兄を追って
1995年 リムソンシティ サン・ドリル地区
デックが拠点としているログハウスの前に黒塗りのバンが急停車する。
ログハウスを守っているラキアンラッツのメンバーが一斉にピストルを向ける。ドアが空いて両手を上げた三人のピンキーライオンズメンバーが手を上げて降りてきた。
ピンキーライオンズの暫定的なトップ2で暫定ボスアブデイの右腕である麻薬売人のドリアン。ピンキーライオンズの最年少幹部のモハド、そして今ピンキーライオンズが追っている裏切り者パッチドの弟であるライアンだ。
「武器の受け取り期限はまだ先だぞ。」とラキアンラッツのメンバーは言う。
現在デックが属するサイード・カルテルはピンキーライオンズに対して、カルテルが買い付けている高性能な武器を一部売りつけている。ラキアンラッツの者達はドリアン達がその武器を買い取り日時より早く受け取りに来たとみているようだ。
だがログハウスから出てきたデックが言う。「裏切り者を追っているんだろう?ああ、予想通り私が彼の逃亡手段を手配した。行き先も知っている。私の方針としてきちんと金を払ってくれる奴なら拒まないからね。彼はどこでためこんだか知らないけど沢山金を持っていたよ。先ほど入金を確認した。」「じゃあその行き先を教えてくれ!」ドリアンが叫ぶがデックは冷静だ。「ただで教えると思ったのかね?」「むろんそうじゃないぜ。金はこの場に持って来た。アタッシュケースに入れてな。」「ほお!素晴らしいね。では見せてもらおうか。」そうデックが言い、「俺が取ってくる。」と言ってライアンは車内の戻り、デックが二人のピンキーライオンズメンバーと共にログハウスの中に入った。
ライアンはアタッシュケースを窓から放り投げ、ラキアンラッツのメンバーに言う。「金をデックに渡しておいてくれ!」「は?お前は何処に行くんだよ?」その問いには答えずにライアンはエンジンをかけた。
「どうやら一人残っていた方がよかったんじゃないかな?」とエンジン音を聞いたデックが言い、ドリアンが舌打ちをした。「くそ、やっぱりあいつには兄を殺せないな。」「どうする?先にライアンを始末するか?」とモハド。「いや、俺らはパッチドを追う。ライアンの奴、根はいい奴だ。アタッシュケースを捨てて行きやがった。だからデック、俺らはあんたと交渉できる。だろ?」「ああ、もちろんだ。金を払ってくれさえすれば何でも情報をやろう。」「よし分かった。ラキアンラッツの奴らがアタッシュケースを確認した。情報を教えてもらおう。俺はアブデイにライアンの逃亡の件を電話で伝えて俺とお前の迎えの車を手配してもらう。」
同時刻 リムソンシティ郊外
ライアンは震える手でハンドルを握り、リムソンシティ郊外を走っていた。
時々バックミラーで後ろを確認する。まだ追手は来ていない。
彼は確かに実の兄を殺すという任務が嫌で逃亡していた。だが闇雲にピンキーライオンズから逃げているわけではない。
彼は兄がなぜ憎むべき敵対ギャングシルバーウルフに寝返ったのかその動機がよく分からなかった。ライアンはピンキーライオンズに入る前からシルバーウルフの事が嫌いであった。何故ならばパッチドやライアンと同じく過去にピンキーライオンズのメンバーであった二人の父親を殺したのはシルバーウルフであると母から聞かされてきたからである。パッチドは父親を殺した連中と手を組んでいたことになるのだ。
兄のピンキーライオンズに対する裏切りは、収監中のボスデゥラハンからアブデイへの電話によって突然発覚した。デゥラハンは現在ムショ内の黒人系プリズンギャングブラックスネイクス副支部長の立場にあり、支部長の右腕だ。その支部長がデゥラハンに裏切りの事実を明かしたというわけだ。そして支部長は敵対組織のシルバーウルフ側にもコネがある。当然シルバーウルフ側にもスパイの正体を話した旨通知したのだろう。シルバーウルフから連絡を受けたパッチドはとりあえず逃げ出した。
そのような経緯で裏切り発覚以来ライアンは兄と会っていない。だからライアンは兄の裏切りの原因を知りたかった。兄にあって話したかった。裏切りの理由も聞かず無慈悲に殺したくはなかった。
恐らくパッチドはラキア王国にむかっているだろうとの見方がピンキーライオンズ内ではされていた。だからこそラキアの麻薬カルテルであるサイード・カルテルに一行は接触したのであった。そして予想通りパッチドの逃亡をサイード・カルテルは助けていた。彼らは麻薬と人をラキア・アメリカ両国間で密輸入する仕事をしている。当然その一環として金を取ってラキアからの亡命者をアメリカに運んだり、逆にアメリカから逃亡する者をラキアに運んだりもしている。
だがそれは麻薬を運ぶ船とは別の場所で行われている筈だ。麻薬取引と人身売買を同時に行えば、港が警察や敵対組織の攻撃を受けて損壊してしまえば全てのビジネスを行うのが厳しくなるからだ。であるからこそサイード・カルテルは別の拠点から兄を逃がしたとライアンは踏んでいた。
つまりアブデイとモハドがラキア王国に渡るためにその拠点に向かうのに少し時間がかかる。その間にライアンはまずリムソンシティから出た。そして別ルートからラキアに入国することにしたのだ。恐らくインディペンデントシティにいる大物黒人マフィアダスケであればラキアとのコネを何かしら持っている筈だ。
翌日 インディペンデントシティ 黒人街
「ダスケに会いたい」と言うとマンションの入り口近くの護衛は顔をしかめた。「アポもなしにか?」「すまねえ。だけど緊急で頼みたいことがあるんだ。」「頼むだと!?」一気に護衛の雰囲気が変わる。「てめえみたいなチンピラがダスケ様に依頼とはな・・・大きく出たもんだぜ!」護衛は殺気をむき出しにしながら手に持ったライフルを上げた。
そのとき、黒塗りの車が玄関前に停まる。助手席に座っていた護衛が下り、後部座席のドアを開けた。そこからダスケが下りて来た。今まで凄んでいた護衛が緊張している。やはりダスケは絶対的な権力でファミリーを統治しているようだ。
「おい何があった?」「こ、こいつがダスケ様に頼みてえことがあると・・・」「ほおん。じゃあ下のロビーに待たせときゃいいじゃねえか。何故ライフルで脅してる?そのガキが俺の脅威になるとでも?そうは見えねえけどなあ・・・」「しかしこいつはチンピラですぜ!易々とダスケ様に近づいていい者じゃねえ!」「そうか・・・てめえは俺がダスケファミリーを作った後に加入したか?」「へ、へい・・・」「じゃあてめえには分からねえな。」「は、はい?」「俺がこの組織を独立させる前は俺だってチンピラだった。」「・・・・」「スライサーズは極悪で最強の黒人マフィア集団とかいわれてるけどよお、実際に権力を握っていたのは本部の連中だけだぜ!俺たち支部は支部長も含め皆生活困窮者だった!ただのチンピラだ。俺はなあ、自慢じゃねえが奴らの支配下から抜け出してマフィアに成り上がってやったぜ!だけどチンピラだった頃の奴らを兄弟と思ってる。てめえみたいな新参者よりもな!」「は、も、申し訳ありません・・・」「チンピラを馬鹿にするやつは俺のファミリーにはいらねえよ!」そう言うといきなりダスケはその護衛の頭をつかみ、外壁に叩きつけた。護衛は頭から血を流して倒れてうめく。「ふん。てめえら、こいつを病院に運んでおけ!治療費はこいつに出させろ。さあガキ、部屋で話すぞ。ついて来い。」
ダスケの部屋に入った途端ライアンの緊張は最高潮に達した。
ダスケの部屋はダスケが所有するこのタワーマンションの最上階に位置しており、大富豪が住む豪勢なつくりだ。
ダスケが育った貧困家庭とは全く違う世界だ。故にライアンは落ち着かない。
「まあそう緊張するな。受けるかどうかは別として話を聞いてやろう。」「はい、実は・・・ラキアに渡らせてもらいたい。」「ほう・・・ラキアへ?」「ああ、兄さんを探してるんだ。」「なるほどなあ・・・少し噂にか聞いていたが本当だったんだな、てめえの兄がピンキーライオンズを裏切った話。」「ええ、本当です。で俺が責任を取って兄を殺すことになりました。」「でその兄とやらがラキアへ逃げたと?」「そうだ。だけど俺は兄さんを即射殺したいわけじゃない。兄さんは俺らの親父を殺したことのあるハイチ人と裏で繋がってた。ハイチ人の有利になるように俺らの動きをハイチ人や敵組織に流してた。何故そんなことをしたのか知りたい。」「そうか、そのことについては情報があるぞ。」「え?兄さんがハイチ人と手を組んだ理由?」「ああ、そうだ。」「じゃあ教えてくれ!」「だが俺だってマフィアだぜ。情報料ってもんがねえとな。」「いくら?」「ふうん、まあラキアへの渡航費くらいの高値だ。かなり重要な事項だからな。」「俺が金を持ってると?」「もちろんだぜ。だってよお、ラキアに渡るには旅費が必要だろうがよ。で俺はとっくに見抜いてるぜ。ピンキーライオンズの力を借りずにあんたが旅費を工面しようとしてることをな。おおかた乗って来たバンと財布に入ったあんたの全財産、それからあんたの住んでいるアパートの部屋を俺に売ってその中の家具やらなんやらも俺が回収できるようにしたんだろうな。」「な、何故そこまで・・・」
実はパッチドが逃げ出した翌日にライアン達はサイード・カルテルを訪れた。その間にライアンは手続きを済ませていたのだ。最初からドリアン達と行動を共にする気はなかったのだ。
「俺をなめんなよガキ。俺はなあ、あんたの親父さんがチンピラに過ぎなかったころから裏稼業だ。で、あんたの金は情報料に使うか、渡航費に使うか?」「・・・渡航費です。情報はありがたいけど俺は兄さんの口から真実を聞きたい。」「ほう・・・」ダスケは意味ありげな笑いをすると言う。「分かった。丁度3時間後にラキアの友人からヤクが船で運ばれてくる。そこの船長と話をつけてやろう。」「マジですか!ありがとう。」「ただしあんたの全財産と車は置いて行けよ。あんたは船内労働でわずかな金を稼いであっちでは野宿だ。ラキア国民でさせホテルに泊まれるものはほんの一部の富豪だけだ。あそこは国民の大半がホームレスみてえなもんだからな。
3時間後 インディペンデントシティ
ダスケはラキア側から派遣されて来た通訳を介して麻薬運搬船の船長と話をしていた。
ダスケの言葉に船長は笑顔で始終頷いている。ダスケは運搬船の船長にも恐れられているようだ。
どうやら話がまとまったらしく、ダスケがライアンのところに歩いてくる。そしていきなりライアンが持っていたピストルを取り上げる。「全財産を置いてけよ。服くらいは着て行っていいがそれ以外はすべておいていけ。この携帯もだ。」「け、携帯も!」「ああ。俺が没収しなかったとしても向こうの国の奴らに脅し取られるから心配するな。さ、行け!」そう言ってダスケは去っていった。
ダスケが去っていくと同時に船長の表情が豹変する。意地悪い表情を浮かべ、船内に向かって何か怒鳴った。船内から二人の男が出てきてライアンのほうに向かってくる。二人はいきなりライアンの膝を蹴った。痛みに顔をしかめるライアンに船長は大笑いしながら怒鳴り、通訳がその言葉を英訳する。「これからはたっぷり働いてもらうぜ、ソマリア人のクソガキ!」
こうしてライアンのラキアへ向けた旅が始まった。




