おっさんのお仕事3
『質問二。部下が重大なミスを報告してきました。あなたはどうしますか?』
古代遺跡の管理端末に、無機質な文字が浮かんでいる。
俺は画面を見つめた。
封印維持率は六十六パーセント。
地下区画では何者かが封印に干渉している。
そして俺は、管理者昇格試験の真っ最中だった。
「……タイミングってものを考えてくれないかな」
『回答を入力してください』
「わかったよ」
俺は端末に向かって答えた。
「まず、ミスの内容と影響範囲を確認する。危険があるなら被害を広げないための対応を優先する。そのうえで、本人から事情を聞いて、再発防止策を考える」
『正解』
よし。
どうやら古代文明の管理者も、報告・連絡・相談を重視しているらしい。
文明が滅びても、仕事の基本は変わらないものだ。
『質問三。管理者が判断できない事案が発生しました。適切な対応を選択してください』
選択肢が表示された。
A:自分の勘を信じて、すぐに決断する。
B:責任を回避するため、判断を先送りする。
C:必要な情報を集め、専門家の意見を聞き、期限を決めて判断する。
D:すべて部下に任せる。
「Cだな」
『正解』
「なんだか、管理職研修みたいになってきたな」
『質問四。施設の予算が不足しています。最初に実施すべきことは何ですか?』
「予算?」
俺は思わず聞き返した。
こんな緊急事態に、なぜ金の話が出てくるのか。
『施設の維持には、継続的な資源の供給が必要です。現在の備蓄量では、通常稼働を三日間維持できません』
「先に言えよ!」
封印の異常より、こっちのほうが現実的に怖い。
電気がなければ設備は止まる。食料がなければ人間は動けない。修理部品がなければ壊れた機械は直せない。
どれほど立派な古代遺跡でも、資源が尽きればただの大きな廃墟だ。
俺は回答した。
「まず、備蓄と消費量を確認する。必要なものと削減できるものを分けて、優先順位をつける。そのうえで、補充方法を考える」
『正解。管理者適性評価、基準値を超過しました』
「おっ、合格か?」
『管理者権限レベル三への昇格を承認します』
端末が短く鳴った。
『おめでとうございます。あなたは正式な施設管理者候補に認定されました』
「候補なのかよ!」
正式な管理者じゃないのか。
役職の名前だけは立派になったが、どうやらまだ試用期間らしい。
会社員時代を思い出す。
仕事は一人前に任される。責任も一人前。だが、待遇はなかなか一人前にならない。
異世界まで来て、そんな仕組みを再現しなくていい。
◇
『管理者権限レベル三を確認。地下区画へのアクセスを許可します』
管理室の壁に、今まで存在しなかった扉が現れた。
いや、正確には、壁に隠されていた扉が開いたのだろう。
扉の向こうから、冷たい空気が流れてきた。
ミレイが端末を確認する。
「封印維持率、六十四パーセント。低下が続いています」
「よし。全員で地下へ向かおう」
俺が言うと、レオンが首を横に振った。
「待て。監察局の人間として、封印の異常が確認されるまでは、むやみに立ち入らせるわけにはいかない」
「じゃあ、どうする?」
「私とセシリアが先行する。君たちはここで待機しろ」
「それで、何かあったらどうするんだ?」
「そのときは連絡する」
「地下で通信が切れたら?」
レオンが黙った。
俺は続けた。
「先行するのは構わない。でも、連絡手段と撤退条件を決めておこう。たとえば、五分間連絡がなければ、こちらが入口まで確認に行く。異常な魔力反応が出たら、無理せず戻る」
セシリアがうなずいた。
「妥当な判断です。地下区画の構造が不明な以上、撤退基準を設けるべきです」
「……わかった。五分間、連絡がなければ確認に来てくれ」
レオンは不満そうだったが、反対はしなかった。
俺たちは役割を決めた。
レオンとセシリアが先行する。
ミレイは管理端末で魔力の変化を監視する。
俺は設備の状態を確認しながら、黒いドラゴンと入口付近で待機する。
ガルドは退路を確保する。
誰か一人にすべてを任せるのではなく、各自が自分の仕事を把握しておく。
それだけで、現場はずいぶん落ち着く。
……はずだった。
『警告。地下区画における魔力反応が急上昇』
「おい、まだ入ったばかりだぞ!」
『封印維持率、六十パーセント』
地下への扉の向こうで、何かが光った。
次の瞬間、レオンの声が通信端末から飛び込んできた。
『こちらレオン! 地下区画で人影を確認した! 監察局の登録者ではない!』
俺は端末を握りしめた。
「相手は何人だ?」
『一人だ。いや、待て……』
通信の向こうで、セシリアが何かを叫んだ。
金属がぶつかるような音。
そのあと、レオンの声が途切れた。
『封印維持率、五十八パーセント』
「くそっ!」
俺は立ち上がった。
「ミレイ、通信を維持できるか?」
「やってみます!」
「ガルド、退路を確保。黒いドラゴンは、俺の合図があるまで待機だ」
黒いドラゴンが不満そうにうなった。
「わかってる。仲間が心配なのはわかる。でも、ここで全員が突っ込んだら、誰が外を守るんだ?」
ドラゴンは俺をじっと見たあと、しぶしぶうなずいた。
俺は腰の道具袋を確認した。
入っているのは、細い金属棒、布、紐、それから薬草を集めるための小さなナイフ。
武器としては心もとない。
だが、設備を点検する道具としてなら、それなりに使える。
俺は金属棒を手に取った。
「さて……。現場確認に行くか」
◇
地下区画は、思ったよりも広かった。
壁には古代文字が刻まれ、床には青白い光の線が走っている。
その中央に、巨大な円形装置があった。
装置の奥には、黒い水晶のようなものが浮かんでいる。
おそらく、魔王の心臓に関係する設備だろう。
その手前に、一人の人物が立っていた。
灰色のローブ。
顔を覆う仮面。
そして、右手には黒い金属の輪。
赤いドラゴンの首輪と、よく似ている。
「……あなたが、この施設の管理者ですか?」
仮面の人物が、こちらを向いた。
声は若い男のものだった。
「人に尋ねる時は自分からってのが基本じゃないのか?あんたは?」
「名乗る必要はありません」
「そうか。じゃあ、こちらも質問には答えないでおこう」
相手が首を傾げた。
「あなたは、状況を理解していないようですね」
「理解していないから、確認しているんだよ。ここで何をしている?」
「封印を解放しています」
「それは見ればわかる。なぜ解放しているのかと聞いている」
仮面の人物は、少しだけ笑ったように見えた。
「この世界は、間違った秩序に支配されている。魔王の心臓を解放すれば、その秩序は崩れるでしょう」
「なるほど。世界を変えたいわけか」
「そうです」
「それで、封印が壊れたあとの責任は誰が取る?」
仮面の人物が黙った。
俺は続けた。
「封印が壊れたら、何が起きるのか。被害がどこまで広がるのか。魔王の心臓が本当にあんたの望む結果をもたらすのか。そこまで調べたうえでやっているのか?」
「……あなたには理解できない」
「そうかもしれない。でも、わからないことを、わかったつもりで進めるのは危険だ」
仮面の人物が右手を上げた。
黒い輪が光る。
その瞬間、床の魔力の流れが乱れた。
『警告。封印維持率、五十五パーセント』
俺はすぐに装置を見た。
魔力の流れが、右側の配管状の構造に集中している。
そこから黒い光が漏れていた。
……待て。
あれは封印を解くための魔法なのか?
それとも、装置の一部が故障しているのか?
俺は目を細めた。
魔力の流れは、一定の間隔で脈打っている。
そして、脈打つたびに右側の配管が震えていた。
「おい。あんた、その装置を操作する前に、設備の状態を確認したか?」
「何を言っている?」
「右側の配管だ。あそこから魔力が漏れている。あんたがやっていることと関係があるのか?」
「黙れ!」
仮面の人物が手を振った。
黒い光が、俺の足元へ走る。
俺は横へ飛び退いた。
床が焦げるような音を立てた。
「話し合いは終わりです。あなたも、この世界の古い秩序を守る側なのですね」
「いや、俺は今日、ここに来たばかりなんだが!」
そんな説明をしている余裕はなさそうだった。
相手は次の魔法を準備している。
俺は装置を見た。
配管の継ぎ目が震えている。
このまま魔力を流し続ければ、封印を解く前に設備が壊れる可能性がある。
ただし、俺の見立てが正しい保証はない。
勝手に触るのは危険だ。
そこで、俺は管理端末に向かって叫んだ。
「施設さん! 地下区画の設備状態を表示してくれ!」
『管理者権限レベル三を確認。設備診断を開始します』
空中に情報が浮かび上がった。
『異常箇所を確認。封印補助回路に過負荷が発生しています』
「原因は?」
『外部からの魔力供給により、回路の許容量を超過しています』
「止める方法は?」
『供給源の停止、または補助回路の遮断が必要です』
俺は仮面の人物を見た。
「聞こえたか? あんたがやっていることは、装置に無理をさせているらしい」
「この程度で壊れるものか!」
「その判断は、設備の設計者がすることだ。少なくとも、警報が鳴っている以上、正常じゃない」
仮面の人物は、こちらをにらみつけた。
その隙に、俺は装置の横へ移動した。
補助回路の遮断レバーが見える。
しかし、その前には黒い光が走っていた。
近づけば、さっきの攻撃を受けるかもしれない。
俺は道具袋から紐を取り出した。
金属棒に結びつけ、長さを調整する。
こんなところで、薬草採取用の道具が役に立つとは思わなかった。
「ミレイ! 通信は通じるか?」
『はい、聞こえます!』
「施設の診断結果を確認してくれ。補助回路を遮断した場合、封印にどんな影響がある?」
『確認します……。補助回路を遮断すると、一時的に封印維持率が低下する可能性があります。ただし、過負荷による設備損傷は防止できます』
「よし。遮断後に、封印を維持する方法は?」
『主動力系統からの供給を再配分する必要があります。管理者の操作が必要です』
「わかった。準備してくれ!」
俺は金属棒を伸ばした。
先端を遮断レバーに引っかける。
仮面の人物が叫んだ。
「やめろ!」
「悪いが、設備保全は俺の担当だ!」
俺は紐を引いた。
レバーが動く。
直後、地下区画を満たしていた黒い光が消えた。
轟音が響き、床が揺れる。
『警告。封印維持率、五十一パーセント』
「ミレイ、今だ!」
『主動力系統の再配分を開始します!』
青白い光が装置を走った。
黒い水晶の周囲に、透明な壁のようなものが現れる。
封印維持率が、五十二パーセント、五十四パーセントと上がっていく。
やがて、警報が止まった。
『封印維持率、六十一パーセント。低下停止を確認』
俺はその場に座り込みそうになった。
「……助かった」
だが、仮面の人物はまだ動いていた。
彼は黒い輪を握りしめ、こちらを見ている。
「なぜだ……。なぜ、封印が安定する?」
「壊れかけた設備の負荷を止めて、動力を再配分したからだと思う」
「そんな単純なことで……」
「単純なことが大事なんだよ。複雑な問題でも、原因を一つずつ潰していくしかない」
仮面の人物は、しばらく黙っていた。
そして、ゆっくりと右手を下ろした。
「あなたは……何者なのですか?」
「どこにでもいる普通のおっさんだ、ただ変なドラゴンに巻き込まれただけさ。」
そのとき、背後からレオンとセシリアが駆け込んできた。
「ゴトー! 無事か!」
「はい。設備の過負荷は止めました。封印も安定しています」
レオンは仮面の人物を見て、剣を抜いた。
「動くな! 王立封印監察局の名において拘束する!」
仮面の人物は、逃げようとはしなかった。
ただ、俺を見つめていた。
「あなたは、封印を守ったつもりでしょう。しかし、いずれ真実を知ることになる」
「その真実とやらを、ちゃんと説明してくれれば助かるんだがな」
「今は、まだ話せません」
「そうか。じゃあ、あとで話してもらおう。記録を取って、正式な手続きを通してな」
仮面の人物は、かすかに笑った。
そして、レオンたちに連行されていった。
◇
管理室に戻ると、ミレイが駆け寄ってきた。
「おじさん! 無事でよかったです!」
「なんとかな。ところで、さっきの設備診断の記録は保存してあるか?」
「はい。魔力の流れも、異常の発生時刻も記録しました」
「よし。あとで修理報告書をまとめよう」
「……こんなときでも、報告書ですか?」
「こんなときだからこそだ。次に同じことが起きたとき、原因がわかっていれば対応しやすい」
ミレイは苦笑した。
だが、否定はしなかった。
管理端末が、明るい音を鳴らした。
『緊急事態への対応を確認。管理者評価を更新します』
「おっ。今度こそ正式な管理者か?」
『管理者候補の評価を更新。管理権限レベル三を維持します』
「上がらないのかよ!」
『今回の対応について、追加評価が必要です』
「何を評価するんだ?」
『安全管理、設備保全、関係者との情報共有、緊急時の判断。総合評価は良好です』
「じゃあ、いいだろう!」
『ただし、管理者候補には、長期的な施設運営能力の確認が必要です』
俺は天井を仰いだ。
なるほど。
今回の騒動を解決しても、まだ終わりではないらしい。
設備を直す。
封印を守る。
関係者と話し合う。
それだけでは足りず、長期的に施設を運営できるかまで見られる。
つまり、これからも仕事が続くということだ。
「……なあ、ミレイ」
「はい?」
「この遺跡、給料は出るんだよな?」
ミレイは少し考えてから、答えた。
「古代遺跡の管理者に給与が支払われるという記録は、今のところ見つかっていません」
「よし。最優先で調べよう」
「封印のことよりですか?」
「両方だ!」
俺は力強く答えた。
世界を救うのも大事だ。
魔王の心臓を封印するのも大事だ。
だが、働く人間にとって、生活の保障は欠かせない。
給料が出ない仕事を、無期限で引き受けるわけにはいかない。
俺は管理端末に向き直った。
「施設さん。管理者候補の報酬規定を表示してくれ」
『報酬規定を検索します……』
少し間があった。
そして、端末が答えた。
『該当する記録は、八百年前に失効しています』
「……八百年前?」
『はい。現在の管理者報酬制度は未登録です』
俺は、ゆっくりと目を閉じた。
封印を守った。
侵入者を止めた。
設備を修理した。
その結果、判明したこと。
この遺跡には、給与規定がない。なんてこった、ただ働きか!?
「……まずは、雇用条件の整備からだな」
ミレイが笑った。
レオンも、セシリアも、なぜか笑っていた。
黒いドラゴンだけは、俺の肩を軽く鼻先で押した。
まるで、「まだ仕事があるぞ」と言っているようだった。
俺はため息をついた。
夢の中であれば、人生が劇的に変わると思っていた。
確かに変わった。
ドラゴンと話し、古代遺跡を管理し、魔王の心臓を守ることになった。
だが、結局やっていることは、現場確認、設備保全、関係者との調整、そして報酬の確認である。
どこの世界でも、働く人間の悩みは似ているらしい。
おっさんの処世術
緊急時ほど、役割を分担する。 全員が同じ場所に集まっても、できることが増えるとは限らない。
設備の警報を軽視しない。 「まだ動いているから大丈夫」は、故障する現場でよく聞く危険な言葉だ。
専門家の知識と現場の観察を組み合わせる。 マニュアルだけでも、勘だけでも、対応できない問題がある。
記録は未来の自分を助ける。 失敗や異常の原因を残しておけば、同じ問題に何度も悩まされずに済む。
責任を引き受ける前に、権限と待遇を確認する。 責任だけ増えて、判断権も報酬もない仕事は長続きしない。
さて、次は給与規定の復旧だ。
魔王の心臓より先に、俺の生活が封印されてしまいそうである。




