11
帰りの馬車の中、お義母様が声を掛けてきた。
「お茶会はどうだった?」
『ケーキがとても美味しかったです』
無難な返事、先程のご婦人たちの会話が頭から離れないのだ。
”前の公爵夫人は殺されたのでしょう”
一度目の人生でも耳にしたことがなかった噂だ。いや、私が周囲に関心を抱かなかったせいで見落としていたのだろうか。
お母様の死因について深く考えたことがなかったのだ。
そしてお父様はお母様の死について何かしら知っているのだろう。それを私に教えないということは理由あってのこと。もしくは私がまだ子供だから……。
「王太子殿下とはお話しできた?」
『ほんの一言、と言っても私は声を出していませんが』
お義母様は黙り込む私を気にかけてくれている。その上で何があったのとは聞かないでくれるのだ。私も大人になったらこんな気遣いができる人になりたい。
『お義母様こそご婦人方のティータイムはどうでした?』
「ふふふっ、”楽しかった”わよ」
これはきっと親の控え室でもいろんな話が飛び交ったのだろう。
変な気疲れをしたのか馬車の揺れで瞼が重たくなってくる。
「今日は疲れましたね。
着いたら起こすから寝ててもいいわよ。」
お義母様の声に甘えて瞼を閉じた。
公爵邸に帰り着くとルイスが出迎えてくれた。
出発前と同じように綺麗だ可愛いと誉めそやしてくれる可愛い義弟だ。
自室に戻り綺麗に結い上げられた髪を下ろして、ドレスから普段着のワンピースに着替える。
随分と身軽になった気分だ。
アリーがお茶の用意をしてくれ、部屋から出ていくと私は机に向かった。
これまでのことを整理する必要があると思ったのだ。
今日聞いたお母様のこと。もし、殺されたというのが事実であれば誰が何のために殺したのか。
私の声が出ない理由は何か。ずっと心因性だと思っていたが今現在、前回のような荒んだ生活を送っているわけでもなくむしろ穏やかに生活している。それでも声が出ないのは別の理由があるのではないか。
一度目の人生で私の周りにどのような人間がいたのか整理をしてみる。
・王太子…私の婚約者
・セシリア嬢…アダム公爵家の養子、王太子のことが好き?
・ジュノ…王太子の側近1
・ルルド…王太子の側近2
紙に書き出してみるとなんと情報の少ないことか。もう少しよく思い出そう。学園での出来事も、それに小さな噂話でもいい。なんでもいいから。
疑問に思ったことも全部洗い出そう。
・そもそも何で私が王太子の婚約者なのか?
家格的なことかしら。でも生まれた時から決まっていたらしい。
王家とルドヴァン家の間に何かあるのか。
・前回は王太子との面会をことごとく断っていた。話せないし暴れるから。
・そもそも話せないし暴れる令嬢を婚約者として据えていたのはなぜか。
この辺が謎なのよね。正直声も出ず素行も悪いなら王太子妃に相応しくはないとなりそうなものをあの断罪が行われるまで婚約者だったことがまず不思議だ。
ん〜、あとは学園のことね。
・10歳でエステリア学園の初等部に入学。
エステリア学園は貴族が通う魔法学校、稀に平民でも魔力が高ければ奨学生として入学してくる。入学する半年前に魔力測定の試験があったのよね。
そういえばそこでも魔力測定器を壊した気がするわ。
・座学は可もなく不可もなく
・魔法実技は優秀
・陰口を叩かれれば顔面横に魔法をぶつけ威嚇する
書けば書くほど碌でもない人間ね私って。
正直ここから何か有益な情報を得られるような気がしない。
お父様に尋ねてみてもいいのかしら。
いや、優しいお父様のことだから、きっと詳しくはお話してもらえないわ。
今の7歳の体でできることなんてたかが知れてる。
グッと伸びをして机にパタリと突っ伏す。
すると扉が控えめにノックされた。
椅子から立ち上がり扉を開けるとそこにいたのはルイスだった。
『どうしたの?』
「あのね、お姉様ちょっと元気がないような気がして。
それでこれをあげようと思ったんだ。」
ルイスの手には小さな花束。どれも今うちの庭園で咲いているもの。白にピンクにオレンジと明るい色の花たち。
わざわざ私のために摘んできてくれたのかと思うと心が温かくなる。
『とっても素敵な花束をありがとう
早速飾るわ』
ルイスの手から花束を受け取り空いている小さな花瓶に花を飾り水魔法で水を注ぐ。明るい花が私の気分を上向きにしてくれる。
「お茶会大変だったの?」
この子は本当に優しい子だわ、アンネお義母様にそっくり。
『ちょっとね、たくさんの人に会うことがなかなかないから』
そのうちルイスもお茶会に出席するわよ。なんてちょっぴり脅かしながら二人で何気ない会話をする。
頭の隅で、前回はルイスを見ると近づくなと怒鳴ってばかりいたというのに、本当に何も見えていなかった。
「お姉様は何が好き?」
唐突な質問。
何だろうか、好きなもの、甘いお菓子、アリーが淹れてくれる紅茶。
『家族みんなのことが好きだわ』
一度目の人生を経て思う、こんなに素敵な家族に恵まれていたことを。
「僕のことも?」
『ええ、もちろん大好きよ』
あどけないルイスの顔をしっかりと見つめて頭を撫でてあげる。
ルイスはくすぐったそうにしながら、でも嬉しそうな顔をしていた。
あの日からルイスは私に好きなものは何かとよく尋ねてくるようになった。
好きな色は?好きな食べ物は?好きな本は?いろんなことを聞いてくる。
だから私もルイスに同じ質問をするのだ。
『好きな色は?』
『好きなお菓子は?』
『好きな授業は?』
二人でいろんな好きを話していた。
夕食の席でも何が好きかを話しているとお父様もお義母様もクスクスと笑いながら私たちを見ている。
随分と姉弟らしくなってきたな、なんて思っているのかしら。それはきっとルイスが優しくて私のことを一番に考えてくれるからよ。そう心の中で返事をしておく。
ルイスの”好きなもの攻撃”に理由があったのだと知ったのは私の誕生日当日。
朝起きるとアリーからのおめでとうございますという言葉で今日が私の誕生日だと思い出した。
「ひょっとしてお忘れでした?」
『すっかり忘れていたわ』
今日が素晴らしい一日になりますように、とアリーからの言葉をもらい朝の支度を始める。
ちょっぴりいつもより上品なワンピースに着替え部屋の扉を開けるとそこにはルイスが待っていた。
「お姉様、お誕生日おめでとう」
ルイスは綺麗なブーケを差し出して私の誕生日を祝ってくれた。私が好きだと言った青色のお花。この季節に咲くのは珍しいんじゃないかしら。
ルイスからのプレゼントがとても嬉しくてぎゅっとルイスを抱きしめた。
『ありがとう、本当に嬉しいわ』
ブーケを受け取りルイスの手を繋ぎ食堂へと一緒に向かう。
『もしかしてこのために色々好きなものを聞いていたの?』
「うん、お姉様に喜んでもらえるプレゼントを渡したくて。」
お茶会の日にお父様から私の誕生日が近いと聞いたそうだ。それからどんなプレゼントにしようかずっと迷っていて私の好きなものをたくさん聞いていたのだと。
嬉しそうに話すルイスの顔が可愛らしくて胸の辺りがきゅうっと音を立てる。
二人で食堂の扉を開けるとそこはまるでパーティー会場のように飾り付けられていた。
「お誕生日おめでとう、クラリス。」
「お誕生日おめでとう。」
お父様とお義母様からもお祝いの言葉をいただく。
『ありがとうございます』
満面の笑みを湛えて返事をする。
「これは私から。」
アンネお義母様から長方形のプレゼントボックスが渡される。
箱を開けるとそこには綺麗なシルバーのネックレス。装飾の至る所に透明に輝く宝石が埋め込まれていた。
『素敵なプレゼントをありがとうございます』
アンネお義母様にハグをする。
そして。
「こっちは私から。」
お父様からのプレゼントは大きな箱。それを開けると真っ白なつばの大きい帽子。
『可愛い!お父様ありがとう』
朝から幸せが一気に押し寄せてくる。
みんなに感謝の言葉を述べてようやく着席する。
そして運ばれてくる料理はどれも私がルイスに好きだと言ったもの。
『これもルイスの仕業かしら?』
ニヤリと視線を向ければ、すごいでしょうとでもいうかのように胸を張っている。
「料理長にお願いしたんだ。デザートもディナーも楽しみにしていてね!」
『本当にありがとう』
こんなに素敵な誕生日は生まれて初めてだ。
こんな幸せがあるなんて。




