第三話
彼は本来結構な速度で走る動作をとることができる。
だが、今はそうもいかない事情があった。
寒いのである。寒くて身体が動かないのだ。
しかも腐食性の高い水、すなわち海水。熱容量が高く外骨格にしっかり絡みついてくる。
もっとあったかい環境を目指していたため最初に形成していた外骨格は割とスカスカであった。
ソレを埋めながらのっそのっそと陸地へと向かう。
飛ぶにも体内熱量が足らない。
要は寒くてひもじくてつらい状況。
なけなしの熱量をだいじにだいじに海を進む。
結果として地球環境にはさほど影響を与えず行動することになったのは人類にとっては僥倖だったのだろう。
最もそれを把握できるのは随分あとになってか、とはなるが。
〈さむいよう、ひもじいよう。〉
まあともかく、弱音を吐きながら彼は海を進んでいた。
弱音、つまり独り言は電波の形で吐き出されるため桜島周辺は断続的な通信断に襲われることになり人類の混乱は広がっているが、彼には認識できないことであった。
〈もうすぐ、もうすぐ。・・・ついた!〉
そうして、ようやく水のない地面につき一息つく。
外骨格に入ったヒビを修復しながら、次の目的地、つまり美味しそうな熱のある火口への移動ルートの確認をすることにした。
あれ、コレ、通信波?
弱音をとめ、落ち着いて観測できる状況になって初めて。
この地に飛び交う通信用の電波を彼は冷静に観測した。
それは、何らかの知的生命がこの星にいることを示している。
〈こんな、こんな寒い土地に知的生命がっ!?〉
彼にとっては青天の霹靂であった。
〈おはなし、できるかな?〉
通信波の規則性をみる限り、何らかの言語は持っていそうだった。
〈群体生物、なのかな?声に個性がない〉
〈情動パターンが複数あるのに皆声がおんなじ。怖い。〉
彼にとって、電波情報は声に等しい。
本来個性が出るはずのものである。
しかし、当然ながら無線通信電波はアンテナが同じなら電波そのものへの個性は残らない。
かくして彼は未知との遭遇に震えることとなった。
なお、この地で今一番流れている電波は防災無線による避難指示や携帯通信端末向けの緊急速報メール、
それから海上保安庁の彼に対する対応通信である。




