15.ダークホース
「うぁ……もう、ダメっ……」
「情けねえな」
「う〜〜……限界……」
おれはパソコンの前に力尽きた。
マイパソコンが届き、できてるか怪しいセッティングを済ませ(というか清和くんに見てもらいながら)、早速DTMソフト……
じゃなかった。
清和くんに会計ソフトを入れさせられて、費用計算を教えられている。
スタジオ代、交通費、機材代、接待交際費……
なんかよく分からないままに数字を入れてみてるけど、早々に降参した。
でもこれはたしかに、一年分まとめてやると死ぬ。
「これも個人事業主の務めだからな。ちゃんとやれよ」
「ハイ」
それでも清和くんとの時間をこうして過ごせるので良き。
昼間に時間が会うことが今少ないから。
というのも、“重甲シフォン”のサポートを始めてから、急に予定が増えた。
数日後に初サポートのステージを控えていて、来月に対バン・学祭出演・ライブと複数組まれている。
てか学祭って部外者出ていいん?って聞いたら、ユージュくん以外がその大学の軽音サークルメンバーであることに加え、“重甲シフォン”がインディーズ界で知名度あるから招待枠でもあるらしい。
「そうか、この日ライブか。
実は俺、同じ日渋谷でジャズフェスに出るんだよな」
ジャズフェス?出る?
「えーっ!?いつの間にそんな話が!てか出演ってまじ?絶対見たいんだけど!誰と出るん?」
清和くんのステージの話にめちゃくちゃ食いついてしまった。
そりゃあ、観たいでしょうよ。
清和くんの貴重なステージ。
ピアノ弾いてるのおれの彼氏!って内心ドヤりたい。
「前会ったサックスのハシコー覚えてる?
あいつのバックで出るんだけど、野外のジャズフェスのプロ枠で。毎年どこかではやってるな。俺の年数回のステージ」
「えーそうだったん?すげえやん!観に行きたいなー……時間の調整つかんかな」
「まあ、無理すんな」
「観たいぃ」
清和くんの晴れ姿。
てかサラッと言うてるけどプロの仕事ですやん。
何でもない顔してデカいこと言うんよな、清和くんて。
「リハとか行ってなくない?」
「ないよ。本番前に打ち合わせだけ。曲は昔散々やってるスタンダードだし」
「え、リハなし……?」
「前ライブでやったような感じ。その場で作っていく音楽だから」
「あれほんとすげぇよね。
……あ、この時間なら観に行けるかも」
「フリーエリアで通りすがりに見れるから、時間合ったらでいいよ。それに同時配信もやるらしいから」
清和くんの貴重なステージ、何としても直に目に焼き付けときたい。
こっちのライブは夜だし、電車一本だし、昼ならいける。
自分のステージより、むしろ清和くんのステージが楽しみになってしまいそう。
「言っとくけど、おまえ自分の仕事おろそかにすんなよ」
見透かされたように釘を刺されました。
♪
重甲シフォンのライブ当日。
ワンマンライブでこれだけ人が集まるって、すげぇ。
普段のサポートのときも、複数バンドの対バンのときすらここまでいない。
本当に有名なんだな、というのと、それだけのバンドに呼ばれたんだな、という実感が湧いてくる。
「「ゲンゴさん、よろしくお願いします」」
「こちらこそよろしく」
ライブ前にみんな挨拶してくれる。
人気になっても人柄いいんだよな。多分そういうところだよね。
それに、みんな既に場数を踏んでいるからか、緊張は感じられない。
経験値多いのもすごいな。
時間が来て、開演。
出ていったとたん、歓声の圧がすごい。
これは今までの仕事と雰囲気違う。
気を引き締めて、みんなの音と合図をよく聞いて。
「重甲シフォンでーす!今日もみんなありがとーう!みんな行くぜー!!」
ボーカルくんが叫んで、一気にオーディエンスの空気を掴んでいく。
すげぇ。
わくわくすんじゃん。
ボーカルくんとユージュくん、前の二人の存在感がすごい。
バックは任せとけ。暴れていいよ。
ドラムくんとリズムギターくんとアイコンタクトを交わしながら、土台に徹する。
この二人とは、実はリハの後に少しだけ追加で合わせた。
以前からベースがよく入れ替わるので、ベースとの合わせ方が掴みにくい、と言ってたから。
その後ファミレスにご飯にも行ったりして、バンド内格差にちょっと悩んでいる話も聞いた。
まあ、大体、ユージュくんがすごすぎるのと、ボーカルくんもカリスマ性溢れるイケイケボーイ(古?)なので、男子としての差もいろいろ感じるらしい……
おれにできる程度の音楽的なアドバイスと、一応年上っぽく悩みを聞いてあげたことで、なんか仲良くなりました。
おれがいると安心して演奏できるって言ってくれるのは、やっぱり嬉しい。
リズム隊のところで仲良くやってたら、ボーカルの間出番のないユージュくんがこっちに来た。
前に出てこい!っていう手招きをされて、いやここで、と苦笑いしたら、来て!って再度大きくジェスチャーされて、ユージュくんの後ろの方まで出ていく。(おれ演奏中)
「俺がソロのとき、横で弾いててくださいよ」って言われてたんだよなぁ。
サポートがこんなに前に出るはずじゃないんだけど、ユージュくんの頼みならまあ、居たげよう。
圧巻のギターソロ。
ライブだから一層輝いて見える。
んでなぜおれの方に密着しそうなんだい??ユージュくんと一緒におれにもスポット当たるじゃん……!
ボーカルくんが背後にいるので後ずされない。
なんか、目立ってすいません。
「今日はねー強力な助っ人が居てくれてるんでー、なんかみんな調子いいよなー!」
ボーカルくんのMCが、おれの話題になってる。メンバー紹介の時間かと思ったら。
おれを振り返って、おれの腕をがっしと掴んで、ステージの真ん前に引っ張られて、高々と手を上げられてるんですが。
「ベースのダークホース、ゲンゴでーす!みんな盛大な拍手ヨロシクー!!」
おぉぉいなんでやねん。
そんな前出さなくていいやん。おれナニモンやって話。
もう笑うしかなくて一礼しておく。
なんか至れり尽くせりですいません。
「やべー聞いてねーわこの紹介は……汗出た」
「いや紹介されてくださいよ、ゲンゴさんの功績大きいですから」
後ろに戻って思わず言ったら、リズムギターくんがマジメにフォローくれた。
♪
ライブは盛況のうちに幕を閉じ、みんなで楽屋で盛り上がる。
「ゲンゴさんありがとうございました!来月もよろしくお願いします!」
「ありがとうございました!」
「めっちゃ楽しかったっすねー!また頼みます!」
みんなに詰め寄られて思わず、彼らが年下ということも忘れて深々と頭を下げる。
「こちらこそほんとにありがとうございました」
「ゲンゴさん謙虚すぎっしょ」
「もっと気楽にいってくださいよ」
「いやいや。キミらの人気にあやかってるだけやから」
「サポートの中でも群を抜いてやりやすいっすよ、演奏も人格も」
「褒めすぎやって〜」
外に出ていたユージュくんが、戻ってきた。
封筒をおれに差し出して、
「ゲンゴさん、今回はお世話になりました。これ、今回分です」
「ありがとう。こちらこそ……」
封筒を受け取って、その厚さに違和感を覚える。
ここで中身を見るわけにはいかないけど、明らかに聞いてた金額より厚みがある。
(あ、千円札払いだった?)
それで納得しようとしていた。
「ゲンゴさん、これ、無理してるんじゃないすからね。正当な対価として受け取ってください」
まるでおれの違和感を見抜いたかのように、ユージュくんに念押しされた。
「ゲンゴさんのおかげで、バンドの音全体がよくなったんで。今後もぜひよろしくお願いします」
「ハイ……おれでよかったら……」
ユージュくんの「よろしく」になんだか圧を感じながら、ちょっと引きつって返事してしまった。
そのとき、スマホが振動する。
[お疲れ。先帰ってるから、打ち上げ楽しんできな]
清和くん。
観に来てくれてた。
行くとは言ってくれてたけど、ほんとに。
「ごめん、ちょっと出てきていい?来てくれた人にちょっと挨拶……」
「あ、例のあの人っすか?」
ユージュくんが心なしかニヤついてる。
恥ずいなこれ。
「俺も挨拶していいっすか」
「……紹介するわ」
♪
「あざとかったなーあの子」
「……まあ……うん……」
清和くんはずっと笑ってる。
なんだかいたたまれない感じ。
「おまえ、モテモテじゃん。どうするよ」
「どうもしない……」
「マブダチって。すげー懐かれてんな」
「まあ、ありがたいけど……」
清和くんにユージュくんを紹介したら、彼は大変丁寧に振る舞っていたんだけど。
『俺、ゲンゴさんのマブダチポジ狙ってるんで、今後ともよろしくお願いします』
えーって感じやん……
「清和くん、怒らん?向こうはノンケやし、おれが好きなん清和くんだけやし」
ユージュくんの距離感が、清和くんになんか申し訳ない思いになる。
「ふっ、心配性。
怒んねえって。それで打ち上げ行かずに俺と帰ってんの?
ステージで安定感誇ってたベーシストとは思えねぇな」
「でも清和くんが嫌だったら、すぐ辞めるけん」
清和くんの袖をぎゅっと掴んで、半歩くらい遅れて歩く。
「おまえなー、そこはビジネスとして割り切れや。
パートナーとしか演っちゃいけないとか、ないんだし。
これからもっと合うプレイヤーと会うかもしれねーし、いちいち俺のこと気にしてたら、仕事になんねぇよ。
おまえの仕事に音楽的なこと以外で口出しなんかしねぇから、自信持ってやれよ」
清和くんは、やっぱりずっと大人だ。
頼りになるし、自信をくれる。
でも、少しだけ――
手を離されてるようで、おれのほうがしがみついてないと、距離が空いていきそうで。
「清和くん。帰ったら――」
「ん」
・
・
・
抱かれて、求められて、ようやく安心できる気がする。
でも、もっと求めてほしい、おれのこと必要としてほしい。
おれは清和くんのものだって、示してほしい。
「清和くん」
「なに」
「……キスマークほしいってったら引く?」
「いや。どこに欲しい」
「この辺。噛んでもいい」
「噛まねーよ」
一瞬で否定しながら、上にするりと乗って、喉仏の辺りをきつく吸い上げてくれる。
清和くんの唇と舌に、ぎゅうっと締め付けられる感覚が、
(うれしい)
「もう一回……」
「なに、見せびらかすの?」
「そうじゃないけど。
安心できると思って」
「なんだそれ」
反対の首筋に、唇が当たって、再び強く吸われる。
ほんのり感じる痛みで、全身が満たされるよう。
「源吾、スマホ鳴ってんぞ」
「……あとで」
「なんでだよ」
「今は清和くんとだけいたい」
「おまえ、結構メンブレするな。いいけど」
「……重くてごめん」
「全然、軽い」
寄りかかってばかりじゃだめ、と思うのに。
軽いと言ってくれるのを本気にして、甘えてしまうばかり。
清和くんの息遣いを聞いて、体温を感じて、この人が側にいるのを確認して、ようやく疲れと眠気がやってきた。




