06
〜 ヒュージュ・ウォルト 〜
眼前に広がる意匠を凝らしたアーチ状の門。その脇を衛兵が固めている。お屋敷の入り口がここからでは見えないほど奥にある。果たして本当に家庭教師の依頼先は私で間違いないのだろうか、と元来の小心者が顔を覗かせる。
「すみません、本日から家庭教師として雇われましたヒュージュ・ウォルトです。
紹介状はこちらに。」
ルドヴァン家からの正式な招待状を衛兵に確認してもらい門を開けてもらう。すると中に使用人らしき人が待機しており「こちらです」と案内をしてくれる。
綺麗に整えられた庭園を抜け、広い玄関ホールを潜ればそこは王宮かと見紛うほどの美しい内装。あちこちと見惚れているうちにルドヴァン公爵の執務室へと到着した。
コンコン
「旦那様、ヒュージュ様をお連れしました。」
「入れ。」
重厚な扉が開かれ執務室内の応接セットへと通される。
そして奥からやってきた背の高いこれまた美丈夫な人物。この方がルドヴァン公爵。
慌てて姿勢を正し挨拶をする。
「初めまして、ヒュージュ・ウォルトと申します。
この度は私を家庭教師に選んでいただき大変光栄に思います。
どうぞよろしくお願いいたします。」
腰を90度に曲げて勢いよくお辞儀する。
するとよく通る声が「顔を上げてくれ」と言う。
「そんなに硬くならないでくれ、こちらの我儘を押し付けているのだから。
手紙で簡単に説明したが、娘と息子の基礎魔法の授業をお願いしたい。
そして知っての通りうちの娘は声が出せない。が、会話はできる。さらに言うとすでにある程度魔法の扱いに慣れている。しかしずっと家庭教師をつけていなかったので息子の授業と一緒に受けてみたいとのことだったのだ。
一度に二人の授業を見てもらうことになるが、よろしく頼む。」
優しいその声は二人の子を思う父親のそれで、私自身なんだか心が温かくなった。
「精一杯努めさせていただきます!」
勢いよく返事をすればよろしく頼むと声をかけられた。
そして使用人は二人が待っているという授業用のお部屋へと案内してくれた。
早速二人との対面だ。
〜 クラリス 〜
「お姉様、ワクワクするね。」
椅子に座っているルイスは脚をプラプラさせながら興奮が抑えきれていないようだ。
『こわ〜い先生かもしれないわよ?』
「うっ、それは……、優しい先生がいい。」
ちょっぴり揶揄ってやれば途端に萎んでいく可愛らしい頬。
お父様が選んだ方なのだ、きっと素敵な先生に違いない。
コンコン
控えめなノックの音。
ゆっくりと開かれた扉の奥に立っていたのは若い青年。メガネをかけており若草色の長い髪を一つに束ねている。見た感じお父様よりもずっと若そうで下手すると十代かもしれない。
そんな彼は少々ぎこちない足取りで私たち二人の机の前に立つ。
「初めまして、ヒュージュ・ウォルトです。
本日よりクラリス様とルイス様の家庭教師として参りました。
よろしくお願いいたします。」
カチコチの挨拶にヒュージュの緊張がよく伝わってくる。
高圧的ではない家庭教師にほっと胸を撫でおろす。
「よろしくお願いします!」
ルイスの元気な声が響く。
『よろしくお願いいたします』
私も魔法文字で返事をする。
「こ、これが公爵様がおっしゃっていた”会話”ですね!
素晴らしい!!
こんな繊細に炎で文字を書けるとは!
いや、魔法で文字を書くという発想すらありませんでした!」
私の魔法文字を見るなり興奮している様子。その勢いに少しだけ驚いてしまう。
「あ、いやっ、取り乱してしまい申し訳ありません。
魔法のこととなるとつい……。」
慌てふためくその様子はなんだか面白くて肩を震わせてしまう。
『それでは先生が夢中になるほどの魔法について、しっかり教えてください』
そう返せば髪の毛と似たグリーンの瞳がキラキラと輝き大きく返事をしたのだった。
「まずは魔法の基本について学んでいただきたいと思います。」
ようやく初めての授業が始まる。
「覚えることがたくさんだぁ……。」
頭の上から煙が出ていそうなルイス。それを見たヒュージュはオロオロと「分かりづらかったでしょうか」と慌てている。
「ううん、全然!とっても楽しかったです!
ヒュージュ先生のお話は分かりやすくてスッと頭に入ってくるんです!
でも初めて聞く言葉とかたくさんあってびっくりしました。」
そう、ルイスの言う通りヒュージュの授業はとても分かりやすくて興味深いものだった。
魔法の成り立ち、自分の体内にある魔法器官、基本の5つの魔法について、それぞれ図解を使って説明してくれたり、実際にどのように魔力が体を巡っているのか見せてくれたりと退屈することなくあっという間に時間が過ぎてしまった。
『とても素敵な授業でした
午後の授業も楽しみにしています』
「クラリスお嬢様に関しては私の授業が必要なのか分かりませんが、よろしくお願いいたします。」
へにゃりと眉を下げるヒュージュ。
その日の夕食でルイスは今日の授業がどれだけ楽しかったのか興奮しながらお父様とアンネお義母様にお話ししていた。
「ヒュージュ先生の授業はとっても楽しかったんです!
自分の魔力がどんなふうに体を覆っているのか見せてくれたり、その魔力がどこからやってくるのか教えてくれたり、それぞれの魔法の相性なんかも分かりやすく教えてくれたんです!」
おしゃべりに夢中でお皿の上の前菜が全く減っていないほど。
「クラリスも授業を受けてみてどうだった?」
お父様が私に話を振ってくださる。
『ヒュージュ先生はとても優しい先生で安心しました
私のこの文字についても興味深そうにしておられました』
「二人が楽しく授業を受けてくれたようで安心した。」
「さて、今日はほんの少し実践をやってみましょう。」
今日の授業は中庭のひらけた場所。室内でも問題はないとのことだが万が一「公爵家の調度品を破損してしまっては弁償できません!」とヒュージュ先生の申し出により障害物がない開けた中庭にやってきた。
「前回、体に巡る魔力について教えましたね。
今日はそれを感知することを目標にやっていきましょう。」
「はい!」
『はい』
これに関しては私はすでにできているがルイスと一緒に基礎から始めてみる。
「まずは脚を肩幅に広げリラックスした状態で立ちます。
次に魔力が体全体を巡っているところを想像してください。
頭のてっぺんから首を通り肩、腕、手のひら、背中、腹、脚、つま先。
つま先まできた魔力はぐるりと脚の内側を通り腹、背中そして頭へと戻ってくる。
戻ってきた魔力はまた頭から首、肩へと巡る。
流れを意識する一例ですので、自分が感じ取りやすい魔力の巡りを探してみてください。」
自分の中にある魔力を想像する。体を包み込んでいる温かいものに気づく。それらをヒュージュ先生の言う通り頭のてっぺんから魔力を動かしてみる。
どことなく体が温かくなってきた。魔力を感じ取ることで自分の中に巡る力が熱を持つ。意識するのとしないのではこうも違うのか。
チラリと隣のルイスを見ると目を閉じて集中している。ヒュージュ先生の言うことをしっかりと受け止め、自分の魔力を感じ取ろうとしている。
しばらくして汗をかき始めたルイス。そして大きく息を吐きながら集中を切らした。
「お二人とも初回でこれだけ魔力を感じ取ることができるのは素晴らしいです。
そしてすごい集中力でした。」
ヒュージュ先生が興奮しながら話す。
「早いかと思いましたが、魔力測定をしてみても良いかもしれませんね。
現時点での自分の魔力が如何程か見てみましょうか。」
そう言いながら先生はカバンの中から見慣れない器具を取り出した。
「こちら、うちの研究所で開発した魔力測定器でございます。
あくまでも目安ではあるのですが、自分の魔力量を知っておくことで魔力切れを起こさないよう気をつけることができます。
ちなみに魔力が多ければ多いほどそれを使う時の制御は難しくなります。」
では、測定してみましょうか、と先生がその器具をルイスに持たせる。
「先ほどの魔力を体に循環させる要領でこの球体へ魔力を流してみてください。
この球体が体の一部であるように意識して循環させてみてください。」
「はい」
ルイスはそっと目を閉じ、ゆっくりと魔力を循環させていく。右手に持った球体に光が現れてきた。小さな光はどんどんと大きな輝きへと変化していく。
「はい、大丈夫ですよ。」
ヒュージュ先生がルイスに声をかけ、魔力測定器を受け取る。
「おお!ルイス様の魔力は10段階の6ですね!
まだ学園にも通われていないのにこれだけの魔力量があるのはすごいです。
しかし、小さいうちから魔力が多いとなると魔力暴走にも気をつけなければなりません。
ゆっくりと勉強していきましょう。」
「はい」
ルイスのなんと素直なことだろう。しっかりと相手の話に耳を傾け、分からないことは質問し、授業を受ける態度として申し分ない。まだ6歳だというのに。
「それではクラリス様も測定してみましょうか」
渡された測定器具はすっかり透明になっており、どんな仕組みなのだろうと不思議に思う。
「では、魔力を循環させてこの球体にも魔力を込めるように意識してください。」
私もルイス同様、目を閉じて集中する。球体を持っている右手がじんわりと温かくなる。ん?熱いかしら……。
そう思っていたその時だ。
バリィンッ!!
大きな音を立てて魔力測定器具が粉々になってしまった。
「クラリス様!!お怪我はありませんか?!」
ヒュージュ先生が慌てて駆け寄ってくる。
手のひらは全く無傷、しかし足元には粉々になったガラスの破片が。
『先生、器具を壊してしまい申し訳ありません』
きっと大切な器具に違いない。それを私は……。もしかして魔力暴走なのかしら。
「いいえ、そんなことはどうでも良いのです。
クラリスお嬢様にお怪我がないことの方がずっと大事です。」
「お姉様大丈夫?」
ヒュージュ先生もルイスも心配そうに私を見つめてくる。
怪我一つしていないのに。
『私は大丈夫です。体に異常もありません。
球体に魔力を込めたらあっという間に熱くなってしまって……』
楽しかった授業で事故を起こしてしまって申し訳なくなった。
『ごめんなさい』
「謝る必要はありません。
私の方こそ不用意に魔力測定を促してしまい申し訳ございませんでした。
おそらくクラリス様はこの測定器で測ることのできないほど膨大な魔力の持ち主だと思われます。
この器具がクラリス様の魔力に耐えられなかっただけですのでどうか謝らないでください。」
私の方こそ申し訳ございませんでした、と深く謝られてしまった。
そんな気まずい空気が流れていた時、ルイスの明るい声が響く。
「お姉様はとってもすごいってこと?」
ワクワクを隠せない深いブルーにどこかキラキラと星が舞っているようだ。
ルイスの言葉にヒュージュ先生も肩の力が抜けたのかホッとした顔をしている。
「はい、クラリス様はとてもすごい魔力の持ち主のようです。」
「お姉様すごーい!!」
ルイスの明るい声で雰囲気が和らぐ。ルイスの朗らかな性格にとても助けられているなと感じる毎日だった。
この時ヒュージュはクラリスの魔力量が稀に見る膨大さであること、まだ7歳だというのに繊細に炎の魔法を操っていること、これらの特異点についてルドヴァン公爵へ報告しなければならないと感じた。
悪い報告というべきか、良い報告というべきか……。




