25話 ファミレスにて……
昼飯時のピークを過ぎたたっくんの厨房。 最後の客の清算を終わらせた瑠依が、全力で皿を洗っている琢磨の横に食器を下げる。
「お願いしますね、店長 」
琢磨は汗だくになりながら爽やかな笑顔で瑠依に返事をする。 客足が途絶えたのを確認して瑠依は休憩に入るが、休憩室は使わずカウンター席に腰を下ろしていた。
「ほい、お疲れさん。 司特製ブレンドだ 」
司が店長特製ブレンドを瑠依仕様にミルクを混ぜてカウンターテーブルに置く。
「ありがとうツカサ君。 孝太さんがいなくて大丈夫だった? 」
「いやー、キッツかったわ。 まぁアイツも昨日は俺がいなくてキツかったみたいだし、文句は言えないよな 」
ハハハと笑う司に、瑠依はコーヒーカップに口を付けながらコクコクと頷いていた。
「ねぇツカサ君、あれって大丈夫なのかなぁ? 」
一点を見つめてコーヒーをすする瑠依に司は不思議な顔をしている。
「何が? 」
「藤堂遥ちゃん。 あまりにも栞さんに似すぎてるじゃない? 私なら耐えられないなぁって 」
「…… まぁ平気なワケじゃないな 」
「ツカサ君はどう思ってるの? 」
司もコーヒーを一口。
「うーん、俺は栞とはカブらないけどな…… 多分あの二人もそうじゃないか? 」
「遥ちゃんも大変なのは分かるけどさ……孝太さんも佳さんも、見てるとなんか切なくなっちゃって 」
「そう言うな。 アイツらが選んだことなんだ、見守ることが俺達にできることだよ 」
ウンと瑠依は返事をするものの、浮かない顔をしている。
「佳さん、複雑なんだろうなぁ 」
「…… 」
司はチラッと瑠依の顔を見ると深いため息をついた。 その行動に瑠依はムッとする。
「何それ? ツカサ君 」
「勘ぐりすぎだよ瑠依は。 佳が気に病んでるのはそこじゃない 」
「じゃあドコなの?」
しまったという顔をする司に瑠依は詰め寄る。 司は少し迷って、諦めたようにため息を吐いた。
「……孝太や佳には言わないと約束してくれるか? トップシークレットだ 」
力強く頷く瑠依に、司は重たい口を開く。
「佳と栞な、ケンカ別れしてるんだよ。 アイツはそれをずっと引き摺ってるんだ 」
「え…… ? 」
カラン カラン
「い…… いらっしゃいませー 」
戸惑いながらも瑠依は来店客の案内に回る。 司はそんな瑠依を見ながらスッと厨房に消えていった。
「お疲れさん、また明日よろしくね 」
いつものように琢磨に見送られて、司と瑠依は店を後にする。 あれからちょこちょこと客足が止まらず、瑠依は結局ケンカ別れの話の続きを聞けずにいた。 司はポンと瑠依の頭に手を乗せる。
「お前が辛気くさい顔することもないだろ。 佳と栞の問題なんだからさ 」
「だって…… よく分からないけど、佳さんが可哀想な感じがする 」
「そうだな。 栞も酷な事を佳に言ったもんだ 」
「何があったの? 教えてよツカサ君! 」
苦笑いして司は力なく笑う。
「留依、お前泣いても知らねえぞ? こんな帰り道で話すようなことじゃないし 」
「じゃああそこで話そうよ 」
瑠依が指を指したのは近くにあるファミリーレストランだった。 司は頭をガリガリと掻き、家には連絡を入れとけよと留依に忠告してファミレスに足を向けた。
「俺と佳が、栞の病室に呼ばれた時のことだ。 栞は佳と二人きりになりたいって言ってな、俺は病室の外で待つことにした。 しばらくしたら突然病室の外まで聞こえる声で大喧嘩してた。 俺と看護師で二人を止めに入るくらいな 」
瑠依は注文したメロンフロートに付いてきたストローの袋をいじりながら黙って司の話を聞いている。
「後から聞いた話、佳と栞はどっちも孝太を譲り合っちまったんだ。 栞は佳と孝太を想って決断したみたいなんだけどな…… それが悪かった 」
「譲るって…… 結婚の約束してたんじゃないの? 」
「それは佳が勝手に言ってたことなんだ。 孝太も婚約指輪を用意はしてたけど、プロポーズはしてないんだよ 」
「それって…… 」
「孝太がいるんだから病気に負けるな…… 佳はさ、孝太を栞の生きる希望にしたかったんだよ。 だけど栞は孝太と別れると言い出した 」
瑠依の手がピタッと止まる。
「別れると聞いた佳は当然理由を聞いた。 栞は、もう飽きた…… 息苦しいって答えたそうだ。 こっぴどくフッてやって私の事なんか嫌いにさせてやるんだって笑ったらしい。 それに佳がキレたんだよ 」
瑠依は口をポカンと開けて唖然としていた。 徐々に眉間にシワが寄ってくる。
「それ酷くない!? 佳さんの気持ち全然考えてない! 」
「栞なりに佳を想っての事だったんだよ。 自分がいなくなっても佳が孝太に向かっていけるようにって…… 」
「違うよそんなの! 」
ダン!
瑠依はテーブルに両手を強く打ち付ける。 まばらな店内の客は皆、司と瑠依に目線を向けていた。
「落ち着けよ瑠依。 もう終わった事なんだから 」
「う、うん…… ごめんなさい 」
深呼吸をする瑠依の気持ちが落ち着いてから司は話を続けた。
「その時佳は怒って帰ったけど、俺は病室に残って栞にその事を聞いた。 大泣きしてたよ…… 佳ちゃんゴメンねって 」
「でもそれって誰も幸せになんてなれないよ…… 」
「だよな。 でも栞には時間がなかったんだ 」
「え…… 」
司は頬杖をついて窓の外に目に目を向け、控えめに夜空に輝く三日月に目を細めた。
「栞が亡くなったのはそれから10日後だ。 アイツ、わかってたんだろうな…… 」
再び瑠依の眉間にシワが寄るが、その表情は切ない。 司は窓の外の夜空を見上げながら続ける。
「結局、佳が栞の本音に気付いて謝りに行った時には、もう危篤だったそうだ。 孝太に別れ話もしないままアイツは逝ってしまっ…… 」
ズズッ……
「もう無理…… 」
鼻水を垂らしながら涙を浮かべる瑠依に、司はテーブルに備え付けの紙ナプキンの束を目の前に置く。
「だから泣いても知らねぇぞって言ったのに…… 」
「ツラすぎるよツカサ君! 」
瑠依の大声にまたもや店内の客が視線を向ける。 会話の内容を知らない客達からは、恋人の別れ話のように見えていたのを二人は知らない。




