08
~ ヒュージュ・ウォルト ~
クラリスお嬢様は平気な顔をして大きい魔石に火と水の魔力を込めた。あっという間に高純度の魔力で満たされた魔石はこれまで目にしたどの魔石よりも美しい色を発していたのだ。
私が来るまで家庭教師の類はいなかったと聞いている。では一体この魔法の扱いはどのようにして身につけたというのだろうか。
ある日を境に魔力暴走が起こらなくなったと公爵様はおっしゃっていた。クラリス様の身に何が起こったのだろうか。
「度々お時間を頂戴してしまい申し訳ございません。」
またしてもやってきたのは公爵様の執務室。「構わないよ」との声に胸を撫で下ろしながらテーブルの上に色とりどりの魔石を並べていく。
「こちらは全てクラリスお嬢様が魔力を込めた魔石になります。」
魔石の大きさ、込められた魔力の純度、発色、そのどれもが一級品だった。
「ここまできてしまいますと私の手に負えるものではありません。」
公爵様の反応を伺いながら言葉を選ぶようにして続ける。
「そしてこの魔石を生かす手立ても、私にはありません。」
視線を魔石に落としながら、一研究員である自分では高純度の魔石の販路を確保できないし、研究所で扱おうとしても出所はどこだと追及されてしまうだろう。それほどまでに出来過ぎている魔石なのだ。
「うむ、これほどまでとは我が娘ながら驚きだ。」
綺麗に色づいた赤い魔石を手に取りながら考え込んでいる。
「これらの魔石はうちで引き取ろう。販路についても伝手を使うさ。」
公爵は小さな溜め息をつきながらそうこぼした。
「空の魔石がもっと必要になるなら言ってくれ。そちらも手配する。」
「ご厚意ありがとうございます。
しかしうちの研究所で山のように空の魔石が出るのでその心配はありません。」
魔石に関してはどうにかできる算段がついた。
そしてもう一つ。
「立て続けにご相談となります。
クラリス様もルイス様も類稀なる魔法の才能がおありのようです。
早めに個別魔法の講師をつけた方が良いと考えます。」
公爵はまたしても何かを考えるように手を口元に持っていく。
そして徐に口を開いた。
「君にお願いすることは出来ないのだろうか?」
「えっ?!」
予想だにしなかった言葉につい公爵の前だということを忘れて大きな声を出してしまった。
「いや、君は実によく二人のことを見てくれている。
クラリスが魔力暴走を起こす可能性を教えてくれたのも君だ。
そしてこれらのことを口外することのない誠実さを感じている。
我が家は地位も権力もある公爵家だが、敵が全くいないわけではない。
信用に足る人間は限られてくる。
そこで個別魔法についても引き続き君にお願いしたいのだが、どうだろうか。」
突然の申し出に動揺してしまい咄嗟に反応ができなかった。
個別魔法については初歩的なものであればお教えすることは可能だろう、しかしあの二人は……。
「公爵様、嬉しいお言葉なのですが、やはり私ではあの二人を導くことは出来ないと考えます。
個別魔法の基本的なことでしたらお教えすることは可能でしょう。
しかしお二人の才能は類稀なものです。基本などあっという間に習得されてしまいます。
私ではお二人の力になれません。」
クラリスお嬢様の影に隠れがちだがルイス様の才能も大変素晴らしいものだった。6歳にして魔力量も申し分なく、そしてそれらを感知し魔石への魔力注入すらたった一度でやってのけたのだ。
私が家庭教師として受け持ったのはこの二人が初めてだが、他の貴族の子がここまでできるとはとても思えない。それほどまでに飲み込みが早くそれを体現して見せるのだ。
「なるほど、しかしすぐに個別魔法の家庭教師を見つけるのは難しいだろう。
どうか信頼のおける家庭教師が見つかるまでの間、基本魔法を教えてやってくれないか。」
ここまで頼み込まれて断れるわけもなく眉を下げながらなんとも自信なさそうに返事をする。
「できるところまでにはなりますが精一杯務めさせていただきます。」
自分にできることを、自分の持てる全てを二人にお伝えしよう。
帰ったら基礎魔法についての資料をもう一度読み返そう。お二人の力を活かせるような授業となるよう努力が必要だ。そう決意した。
雇われているだけの家庭教師ではあるが、あの二人の才能を自分が潰してしまってはならないとそう強く思ったのだった。
~ クラリス ~
順調にヒュージュ先生の授業を受けて、少しずつ自分の中の基本的な知識が積み重なっていき、とても充実した日々を過ごしていた。
そして季節が一つ移ろう頃、お父様からお呼び出しがあった。
ノックをして執務室へと入るとそこにはアンネお義母様もいて、一体どんなお話だろうかと首を捻った。
「急に呼び立ててすまない。
王宮からお茶会の招待状が届いた。
王太子の婚約者として出席してほしいとのことだ。」
そうだった、忘れていた。この頃の私はあの王太子の婚約者だった。
私の引き攣った顔を見てお父様が優しい声で話してくれる。
「王宮からは出席を要請してきてはいるが、無理に行く必要はないと考えている。
クラリスはどうしたい?」
行かなくて済むのであればそうしたい、しかし王宮の要請を断るということはあまり良い印象を与えないはずだ。
自分のわがままでお父様のこと、このルドヴァン家のことを悪く言われるのは避けたい。
それに声が出ないことを前面に押し出して王太子妃に相応しくないと判断してもらうには絶好の機会ではないか。
『出席します』
お父様の顔を見てきっぱりと返事をする。
「本当にいいのか?」
なおも不安そうなお父様。
『はい、向こうも私が話せないことを承知で招待してきているはずです』
大丈夫です、と返事をすれば分かった、と深いため息と共に私の意を汲んでくれた。
『ちなみに、王宮は私のこの魔法文字のことはご存知なのでしょうか?』
「いや、それについては私たち家族と当家使用人、ヒュージュ先生だけが知っている。
皆に口外しないよう箝口令を敷いているので王家は知らないはずだ。」
それを聞いて安心した。
『ありがとうございます。これは何かと目を惹いてしまいますので』
お茶会当日はこの魔法文字を使うことなくただただ人形のように座っていれば大丈夫だろう。
「お茶会は2週間後になります。早速新しいドレスを仕立てましょう。」
ずっと私とお父様の会話を静かに聞いていたアンネお義母様が口を開いた。
新しいドレス、か。
ドレスのことがあるからここにアンネお義母様がいらしたのね。
今更ながら貴族とはなんと面倒なことか。公爵家たるもの侮られぬようそれなりの質のものを身につける必要がある。
「明日にでもデザイナーを呼びましょう。
今回は時間がないので、既存のものを調整して少しアレンジを加えてもらう方向で考えています。
クラリスが一番輝く素敵なドレスを作り上げましょう。」
アンネお義母様は優しく伝えてくれるものの、その奥に気合が見え隠れしている。
「話はそれだけだよ。王宮には私から出席の返事を書いておこう。」
お父様はそう言って執務へ戻られた。
それを合図に私とお義母様も立ち上がる。
「明日早い時間に衣装の調整をするつもりです。
準備しておいてください。」
お義母様と連れ立ってお父様の執務室を後にした。
その後は自室に戻りアリーが入れてくれたカモミールティーを飲みながら王太子について考える。
一度目の人生においても王太子の婚約者という肩書きになんの魅力も感じていなかった。王太子妃になりたいとも思っていなかったのだ。しかしあれだけ暴れ回っていた私が婚約者を外されなかった理由はなんだろう。声も出せない、暴れ回る、これだけでも十分婚約者から外して良い人物だと思うが、実際はあのパーティーで断罪されるまであの王太子の婚約者でい続けた。
公爵家という立派な後ろ盾があるにしてもあまりにも曰くつきの人物だったのだ。それなのにどうして私は婚約者という立場にいたのだろうか。
子供では知り得ない何かがあったのか、そこを探れば早めの婚約破棄に持っていけるのか、なんにせよ2週間後のお茶会で同年代の貴族の子供たちを見ておくのは必要だろう。




