
清和くんの出番はまだだけど、ほかの出演者の演奏がもう遠くから聞こえている。
着いたことを知らせようかと思った。
でも、本番前に余計なメッセはきっと気が散る、やめておいて、人だかりの後ろの方からステージの様子を伺う。
野外だからさすがに生ピアノではなくて、でもしっかりしたキーボードが多分清和くんの位置。
今はギターとフルート、ボーカルメインの、これは何だっけ。ボサノバってやつか。
昼時のランチにすごく良さそうな音楽が流れていた。
「ゲンゴさん、何か食べながら見ましょーよ」
ユージュくんに誘われて、広場を囲むように立ち並ぶキッチンカーやテントを一通り見て回り、軽食的なものを食べながら時間を過ごす。
何度かスマホをチェックするも、清和くんからは特に連絡なし。
「めっちゃ連絡気にしてません?」
「いや、まあ……そうかな」
ユージュくんに笑われるくらい、清和くんのことが気になってる。
だってこんな、結構人だかりのしてる中でのステージ。
彼氏が出演なんてテンション上がるに決まってんじゃん。
『ありがとうございましたー!盛大な拍手をお送りくださいー!
・
・
では次に出演していただくのは、若手サックス奏者として多くのステージ、最近では音楽番組でも活躍されている、橋立光揮さんです!』
出番だ。
橋立さんがステージに上ってきて、続いてベース、ドラム、そして――清和くんの姿。
もう、たまらなくかっこいい。
写真とりまくりたいけど撮影禁止……
みなさんほんとに気負いなく(プロだから当たり前だけど)ふらっと散歩にでも来たかのように楽器の位置につき、何やら顔を見合わせただけで、いきなり鋭い音が入る。
え、清和くん?
これがリハなしってまじですか??
おれの聞いてきたジャズのスタンダードじゃないんですけど?
しかも、今回はベースがエレベ。ジャズで一般的に使うウッドベースじゃない。
ということはフュージョン系か……?
清和くんからも目が離せないし、ベースもしっかり見ときたいし、目と耳が超忙しい。
――これだ。ドラムと合わさった心地良いグルーヴ。
派手なフレーズでもないのに存在感がしっかりあって、その上に清和くんのキーボードがじわりと響く。
やっぱりこの人の音エロいんだよ……
今日はピアノ音よりもエレピが多め。フュージョンってそうなのか。
柔らかい音が空間を包むようで、もう清和くんの音に抱かれて寝たいです。
作曲聞いてて思ったけど、清和くん空間づくりうまいもんな……
ベースの所々に入るちょっとしたフレーズが、動きを加えてワクワクさせてくる。
それも、サックスが入るとすっと後ろに引いて、サックスが存分に出せるようになってる。
(おれがこの場で演奏するとしたら。
…………
まだまだやなー)
悔しいけど、このベーシストさんが熟練すぎる。
橋立さんと演るってこういう音使いができないといけないってこと。
清和くん、おれを紹介してくれたけど、まだまだそんなレベルに至ってない。
てか清和くんはなんでこんなプロに囲まれて、さもプロですみたいな演奏してんだよ……
そこが一番の謎。
ファンキーな曲もあり、スラップも聴くことができた。
こういうバンドではこんな感じでスラップ聴かせるんだな。
本物の現場を見てやり方が少し分かったかもしれない。
めちゃくちゃノれる。
足で拍子を取ってたら半分踊っちゃってるし、エアギターならぬエアスラップしそうなくらい。
清和くん音色変えたね?ちょっと尖ったエレピになってる。
清和くんがよく作る曲に多い曲調で、多分清和くんもこういうのが得意。
ホントに楽しそうに弾いてるのが、よく見える。
いいな、おれも、清和くんとこんな風にステージ立ちたい。
アイコンタクトで音合わせて、一緒に音作って、清和くんの隣に行って弾いたりして。
清和くんの好きな低音効かせてさ。
……
(おれは、やっぱり清和くんと一番に演りたいんだ)
パートナーとして一番近くをもらってるのに、そこまで望んでいいのか、という思いもある。
おれは、清和くんと演るのを、サブプロジェクトだと割り切れない。
稼ぐメインのバンドと分けて、自分にとってのメインと思っておけばいいだけなんだけど。
やっぱり不器用だ。
こういうところが、自分でも面倒くさい。
大事にしたいものが、強すぎる。
清和くんに、一緒にやりたいと伝えられてないから。
ずーっと心の奥ですっきりしないまま。
(こんな風にステージ出てるなら、おれとだって、演ってくれる?)
でも、こんな一流プレイヤーと演る人に、おれと組んでなんて身の程知らずなこと言い出せるわけがない。
ステージは20分ほどだったけど、あっという間に終わってしまった。
急いで今日の現場に向かわないといけないから、清和くんにちょっとだけ挨拶していこうと思ってステージ袖へ。
「あっ、ゲンゴくん。来てくれたんだ」
「お疲れさまです、橋立さん、超かっこよかったっす」
橋立さんが先に気づいてくれた。
「ゲンゴくんもどこかで演るの?」
「はい、夜サポートで」
「フジセイ呼んで来ようか、なんか会社の人に見つかっちゃったって、囲まれてる」
橋立さんの視線の先には、本当に人に囲まれてる清和くんがいた。
なんかゆるふわ系女子数人がきゃいきゃい言ってる。
清和くんは明らかな作り笑顔なんだけど……
「あ、大丈夫っす、おれらちょっと急ぐんで、これで失礼します」
会社の人の前におれが出て行っていいのかどうか、という思いもあり、後でメッセしておくことにして、ユージュくんと会場を離れた。
「まじでリーマンなんすか、藤崎さん」
「そうなんよ」
「女の人に囲まれてたけど、大丈夫なんすか?」
「あ、それは大丈夫。バイなら心配するかもだけど、おれらは女の人にそういう意識持たないから」
「そうなんだ」
会場に向かう電車の中、ユージュくんと話しながら、清和くんにもおつかれのメッセを送っておく。
「つかゲンゴさん、ほんと夢中すよね〜」
「ん?」
「藤崎さんを見てる顔、めっちゃ幸せそうでしたよ」
「え、えっ、なんでそんなにおれ見てん、恥ず」
テンション上がってたけどさ……どんな顔して清和くん見てたんだおれ。
「ま、親友ポジなら、被らないんで。安心してください」
「何の話……?」
ユージュくんの謎の笑み。
おれに懐いて評価もしてくれるのは嬉しいんだけど、結局バンドを一緒にするかどうかの返事がまだできていないことが気にかかったまま。
清和くんにも、ユージュくんにも中途半端だ。
[今日の現場どこだっけ?]
不意に、清和くんからメッセ来た。
どうしたんだろ。今日のハコのマップを送っておく。
[夜、観に行くわ]
え。まじで。
清和くんが近くにいてくれるなんて、心強い。
秒で嬉しいって返事した。
プロとしてどうかと思いつつ、
清和くんの言葉一つで、テンションが一気に上がる。
もちろんサポートとしては前に出すぎないように。
曲を支える役割をしっかり果たして。
……またユージュくんのソロのとき前に引っ張り出されたけど。これ鉄板にするつもりかな?
そんで若い子からのダークホース呼びはまじ恥ずい。
♪
「清和くん!」
ライブ後、客席の方へ出てみたらすぐ清和くんを見つけた。
思わず駆け寄って、ハグしたかったけど腕を取るだけで我慢。
「おう。おつかれ」
「清和くんこそお疲れ、てかあれプロの仕事やんめっちゃすごかった。
会社の人に見つかって、大丈夫なん」
「ボランティアってことにするから問題なし」
「どうすんのめっちゃモテたら」
「どうもしねーよ。おまえだってスポットライト浴びて、これからモテるぞーどうすんだよ」
「どうもしない。清和くんにモテたらそれでいい」
「はは、そりゃそうだ。俺もおまえにモテたらいーや」
嬉しすぎて抱きつきたかったけど、人が多いので自粛。
(BGMが大きくて他人の会話は聞こえない)
おれの出番は済んだけど、清和くんはもう帰るかな。
「今日、対バンだから、みんな次のバンド観ていくことにしてんだけど……」
「いいよ。一緒に観ようぜ」
「うん」
こういうことに時間を使わなそうな清和くんが、一緒に観てくれる。
おれと時間を過ごしてくれるのが、すごい幸せだ。
客席は暗いしスタンディング、誰も他人なんて見てない。
清和くんと手を繋いで、次のバンドの音を楽しむ。
繋いだ手から、清和くんが体で拍子を感じているのが伝わってきた。
「ユージュ、ゲンゴさんと一緒じゃないの」
「あ、ゲンゴさんあそこ。
……え、隣の人と手繋いでる!?」
「あれ男だよな?」
「大事な人なんじゃない。いいじゃん、幸せそうだし」
「ユージュは平気なの?」
「俺そっちじゃないし。親友なので彼氏を優先してもらって余裕でおけ。
でも親友が一番だよ。恋人は別れることあるけど親友はずっと親友じゃん」
「おまえ……策士だなぁ」
「だって恋愛したいんじゃないんだし、問題ないっしょ」
「そんな寂しいユージュには俺がいてやるよ〜」
「は、寂しくねーし」
背後でそんな会話が交わされているとは、おれは知る由もなかった。




