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君がいた奇跡  作者: あると


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20/22

第二十話


■2回裏 海南高校の攻撃

六番打者が、青木の145キロのストレートを強く叩き返した。

乾いた打球音が球場に響き、白球は右中間を深々と割っていく。

スタンドがどよめき、打者は悠々と二塁を陥れた。

続く七番は、迷いのないバントで走者を三塁へ送る。

一点を取りにいく、そんな執念がにじむような小技だった。

八番の放った打球は高く舞い上がり、犠牲フライとなる。

三塁ランナーが悠々と本塁を踏み、試合は振り出しに戻った。

九番は三振。

チェンジ。

スコアは2対2。

流れは、またわからなくなった。

■3回表 星華高校の攻撃

青木はスプリットを織り交ぜながら、どうにか三者凡退に抑えた。

派手さはない。だが、崩れそうな流れを必死に踏みとどめているのが、比呂にはわかった。

ファーストの守備位置から、その背中を見つめる。

比呂は小さくうなずいた。

「……よし」

言葉にはしない。

けれど、その一瞬の頷きに、青木への信頼がこもっていた。

■3回裏 海南高校の攻撃

一番打者が、打って出るというより、触るようなセーフティーバントを転がした。

紙一重のタイミング。

相手の守備がわずかに遅れ、ギリギリでセーフとなる。

二番はきっちり送り、ワンアウト二塁。

三番はライト前へ運び、ランナーは一、三塁へと広がった。

そして、四番・比呂。

打球は迷いなくセンターへ抜けていく。

深く守っていた外野手の頭を越え、二人の走者が次々に生還した。

逆転。

スコアは2対4。

海南側の応援席が、一気に沸き上がる。

だが、続く五番、六番は連続三振。

せっかくつかんだ流れを、完全には広げきれない。

ベンチへ戻る途中、キャプテンが比呂の耳元で小さく言った。

「……急に球威が上がった。嫌な感じだ」

比呂は眉をひそめた。

その言葉が、胸の奥に引っかかる。

■4回表 星華高校の攻撃

打席に立ったのは、四番・速水だった。

キャッチャーがすぐにマウンドへ走り寄る。

「……敬遠しよう」

青木も、すぐにうなずいた。

速水はファーストに立つ比呂へ、挑発するような笑みを向ける。

「投げなくていいのか?

お前ら、もう打てないぞ」

比呂は睨み返した。

「なんでだよ」

速水は、不気味なほど落ち着いた声で笑う。

「次の回からわかるさ」

その一言が、妙に胸に残った。

五番も敬遠。

ノーアウト一、二塁。

六番はバントで送り、ワンアウト二、三塁。

七番の犠牲フライで一点を返される。

3対4。

まだリードはある。

それでも、嫌な予感だけが膨らんでいく。

■4回裏 海南高校の攻撃

相手投手の投げる音が、ふいに変わった。

「……キィンッ」

まるで金属を弾くような、鋭い音だった。

七番、八番、九番。

三者連続三振。

海南ベンチがざわつく。

「なんだ……急に……?」

比呂は、速水の言葉を思い出した。

あの不気味な笑み。

あれは、ただの挑発じゃなかったのかもしれない。

胸の奥が、じわりとざわめいた。

■5回表 星華高校の攻撃

青木はスプリットを駆使し、どうにか三者凡退に抑える。

だが、額を伝う汗が止まらない。

一球ごとに、肩で息をする。

その姿を見て、比呂は唇を噛んだ。

■5回裏 海南高校の攻撃

一番、二番、三番。

まるで見えない壁にぶつかったように、全員が三振に倒れた。

相手投手の球は、さっきまでとは別人のように伸びている。

海南の打線は、その変化にまだ追いつけずにいた。

■6回表 星華高校の攻撃

三番をスプリットでゴロに打ち取る。

だがその後、四番と五番は敬遠。

ワンアウト一、二塁。

六番がライト前へ運び、同点。

4対4。

星華の応援席が大きく揺れた。

海南ベンチにも、重い空気が落ちる。

青木はマウンドでうなだれた。

そこへ、比呂たちが駆け寄る。

「まだ同点だろ!」

比呂が叫ぶ。

キャプテンが青木の肩を叩いた。

「……あの球を投げろ」

青木は震える手でうなずいた。

七番は制球を乱し、満塁。

八番。

二ストライクからフルスイング。

空振り三振。

フォークだった。

九番も同じくフォークで三振。

青木は膝をつきそうになりながらも、なんとか同点で踏みとどまった。

■6回裏 海南高校の攻撃

四番・比呂。

相手投手の145キロ、伸びのある速球が襲いかかる。

比呂はフルスイングした。

その瞬間——

右肩の奥で、嫌な音がした。

「……っ!」

激痛が、腕全体へ走る。

それでも比呂は歯を食いしばり、粘ってフォアボールを選んだ。

直後、相手投手が吠える。

「うおおおおお!!」

五番、六番にも連続フォアボール。

ノーアウト満塁。

速水が叫んだ。

「落ち着け!!」

相手投手は深く息を吸い、表情を切り替える。

さっきまでの荒れた投球が、まるで嘘のようだった。

そして七番、八番、九番。

三者連続三振。

海南ベンチは、静まり返った。

比呂は三塁ベース上で右肩を押さえ、空を見上げる。

「……まだ……終わってねぇ……」

その声は小さかったが、確かな熱を持っていた。

■7回表 星華高校の攻撃

青木は苦しみながらも、低めへフォークを集め、なんとか一番、二番、三番をゴロに打ち取った。

派手さはない。だが、崩れかけた流れを必死に食い止めるような投球だった。

ようやく守備を終え、海南の攻撃が始まる。

■7回裏 海南高校の攻撃

先頭打者が粘りに粘って四球を選ぶ。

続く二番も崩れた投手からストレートの四球。

スタンドがざわめき始める。

ノーアウト、一・二塁。

三番が打席に入る。

初球、鋭く振り抜いた打球はライト前へ弾けた。

三塁コーチャーが腕を回す――

だが、それよりも速く、走者は迷いなく本塁へ突っ込んでいた。

「止まれ!!」

制止の声を振り切る。

本塁クロスプレー。

捕手のミットが走者の体を追う。

次の瞬間――

審判の右手が大きく横へ広がった。

「セーフ!!」

歓声が爆発する。

球場そのものが揺れたかのような熱気。

スコアは、4対5。

ベンチからキャプテンが身を乗り出す。

「いけるぞ!!」

その声が、流れを完全に引き寄せた――はずだった。

しかし。

星華ベンチから、低く、冷めた声が落ちる。

「……あいつ、もうダメだよ」

その一言で、海南ベンチの空気が凍りつく。

全員の視線が、同じ一点へ吸い寄せられた。

そこに立っていたのは、見慣れない男。

背筋は異様なほどに真っ直ぐ。

微動だにしないその姿勢に、隙は一切ない。

そして――

獲物を仕留める直前の獣のような、鋭すぎる眼光。

星華の監督が、思わず呟く。

「……こんな予選で使うことになるとはな」

男は何も答えない。

ただ帽子のつばを深く引き下げ、短く告げた。

「交代で」

審判が頷き、場内にアナウンスが響く。

空気が変わる。

新たな投手が、静かにマウンドへと歩み出た。

一球目。

振りかぶり、腕が振り下ろされる。

――次の瞬間。

「バチィンッ!!」

ミットに収まった音が、異様なまでに重く響いた。

ざわ……と、海南ベンチが揺れる。

「……誰だよ、あいつ……」

「球、えぐすぎる……」

誰もが息を呑む中、

比呂だけは、その一球をじっと見つめていた。

背筋を、冷たいものがゆっくりと這い上がる。

――嫌な予感が、消えない。

四番・比呂の打席。

新投手が、ゆっくりと振りかぶる。

155キロ。

伸びる速球が、一直線に比呂へ迫ってくる。

比呂は振り抜こうとした。

だが、その瞬間——右肩に激痛が走った。

「……っ!」

腕が止まる。

中途半端になったスイングは、ただ空を切った。

空振り三振。

その瞬間、海南ベンチに重い沈黙が落ちた。

比呂は歯を食いしばる。

肩の奥で脈打つ痛みが、現実を容赦なく突きつけてくる。

五番も三振。

六番も三振。

わずか数球。

それだけで、海南高校の攻撃は終わった。

ベンチに流れ込んだのは、歓声ではない。

どうしようもない絶望だった。


海南ベンチの空気が、じわじわと重さを増していくのがわかった。

八回表を前にして、そこにあったのは静けさではなく、焦りと痛みが入り混じった、ざわついた緊張だった。

青木の右手からは、赤い雫がぽたぽたと落ちていた。

よく見れば、爪が剥がれている。

キャプテンが顔をしかめる。

「……もう無理だ。限界だろ」

だが青木は、ゆっくりと首を振った。

その瞳は痛みよりも、悔しさに濡れていた。

「まだ……いける。比呂の肩に比べたら……こんな爪なんか……」

その言葉に、比呂の胸が熱くなる。

何も言わずに立ち上がった。

「……充分休ませてもらったよ」

そう言って、監督の前に進み出る。

「投げます」

監督は苦しげに眉を寄せた。

「本当に……大丈夫なのか」

比呂は迷わなかった。

「約束があるんです。だから……負けられない」

そして、青木の肩にそっと手を置く。

「ありがとう。ここからは……任せてくれ」

青木は唇を噛み、震える声で応えた。

「……頼んだぞ、エース」

監督は深く息を吸い、覚悟を決めたようにうなずく。

「……わかった。ピッチャー、比呂!」

その声に、球場がざわめいた。

比呂はマウンドへ向かいながら、右肩にそっと触れた。

痛みはまだ消えていない。むしろ、投げるたびに深く牙をむいてくる。

それでも、足は止まらない。

——あと少しなんだ…少しだけでいい。

——頼む。もってくれ。

祈るような思いは、傷んだ肩の奥へ沈んでいった。

マウンドに立つと、次の打者がゆっくりと現れる。

四番、速水。

速水は比呂を見て、口元をわずかに歪めた。

「……やっとお出ましか」

その声には、挑発よりも、むしろずっと前からこの瞬間を待っていた者の熱があった。

比呂は無言でボールを握り直す。

決勝戦、八回表。

ようやく、運命の対決が始まろうとしていた。

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