05
「ほう、これは珍しい。光魔法ですか。」
司祭が水晶を覗きながら呟く。
光魔法とは怪我などを癒す力がある魔法のこと。治癒魔法というと分かりやすいだろう。
「青色が一番強く光っていますね。水の魔法が一番相性が良さそうです。」
ルイスは水晶の中に浮かぶ3つの色に瞳を輝かせていた。
自分の魔法属性が目に見えて分かるというのは嬉しいのだろう。
ルイスが水晶から手を離すと先ほどまで揺蕩っていた三つの色が消えた。
「神のご加護が在らんことを」
司祭の言葉で魔法の儀が締めくくられる。
お父様は戻ってきたルイスの頭を撫でながらすごいじゃないかと褒めていた。それをくすぐったそうに受け入れているルイス。お義母様も嬉しそうにしている。
そんな三人を見ていたらルイスがパッと私の方を向いた。どこか期待の籠った瞳。お父様の真似をしてルイスの頭を撫でてやるとふわりと顔を綻ばせる。
「至急家庭教師を手配しよう。
まずは基本的な魔法の知識を覚えてもらおう。その後、個別属性の家庭教師を雇おう。」
馬車の中でお父様がルイスに告げる。
ルイスはその言葉にコクコクと頷きながら真剣に聞いている。初めての魔法の授業はやはり興味深いのだろう。
去年の私とは大違いだわ。
あれは酷いものだった。お父様は、暴れる私をなんとか馬車に乗せ教会に引き摺って行った。そしてイヤイヤ水晶に触れればなんと基本の5属性が現れたではないか。貴族は往々にして複数属性であるのだが、5つ全ての属性が現れるのは稀だ。
しかしながら当時荒れていた私はだからなんだと突っぱね、お父様が家庭教師を勧めてきたのをそんなものはいらないと拒否していた。我ながら酷い有様だった。
「僕もお姉様みたいに火を操れるようになる?」
期待に満ちた深い青色が私を見つめる。
『もちろん、しっかりと学べばあっという間にできるわよ』
ここ数日でお互い敬語はなくなり距離も近くなった私たち。ルイスは私をお姉様と呼んでくれる。優しい眼差しが、温かい空気が馬車の中を包む。
そしてふと思ったのだ。私も家庭教師がついていないのだから、ルイスと一緒に授業を受けてみてはどうか。
『私も基礎魔法の授業を一緒に受けたいわ』
一度目の人生で私はあらゆる鬱憤を晴らすために魔法を使い、その過程でコントロールを身につけていった。とても褒められたものではない魔法の習得方法だった。貴族の子供が受ける基本的な魔法知識を無視して己の感覚だけで5つの魔法を操っていた。それはそれで凄いことなのだろうがやはり独学だけではカバーしきれない部分があるだろう。
するとルイスがきょとんとした顔で聞いてきた。
「お姉様は授業を受けていないの?どうして?」
『ええ、まあ声のこともあって……』
ルイスの純粋な質問に答えを濁してしまった。暴れて手がつけられなかったから家庭教師がいませんでしたとは言えなかった。
『でも、今はちゃんと学んでみたいと思っているの。
ルイスと一緒に、どうかしら?』
お父様は私の言葉に一瞬驚きはしたものの嬉しそうに頷いてくれた。
「わかった、まずは二人に基礎を教えてくれる家庭教師を手配しよう」
「やった!」
なぜかルイスが喜んだ。
穏やかな時間を馬車で過ごしながら帰路に着く。
ルイスの魔法の儀から2週間ほど経った頃、朝食の席でお父様が家庭教師の手配ができたとお話ししてくれた。
「二人を見てくれる先生が見つかった。
授業は今日から、午前と午後の1時間ずつ。回数は様子を見ながら調整していくそうだ。
とりあえず今週は今日の授業だけと聞いている。
二人ともしっかりと先生の授業を受けるように。」
「はい」
『はい』
朝食の後は部屋に戻り授業のための準備をする。準備といってもノートとペンくらいなのだけれど、初めての授業にちょっとだけ胸が高鳴る。これじゃあ私もルイスと変わらないなと思いながら授業が始まるまでソワソワと落ち着きなく過ごしていた。
〜魔法の儀の後・ヒュージュ〜
「こ、これは……!」
仕事から帰ると一通の手紙が届いていた。しかも差出人はあのルドヴァン公爵家。
この国の筆頭公爵家であるルドヴァン家からの手紙に手が震えてしまう。
何かの手違いだろうか。私なんぞに用はないだろうに。一介の魔法研究者で特にこれといった業績を残しているわけではない私に手紙が届くとは思えないのだった。
自分の知らぬところで何か不敬を働いただろうか?
恐る恐る蜜蝋で封をされた手紙を開封する。
そこに書かれていたのは……。
ヒュージュ・ウォルト 殿
突然の手紙で大変驚かれたことだろう。
折り入って頼みがあり筆を取った次第だ。
君は魔法研究者として特に基礎魔法の研究に注力していると聞いた。
先日うちの息子が魔法の儀を終えたばかりで家庭教師を探していたところ君の噂を耳にし、ぜひ君に家庭教師をお願いしたいと思ったのだ。
また、一つ上の娘にも一緒に教えてもらえないだろうか。
同時に二人を教えるのは大変かと思うがその分報酬は上乗せさせてもらう予定だ。
簡略な手紙ですまないが、良い返事をもらえることを期待している。
クレイ・ルドヴァン
か、家庭教師?!私が?!あのルドヴァン家の子供に?!
冷や汗が止まらない。
貴族の子息令嬢の家庭教師として指名を受けるのは大変名誉あることだ。
しかし、私自身は男爵家の次男、そしてしがない研究員。とても公爵家の方々とお話しできるような立場ではない。あまりにも身の丈に合わない申し出に頭を悩ませてしまう。かといってこの申し出を断れるはずはない。
何度も何度も手紙を読み直して、宛名が間違っていないことを確認して、ようやく返事を書き始めた。
もちろん了承の返事を。
今まで生きてきてこれほどまでに緊張したことはない。そしてきっとルドヴァン家を訪問するときはさらに緊張していることだろう。果たして私の寿命は持つのだろうか。
そしてふとルドヴァン家の子供について聞きかじった噂を思い出す。確か御令嬢は声が出せないと聞いたことがあるな。そしてご子息はつい最近再婚された奥方の連れ子だったはず。
……荷が重い。果たして私が家庭教師を務めて良いのだろうか。
不安を抱きながらも初めて魔法を学ぶであろう子供たちの顔が浮かび少しだけ胸を躍らせた。




