表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君がいた奇跡  作者: あると


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
19/22

第十九話


決勝戦の朝だった。

比呂は目を覚ますと、しばらく天井を見つめたまま動かなかった。

胸の奥に、まだ昨夜の熱がわずかに残っている。

やがてゆっくりと身を起こし、何気ない癖のように枕元の携帯を手に取った。

画面が灯る。

そこに、通知がひとつ表示されている。

送り主の名前を見た瞬間、比呂の胸がわずかに跳ねた。

——愛。

震える指で、そっと画面を開く。

そこに並んでいたのは、たどたどしくも真っ直ぐな言葉だった。


昨日は決勝戦前なのに心乱してごめんなさい

いよいよ決勝戦だね

頑張ってね

それと

わがままばっかり言ってごめんね

いっぱい、いっぱい

ありがとう

きみがすきで


比呂は息を呑んだ。

文字の向こう側で、愛がどんな顔をしてこの文を打ったのか。

きっと、何度も消しては書き直し、最後まで震える指で送ってきたのだろう。

胸の奥が熱くなる。

比呂の指が、ほとんど反射のように動く。

今日終われば甲子園

一緒に行くぞ

それと、俺は大好きだ

送信。

けれど、画面にはまだ「未読」のままの文字が残っていた。

比呂は小さく笑う。

「……また、読まないのかよ」

責めるでもなく、呆れるでもなく。

その声には、むしろ優しさがにじんでいた。

胸の奥に、痛みと温かさが同時に灯る。

比呂は携帯を握ったまま、静かに顔を上げた。


決勝戦の朝。

比呂が球場に着くと、入口の影にひとりの男が立っていた。

速水だった。

「よう、久しぶりだな」

比呂は眉をひそめる。

「……こんなとこで何してんだよ」

速水は比呂をまっすぐ見つめ、口の端をわずかに上げた。

「本調子じゃないみたいだな。」

比呂は鼻で笑った。

「今日のために取っといてるだけだよ」

「へぇ。楽しみにしてるわ」

軽く肩をすくめた速水は、ふと思い出したように言う。

「ところで……愛は? あいつの顔、見に来たんだけど」

比呂は短く答えた。

「……近くにいるよ」

速水は怪訝そうに眉を寄せたが、それ以上は何も聞かなかった。

「なんだそれ。まあいい。終わったら俺のとこに来るんだからな」

そう言い残し、球場の中へ消えていく。

比呂はその背中を見送りながら、ひとつ息を吐いた。

ベンチに入ると、比呂は掲示されたオーダーを見て目を見開いた。

「……なんで俺がファーストなんだよ!」

監督が答える前に、キャプテンが言い放つ。

「自惚れるな。お前一人で試合やってると思ってんのか?」

比呂は悔しそうに拳を握った。

「俺が投げないと……」

その前へ、青木が静かに立つ。

「最初は……俺を信じてくれ」

さらにキャプテンが続けた。

「お前、肩痛めてること……隠せてると思ってんのか?」

比呂は息を呑んだ。

キャプテンの目は、すべてを見透かしているようだった。

「お前が必要な時は必ず来る。

それまで……我慢しろ」

比呂は唇を噛み、やがて小さくうなずいた。

■一回表。星華高校の攻撃。

青木の初球は、130キロのストレートだった。

打者はそれをジャストミートし、鋭い打球が一塁線へ飛ぶ。

だが比呂が飛びついた。土を巻き上げながら、間一髪でアウトにする。

キャプテンが呆れたように息をつく。

「……あいつ、無理するなって言ったのに」

二番打者はカーブで打ち損じ、キャッチャーフライ。

三番にはスライダーを二球続けて投げ、ファウルを取る。

そして三球目。

120キロのストレート。

打者は「打ちごろだ」とばかりにフルスイングした。

しかし、バットは空を切る。

スプリットだった。

「チェンジ!」

青木がマウンドへ戻る比呂のもとへ駆け寄った。

「キャプテンに教えてもらった……キレは悪いけどな」

比呂は笑った。

「十分だよ。頑張れ」

■一回裏。海南高校の攻撃。

相手投手は145キロのストレートを投げ込んでくる。

その球に、一番打者が軽く合わせてヒットを放った。

二番が送り、ワンアウト二塁。

三番がゴロでツーアウト三塁。

そして、四番・比呂。

比呂はセンターへ鋭い打球を飛ばし、先制の一点をもぎ取る。

五番は三振。

それでも、海南は確かに先に踏み出した。

■二回表。

星華高校の四番・速水が打席に立つ。

青木は120キロのスプリットを投じた。

炸裂音が響いた次の瞬間、打球はそのままスタンドへ吸い込まれる。

「うおおおおおおおおおおっ!!」

爆発する歓声。

スタンドが一斉に立ち上がり、波のような音が球場を飲み込む。

同点。

打球の余韻を追うように、歓声はさらに膨れ上がる。

金属音の残響と、観客の叫びが混ざり合い、空気を震わせていた。

一塁を回った速水が、比呂の横で低く呟く。

「……愛、いないみたいだな」

比呂は答えない。

続く五番にも135キロのストレートを投げ込んだが、またしても乾いた音が響く。

打球は低い弾道で伸び、そのままぐんぐんと失速せずに飛んでいく。

ライトが一歩、二歩と下がる。

だが、その足が止まる。

「うおおおおおおおっ!!」

再び、歓声が爆ぜた。

連続ホームラン。

今度の歓声は、さっきよりも荒々しく、押し寄せるようだった。

スタンドが揺れ、地鳴りのような音がグラウンドを包み込む。

逆転。

青木はうつむいた。

比呂は堪えきれず叫ぶ。

「まだ始まったばっかりだろ!」

青木は顔を上げ、力強くうなずいた。

その目には、まだ終わっていない試合への意地が宿っていた。

後続にヒットを許したが、追加点は与えなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ