22話 佳と……
あれから一週間、遥は北区にある佳のマンションに居候することになっていた。 陽子は予定通りに翌週の月曜日朝一で札幌家庭裁判所に書類を届け出て、その日の午後に裁判所から派遣された調査官は遥の自宅に出向き、遥の両親に聴取を行った。 遥名義の金銭の浪費や家庭内暴力の事などを調査官から問われると、遥の両親はそれを認めるどころか開き直って逆ギレする始末。 家庭裁判所は急を要する案件として親権停止の保全処分を適用したのだった。
遥の財産の保護と身の安全の確保。 裁判所は陽子を一時未成年後見人として選任するが、大学受験を控えた高校生の男の子がいる陽子は遥を孝太に託した。 書類上は陽子が後見人だが、実際生活するのは孝太の自宅。 これを聞いた佳が、それなら私が引き取ると半ば強引に孝太を納得させたのだ。
「ごめんなさい、こんなことになっちゃって 」
ボストンバッグとキャリーケースをを抱えながら遥は佳に頭を下げる。
「いいのよ気にしないで。 男の家にいるよりまだ安心でしょ? あそこじゃブラとかパンツとか干しておけないし 」
少し頬が赤くなる遥を見て佳は笑う。
「私は夜勤でいないこともあるから、遠慮しないでこの部屋好きに使っていいからね 」
「ありがとうございます、丸ノ内さん 」
「佳でいいわよ。 なんかくすぐったい 」
佳は小さなガラス製のテーブルにお茶を淹れたマグカップを出し、そのままフローリングに敷かれたアクセントラグの上に座った。
「南区の学校に通うのは遠いけど我慢してね。 大変だね、親権停止の審判って3か月くらいかかるんだって? 」
「そうみたいです。 でも、あの息苦しい家に帰る思いをするより全然平気です 」
佳は頬杖をついてフーンと唸る。
「身近にもこんな現実ってあるんだねぇ。 ニュースでしか虐待って見たことないから、なんか現実味ないなぁ 」
「…… 特殊な家庭ではありますよね、ウチは 」
苦笑いする遥は頂きますと緑茶をすする。 遥のこめかみ辺りにできた、コンシーラーで隠してある青アザを見つけた佳は、電子レンジで温めた濡れタオルを持って来てそのアザに優しく当てた。
「あ…… 」
「気休め程度にしかならないけどね、血行を良くすると治りも早いよ 」
おとなしくされるがままにしている遥。 優しく見つめる佳の瞳は、時折切なく揺れる。
「ホント…… 君には申し訳ないけどしーちゃんと話してるみたい。 あの子もよくあちこちに青アザ作ってたなぁ 」
遥はなんて答えたらいいか分からず、ただ佳を見つめ返していた。
「孝太から何か聞いてる? しーちゃん…… 栞のこと 」
「あの…… 直接的には何も 」
そっか、と佳は苦笑いになった。
「はは…… そりゃそうだよね…… えーっと…… 」
少し悩み、佳はおもむろに話し始める。
「ちょっとだけ知っておいてもらおうかな、しーちゃんのこと 」
佳と栞の最初の出会いは保育園になる。 家が近所だった佳と栞は、小さい頃病気がちだった栞を気遣ってよく彼女の家で遊んでいた。 小学校入学と同時に、佳は父親の転勤に伴って札幌から離れ、中学入学と同時に再び札幌に戻ってきた時に栞と再会したという。
「札幌に戻ってきた私は友達がいなくてね、よくしーちゃんの後ろにくっついて歩いてたっけ。 その頃から毎日のように遊んでた…… 」
懐かしむような目をして佳はスマートフォンを操作し、一枚の画像を遥に見せる。 高校の門の前で、白と黒のセーラー服に身を包んだ佳と栞が笑顔で映っていた。
「高校も同じところに入ってね、そこで孝太と司に出会って…… 4人でよく集まってバカなことばっかりやってた。 懐かしいなぁ 」
「優しい人だったんですね、栞さんって 」
「うん、とっても。 それだけじゃなくて、何を取っても私じゃ適わなかった…… 何でもできる子だったよ 」
少し悔しさの滲んだ目はスマートフォンの画面に向けられていた。
「高校二年の時に栞は孝太と付き合って、幸せそうに高校生活を送っていたんだけどね。 卒業間近に白血病で倒れちゃって…… 」
「生きたくても生きられなかった…… 」
ボソッと呟く遥に、佳の目つきが少し鋭くなった。
「孝太に聞いたの? 」
「聞いたというより、私が自殺しそうになった時に止めてくれた言葉なんです 」
「そっか、しーちゃんが君を助けてくれたのかも…… ね 」
「え? 」
ニコッと佳は遥に微笑みかけると、大きく伸びをして立ち上がる。
「暗くなる前にご飯食べに行こうか。 麻生って結構美味しい店多いんだよ 」
佳の目には、先程の嫉妬や寂しさの色はもう残っていなかった。




