23話 珍しく……
12月の半ばに入り、夜も徐々に氷点下を下回るようになってきた。 今日は雲もなく新月の夜空…… 昼間暖かかったせいか、放射冷却で一段と寒く感じる。 俺はカイロを手に公園のベンチ横の水銀灯の光が届かない場所で、いつものように天体望遠鏡を覗き込む。
「…… 」
天頂にはカシオペア座が居座り、東から西へと一直線に天の川が流れる。 空気も夏より澄んできていて、俺はこの時期の天の川の見え方が一番好きだ。
腕時計を見ながら20秒間、ケーブルレリーズのボタンを押す。 今日の天の川は久しぶりに綺麗に撮れそうだ。
「栞、お前も見れているか? 今日は綺麗だぞー 」
夜空を見上げて何気にそんなことを呟いてみる。 呼吸をする度に白い息が星空を覆い、音もなく吸い込まれていった。
藤堂さんが佳の家に転がり込んでから1週間、当然のようにこの公園で彼女の姿は見なくなった。 沖野さんの話では、裁判所の審判までは約3か月掛かるのが平均らしく、この保全処分中に藤堂さんの両親から即時抗告があると連れ戻されるケースもあるという。 更に審判確定後の未成年後見人にしてもこちらから指名できるわけではなく、裁判長の選定で決められる為、俺にならない可能性もあるそうだ。 任せなさいと沖野さんは言うが、不安は拭い切れない。
「あ、しまった! 」
いつの間にかシャッターを1分間も開いてしまっていた。 画像を確認すると見事に伸び伸びの星の軌跡…… すぐさまその画像を削除して気を引き締め直す。
「どぉ? いいの撮れてる? 」
不意に後ろから声を掛けられ、振り向くと佳がゆっくりと近づいてきていた。
「…… どうしたんだよ? こんな時間に 」
「仕事帰りのついでに近況報告、だよ 」
ガサガサとコンビニの袋からホットコーヒーを取り出して俺に手渡してくれる。 近場のコンビニで買ったのか、缶はまだ熱いままだった。
「近況報告って、二日に一回はメールで教えてくれてるじゃないか 」
「まぁいいじゃない、もう来ちゃったし。 ねぇ、私にもシャッター押させて 」
ケーブルレリーズを佳に渡し、腕時計を見せながら20秒間と伝える。 撮り終えて画像を確認すると、綺麗な天の川が写っていた。 俺より上手いかも……
「…… しーちゃんも見れてるかな? これ 」
「うん、きっと見れてるよ。 私の方が取り方上手いって自慢されるかもしれないぞ? 」
「アハハ、そうかもね 」
佳と一緒に星空を見上げる。 一緒に見上げるのは一年ぶりだろうか……
「遥ちゃんにしーちゃんの事を少し話したよ 」
「え? そうなのか…… 話すべきか? それ 」
「気にしてるみたいだったからね。 アンタの部屋で写真見たんでしょ? 彼女。 それにさ…… 」
佳はベンチに座って缶コーヒーのプルタブを起こす。
「あまり深くは入ってきて欲しくないし…… 先に話してしまった方がいいかなと思って 」
佳は藤堂さんと暮らしてツラくないのだろうか…… でもそれは、一度言い出したら引かない彼女の性格上聞かない方がいい。
「…… ここで雨の日に部屋着でカッター持ってたらそりゃ止めるよね。 なんかアンタの気持ち、今分かっちゃった 」
「…… そう言えば名前で呼ぶことにしたんだな 」
「私の事も名前で呼んでって言ったのよ。 名字で呼ばれるのは仕事と外向きだけで十分。 気が休まらないっていうか…… 落ち着かないんだよね 」
「そっか。 そろそろ寒くなってきたな…… 戻るか? 泊まってくんだろ? 」
「うん! 」
手早く望遠鏡を片付け、もう一度夜空を見上げてから俺達は自宅へと足を向けた。
自宅に戻った俺は、『冷えた体を温めておいで』と佳に言われて先にシャワーを浴びる。
「孝太ー! 背中流してあげよっか! 」
突然バスルームのドアが開いた。
「うわっ! ばっ……! ちょっ!! 」
シャンプーまみれの頭で目を閉じているから佳を見ることは出来ないが、タオルを腰に巻いてるワケじゃないからこれは恥ずかしい。 佳はたまにこういうイタズラをしてくるが、今日は少しハイテンションみたいだ。
「何も一緒に入ろうってワケじゃないんだから大丈夫だよ。 はい、頭貸して 」
泡だらけの両手で大事な所を隠し、後ろ向きで佳に頭を預ける。
ワシャワシャ…… ゴシゴシ……
バスルームに優しく響く頭を洗う音。 理髪店でも思うことだが、他の人に洗ってもらうと気持ちよくて眠くなる。
「たまにはいいでしょ。 アンタ最近疲れてるみたいだったからさ…… 何か出来ないかなって 」
鼻歌混じりに佳は時間をかけて入念に洗ってくれる。 ザーっとシャンプーを流すと、今度はボディタオルを泡立て始めて背中を洗い出す。 恐る恐る目の前の鏡で佳を見ると、俺の白いTシャツを着ていた。 そりゃそうだよなと安心したが、よく見ると濡れた腰の部分が少し透けてるじゃないか…… おいおい。
「佳、透けてるぞ…… 」
「うそっ! あんまり見るな!! そういうお店じゃないんだから 」
怒って俺の背中をバシバシ叩くが、一向にバスルームから出て行く気配がない。 ひとしきり俺の背中を叩いた桂は、また無言で背中を洗い始める。
「こうやって見るとさ、男の背中ってやっぱり大きいなって実感するよねー 」
「そうか? 自分じゃ見えないからなぁ 」
楽しそうに洗う佳はどんどんエスカレートしてくる。
「ついでに前も洗ってあげる。 ほら、手どけなさい! 」
「お前…… 」
意地悪くニヤニヤする佳に、俺はシャワーの元栓を勢い良く捻ってやった。
「ふわっ!! 」
すぐ元栓を止めたが、思った以上に頭からお湯がかかってしまって、頭から肩から胸元からビショビショになっていた。 佳はボディタオルを俺に投げつけて胸を押さえている。
「…… やってくれるわね。 このまま一緒に入っちゃおうかな 」
赤い顔をして…… そんな気もないくせに。
「じゃあお礼に俺が背中流してやるよ 」
「変態。 鼻の下伸びてる! 」
『マジか!?』と鏡で自分の顔を見る俺を見て、佳は大笑いしていた。 こんなことでもコイツのストレス発散になれば俺はそれでいい。 手早く体の前側を洗って俺はバスルームを後にする。
「そのままシャワー浴びちゃえよ。 ゆっくり温まっておいで 」
「うん、そうする 」
桂は顔を赤くしながら微笑んでいた。
久しぶりに佳の素直な笑い顔を見たような気がする…… 恥ずかしいよりも先に、佳が笑顔になることの方が俺は嬉しかった。




