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君がいた奇跡  作者: あると


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第二十一話

■八回表 星華高校の攻撃

打席に立つのは、四番・速水瞬。

「……待たせやがって」

その声に宿るのは、挑発ではない。

ただ純粋に、この瞬間を待ち望んでいた者だけが持つ高揚だった。

比呂の背に、これまで感じたことのない重圧がのしかかる。

首筋を、冷たい汗が伝った。

(……怪我してるんだ。少しは手加減してくれよ)

誰にも届かないほどの小さな呟き。

それでも比呂は、振りかぶった。

初球、148キロのストレート。

乾いた音がミットに収まる。

だが速水は動かない。

まるで——ただ球を“見に来た”だけのように。

二球目、150キロ。

速水が軽くバットを振る。

カンッ——

鋭い打球は三塁線を破り、あっさりと外野へ抜けた。

一塁上で、速水は比呂を見据える。

「……期待外れだったな」

その一言が、比呂の胸をえぐる。

歯を食いしばる比呂に、キャッチャーが声をかけた。

「まだシングルだ。落ち着け」

短く頷く。

「次の五番も強打者だ。気をつけろ」

「……わかってる」

痛む肩を押し殺し、セットポジション。

そして——渾身の一球。

だが。

カンッ!!

高く、あまりにも高く舞い上がる打球。

球場が揺れる。

歓声が地鳴りのように押し寄せる。

白球は、そのままスタンドへ吸い込まれた。

逆転——6対5。

「……なんで……」

比呂は空を睨みつけ、叫ぶ。

「なんでいつも……俺たちの邪魔するんだよ!!」

速水がホームを踏む。

続いて五番も還る。

その五番が、笑いながら言った。

「速水先輩、調子悪いんですか、あんな球ホームランにできないなんて。

 甲子園の四番は俺ですね」

速水は、鼻で笑った。

「……あんな球だからだ」

「え?」

「お前にはわからんよ」

それだけ言い残し、ベンチへ戻る。

キャッチャーが比呂に駆け寄る。

「大丈夫か。まだ終わってない」

拳を握る比呂に、さらに言葉を重ねた。

「……勝利の女神が待ってるんだろ?」

比呂ははっとし、ゆっくり頷く。

揺れていた心が、わずかに戻る。

キャッチャーは笑った。

「本当に……勝利の女神さまさまだな」

その後——

六番、三振。

七番、ヒット。

八番、九番、打ち取る。

追加点は許さなかった。

だが比呂の球速は、すでに140キロまで落ちていた。

右肩は——限界だった。

■八回裏 海南高校の攻撃

キャプテンが声を張り上げる。

だが流れは動かない。

七番、八番、九番——三者三振。

完全に、断ち切られた。

■九回表 星華高校の攻撃

一番打者。

比呂の120キロのスプリットを捉える。

鋭い打球が一塁線へ——抜ける。

そう思った瞬間。

ファーストに入った青木が、身を投げ出した。

アウト。

立ち上がった青木がボールを返そうとするが——手からこぼれる。

青木は何も言わず、守備位置へ戻る。

比呂は自分の肩を見つめる。

「……もう少しなんだ……頼む……」

二番打者。

全球フォーク。

なんとか三振。

だが、その顔は明らかに歪んでいた。

キャッチャーが駆け寄る。

「ツーアウトだ。次出したら速水だぞ」

ボールを受け取ろうとして——落とす。

キャッチャーは苦しそうな顔で言った。

「……エースだろ。頑張れ」

その言葉に、比呂は唇を噛む。

三番。

抜けたフォーク。

——デッドボール。

球場がざわつく。

ツーアウト一塁。

そして——

アナウンスが響く。

四番・サード、速水瞬。

二度目の対決。

だが速水は、どこか退屈そうな顔をしていた。

まるで——

「こんな終わり方か」とでも言いたげに。

運命の対決が、いま始まる。


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