04
久しぶりに足を踏み入れた大食堂は相変わらず豪奢でここが帝国一の公爵家なのだと実感する。
上座にお父様が着席すると向かって右手にアンネお義母様が、その隣にルイスが着席する。そして私はお父様から向かって左手、アンネお義母様の向かいに腰を下ろした。
着席してすぐに運ばれてくる前菜とスープ。
お義母様と義弟との対面に随分緊張していたのだろう、魔法文字の披露もあったことで料理を目の前にして小さくお腹が鳴るのを感じた。
人と一緒に食事をとるのはいつぶりかしら。前菜を口に運び咀嚼しながらそんなことを考える。
目の前に座るアンネお義母様もルイスもテーブルマナーはとても綺麗で二人が貴族出身だったことを思い出す。確か、ディエジェ伯爵とご結婚されていたのよね。その伯爵がお亡くなりになってすぐ追い出されるようにして実家に戻られたんだったかしら。記憶があやふやだわ。
ルイスも私と似たような境遇だったのにどうして優しくしてあげなかったのだろうか。過去の私は自分ばかりが不幸なのだと嘆いていた。
なんにせよ、今の私は過去の私とは違うわ。お父様、アンネお義母様、ルイス、みんなと向き合いたい。
「クラリスはいつの間にそんな魔法を身につけたんだい」
お父様がナプキンで口を拭いながら聞いてきた。
一週間で、なんて答えてしまえば根掘り葉掘り聞かれそうで適当に濁しておく。
『内緒ですわ』
にっこり笑っていたずらっ子のように返せば昔と変わらない優しいお父様の顔。そうだった、いつもこんな風に優しく微笑みかけてくれる人だった。
過去の自分が目を逸らしていたもの。じわりと目頭が熱くなるのを感じ咄嗟に話を逸らす。
『ルイスはもう魔法の儀は終わっていますか?』
スープに口をつけていたルイスがパチリと目を開く。
「まだ、です」
またしても遠慮がちな返事。でも魔法文字を見つめる目はどこか好奇心に溢れている。
「先月六歳になったばかりで、まだ教会には行けていないの」
アンネお義母様が教えてくれる。
「それなら来週にでも魔法の儀を受けられるよう教会に申請しておこう」
お父様がルイスの顔を見ながら楽しみだなとでもいうような視線を向ける。
瞳をキラキラさせながら期待に満ちた声で「はい」とルイスが返事をする。
魔法の儀とは、六歳の誕生日を迎えた子供が自分の適性魔法を調べるための儀式だ。この世界には、火・水・風・木・土の5属性の基本魔法と光と闇と呼ばれる特殊魔法が存在する。
教会では自分にどの適性があるのかを調べ、その後、魔法の使い方を家庭教師などを雇って勉強していくのが通常だ。
ちなみに私は光と闇を除く基本の5属性全部が使えるのだ。過去の私は闇雲に力をぶつけるだけで家庭教師もすぐに音を上げ、勉強らしい勉強はしてこなかった。今回、新たな魔法の可能性に気づけたのだし一から勉強してみるのもいいかもしれない。
そんなことを考えていたらすっかり食事は終わりお父様は執務へと戻っていった。
アンネお義母様とルイスはそれぞれの部屋へと案内され、私もアリーと一緒に自分の部屋へ戻る。
部屋に戻り一気に肩の力が抜ける。ソファに腰を下ろし大きく息を吐いた。
なかなか上出来なご挨拶だったんじゃないかしら。大きなイベントを乗り越えた安堵のため息が漏れる。
アリーが温かい紅茶を用意してくれた。『ありがとう』とお礼を言って下がらせる。
一度目の人生のことを少しでも思い出しておこう。この一週間は魔法文字に集中してしまってそれどころじゃなかったから。
まず、ルイスの魔法の儀ね。確かルイスは火と水、そして土の適性があったはず。これはそんなに問題はないわ。
あとは、現状、王太子の婚約者なのよね。これはどこかで破棄できないかしら。そうすれば謂れ無き罪をなすりつけられることもないはず。穏便に破棄できるといいのだけれど難しそうね。
そして学園に入学したらセシリア嬢に気を付ける。おそらく仕組まれた断罪なのでしょうけれどセシリア嬢に加担した人物がいるはず。敵と味方の区別がつけられるよう気を配る必要があるわね。
……そもそも学園に通う必要はあるのかしら。
この国の子供は10歳になると学園へと通い始める。10歳から12歳までが初等部、13歳から15歳が中等部、16歳から18歳が高等部の3部制だ。
もうすでに通った過去があるのにもう一度通うのもちょっぴり面倒だと感じる。
声も出ないことだし、それを理由に入学を拒否できないかしら、そして学園にも通えない人を王妃に据えるのは外聞がよくないのでは、と進言して婚約破棄まで漕ぎ着けないかしら。
ん〜、現段階では絵空事ね。
それに気になるのはあの馬車の事故。偶然にしては出来過ぎている。どんな理由で誰が仕掛けてきたのだろうか。もしかするとそことセシリア嬢の家が繋がっている可能性だってある。
とは言っても今すぐ私が調べて動ける訳でもないし。
今の私にできることは暴れない! ……だけかしら?
それからは穏やかな日が続いた。
4人家族になってみんなで食事をとることが増えて、なんだかこの家に明るさが戻ってきたみたい。そんなことが嬉しくもあり、ちょっぴり寂しいと感じるのはわがままだろうか。
あれからアンネお義母様は公爵夫人としてのお仕事を少しずつ始めたようだ。お父様や筆頭執事とお話ししているのをよく見かける。ルイスはというと、この公爵邸をよく歩き回っていた。ルイスの諸々の家庭教師については魔法の儀が終わってから選定しようということらしい。
庭園を散歩していた時、ばったりルイスに出会った。いろんなところを散策してここに行き着いたのだろうか。すぐそこにガゼボがあるのでお茶に誘ってみた。
『一緒にお茶しない?』
随分と魔法文字も様になってきた。
ルイスは一瞬驚いた顔をしたものの大きな声で「はい!」とお返事をしてくれた。
アリーにお願いしてお茶とお菓子の用意をしてもらう。
綺麗に咲き乱れる花々の中にある白いガゼボは亡きお母様のお気に入りの場所だった。
風が甘い花の香りを運んでくれる。
『少しは慣れた?』
「はい、ここの皆さんがとても良くしてくれるので」
幼い顔が安心の色を見せる。過去、こうやってルイスの顔を見ることがなかった私。こんなに可愛い義弟がいたのにもったいないことをしたのでは、と少しだけ後悔した。
そこからはどんなお菓子が好きか、どんな遊びが好きか色々と質問を重ねた。ルイスの瞳は私が作り出す魔法文字を楽しそうに追いかけていた。
「風が冷たくなってまいりましたので、そろそろ」
アリーが声を掛けてくれ、ガゼボでのおしゃべりは終了した。
一緒に邸宅へ戻ろうとルイスに手を差し出せば嬉しそうに手を握り返してくれた。
今日はいよいよルイスの魔法の儀。
公爵家の馬車に乗りみんなで教会へと向かう。
帝国で一番大きな中央教会。いつ見ても荘厳な感じに気圧されてしまう。ふと祭壇の方を見るとすでに準備が整っているようだった。
司祭が祭壇に立ちルイスを呼ぶ。祭壇に置かれた水晶に触れ、浮かび上がる色で適性魔法の属性が分かるのだ。
ルイスは水晶が置かれている祭壇まで歩いていき、そっと手を伸ばす。ルイスの手が水晶に触れた瞬間、眩い光が教会を包む。そして水晶に現れた色は、赤と青と金色……。
火魔法と水魔法と光魔法……!前回ルイスは光魔法の適性はなかったはず。どうして?




