真相
1996年 ラキア王国 ダガラバダント
ナスジー刑務所はラキア王国最大そして最悪の刑務所である。
今ライアンはそこの独房の床に転がっていた。口からは血が流れている。「フハハハハハ、あんたどこ生まれだ?」と同房者のギャングが高笑いする。「・・・・」「おいおい答えろよ小僧!」ライアンに蹴りが入れられる。「うっ!」
「そいつは多分アメリカ生まれだぜ。あそこは軟弱な国だからな。あいつらは肉ばっかり食うか野菜ばっかり食うかだぜ。」と偏見を言うのは隣の房にいる巨漢のギャングだ。彼とライアンの同房の獣のような男は同じドラゴンの顔を持つ女体の入れ墨が彫られていた。「はっ、そうだな!多分奴は野菜ばっかり食ってやがる性質だな。」と嘲笑う同房の男の声を耳にライアンは気絶した・・・
10分後
「うっ!」顔にかかった冷水に驚いてライアンが目を覚ますと軍服姿の男達が立っていた。「さっさと立ち上がれ!」男の一人がライアンの足を蹴りつけた。「くっ!」慌ててライアンは立ち上がる。
「ジュヤンガの野郎、誰かをボコすのはいいがそのせいで俺らの仕事が増えるな。」と男が苦笑いしながらライアンの手首をつかむと手錠をかけた。
「坊や、食事の時間だぜ。」と言うとその男は強引にライアンを引っ張っていく。
廊下に出て初めてライアンは今まで気絶していたところが「医務室」と呼ばれる部屋であり、床に敷かれた黴の生えた毛布の上で処置を受けていたということを知った。
刑務官は彼を「食堂」と呼ばれる部屋に連れて行った。
そこの光景はカオスであった。刑務官たちが大きな鍋と汚れがこびりついた皿を床において出て行く。すると囚人たちは一斉に皿に群がった鍋の中に直接皿を押し込んでできるだけ多くの食事を得ようとする。彼らに順番という概念がないのか、互いを押しのけ合うようにして数少ない鍋に群がるので鍋は横転して中身がこぼれる。すると囚人達はその責任を巡って言い争いになり、つかみ合いになる。
刑務官がやってきて手に持った警棒で囚人達を叩いて強引に鍋を取り上げる。
刑務官はその騒動を気にも留めずにライアンを解放した。
ライアンはかろうじて残っている鍋のほうによろよろと歩いていき、皿を手に取る。
鍋の中からは臭いにおいが漂ってくる。泥の付いた野菜の切れ端と肉、固いパンを適当に煮込んだスープのような液体が入っていた。
だがこの国では贅沢は出来ないということくらいライアンは分かっていた。彼は皿を鍋に突っ込む。まだ少し残っている。かき集めれば食べることが出来そうだ。
そのとき、薄笑いを浮かべながら一人の囚人が後ろから近付いてきた。同房の狂暴な男と同じような入れ墨が入っているギャングだ。「俺が食べさすくさせてやるよ。」そう言うとその男はライアンの首根っこをつかみ、鍋の中に頭を突っ込んだ。「うっ!」男はライアンの顔を鍋の底に押し付ける。
顔に付いたスープを舐め取るライアン。「ハハハハハ、犬みてえだな!」とのぞき込むギャング達が笑う。
1日前 ロベヌンディ
ロベヌンディはラキア最大の麻薬組織サイード・カルテルが支配する都市だ。サイードの連中は居万の富で都市を発展させた。
ドリアンとモハドが荷物をまとめるホテルもラキア王国のしては珍しい程清潔だ。
「まさかサイードの奴らがパッチドをダガラバダンドに逃がしたとはな。あそこはラディが麻薬王だったときの本拠地だろ?まさかラディ政権へのテロ攻撃にパッチドを使うつもりか?」とモハド。「分からん。だがあそこに監視のためにサイードの部隊が配置されていることは確かだな。多分そこで仕事をさせられているんじゃねえかな?」
こう言いながら彼らはホテルのチェックアウトを済ませて待たせてあるタクシーに乗り込む。「金はカルテル受け取ってある。あんたらが追う奴のところに連れて行ってやるよ。」と運転手は言う。ここではあらゆる雇用がサイード・カルテルによって創出されているようだ。
しばらく走らせているとぽつんとモハドがつぶやく。「くそ・・・パッチド、なんで裏切ったんだよ!」ドリアンもつらそうに溜息をついてモハドの肩を叩く。
すると運転手が突然口を開く。「お前ら、裏切った理由も知らねえで奴を追うのか?」「ああ、そうだ。どんな理由であれ、ピンキーライオンズを裏切った者は殺すのさ。カルテルの連中だって同じだろ?」「まあな。ところでなあ、これは噂にすぎねえんだが・・・」と言って運転手が語ったパッチドの裏切りの噂を聞いて二人は驚愕した。
二日後 アメリカ共和国 リムソン・シティ
サン・ドリル地区のジェマの家でアブデイはお茶を飲んでいた。
彼女は未亡人だ。夫のダベスがハイチ人との抗争で死亡しダベスの大きな家に住んでいた。だが彼女の警護を担当していたライアンがいつも彼女を訪問し、希望を与えていた。そのライアンは今兄と共に逃亡中である。そしてムショ内のボスデゥラハンによって彼を殺害する旨の決定がなされた。
「最近あの坊やが来ないわね。」とジェマはアブデイに話しかけた。アブデイは溜息をついた。「・・・そうだな。」「ねえ?」「うん?」「あなた、最近その坊やの話題を避けたがってるわよ!どうしたの?」するとアブデイがいきなり泣き始めた。ジェマは驚く。「どうしたの?まさか彼、死んだの!?」「いや、死んではいない。だが死んだも同然だ・・・」「え、どういうことよ!」「くそ、もう隠すのはつらい。」と言ってアブデイは話し始めた。「あの可愛い小僧は兄のために俺らを裏切った。」そしてパッチドの裏切りからライアンの裏切り、そしてデゥラハンからの殺害命令まで全て話した。
話を聞き終わったジェマはしばらく呆然としていたが、やがて「まあ!」と言って泣き出した。そしてアブデイに抱き着いた。「いい坊やだったのよ!」「ああ、可愛かった・・・」アブデイもジェマを胸に抱く。
大きな家の中に響くのは二人の嗚咽のみだ。
同日 夜 ラキア王国 ダガラバダント
ライアンは腹の痛みを押さえて独房の床に転がっていた。
その痛みの原因を作った男は独房一つに一つずつ配られる毛布を独占して呑気に寝ている。
ライアンは床に横たわって恐らく折れている自分の肋骨の痛みをこらえることしかできない。
そのとき、独房の扉に鍵が差し込まれる音がした。見上げると刑務官がいた。彼は無言で扉を開けるとゆっくりと独房の中に入って来た。
「あん?」と毛布の中にいた男が目を覚ます。刑務官はそこに歩み寄り・・・警棒で頭を殴った。かなり強い力で殴ったようで、男は気絶する。
かがみこんだ刑務官は何と男の口を強引に開けて警棒を奥まで突っ込んだ。刑務官は警棒を何回か押し込むとゴボゴボ音がして男は死んだ。
ライアンが刑務官の猟奇的な所業に震えていると刑務官はライアンに歩み寄り・・・「ライアン、立てるか?」と声を掛けた。
ライアンはその聞き覚えのある声に驚いた。「兄さん!」「し、静かに。うん・・・」「いてて・・・」「ろっ骨が折れている。医務室の連中は信用できねえ藪医者ばかりだ。今からお前をサイードお抱えの医者のところに連れて行ってやる。」
「人手不足がありがたいと思う日が来るとはな。ここら一帯の政府機関は人手が足りなくてな、刑務官が囚人護送も担当する。護送車ならの刑務官他連中に気づかれることもねえ。護送の日程を管理している唯一の刑務官の刑務所長は今寝ているしな。」パッチドはそう言いながらライアンを護送車の後ろに押し込む。「あまり快適じゃないが我慢してくれ。ったく、なんだってこんな危険な国に来たんだよ!」「それは・・・こっちのセリフだ・・・なんでピンキーライオンズを裏切ったんだ・・・」「おいライアン、無理にしゃべるな。痛みが増すぞ。」
だがライアンは構わずにしゃべる。「デックは金にがめつい男だ。ピンキーライオンズで用意した金を払ったらあんたの居場所を明かしたぞ。あんたが裏切ったからだ!だけど俺は兄さんを殺したくない。少なくとも兄さんが裏切った理由を知らないうちはな。だから俺もピンキーライオンズの裏切り者になったよ!今俺と兄さんを殺すためにドリアンとモハドが向かってる。」
パッチドはしばらく無言で立っていた。暗くて表情は確認できない。「何とか言えよ!」激痛をこらえながらライアンは叫ぶ。
やがてパッチドは運転席に乗り込んでエンジンを始動させながら言う。「俺は裏切り者じゃねえ。最初からスパイだよ。」「は?」「俺はソマリア人だがピンキーライオンズに愛着を感じたことはねえ。ただハイチ人にもだけどな。父さんは愛着を感じていたようだけどな。」
パッチドが語ったのは次のような話であった。ライアンとパッチドの父親が若かったころだ。当時ハイチ人は黒人の間で不当に差別されていた。フランス語をしゃべりアフリカではなく南米から来た移民である彼らの文化はアフリカの血が入った他の黒人達とは違った。主に黒人街を支配していたソマリア系ギャングのライオンズは特にハイチ人への暴力事件を繰り返していた。おのずとハイチ人側も対抗するためにギャングを結成した。それが現在のギャング抗争に繋がっている。だがソマリア人であったもののパッチドの父親はギャングには入らず差別に苦しむハイチ人に同情した。だがハイチ人側はその善意を悪意を持って利用した。即ちライオンズ内部に潜入するように依頼したのだ。そうしてライオンズに入ったパッチドの父親は組織再編によって誕生したピンキーライオンズの創設メンバーになった。そして息子達にもその仕事を引き継ぎたいと考えた。そのような理由でパッチドもピンキーライオンズに入ることとなった。だがハイチ人がやらかした。抗争中に自分達のスパイを撃ち殺してしまったのだ。抗議するパッチドであったが、ハイチ人組織のリーダーは撃ったハイチ人ヒットマンをパッチドに殺させてスパイを続けるよう説得した。そしてピンキーライオンズとシルバーウルフの抗争が頂点に達した現在、パッチドは情報を積極的に流すよう求めた。
「プエルトリコ人との取引のとき、俺は自分の携帯にGPSを仕込んで位置をハイチ人どもに送っていた。奴らはそれを追ってたどり着いた。お前の身の安全を保障するようにはあらかじめ頼んでおいたから奴らは俺とダベスを誘拐した。ダベスは俺の目の前で殺されたよ。俺を仲間だと信じてな。あのときはさすがに悔やんだ。だがもう遅い。俺はハイチ人に脅迫されていた。お前とグテーレスをだしにな。お前らに危険が及ばないためにはハイチ人に協力するしかなかったんだ。」「でもグテーレスはハイチ人に殺された!」と血を吐きながらライアンは叫んだ。「そうだな・・・あれは俺もシルバーウルフ上層部も予想していなかったことだ。ミシェルが暴走した。すまない。」「父さんもミシェルもハイチ人に殺されたんだぞ!それに俺は・・・誇りをもってピンキーライオンズに入った。なんでスパイをしてることを話してくれなかったんだ!!」「ふん・・・お前にはな、幸せな人生を送って欲しかったよ。スパイは危険が伴う。バレたら今みてえに追われることになる。欲を言えばお前にはギャング自体関わって欲しくなかった。だけどお前を止めるのは無理だと分かった。だからせめてスパイではなくしようとしたんだよ・・・」そう言うパッチドの目からは涙がこぼれていた。




