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おっさんの処世術は異世界でも有効だった。  作者: 畑酪 砂竹
おっさんの仕事術
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おっさんのお仕事2

警報が鳴り続けている。


 古代遺跡の管理室に、無機質な音声が響いた。


『警告。管理区域に未登録の侵入者三名を確認。魔力波形、守護者拘束装置との一致率、九十二・七パーセント』


「九十二・七パーセントって、ほぼ黒じゃねえか」


 俺は思わずつぶやいた。


 ただし、残りの七・三パーセントがある。


 世の中には、よく似た制服を着ているだけの別部署もあるし、同じような道具を使っているだけの協力会社もある。見た目だけで判断して、あとから「実は違いました」となると面倒だ。


 俺は前職で、その手の面倒を何度も経験している。


 だから、まずは確認だ。


「施設さん。侵入者の映像を出してくれ」


『了解しました』


 壁面に映像が浮かび上がった。


 先頭を歩いているのは、黒い外套をまとった男。年齢は三十代くらいだろうか。腰には細身の剣を差している。


 その後ろに、杖を持った女性と、大柄な男が続いていた。


 全員、冒険者というより軍人のような雰囲気だ。


 しかも、三人とも首元に黒い金属製の装飾品をつけている。


「……あの首輪、赤いドラゴンについてたやつと似てるな」


 俺の隣で、ミレイが顔をこわばらせた。


「間違いありません。あれは魔力を制御する拘束具です。装着した者の魔力を封じたり、命令を強制したりするためのものです」


「便利そうに聞こえるけど、ろくでもない道具だな」


「便利だからこそ、危険なんです」


 ごもっとも。


 世の中、便利なものほど使い方を間違えると大惨事になる。


 電動工具だって、安全装置を外して使えば危ない。魔法の首輪だって、たぶん同じだ。


 俺は管理室の机に手を置いた。


「さて、どうするか」


 黒いドラゴンが低くうなった。


 赤いドラゴンは、施設の外で待機しているらしい。先ほどの交渉で、一時的に攻撃を止めてくれている。


 しかし、侵入者たちが現れたことで、状況が変わった。


 ミレイが杖を握り直す。


「先に攻撃したほうがいいかもしれません。彼らがドラゴンを操っているのなら、ここで止めないと」


「気持ちはわかる。でも、まだ攻撃はしない」


「どうしてですか?」


「こっちの戦力がわからんからだ」


 俺は指を一本立てた。


「一つ。相手が三人。こっちは俺とミレイと、黒いドラゴン。ただし、ドラゴンがどこまで協力してくれるかは不明」


 黒いドラゴンが不満そうに鼻を鳴らした。


「二つ。相手の目的がわからん。魔王の心臓を狙っているのか、ドラゴンを回収しに来たのか、それとも別の仕事なのか」


 ミレイがうなずいた。


「三つ。ここで戦闘になったら、施設の設備が壊れる可能性がある」


 俺は天井を見上げた。


「せっかく冷却装置を直したばかりなんだ。修理した翌日に壊されるのは、現場担当者として精神的にきつい」


『補足。現在の施設稼働率は九パーセントです。戦闘による損傷が発生した場合、復旧に必要な電力が不足する可能性があります』


「ほらな。施設さんも、できれば穏便に済ませたいらしい」


『私は施設の保全を最優先しています。穏便さは優先事項に含まれていません』


「そういうところ、融通が利かないなあ」


 古代遺跡の管理システムに、人間味を求めても仕方ない。


 俺は深く息を吸った。


「よし。まずは話をする。武器は構えたままでもいいが、先に撃つな。こちらからも攻撃しない。相手が襲ってきたら、そのときは身を守る」


 ミレイは少し不安そうだったが、やがてうなずいた。


 黒いドラゴンも、しぶしぶといった様子で首を下げた。


 俺たちは管理区域の入口へ向かった。


     ◇


 侵入者たちは、扉の前で立ち止まっていた。


 先頭の男が、こちらを見る。


「お前が管理者か?」


 挨拶より先にそれか。


 名刺交換くらいしてほしいものだが、異世界には名刺文化がないのかもしれない。


「仮の管理担当だ。ゴトーという。そちらは?」


「答える必要はない」


「そうか。じゃあ、こちらも施設の情報を答える必要はないな」


 男の眉が動いた。


 交渉というのは、こちらだけが情報を差し出すことではない。


 相手に情報を求めるなら、自分も何を差し出せるのか考える。それが最低限の礼儀だと思う。


 男は少し黙ったあと、口を開いた。


「我々は王立封印監察局の者だ。私は局員のレオン。こちらは魔術監査官のセシリア、護衛のガルドだ」


「王立封印監察局?」


 ミレイが小さく息をのんだ。


「古代の封印や危険な魔道具を管理する組織です。王国でも、かなり権限が強いはず……」


「なるほど。つまり、役所の監査が来たわけか」


「役所?」


「いや、こっちの話だ」


 レオンは俺の背後にいる黒いドラゴンを見て、目を細めた。


「その黒竜は、施設の守護者か」


「そうらしい。管理番号はDR-001。本人に聞いたわけじゃないけど、記録にはそう書いてあった」


 黒いドラゴンが、露骨に嫌そうな顔をした。


 番号で呼ばれるのが気に入らないらしい。


 まあ、気持ちはわかる。俺だって社員番号だけで呼ばれたら嫌だ。


 レオンはさらに一歩、前へ出た。


「ならば話は早い。その竜と、施設内に封印されている魔王の心臓を引き渡せ」


「断る」


 俺は即答した。


 ミレイが驚いた顔でこちらを見た。


 いや、ここで簡単に引き渡せるわけがないだろう。


「理由を聞いても?」


 レオンの声が冷たくなる。


「施設の管理記録によれば、魔王の心臓は封印の維持が必要な危険物だ。管理者不在の状態が続けば、封印が弱まる。俺たちはついさっき、その設備を修理したばかりだ」


「だからこそ、監察局が引き取る。素人に管理させるわけにはいかない」


「その意見には一理ある」


 俺がそう言うと、レオンは少し意外そうな顔をした。


「ただし、引き渡したあと、誰が管理するのか。移送中の封印はどう維持するのか。拘束されているドラゴンをどう扱うのか。その説明がない」


「それは監察局の仕事だ」


「なら、その手順書を見せてくれ」


「……何?」


「引き渡しを求めるなら、管理責任と移送手順を確認したい。こっちも管理区域を預かっている以上、記録を残す必要があるからな」


 レオンは言葉に詰まった。


 俺は続けた。


「あと、そこの首輪。赤いドラゴンにも同じものがついていた。あれは監察局の管理道具なのか?」


 三人の表情が変わった。


 ほんの一瞬だったが、見逃さなかった。


 レオンの目が、セシリアへ向く。


 セシリアは視線をそらした。


 なるほど。


 この反応だけで決めつけることはできないが、少なくとも何か知っている。


「答えてくれ。あの拘束具は誰が使っている?」


「機密事項だ」


「そうか。なら、ドラゴンも魔王の心臓も渡せない。管理記録に、未確認の危険物として残しておく」


「貴様……!」


 ガルドが大剣に手をかけた。


 黒いドラゴンが一歩前に出る。


 空気が、一気に張り詰めた。


 俺は片手を上げた。


「待て。まだ話し合いの途中だ」


 ガルドは俺をにらみつけたが、剣を抜くことはなかった。


 よし。


 今のところ、こちらの言葉は通じるらしい。


 ただし、通じることと、納得していることは別だ。


 そこを混同してはいけない。


     ◇


「……一つ、誤解がある」


 沈黙を破ったのは、セシリアだった。


 彼女はレオンをちらりと見てから、ゆっくりと口を開いた。


「私たちは、魔王の心臓を奪いに来たわけではない」


「じゃあ、何をしに来たんだ?」


「封印の状態を確認するためよ。ここから発生している魔力反応が、数日前から急激に変化している。その調査命令を受けた」


「それなら、最初からそう言えばいい」


「局員には、現場の情報をむやみに開示するなと命じられているの」


「その結果、現場で無駄な緊張が発生しているわけだ」


 セシリアは、少しだけ申し訳なさそうな顔をした。


 俺はため息をついた。


 どこの世界にもあるんだな。


 情報を隠すことで、かえって事態を悪化させる仕組みが。


「じゃあ、もう一つ聞く。赤いドラゴンの首輪は、監察局がつけたのか?」


 セシリアはすぐには答えなかった。


 代わりに、レオンが口を開く。


「その件については、回答できない」


「ということは、監察局の内部事情が絡んでいる?」


「回答できないと言ったはずだ」


「わかった。じゃあ、質問を変える。あの拘束具を解除する方法はあるのか?」


 今度は、セシリアが反応した。


「あります。ただし、制御核を破壊するか、装着者の魔力波形を再登録する必要があります。どちらも危険を伴います」


「危険というのは、具体的には?」


「解除時に魔力が暴走する可能性があります。装着者の状態によっては、命に関わることも」


 俺は顔をしかめた。


 つまり、力ずくで壊すのはまずいということか。


「なら、今すぐ解除するのはやめておこう。赤いドラゴンには、しばらく待ってもらうしかないな」


 黒いドラゴンが、低く鳴いた。


 その声には、苛立ちが混じっていた。


 仲間が拘束されているのだ。腹が立つのも当然だろう。


 俺は黒いドラゴンを見上げた。


「気持ちはわかる。でも、焦って壊して、相手を傷つけたら意味がない。安全に外せる方法を探そう」


 黒いドラゴンはしばらく俺を見つめたあと、ゆっくりと頭を下げた。


 了承してくれたらしい。


 ドラゴンにも、話し合いが通じる。


 今日の学びである。


     ◇


「では、こちらからも提案がある」


 俺はレオンたちに向き直った。


「監察局が封印の状態を調べたいというなら、調査には協力する。ただし、条件が三つ」


「条件だと?」


「一つ。施設内の設備を勝手に操作しないこと。二つ。魔王の心臓を移動させないこと。三つ。ドラゴンの拘束具について、解除方法と管理責任を説明すること」


「三つ目は機密だ」


「じゃあ、三つ目は解除に必要な情報だけでもいい。秘密を全部話せとは言っていない」


 レオンは腕を組んだ。


 しばらく考えたあと、セシリアに視線を向ける。


「調査だけなら、許可できる範囲もある。封印の現状確認、魔力波形の測定、記録の照合……。ただし、拘束具の情報は上層部の承認が必要です」


「それでいい。誰が何を担当するのか、記録に残しておこう」


「……記録?」


「そう。あとから『そんなことは言っていない』ってなると困るからな」


 俺は施設の管理端末を呼び出した。


『記録を開始します』


「本日、王立封印監察局の三名が来訪。目的は封印の状態確認。こちらは設備操作の事前承認、封印対象の移動禁止、拘束具の安全な解除方法に関する情報提供を要請。双方、協議を継続する」


『記録しました』


 レオンが、なんとも言えない顔をした。


「お前は……本当に管理者なのか?」


「仮の担当者だ。何度も言わせないでくれ」


「その割には、妙に手慣れている」


「仕事だからな。誰かが責任を持つ必要がある。ただし、責任を持つことと、何でも一人で背負うことは違う」


 俺は端末の画面を閉じた。


「わからないことは専門家に聞く。危険なことは勝手にやらない。決めたことは記録する。これだけで、だいぶ事故は減る」


 ミレイが感心したように俺を見ていた。


「ゴトーさん……。もしかして、すごく優秀な管理者なのでは?」


「いや、ただの中年だよ」


 俺は首を振った。


「優秀かどうかは知らん。昔、確認不足で何度も面倒な目に遭ったから、同じ失敗をしたくないだけだ」


 立派な経験談に聞こえるかもしれないが、実際はもっと情けない。


 書類を出し忘れ、連絡を忘れ、確認を怠り、あとから頭を下げる。


 そんなことを繰り返してきた結果、身についた知恵である。


 できれば、もう少し格好いい方法で学びたかった。


     ◇


 話し合いがひとまずまとまりかけた、そのときだった。


『緊急警告。封印中枢に異常反応を検出』


 管理室の照明が赤く点滅した。


『封印維持率、六十八パーセント。低下速度、上昇中』


「おいおいおい。今度は何だ!」


 俺は端末に駆け寄った。


 画面には、施設の深部から伸びる魔力の流れが表示されている。


 さっきまで安定していた流れが、まるで血管のように脈打っていた。


 ミレイが青ざめる。


「そんな……。さっきまで、ここまで不安定ではなかったのに」


 セシリアが端末をのぞき込んだ。


「これは自然な劣化ではありません。誰かが外部から封印に干渉しています」


 レオンの顔から、余裕が消えた。


「あり得ない。ここへの干渉は、王国の結界を通過しなければ……」


「つまり、誰かが結界を通り抜けて、ここに干渉しているってことか?」


「そうなる」


 俺は額を押さえた。


 困った。


 ようやく話し合いがまとまりかけたところなのに、また新しい問題だ。


 しかも今度は、魔王の心臓の封印である。


 管理端末が、淡々と告げた。


『管理者による緊急判断を求めます。封印維持率が五十パーセントを下回った場合、施設の自動防衛機構が起動します』


「自動防衛機構って、何をするんだ?」


『侵入者の排除、および危険対象の無力化を実行します』


「その危険対象って、誰が決めるんだ?」


『施設の判断基準に基づきます』


「その判断基準を今すぐ見せてくれ!」


『確認には、管理権限レベル三以上が必要です』


「俺の権限は?」


『管理権限レベル二』


「一番困るところで足りない!」


 レオンたちも、さすがに笑っていなかった。


 ミレイが震える声で尋ねる。


「ゴトーさん……。どうしますか?」


 俺は画面を見つめた。


 封印維持率は、六十七パーセントに落ちている。


 まだ時間はある。


 だが、のんびり相談している余裕もない。


 ここで必要なのは、英雄的な決断ではない。


 まず、何が起きているかを確認すること。


 次に、できる人間を集めること。


 そして、やることを分担することだ。


「レオンさん。セシリアさん。封印の専門家として、異常の原因を調べてくれ。ミレイは記録を解析。俺は施設の動力系統を確認する」


「護衛の俺は?」


 ガルドが尋ねた。


「入口の警戒を頼む。誰かが入ってきても、いきなり斬らないでくれ。まず声をかける」


「……わかった」


 俺は全員を見回した。


「誰か一人が全部解決する必要はない。得意なことを分担して、情報を共有する。それが一番早い」


 そのとき、管理端末に新しい文字が浮かび上がった。


『外部干渉の発信源を特定しました』


「どこだ?」


『施設内部。管理者応接室の地下区画です』


 俺たちは、一斉に顔を見合わせた。


 地下区画。


 俺はまだ、そこへ行ったことがない。


 そして、施設の見取り図には、そんな場所は表示されていなかった。


『補足。地下区画へのアクセス権限は、管理者レベル三以上です』


「だから、その権限がないんだって!」


『提案。管理者候補に対する権限審査を開始しますか?』


「……何が必要なんだ?」


『管理者としての適性確認。所要時間、推定三分』


 三分。


 今の俺には、妙に長く感じる時間だった。


 だが、ほかに手段がないのなら、やるしかない。


「わかった。審査を始めてくれ」


『審査を開始します』


 画面に、第一問が表示された。


『質問一。施設の封印維持率が低下し、原因不明の異常が発生しています。最初に行うべき対応を選択してください』


 選択肢は四つ。


 A:原因を探すため、設備を片っ端から操作する。


 B:危険を承知で、封印中枢へ直行する。


 C:現状を記録し、安全を確保したうえで、原因調査と専門家への相談を並行する。


 D:責任者が見つかるまで、何もしない。


「……これ、普通にCだろ」


『正解』


 そりゃそうだ。


 俺は何年、現場で働いてきたと思っている。


 問題は、選択肢がわかりやすすぎることだ。


 こんな簡単な試験で、管理権限が上がるとは思えない。


 そして、その予想は正しかった。


『質問二。部下が重大なミスを報告してきました。あなたはどうしますか?』


 俺は画面を見て、ため息をついた。


「……これ、三分で終わるんだよな?」


『推定所要時間、残り二分四十秒』


 封印維持率は、六十六パーセント。


 地下区画では、何者かが封印に干渉している。


 そして俺は、古代遺跡の管理者試験を受けることになった。


 異世界に来てまで、昇格試験を受けるとは思わなかった。


 せめて、合格したら給料を上げてほしい。


 切実にそう思った。


おっさんの処世術

問題が起きたら、まず現状を記録する。 記憶だけに頼ると、あとから話が食い違う。

得意分野で役割を分ける。 全員が同じことをするより、専門家に任せたほうが早い。

相手の言い分に一理あるなら、そこは認める。 反対することと、全部を否定することは違う。

責任を持つことと、何でも一人で背負うことは別。 協力を求めるのも、責任者の仕事だ。

昇格するなら、仕事の範囲と待遇も確認する。 権限だけ増えて給料が据え置き、というのは避けたい。


 さて、俺は管理者レベル三に昇格できるのか。


 それとも、異世界でも試験に落ちるのか。


 どちらにしても、まずは目の前の問題を片づけるしかない。


 人生も遺跡の管理も、結局はその繰り返しなのだ。

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