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モモンサ・カルテル

1996年 ラキア王国 ジャラバルヤ

 ラキア王国は「唯一人間界に存在する地獄」ともいわれた世界最悪の国家だ。まず経済は破綻している。国民の大半がホームレスであり、ごく一部の富裕層のみが尊厳のある生活が出来ている。その富裕層の大半は政治家であるが、彼らは自分達の利益しか考えない政治屋だ。そしてそんな政治家の半分が違法行為(と言うかこの国には法律があってないようなものなのでそれが違法行為と言ってよいか分からないが)を行う犯罪者だ。

 というのも現在この国の実質的な政治の実権を握るラディ大統領は何と麻薬組織「ラディ・カルテル」のトップだった人物だ。ラディ・カルテルは今や政府の正規軍となっている。

 それゆえラディ・カルテルの敵対勢力は政府と戦争をしている、ということになる。彼らはラディに対抗して各地に根城を作り、そこを支配する有力者や武装団体のトップと同盟を結ぶ。政府の統治はあってないような状態だ。

 ここジャラバルヤもそんな麻薬カルテル支配下の都市の一つだ。モモンサ・カルテルが支配している。

 今そこに船が入って来た。アメリカのマフィアダスケ向けに麻薬を届けた船が帰って来たのだ。

 「ようし、着いたぜ。ご苦労さん。」とやせ細り、薄汚れた服を纏う男にラキア語で声をかけるのはこの船の副船長だ。傍らに通訳がおり、ラキア語を英語に訳しているようだ。

 それに力なく頷いた男はよろめきながら立った。手には雑巾を握っている。それはライアンだ。

 彼は船に放り込まれてから船内清掃員として毎日酷使された。甲板、食堂、倉庫、ボイラー室、寝室・・・ほぼすべての掃除をさせられた。

 仕事が全て終わったあとには狭い独房のような部屋の中にバケツ一杯の水と食堂で余った残飯が持ち込まれる。

 狂暴な同室の奴隷仲間8人と殴り合いながらようやく少しだけの食べ物が手に入る。水に至ってはもみ合いの中で横転したバケツからこぼれた水を床からなめとるしかない。

 そんな日が二週間も続いたせいで彼の着ていた服は汗と垢で汚れ、無精ひげが生えまくっている。

 船長が奴隷達一人ひとりに袋を手渡す。「一週間の宿代くらいはある筈だぜ。街中の奴らは皆狙ってるから気を付けろよ。」と言う。

 ライアンは袋を開けてみた。すべすべした小さな黒い石がいくつも入っていた。「偉大なるモモンサ・カルテルに感謝しろよ。一番価値の高いバガラ石をそろえてくれた。」と言う船長。ライアンにはその価値は分からないが、多分ラキアの硬貨の中で一番単位が大きい硬貨なのだろう。

 船を降りるまえ、ライアンは唯一言語の通じる通訳に話しかけた。「サイード・カルテルの連中が入国させた奴らはどこにいる?」すると通訳はいきなり近づいてきてライアンの袋から五個石を取り上げた。「まずは残りの石のうちを一つを使ってグバラザ様の屋敷の外にある市場で食い物と薬草を買え。多分お前は病気にかかってるからな。石一つでテントホテルを三日使える。三日たったら俺が迎えに行ってやる。丁度サイード・カルテルの拠点の街に用事があってな。この石五個と引き換えに連れて行ってやろう。そこで探すといい。」


ライアンと通訳の男ガバデゥは市場に来ていた。市場の皆はやせ細り、ボロ布を纏っていたがガバデゥが来るといきなり跪き、何かつぶやいている。

 その様子を同じく首を垂れて遠くから見つめるのは群衆だ。彼らも皆ホームレスである。

 「これはどういうわけだ?」と困惑しながらライアンが尋ねる。するとガバデゥは恍惚とした目で市場の後ろにある高い土壁の向こうの場違いな西洋風の豪勢な屋敷を見上げた。「グバラザ様は偉大だ。我々モモンサ・カルテルはこの土地の救世主グバラザ様の威光を背負っている。だから民たちは我々にひれ伏す。」「救世主?麻薬カルテルがか?」「ああ、そうだ。我々はサイードのような狂暴な連中とは違う。我々は確かに麻薬を売っている。だがその利益は民衆に還元される。グバラザ様はこの土地を支配していた恐怖の武装集団を壊滅させた。麻薬で得た金でロシアンマフィアから武器を買い取り、毒矢と鉈、松明しか持ち合わせない武装集団のならず者どもを皆殺しにした。そして住民を奴らの恐怖から解放したのさ。それだけじゃない。グバラザ様は土地を開墾して作物や薬草の栽培を許した。ここにいる下民どもはグバラザ様の恩情で与えられた土地で栽培したものを売っている。それからグバラザ様は本来モモンサ・カルテルが手にするはずの土地を下民どもに下げ渡した。おかげで奴らはこうしてここで暮らしていくことが出来るわけだ。」そう言ってガバデゥは辺り一帯を手で示した。多くのむしろと手作りの倒れ掛かった小屋、動物の皮で作ったテントなどが並んでおり明らかに尊厳を欠いた生活をしているように見えたがどうやらモモンサ・カルテルの恩情らしい。

 「この街の全ての勤労者は皆モモンサの雇用人だ。モモンサが利益の二割の給料を払う。二割もだぞ!彼らはそれで生活が出来ているわけだ。グバラザ様は父君が総主であらせられた時から賢かった。我々モモンサの僕を富ませるため独自の貨幣を考案なさった。」「独自の貨幣!」あまりのことにライアンは驚く。どうやら現在カルテルのボスを務めている総主グバラザはカルテルを独自の経済の枠組みに組み込んで完全に支配しているようだ。だが続くガバデゥの話でライアンはさらに驚くことになる。

 「グバラザ様はこの地を拠点と定めなさったとき、カルテル内のみ使える貨幣を何と下民共も使えるようにした!それがあんたが持ってるそれさ。」「え?」

 何とこの石はモモンサ・カルテル独自のものだ。

 「じゃああんたが俺からその石をもらっても意味ないんじゃ・・・」「いや、意味はあるさ。グバラザ様が政府内の反乱分子と取引して買い取った国営鉄道の連中はこの石が給料だからな。奴らに交通費やら寝台使用料やら食事代やら諸々払うとこの石五個くらいにはなるからな。」「おい待て待て・・・国営鉄道を買い取っただと!?」「そうだ。悪魔ラディが権力の座に就いた時、常識ある者ならそれを歓迎しない。中央の議員共の大半はあんな醜悪な野郎の僕に成り下がった。だが一部の奴らは常識があった。そいつらが鉄道をグバラザ様の手にゆだねる英断をしたのさ。」「・・・」

 ライアンは腹が減っていたのでボスを賛美するガバデゥの演説には付き合ってられないと思って「と、とにかく薬と食い物と水を買うから通訳してくれよ・・・」と頼んだ。

 ガバデゥは居並ぶ市場の店主全員に向かって横柄な態度で何か叫んだ。すると店主たちはいきなり店の前に草のカーテンを下ろして店じまいを始めるとそそくさと動きはじめた。

 「おいあんた、なんて言ったんだ!?」とライアンが狼狽するもガバデゥは冷静だ。「あんた、俺に感謝しろよ。あんたをモモンサ・カルテルの友人で食い物と薬が欲しいと伝えた。荷車三台分くらい物を詰めてくれるだろうぜ。宿も一番いいテントを取ってくれる筈だ。」「ありがとさん・・・なんかすげえことになっちまったな。」右往左往している住民たちをみてかすかに焦るライアン。

 「そりゃそうだぜ。すげえことだしあんたはグバラザ様に感謝しなきゃならねえ。本来ならあんたのような密入国者はグバラザ様のお屋敷の下僕になるかモモンサ・カルテルで3年以上の軍役をしなきゃならねえ。」「軍役?」「要するに俺らの下っ端ってことだよ。カルテルの一員として他の悪魔どもをこの国から追放する聖戦に貢献してもらうのさ。」

 ライアンはぞっとした。モモンサ・カルテルは総主を絶対的なトップとするカルト的麻薬組織であり、密入国者の人権は通常無しに等しいようだ。

 交渉して優遇されるよう取り計らってくれたとはいえ、ダスケは随分危険な者達を紹介してくれたものだとライアンは思った。


 危険な集団であるとはいえ、モモンサ・カルテルの権威は役に立った。

 ガバデゥが住人に命令して「一番いい宿」を取ってくれた。木のバッドを持った護衛二人と薬草風呂をに入れるドラム缶付きだ。

 ライアンは本来ストリートギャングの新人のチンピラであるが、カルテルの友人として風呂を入れる老婆はかなり怯えながら接してくるのでライアンは少し居心地が悪かったが、そのことを伝えようにも言語が通じずおまけに老婆が怒られていると勘違いして泣き出す始末なので黙っていた。

 ラキアは発展途上であるが、それゆえ伝統的な技術が保存されていた。薬草風呂もその一つであり、久しぶりのまともな食事を済ませたライアンは今風呂の中で薬草の力によって体中から疲労が抜けるのを感じていた。

 そのとき、あたりが騒がしくなった。老婆と近くの護衛二人の顔が強張る。

 何事かと外を見たライアンは自分の目を疑った。手足を切り落とされて血を流した二人の男が体を柱に縛り付けられてグバラザの城と街を隔てる壁の前に引き立てられていった。

 引き立てている者達は軍服のようなものを纏った者達である。彼らのうちの一人がサーベルを取り出して男達の腹を裂いた。中から内臓が漏れ出す様子が見え、ライアンは顔をそむけた。

 だが男達にとっての地獄は続く。別の者が松明を取り出し、腹の裂け目を焼いたのだ。

 そのあと軍服姿の者達は少しは離れ、住民達が飛び出す。彼らは狂ったように硬い木の棒で男達を叩いた。

 ライアンは翌日ガバデゥから、あの男達はカルテルから貨幣を持ち逃げしようとした船の同乗人であると聞かされることになる。

 

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