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ハイテンション・ノート 〜詰みベーシスト、音楽ガチ勢リーマンに拾われる。〜  作者: 橘 いゆ璃


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14.俺と組んでくれませんか

バイト掛け持ちのミュージシャンは、大体土日がバイトか音楽関連の用事かで忙しい。

予定を合わせるなら平日がベスト。


そういうわけで、今日はユージュくんとランチに来ました。


もちろん清和くんにはあらかじめ伝えてある。

隠し事なんてしませんとも。

そしたら仕事の話に関わるならランチ代経費にできるからと言われた。

そっちのアドバイスかいっ。


駅で待ち合わせて、普段と違う街を進んでいく。


「この辺あんま来たことないわー」

「ゲンゴさんて、関西の人ですか?」

「いや、昔中四国を転々と」

「中四国……」

「まあまるっと西日本でいいっしょ」

「てきと〜」


標準語と方言が微妙に入り混じったおれの話し方は、こっちの人には関西っぽく聞こえるらしい。


ユージュくんが連れて行ってくれたお店は、ちょっとレトロな洋食屋だった。


「安くてうまいから、みんなとよく来るんすよ〜」


スタジオでは鋭かった目が、細く柔らかくなって、19歳らしい笑顔になる。


「めっちゃいい店じゃん。普段この辺でも活動してんの?」

「周辺の楽器屋とか行ったり、ライブもたまにこの辺でします。あと大体みんなこの辺の大学行ってて」


話を聞いていると、「重甲シフォン」は高校時代に結成したバンド。

しかも都内ではそこそこ名の知れた進学校らしい。

つまりは、みんな東京生まれ東京育ちの、それなりにいいお家のお坊ちゃんたちということで。


「大学行かないの、反対されんかった?」

「家族はもう諦めてくれてるってか、観念してます。

受験勉強せずに配信やってある程度稼いだんで」


まじか。

でもユージュくんの腕なら納得。

清和くんみたいな子がここにいたわ……

この歳でプロで行くって決めてるあたり、ひょっとしたら清和くんよりツワモノかも。


「ゲンゴさん、折り行ってご相談なんですけど」


ユージュくんの目が、音楽仕様に鋭くなる。


「俺と組んでくれませんか」


あ。


告白されて時が止まるやつ。


♪


それから実に一時間近く。

ユージュくんに口説かれまくっている。


どんなにおれのベースがよかったか、これでもかというほど語ってくれるんだが。


うん、嬉しいよ。

光栄だよ。


でもどうしてこうなった?

そんなに惚れる要素あった?


音出し一発目で堕ちたとか、おれとユージュくんの重なり方が別次元に行ってたとか、おれのベースでごはんが3杯食えるとか……


いやまじでありがとうございます。


半年前には、家追い出されてバンドもなくなった野良ベーシストだったんだけどな。

こんなに持ち上げられていいのかな。


「ジューシホ(=重甲シフォンの略だって)は、俺らの大事なバンドであるのは揺らがないんすけど。

でもゲンゴさんも思ったでしょ?リズム隊の二人、高校から楽器始めて、今のレベルまで来てるのはもちろんすごいんすけど。

でも、俺はもうちょっとこう難易度上げたくて、それこそ7弦使うようなプログレとかメタルとか」


うん、高校3年間で、しかも大学受験するだけの勉強しながらであのレベル、おれじゃ考えられない。あの子達が足りないんじゃなくて、ユージュくんが突き抜けてるだけだった。


「おれも、メタル系詳しくはないんやけど、ジョン・ミャングとか憧れるなー。6弦ベースだけど」

「ですよねですよね!俺ああいうのやりたいんです!」

「え、変拍子ガッツリいくやつ?」

「ほんとは入れたいんすけど変拍子付いてこれるリスナーってなると限られるんで、もうちょっと対象は広く想定したいすね」


おお、ちゃんとリスナー層まで意識はしてるんだ。さすが。


「変拍子まではおれも行き着いてないわー。できるようにはなりたいけど、今仕事として考えるならちょっとそっちは難しいかな。

最近ずっとジャズ・フュージョン系に力入れて練習してて」

「ゲンゴさんの音使いが幅広いのって、それでですよね、何でも受け止めてくれるって思える」


――おれが、清和くんの音に感じてることだ。

清和くんの音を聞いてれば、安心して演奏できて、音を委ねることができるあの感じ。


「ゲンゴさんの投稿最初に見たとき、スラップがすごいキレイで、惹かれたんすよ」


え、笑顔に陥落しそう……!

(もちろん音楽的な意味で)


むしろおれなんかで大丈夫?という思いが出てくる。

おれまだ清和くんにダメ出しくらってばかりの駆け出しなんですが。


それに、19歳の勢いを思い出す。


カケルと音楽性が最高!と思い合ってバンドを組んだこと。


もちろん、ユージュくんは既にカケルより上手いし、稼いでる実績もある。

おれだって当時よりはうまくなってるし、今なら清和くんに学んだ視点がずっと広がってる。


それでも、いつか熱が覚めるとき。


おれは一度、それを強烈に経験してしまったから。


『一つのバンドに人生預ける覚悟ができねえんだよな』


不意に、清和くんの言葉を思い出す。


その言葉の背景までは、おれは知らないけど、少なくとも今のおれに重なって思えて。


「……返事、ちょっと待ってもらってもいい?考えたくて」

「はい、もちろん」

「ごめんね。情けないよな、大人なのに、すぐ決断できなくって」

「いや、すぐにすぐ決まるものでもないって思ってるんで、こういうの」

「ユージュくん、年齢より大人っていうか、人生何周目なんだろって感じ。

似たような人知ってるわ」

「へー、どんな人すか?」

「あー……」


ここらで、おれのこともちゃんと言っておこうと思う。


「もし苦手な話題だったら、ごめんな。

おれ、彼氏持ちなんよ。

その人にまだ音楽習ってる最中なんね。

リーマンやりながら作曲とか配信で稼いでる人なんだけど……音楽で稼ぐことにすごく詳しくて。プロともやり合えるレベルで、憧れてて、目標にしてる人」


「もしかして、ライブ配信の切り抜きで、ピアノ弾いてる人ですか?」

「あ、そうそう」

「あれ何回も聴きました。めっちゃ相性いいですよね?羨ましくて。

彼氏さんって言われたらすげえ分かります。

でも、バンドは別に何股してもいいじゃないですか。俺もゲンゴさんと絡みたいんですよぉ」


なんだこのかわいいキャラは……

絆されてバンドを組んでしまいそう。

ちょっとまておれ、流されるな……!


「ね、おれと組むって、重甲シフォンのサブでって感じ?ほかのパートはどう考えてる?」

「正直、ジューシホがどこまで続くかが未定っす。

学生の間はできるにしても、みんな就職していったら、できたとしても細々とじゃないですか。

だからゲンゴさんはジューシホに誘うつもりはなくて、できたらずっとサポートでお願いしたいなって。

それと別に、俺と組んでくれたらそっちはガチで発信してくし、売り込みますよ。

ほかのパートは、これっていうプレイヤーに出会ったらって感じっすね」

「キーボなら、彼氏に聞いてみるだけ聞いてみれるけど……サポートくらいはワンチャン入ってくれるかも」


東秀はいいドラマーだけどメタルじゃないんよな……

地道に出会いを探すか。

ユージュくんの本気度、ガチっぽい。


「ユージュくんなら、こういう言い方はバンドに失礼かもだけど、もっと上手いバンドに引き抜きの話とか来たりしない?」


正直その方が、ユージュくんはもっと広い世界で活動していける気がする。

おれとやるなら、一から集客していかなきゃいけないし。

完成された人気のバンドに入るのが、一番要領はいいと思う。


「うぬぼれは承知の上で言うんすけど、俺、バンドの音を支配してたいんすよね……自分で作りたいっていうか。

完成された中に合わせていくんじゃなくて、俺の思い描く音を出したいんです。

だから、もうカラーがある有名バンドとかに入ろうとは思わなくって。するならサポートまでっすね」


おおぉ。

多分、自分の性格も分析した上での発言な雰囲気。

あの指揮力を見てたら、それも納得。

そこまで方向性が確立してるのも、すごいし。


「ゲンゴさんって合わせてくれるのすごい上手いじゃないすか。でも、俺に引っ張られるんじゃなくて、いいバランスを取ってくれる、だからすごい貴重だなって思うんです」

「なるほどねー。たしかに、ユージュくん前に出てくれるの、なんか安心するもんなー」


多分、ユージュくんは天才タイプ。

音楽的な視野は広いし、現実も見えてるし、経験も既にそれなりにある。なかなかな逸材。


これは、自分の人生を賭ける価値はあるのかもしれない。


「ゲンゴさんだから言いますけど、俺、将来的に欧米展開したいんすよ。国内よりも。

歌物なら英語でやりたいんすけど、言いにくいっすね、英語歌ってくれるボーカルってそうそう居なさそうだし。

まあこれはまだ俺の妄想なんで、話半分で聞いてもらっていんすけど」

「すげー、そこまで考えてんかぁ」


そこまで言われると、正直ちょっと腰が引けそう。

おれそんな容量ねーよ……

ユージュくんは、上から引っ張ってもらうより、自分で登っていくタイプか。

清和くんに教えてもらってばっかりのおれじゃ、能力不足な気がしちゃうけどな……


うーん。

ユージュくんの伸びしろが凄すぎて、立ち止まってしまう。


ただ、こんな可能性の広がる話を聞けたのは、よかった。


♪


「……っていう話になってさ」

「へーぇ。強キャラだな」

「おれ、多分すぐ置いてかれる気がしちゃうなぁ」


夕食後の片付けをしながら、清和くんと話してる。

付き合ってから、清和くんは作業しながら雑談もしてくれることが多くなった。


「世の中にはすげー人間がいるんよなぁ。

おれは言うて平凡やし……」


こういうことを言っちゃう時点で、ユージュくんと対等にできる気は既にしてないんだが。

洗い物を終えて、ソファーに座って一息。

パソコンに向いてた清和くんが、椅子をこっちに向けた。


「源吾さぁ、んな卑下すんなや。おまえ自信なくしがちよな」

「へ」

「その平凡を、向こうは評価してんだろ。

結果を考えるより、一度やってみたら?

それだけのプレイヤーに会えるのって貴重だと思うけどな。

仮にポシャったとして、それって別に音楽人生の終わりじゃねえんよ。

おまえよりもっとすげぇベーシストに交代するとかあっても、そこまでできたってことでいいじゃん。

失敗じゃなくて、キャリアを一つ積んだってことなんだよ」


ソファーの上で抱えていた膝から、顔を上げた。


清和くんの言葉って、いつもおれに道を示してくれて。

おれはそうされないと気付けない。

特別な才能なんてなくて、こんなおれは清和くんにも、ユージュくんにも、追いつける気がしない。


「おまえって一応、俺が見込んだベーシストなんだぜ?

拾って養うくらいには」


清和くんが椅子から降りて、おれの隣に座る。

おれの髪に手を絡ませて、抱き寄せてくれて。


「おまえ成功するために頑張ってきたんだろ?チャンスに乗っかれよ。

万が一全部失うことがあっても、ここからやり直せばいい、いつでも養ってやるよ」


清和くんに、きゅっと抱きつく。

この人は、どこまでおれを受け止めてくれるんだろう。

おれの不安は取り払ってくれて、まるごと包まれるようで、こんなの……


「清和くんおらんと、おれ生きてけない〜……

おれまじ重いもうどうしたらいいん」


「大丈夫、重くね―わ」


今夜はまだ、ユージュくんと組む決心がつかなかった。


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