第四話
桜島フェリーが次々と出ていく。
一隻が桜島を離れたかと思えば、別の一隻が島へ向かう。
上白坂にとっては見慣れた船である。だが、今日ばかりはその往来を見て安心するわけにもいかなかった。
桜島には、噴火に備えた海上避難の計画がある。
住民が避難港へ集まり、桜島フェリーなどの船で対岸へ逃れるためのものだ。
まさか、噴火より先に謎の巨大生物で使うことになるとは。
「避難のほうは?」
「乗船は進んでいるようです。ただ、こちらも連絡が途切れ途切れで」
通信担当の技官が答える。
その後ろでは、無線機が人の声と雑音を交互に吐き出していた。
聞き取れたところまでを書き留め、次につながったときに続きを確認する。
何度も同じことを聞き返す声が、船橋の中でも無線の向こうでも飛び交っている。
目の前のソレが現れてから、どうにも電波の具合がおかしい。
「右舷、手旗です」
近くの船の甲板で、人が旗を振っている。
上白坂はそちらへ双眼鏡を向けた。
機械が駄目なら、人が見て伝える。
今は読めるものがあるだけありがたい。
「避難船、出航。進路の警戒を求めています」
「了解。こっちもソレから目を離すなよ」
ソレ。
他に呼びようがなかった。
隕石と呼ぶにはよく動くし、生き物と呼ぶにはあまりにも鉱物だった。
巨人と呼ぶには、さっきまでの歩き方がだいぶ熊である。
ともかくソレは、桜島に上がっていた。
海から出た身体から水が落ちている。
表面に走っていた白っぽい筋が、少しずつ埋まっていくように見えた。
「……今、何してる?」
「身体の表面が変わってますね」
「それは見えてるんだよなぁ」
割れていたところを直しているようだった。
海から上がって、一息ついて、身体の手入れをしている。
そう考えると妙に生き物らしいが、直し終わったらもっと元気に動くということだろうか。
あまり元気になられても困る。
上白坂は双眼鏡を下ろし、額を拭った。
「本部には?」
「映像は送れたところまで。継続して送信を試しています」
「動きが止まったことも伝えてくれ。理由は分からん、と」
分からんことばかりだ。
海を歩いて、桜島に上がった。
今のところ、船を追いかけたり、建物を壊したりはしていない。
だから安心です、と言える者はいなかった。
しかも、山へ向かっていたはずの頭部が、いつの間にかこちらを向いている。
上白坂が双眼鏡を持ち直すと、ソレはわずかに頭を傾けた。
「こっち見てないか?」
「……見てますかね」
「なんとなく頭の向きがなぁ」
無線機から、また短い報告が流れた。
避難は続いている。確認できていない場所もある。
問い合わせも指示も増える一方で、それを運ぶ電波だけが頼りない。
その全部を聞きながら、上白坂は目の前の巨大な結晶を見ていた。
「えぇ……」
困ったことに、それ以上の感想が出てこなかった。
そのとき、雑音が途切れた。
〈……聞こえる?〉
妙に遠慮がちな声だった。
「聞こえてる。どこの船だ?」
上白坂は反射的に答え、通信担当へ目を向けた。
技官は無線機を見ていた。
隣の機器を見て、それから上白坂を見た。
「今の、こちらにも入りました」
「だから、どこからだ?」
「それが……」
〈聞こえてる?〉
同じ声が、もう一度した。
船橋の中が静かになる。
上白坂はゆっくりと窓の外へ目を戻した。
ソレはまだ、こちらを向いていた。




