07
~ クレイ・ルドヴァン ~
コンコン
「ルドヴァン公爵様、ヒュージュです。
ご報告があり参りました。」
ちょうど午後の授業が終わった頃か、わざわざ報告に来るということは何かが起こったのだろう。
「どうぞ」
執務を補佐してくれている筆頭執事に目配せすれば応接間を整えてくれる。
若い家庭教師は恐る恐るといった足取りで失礼します、とソファに腰掛けた。
「お忙しいところ恐縮です。しかしお伝えしなければならないことだと思い参りました。
こちらをご覧ください。」
目の前に出されたのは粉々になったガラス。
これが一体なんだというのだろうか。
「こちらは我が研究所で開発した魔力測定器です。
クラリス様の魔力を測ろうとしたところ、測定値を大きく超える魔力が流れこのように測定器が破壊されてしまいました。」
ふむ、クラリスならばあり得ることだろう。
しかしこの青年は続ける。
「大魔導師もかくや、というほどの魔力量なのです。
そして7歳という幼さで制御できるほどの魔力量ではないのです。
肉体・精神の成熟に追いついていない魔力量は感情を昂らせ攻撃的になり容易に暴発してしまいます。
クラリスお嬢様がとても聡い故、これまで暴発が起きていなかったと考えるべきなのですが、今後、いつ暴発してもおかしくありません。」
これまでクラリスの魔力量について常人より多いと認識していたのだが、過去の暴れっぷりは膨大な魔力量が関係していたのか。
必死に助けを求めていたにも関わらずそれを無視してクラリスを遠ざけることしかできなかった自分のなんと情けないことか。
「ヒュージュ殿、あなたを信用して今からクラリスのことをお話しさせていただく。
クラリスは3歳の頃に実の母親を亡くしている。そのショックが大きかったのか魔法の儀を待たずして魔法を使いありとあらゆるものへ怒りをぶつけていた。自分の感情を魔力に乗せて爆発させていたのだ。制御なんてものを知らずに。
あなたが今教えてくれた魔法の暴発、まさにそれだったよ。
しかし、7歳を過ぎたある日それがぴたりと止んだんだ。
原因は分からない。
ちょうどその頃私が再婚し、アンネとルイスが我が家へやってきたのだが……。
そしてクラリスは指先から見事に炎で文字を書き私たちと会話をするまでになった。
今までの暴れようが嘘のように鳴りを潜めて。
いきなり肉体や精神が成熟したとは考えられないし、クラリス自身に何か起きたのかは分からない。
ただ、今、現在平穏に過ごせている。それでもやはり魔力暴走は起きるだろうか?」
一息にこれまでのクラリスについて話を終えると、ヒュージュは真剣な表情で考え込んでしまった。
「なるほど、そんなことが……。」
目の前の青年は何かを逡巡するように視線を動かしメモをとっている。
「確定的なことは言えませんが、やはり感情の昂りとともに魔力暴走が起こる可能性は否定できません。
クラリスお嬢様と詳しくお話をしたいところですが、過去の苦しい経験を思い起こさせるのは危険です。
どのようにアプローチしていくか少しお時間をいただけないでしょうか。
その間、膨大な魔力を逃すという意味でも魔石に魔力を込めるなどして自身の中の魔力を他へ移す訓練をしようと考えております。
いざとなれば制御装置をブレスレット状にして嵌めてもらうことも。」
魔力暴走の危険がなくなっているわけではないのか。
あの小さな体にそんな爆弾を抱えていたなんて、それを放置していた過去の自分に腹が立つ。
「早速ではありますが、明日、授業を追加して空の魔石に魔力を込めてもらう授業をしてみようと思います。
そこでクラリスお嬢様の魔力を移して暴走しない程度に魔力を減らしてみたいと考えております。」
「うむ、魔力欠乏症にならないようにだけ気をつけてくれ。」
「はい、もちろんです。」
~ クラリス ~
「さて、今日は魔石に魔力を込めてみましょう!」
「はい!」
いつも元気に返事をするルイス。
よほど魔法の授業が楽しいようだ。
ヒュージュ先生が取り出したのは3センチ程の半透明の石。普通の魔石は色がついていて、用途によって色が異なる。火を起こしたりする用途の魔石は赤色、水を出すための魔石は青色、風を起こすための魔石は水色、といった感じで普段私たちが目にしているのは色付きの魔石だ。
ヒュージュ先生の手に乗っているのは色のないガラスのような石。
私もルイスも不思議そうにその魔石を見つめる。
「それではまずはお手本を見せますね。」
そう言って魔石を親指と人差し指で挟み見やすいように私たちの目線の高さにその石を持ってくる。
その石はだんだんと色が浮き上がりあっという間に綺麗な水色になった。
「水色!先生すごい!」
ルイスはいつものように瞳をキラキラさせながら水色に変わった魔石と先生を交互に見つめている。
その愛らしい姿にくすりと笑ってしまうほど。
「はい、私は風属性が得意なので風属性の魔力を込めてみました。
色は水色に変わりましたね。この石を加工すると髪の毛を乾かすための温風器を作ることができます。」
魔石がどのように使われているのか丁寧に説明してくれる。
そしてこれが自分の魔力を扱う上で訓練になるのだということも添えて。
「ルイス様はまだ個別魔法について授業を受けていないと思います。
なので個別の魔法をイメージせず自分の魔力を込めてみてください。」
そう言って先ほど先生が魔力を込めた石よりも一回りほど小さい半透明の石をルイスに渡す。
「前回授業でやった自分の魔力の流れを感じて、それをこの石に移すイメージです。
少しずつ自分の魔力を注いでみてください。」
ルイスはヒュージュ先生のアドバイスを真剣に聞きながら魔石に集中している。
するとじんわりと石の色が変わり始めた。
それは綺麗な青色とキラキラ光る金色、それらを混ぜ合わせるかのような一筋の赤。
「できた!けど、一色の綺麗な色じゃないです。」
出来上がった魔石を見てほんの少し肩を落とすルイス。
「いえいえ!初めてなのに魔石に魔力を込められるとは驚きです!」
ヒュージュ先生は忖度なく驚いているようだった。
私から見てもルイスの才能は素晴らしいものだと思う。基本魔法についての理解も早く、自身の魔力感知についてもあっという間に習得しているのだ。これから個別魔法の授業を受け始めたらその才は遺憾なく発揮されるだろう。
『この3色が混ざり合っているのは不思議な宝石みたいで綺麗だわ』
お世辞抜きでルイスの魔石は綺麗だと思ったのだ。美しい青色に金色が混ざり一筋の赤が力強く混じっている。
「本当?」
私を見上げるようにして尋ねてくるルイスに嘘はつかないわ、と伝えれば嬉しそうに顔を綻ばせた。
「ではクラリスお嬢様もやってみましょうか。
クラリス様はすでに炎の扱いに長けていらっしゃいますので火魔法でこの魔石を満たしてみましょう。」
随分と大ぶりな手のひらサイズの魔石を渡される。まあ、これくらいなら簡単に魔力を移せそうだわ、と手のひらに載せたままじっと魔力を込めてみる。
それはみるみるうちに真っ赤に色づきあっという間に深紅の宝石のような魔石が出来上がった。
「こ、これほどまでとは……。」
ヒュージュ先生が顔を引き攣らせているように見えるのは気のせいかしら。
「お姉様すごおい!!綺麗な真っ赤!!」
確かに魔石ではそうそう見ない濃い赤色をしている。
『魔力を込め過ぎたかしら?』
首を傾げてヒュージュ先生を見ると、具合が悪くなったりしていませんか、と聞いてきた。
「自分を巡る魔力は有限です。
以前お話ししましたが魔法を使いすぎると魔力欠乏症となります。
魔石に魔力を込めることは自分の魔力量を見極めるための練習でもあるのですが、お二人とも頭が痛くなったり、眩暈などはありませんか?」
「全然ないです!」
『私も不調などはありません』
私たち二人の返事を聞いて少しだけホッとした様子の先生。
「これからは座学に加えてこの魔石へ魔力を込める練習をしていきましょう。」
少しでも具合が悪くなったらすぐにやめること、必ずヒュージュ先生の前で練習することを約束してもう一つずつ魔力石に魔力を込める練習をした。
ルイスはどうにかして一色にできないか奮闘している。
その様子を見ながら私はもう一つ大きめの魔石を手に取りあっという間に深い青色に変化させた。
自分でも驚くが、ここまで魔力が膨大だったのか。正直これをあと100回繰り返しても魔力が切れそうにない。これまでこんな強い魔力を所構わずぶつけていたのかと思うと、本当にお父様やこの屋敷のみんなに迷惑をかけ過ぎていたのだと反省をした。
そして私が魔力で満たした魔石を真剣な顔で見つめるヒュージュ先生がいたことに気付かぬままその日は楽しく授業を終えたのだった。




