03
昼食間際という時間に部屋の扉がノックされる。
「クラリスお嬢様、公爵様がお呼びです。」
お父様付きの従者が扉の外から声を掛けてくる。
いよいよだわ……!
緊張をしながらゆっくりと部屋の扉を開けた。従者は「公爵様がロビーでお待ちです」と告げ私をエスコートしてくれる。決して長くないロビーまでの距離。たどり着くまでに考えるのは義母と義弟のこと。私は何も知らないことになっている。粗相のないように、しかし、かといって侮られないように、はて、どのような態度が良いのだろうか。
かつての自分が碌に人間関係を築こうとしていなかったせいで、これから家族になるという人たちとどう接したらいいのか、うんうん唸っている間にロビーに繋がる階段までやってきてしまった。
階下に見える三人の姿。お父様が私に気づき声を掛けてくれる。
決して急ぐことなく公爵令嬢として胸を張り階段を降りていく。
堂々としなさい、今の私には声(文字)があるわ。
ロビーまで降りてようやく三人の前に立つ。
「クラリス、急に呼び立ててすまない。
この二人は今日から新しい家族として迎えることになった、私の妻となるアンネとその息子ルイスだ。」
よろしく、と穏やかな笑顔でお父様が二人を紹介してくれた。
目の前に佇むのは美しいブルネットの髪を束ねた優しそうな女の人。そして黒髪に深い青色の瞳をした男の子。一度目の最後の記憶より随分と若い二人を見てそういえばこんな顔立ちだったなと感慨深く見つめていた。
「んんっ、すまない、娘は声を出すことができなくて」
アンネとルイスに私が何も話さないため間を取り持つよう父が声を掛ける。
ついつい二人に見入っていて自己紹介を忘れていたわ。
『初めまして、ルドヴァン家長女クラリスと申します』
二人に向かって優雅なカーテシーで挨拶をしながら綺麗に指先から炎の文字を出現させる。
その様子に目を丸くして驚く三人。お父様に見せるのも初めてだから一緒になって驚いている。
『声が出ないのでこうやってお話しできればと思い練習しました』
今度は器用に両手から文字を出してみる。
興味深そうに空中に浮かぶ文字を見ていたアンネがハッとして挨拶をしてくれた。
「初めまして、アンネといいます。
公爵様を支える妻として、そしてクラリスさんとルイスの二人の母親としてよろしくお願いします。」
よく通るクリアな声はアンネの人柄を表すようで優しさに満ちていた。
過去の私は一体何を見ていたのだろうか、いえ、何も見えていなかったに違いない……。
『よろしくお願いします』
返事をするとアンネはルイスの背中をそっと押して半歩前へ歩かせる。挨拶をしなさいと促して。
「初めまして、ルイスです。」
緊張しているのか伏し目がちに簡単な自己紹介をされる。まあ、まだ6歳だものね。
そういえば、この頃のルイスは文字を読めただろうか?
『初めまして、ルイスは文字を読めるのかしら?』
私の出す炎にコクコクと頷いて返事をしてくれる。その様子はどこか可愛らしかった。
今度はこの二人とお父様と良い関係を築けるかしら。
そう思いながら心配していた初対面を無事やり遂げた。
「顔合わせも済んだことだし、みんなで昼食にしようと思うがどうかい?」
ほっとした様子のお父様がみんなに声をかける。
「ご一緒してよろしいのですか?」
遠慮がちに返事をするアンネ。
ルイスを見るとパチリと視線が合ったのだがすぐに逸らされてしまった。ルイスは人見知りだったかしら。本当に何も覚えていないのだなと過去の自分に呆れる。
『私も皆様とお昼をご一緒したいですわ』
気を取り直して皆で昼食を食べようと促す。お父様は私の文字を見て嬉しそうにし「それではみんなで食堂へ移動しよう」と声をかけ従者に昼食の準備を指示していた。
前を歩くのはお父様とアンネお義母様。自然とその後ろを私とルイスで歩く。ルイスは公爵家が物珍しいのか、私が物珍しいのか視線をあちこちに散らしながら歩いている。
どことなく危なっかしいなと思っていたそのとき、よそ見をして足がもつれたのか突然ルイスの身体が傾く。思わず腕を引っ張ってしまった。転びはしなかったもののそれなりに強い力で腕を引いてしまった。
『大丈夫?』
指先から文字を出せばそれをキラキラとした眼差しで見つめながら「大丈夫です、ありがとうございます」と丁寧に返された。
まだまだ子供なのね、とルイスを見てサッとその手を繋いだ。
新しいものに興味を持つ年頃なのだろう、この様子じゃあ食堂に着くまでにまた転んでしまう。
『色々見ながらでもいいけど、私の手を離さないで』
そう言って小さな義弟の手を引くのだった。
その様子を前方から微笑ましく見られているとは知らずに。
〜 ルイス 〜
お母様から新しいお父様ができるのだと言われた。お父様という存在は僕にとってはよく分からない。生まれた時からお母様しかいなかったから。でも嬉しそうなお母様の顔を見ると、きっと新しいお父様ができるというのは良いことなのだろうと感じた。
そしてそこには僕の一つ上の女の子がいるそうだ、僕のお姉様になるのだとお母様は言う。
お母様と二人だったのに、一気にお父様とお姉様が増えて、四人で暮らすのだと。想像もつかないな、と小さな頭を悩ませた。
そのお父様とお姉様がいい人たちでありますように、そう願って眠りについた。
そして、目の前にやってきたお姉様とやらはどこかの妖精さんのように可愛くてキラキラしていた。お名前はクラリス、銀色の髪の毛に雪のように白いほっぺた、吸い込まれそうなほど綺麗な桃色の目、どこからどう見ても妖精さんのようだ。
そしてもっと驚いたのは魔法で会話をすること。
僕と一つしか違わないのに、あの激しい炎の魔法をまるでインクのようにして空中に文字を書くのだ。
声が出せなくってもこんなすごいことができるなんて!
大きなお屋敷にキラキラした飾り、そしてキラキラしたお姉様、キョロキョロといろんなものを目で追ってしまう。
隣のお姉様の横顔を見ていたら足がもつれて倒れそうになった。うわっ、と思っていたらお姉様が助けてくれた。しかも食堂まで手を繋いでくれて。温かくて柔らかい手。僕の手と大きさは変わらないのにとても頼もしく感じた。これがお姉様なのか、と胸が高鳴った。




