09
コンコン
「クラリスお嬢様、おはようございます。
朝のお支度にまいりました。」
アリーの爽やかな声がした。
少しだけ眠い目を擦りながらベルを鳴らして入室を許可する。
「お嬢様、今日はお衣装を決める大事な日ですのでお早めに支度をしましょう。」
アリーは早速私を鏡台の前に座らせ温かいタオルで顔を覆う。
その温かさに再び瞼が降りようとしていたらサッとその温もりが取り上げられた。
アリーの目がやる気に満ちている。
「本日はたくさんご試着すると思われますので、どのドレスにも合うようなヘアセットがよろしいかと。
ダウンのままではお着替えが大変になりそうですし、編み込みながらアップにして、サイドを少し垂らす感じにしようと思いますがいかがですか?」
アリーの言葉が何かの呪文のように聞こえてくる。
『アリーに任せるわ
きっと素敵に仕上げてくれるでしょ?』
丸投げよろしく全てをアリーに託す。
あっという間に結い上げられたそれは本番のお茶会ですかと言いたくなるほど綺麗な仕上がりだった。
ワンピースは脱ぎ着しやすいシンプルなもの。
今日は軽くお部屋で朝食をとってから衣装室でお義母様と待ち合わせ。
あまり食べすぎるとドレスがキツくなるかしらと思いながらふわふわのオムレツを頬張る。
食後の紅茶を飲んで一息ついたところでちょうど時間になる。
アリーと一緒にお部屋を出たところでルイスに会った。
「お姉様の髪の毛とても綺麗、どこか行くの?」
ルイスという義弟がいるこの生活にもすっかり慣れて今では本当の姉弟のようだ。
きょとんとしたブルーの瞳が可愛らしい。
『今日はドレスを仕立ててもらう日なの』
「ドレス?お姉様どこか行くの?」
『王太子主催のお茶会よ』
「王太子!」
大きな瞳をこれでもかと見開き驚いている。
行ってくるわね、と頭を撫でてあげれば後で見に行っても良いかと尋ねてきた。
『もちろん、ルイスの意見も聞きたいわ』
そう言ってルイスと別れて衣装室へと向かう。
ノックをして扉を開ければそこには幾つもの煌びやかなドレスたちが出迎えてくれた。
「さあ、今日はサロン・ド・プティエさんに来てもらいました。
早速フィッティングしていきましょう!」
お義母様も衣装を持ってきたお店の方も十分に気合が入っている。
「今回のドレスコードは白い花。ドレス自体にあしらわれているのも良いしブローチやヘアアクセサリーでプラスしても良いわね。
さあ、クラリスのお好きなドレスはこの中にあるかしら?」
こんな膨大な中から選べと?右を向いても左を向いてもドレスドレスドレス。自分が本当に中身まで7歳だったら飛び上がって喜んだに違いない。
しかし私は一度17歳まで生きた過去がある。こういう子供用ドレスにどう反応したら良いのか困ってしまうのだった。
それを見かねたプティエの方が声を掛けてくださる。
「お嬢様の銀色の髪の毛と相性の良いドレスはこちらのドレスになります。
桃色の瞳に合わせるのでしたらこちら、ドレスコードを意識するのであればこのあたりをお勧めします。
また、クラリスお嬢様がお好きなものがありましたら、まずそちらを試着してみませんか?」
手始めにこちらのピンクのドレスを試着しましょう、とあれよあれよと姿見の前に連れて行かれる。
試着したドレスは軽くて動きやすい上質なドレスだった。淡いピンク色は私の瞳と同じ色合いで胸元には白の花柄レースがあしらわれている。結い上げた髪にも似合う素敵なドレスだ。
「可愛らしい」
「可愛らしい」
後ろからお義母様とプティエの方が声を揃えて呟いた。
そこからは怒涛の試着会が始まってしまった。
あれもこれもと試着しては脱ぎ、試着しては脱ぎを繰り返す。
そして疲れが出始めた頃、もう一着と持ってこられたのはシルバーと水色を混ぜたような淡い色合いの綺麗なドレス。全体のふんわりした雰囲気を引き締めるように添えられた深いブルーのバックリボン。
試着してみると予想以上に素敵なドレスだった。お茶会に着ていくのが勿体ないほど。
後ろのリボンを鏡で確認しながら着心地を確かめていると扉をノックする音が聞こえてきた。
「お姉様、入ってもいいですか?」
ルイスだ。ドレスを見たいって言ってたものね。
アンネお義母様が扉を開けてやると鏡の前にいた私の元へ一直線に走ってきた。
「お姉様、素敵!お姫様みたい!とっても可愛い!」
混じりっ気のない素直な褒め言葉にちょっとだけ恥ずかしくなってしまうけれど褒められて悪い気はしない。
はにかみながら聞いてみる。
『似合うかしら?』
「うん!とっても綺麗!」
ルイスの可愛い笑顔に釣られて笑ってしまう。
『ありがとう
ルイスの意見も聞きたいわ
どのドレスがいいかしら?』
今まで試着したドレスたちを並べてみる。ルイスはそれらを真剣に見て、うんうん唸りながら急にパッと顔を上げた。
「今お姉様が着ているのが一番似合う!」
『だそうです、これにします』
そうアンネお義母様に伝えてプティエの方に手直しをしてもらう。
そしてドレスに合うシューズを選びドレスコードの白い花は、編み込んだ髪の毛に白い花を散らすことにしようと話がまとまった。
怒涛の衣装選びに疲れた私は普段着のワンピースに着替えてテーブルセットのソファにルイスと座り一緒にお菓子を食べていた。
あとは大人に任せてしまいましょう。
ルイスは先ほどからチラチラと私の顔を見てくる。
『どうしたの?』
プティエの人たちから見えないように魔法文字を書く。
「えっとね、さっきのお姉様本当に綺麗だったの。
いつも綺麗なんだけど、本当にお姫様みたいだった。」
ほんのり桃色に染まった可愛らしい頬が恥ずかしそうに、そしてちょっぴり照れたように教えてくれる。
『ルイスは褒め上手ね』
可愛い義弟の頭を撫でてやると本当のことなのにと少しだけむくれていた。
「さて、これでお茶会のドレスについては準備ができましたよ。」
あのおびただしい量のドレスはどこに行ったのやら。プティエの方が持っている大きな衣装ケース、まさかあれに全部入ったのかしら。
衣装屋さんとは特別な収納方法をお持ちなのだろうか。
お義母様とルイスと一緒に挨拶をしてプティエの皆様を見送る。全ての仕上がりは1週間後、ドレスとシューズ、アクセサリーを揃えて持ってくるそうだ。
「さあ、これから毎日マナーのレッスンを行いましょう。」
ゲェ。
おっと声に出せなくとも淑女らしからぬ顔をしてしまった。
「マナー?」
ルイスがきょとんとしている。食事をする際のテーブルマナーともちょっと違うお茶会の面倒なマナー。
『話せない私に必要あるのでしょうか?』
どうにか回避できないだろうかとアンネお義母様をみるとそれはそれは優しそうな笑顔を向けられた。
「話せないからこそ必要ですよ。」
どうやら逃げられないらしい。
あれからお義母様の厳しいマナー講座が始まった。
さすがは由緒正しきクルシュ家出身だけある。淑女とは何たるかをすべて叩き込まれたのだろう。
私にそれができるかしら。泣き言を言いながらもお義母様の教えを一つ一つ漏らすことなく学んでいく。
息抜きはもはやヒュージュ先生の魔法の授業。マナーから逃れられるひととき。
そんな日々を過ごしていたらあっという間にお茶会の当日になってしまった。
朝から元気よく張り切りモードのアリーがやってきた。
その後ろにあと三人のメイドの姿が見える。何事かと思っていたらバスタブの方へと案内され、そこにはすでにたっぷりのお湯が張られていた。
まさか、7歳の子供が出席するお茶会で全身をコーディネートされるとは思わなかった。
きっと昔の私だったら暴れ回って逃げていただろうな、と思いながら大人しくされるがままヘアケアやボディケアを受け入れていた。
朝食に向かう頃にはこれでもかと磨き上がった私がいた。
案の定食堂でルイスと対面すると「お姉様綺麗」と瞳をキラキラさせて褒めてくれるのだ。
まだドレスを着ていないのだけれどもうすでに綺麗になっているらしい。
お父様はそんなルイスを微笑ましく見ていた。
そして私に声をかける。
「正午にここを出発すれば十分に間に合うだろう。
アンネと共に気をつけて行ってらっしゃい。」
『はい、行ってまいります』
今日のお茶会の付き添いはアンネお義母様。と言っても実際に庭園で過ごすのは子供たちだけで付き添いの親は別室での待機となる。
アンネお義母様に目をやるとそこにはすでに戦闘モードの磨き上がった淑女がいた。
朝食が終わり部屋へ引き上げるとそこから怒涛の仕上げが待っていた。
髪の毛を綺麗に編み込みその中に小さな白い花を散らしていく。シルバーの髪の毛に添えられた小さい花が可憐さを演出している。
そしてドレスに袖を通し、シューズを履く。鏡を見るとそこには小さなお姫様が誕生した。
これなら一言も話さなくても大目に見てもらえるかもしれない。
そんなことを思いながら部屋を後にした。
玄関ホールに向かうと綺麗なよそ行きのドレスを身に纏ったお義母様がすでに待っていた。
ルイスもお見送りに来ていたようで私とお義母様を見て興奮気味に綺麗だ綺麗だと騒いでいた。
いよいよ王宮へと向かう時がやってきた。
何事もないことを祈りましょう。




