ロベヌンディにて
1996年 ラキア王国 ファラザオ
ライアンは電車から降りて辺りを見渡す。ごつごつした岩が多く隆起している荒原が当たりに広がっていた。それ以外にあるものと言えば、小さな掘っ立て小屋のような駅舎と遠くに見える山のみだ。
「ここがサイードのシマか?」と驚いたようにライアンはガバデゥに聞いた。サイード・カルテルは現在ラキア王国最大の麻薬組織だ。だがその権勢を誇るようなアジトは見当たらない。
「いや。ここから2キロくらい歩けば奴らのロベヌンディに着く。奴らのシマ内の俺たちモモンサの鉄道は通せない。あそこに少し建物が光ってるのが見えるだろ?あそこが奴らのシマだ。」
同時刻 ロベヌンディ
「デックの野郎役に立たねえじゃねえか!逃がした街しか知らねえとはな!」モハドが怒鳴るのをドリアンがたしなめる。「ここはホテルだが気を付けろ。サイードの連中は英語を理解するし、サイード管理下のホテルには盗聴器が仕掛けられてるかもしれねえからな。」「ああ、すまねえ。あんたもそうだろうが少し気持ちの整理がつかねえんだよ。」「ああ、分かる・・・あんたのボスであるアブデゥライがサツの裏切り者だって分かった後友人のパッチドが裏切り者だって分かった。おまけに新人も情を起こして裏切ったしな。」「ああ。そうだ。だからさっさとパッチドを殺してけりを付けちまいてえんだ。奴が裏切ったという事実は一生心に残るだろうが奴を殺さねえと俺はギャングとして前に進めねえんだよ・・・」そう言って泣き出したモハドを抱きしめながらドリアンも泣く。
ドリアンには心苦しいことがあった。彼が可愛がっていた新人のライアンを殺せと言う命令が遂にデゥラハンから出された。
ダッツらがインディペンデントシティに向かい、ダスケと話したことでライアンがラキアへ行ったことを知って兄と合流する予定ではないかと考えられたのだ。
組織としては当然のことであるが、ドリアンと代理ボスのアブデイにとっては悲しいことであった。組織と兄に忠実であり続けたライアンは兄の裏切りを知って葛藤の末兄を選んだのだろう。やるせない気持ちであった。
40分後
ライアンは驚いていた。
ロベヌンディには外に広がる荒原とは似ても似つかない大都市の景色が広がっていたからだ。高層ビルがいくつか立ち、様々な国のメーカーの車が走っている。
「さてと・・・ホテルを取ってある。サイードの連中には言語が通じるだろう。ダスケから預かったあんたの身分証だ。それからラキア通貨だ。三週間分くらいはあるだろうな。」「ありがとう。」「ああ、モモンサ・カルテルの恩情だ。感謝しろよ。じゃあタクシーが来て運転手にホテルの場所を教えたら俺は帰るぞ。」
1時間後
ライアンがホテルに入った直後、向かい側のホテルからドリアンとモハドが出てきた。二人とも暗い表情で誰かを待っている様子だ。
数分後、大きなリムジンがホテルの前に停まる。中からドリアン・モハドとは対照的に明るい顔の男が下りてくる。「やあやあ!アメリカからの旅人であってるかな?」「ああ、そうだ。」とドリアン。「ようし!ホテルの者が説明したと思うがサイードのボスが忙しい。代わりに私・・・ああ、ロベヌンディ副市長デボワドだが・・・が話を聞こう。さあ、乗って!」
二人はパッチドの居場所を聞くためサイード・カルテルの上層部に接触していた。パッチドがどこに潜伏しているにせよ彼に死の危険が迫っているのは確かである。
翌日
目が覚めたライアンは溜息をついた。
兄との思い出が蘇る。彼と一緒にピンキーライオンズのモリス爺さんの車を盗んだ思い出。自分の失態で兄がハイチ人に誘拐された思い出、兄と一緒に貧民街でメキシコ人を倒しまくった思い出・・・
そして突然の悲報。何故兄は憎きハイチ人と繋がってたのか・・・そして自分へは何の相談もなかった。何故なのか・・・
だがうじうじ考えていても仕方ない。行動を開始しなければならない。一階のカフェで朝食を食べよう。
「カフェ」に入ったライアンは思わず足を止めてしまった。ここはカフェというよりバーだ。朝から沢山の客が酒を飲み、騒いでいる。
だがこれは情報収集の計画も立てずに衝動的に行動したライアンにとってはありがたいことであった。このような人が集まる場所では、必ず情報が得られる。サイード・カルテルの関係者がいればなおありがたい。
ライアンははち切れそうなランニングシャツを着た大男と無精ひげを生やした軍服姿の男の間のカウンター席に座った。
細身で目が鋭いバーテンダーが近づいてきて無言でメニュー表を差し出す。(こいつは裏社会の人間だな)とライアンは気づいた。ギャングになってからライアンは危険な人間を読み取れるようになったのだ。
ライアンは手を上げた。「ご注文は?」と彼は聞いてきた。ライアンは「すまねえ、アメリカ生まれだからメニュー表が読めなくてよお。」と言ってバーテンダーがメニュー表を覗き込んだ時にその手にガバデゥからもらった札束を握らせた。「サイード・カルテルがかくまってるパッチドって言うソマリア系アメリカ人に会いたい。」「ほう・・・サンドウィッチをお持ちします!」と叫んだあとバーテンダーはこっそりと「サンドウィッチの下を見ろ。そこに情報を持ってる奴のいる席が書いてある。」とささやく。
ライアンがサンドウィッチを待っていると隣の大男が話しかけてきた。「よお坊主、あんた多分地元の人間じゃねえな。」「あ、ああ・・・アメリカからの渡航者だ。」「へえ!自由の国アメリカからこんなところまでかい?」「はは・・・好きで来たわけじゃねえ。どうしてもこなきゃならねえ用事さ。」「なあるほどな。実は俺もフランス出身でな。傭兵をしていたんだがな。」「傭兵?」「ああ、フリーランスの傭兵さ。あの国は白人が作った国だ。俺ら黒人には厳しい。だからこんな地獄のような国でも俺はまだ居心地がいいんだ。」「そうか・・・俺は地元にコミュニティがあったからよかったが・・」「俺はひとりぼっちだった。差別野郎が大勢入所している孤児院でな。両親が黒人嫌いのシリアルキラーに殺されたからな。俺は孤児院を抜け出して地元の少年ギャングに入った。俺らは白人優位の社会のために戦ってやったぜ!だが所詮はガキのお遊びさ。サツに逮捕されちまった。出所後か?前科者の黒人のためにに残された数すくねえ仕事が傭兵さ。俺は傭兵になった。ふん・・・国に反抗してたやつが国の下請けに成り下がったのさ。」「・・・」ライアンは彼の話を黙って聞いていた。ライアンは黒人のコミュニティで育ったので自覚することは少なかったが、世の中には理不尽な格差が存在するようだ。「・・・俺は諜報機関の連中に付いてきてこの国に入った。サイード・カルテルへの潜入任務でな。だけど・・・飛んでやったさ。今や俺はサイードの傭兵だ。」
そのとき、バーテンダーがサンドウィッチを運んできた。ライアンは「ありがとさん。」と言うと何事もないようにサンドウィッチの包みを開いて食べ始める。大男はその様子を見ていた。まずい、このままでは情報のやり取りがバレてしまう。
だがバーテンダーが機転を利かせた。「ところでバイスさん、最近どうよ?」「あ、俺か?」「ああ。あんたもそろそろサイードの環境に慣れて来たか?」
ライアンはこっそりサンドイッチの下の紙を見た。「二つ後ろのテーブルに座っている軍服姿の男は地元警察の元署長だ。今や奴はカルテルの幹部。奴なら何か知っている筈だ。」と書かれていた。
大男がバーテンダーとの話に夢中になっていることを確認するとライアンは立ち上がり、後ろの席に歩いていく。
「やあ。」と煙草を吸っている目つきの鋭い老人に声をかける。すると老人はにやり、と笑って「あんたはサイード内部の何を知っている?」と聞く。「え?」と言った瞬間後ろから殴打の音が聞こえる。「やはりバーに張り込んで正解だったな。」と遠のく意識で傭兵の声をライアンは聞き取った。
ライアンが選んだ席の、傭兵と反対側に座っていた軍服姿の男が立ち上がってバーテンダーにチップを渡しながら小声で言う。「捜査協力、感謝する。」「ああ。ここでは大きな声で言えないが・・・サイードの連中はみかじめ料の徴収が多すぎるな。あんたらラディ政権の連中のほうが金払いがよくてね。」
20分後 場所不明
目が覚めるとライアンは独房のような所に入っていた。あたりを見渡すと同じような独房が多くあり、皆黒いズボンをはいていて上半身裸にされている。
「よお坊主、目が覚めたか?」との声に見上げると独房の前に軍服姿の傭兵が立っていた。「このペテン野郎!」とライアンは唾を吐く。「ハハハ、ペテン師ではないぜ。俺がフランスから来た傭兵であって今はサイード・カルテルの中にいることも事実だ。だが・・・潜入捜査の一環でな。ここの国の中央警察の連中は金払いが良い。すまんがあんたをここの刑務所に収監させてもらうぜ。」「くそ!裁判もなしにか!大体俺ごときがラキア政府の連中に何をしたと!?」「さあな。」「あん?ふざけてるのか!?」「いいや。ラディ政権のやり方はあんたが過ごしていたアメリカみてえな甘々なやり方じゃねえ。まずはあんたを収監する。サイードについての重大な情報があればあんたをこの地獄の刑務所から出してやるらしいぜ。」「そうかい、そうかい!じゃあ情報をやるよ。」「おん?なんだ?」「デックって奴を知ってるか?」「デックか?確かあいつは特殊部隊の将校だった奴だな。サイード撲滅のためにロベヌンディに来たものの買収された馬鹿な男だな。確か今はアメリカのリムソンシティでの取引を仕切ってる。地元のギャングにヤクを卸してるとかな。だから奴の情報は持ってる。他の情報を教えろ。」「くそ・・・フアレス・カルテルとのことは?」「ああ、聞いてるぜ。サイードの上の連中はお怒りだぜ。間抜けなデックは取引相手のソマリア系ギャングに裏切られて奴らの新たな取引相手のフアレス・カルテルに倉庫を襲われてヤクを全部焼かれた。他の情報はないのか?」「くそ、頼むからここから出してくれ!今俺が持ってる金をやろう!」すると傭兵は悪魔のような笑みを浮かべた。「金は没収済みだ。だからいらねえ。金がほしけりゃそこの奴から奪うんだな。」
「あん、なんだてめえは?」独房の隅のボロボロ毛布が動いて毛むくじゃらの大男が姿を現した。耳から頬にかけて大きな傷跡が走っている。汚らしい黄色い歯をライアンの前に突き出しながら大男は言う。「新人か!いじめがいがあるぜ!」
ライアンは本能的に危険を感じて後退する。
「フハハハハ・・・」大男は笑いながら獣のような目でライアンを見て、飛び掛かって来た。
「せいぜい頑張れよ坊や!」傭兵が薄ら笑いを浮かべて去っていく中ライアンはうめいた。腹に蹴りを入れられたのだ。
「よおボクザ、おもしろそうじゃねえか!」と声がして隣の独房の囚人二人が顔をのぞかせる。反対側の独房からも目をギラギラさせた二人の大男。
ライアンはとんでもないところに放り込まれてしまったことに気づいた。




