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おっさんの処世術は異世界でも有効だった。  作者: 畑酪 砂竹
おっさん大地で立つ
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夢のなかでも分相応

夢なら、、、そろそろ覚めてくれ。


 そう願ったところで、目の前の光景は変わらなかった。


 森の奥。


 謎の泉。


 黒い竜。


 そして、手には古びた杭。


 どう考えても、薬草採取に来た人間の持ち物じゃない。


「……とりあえず、これ置いて帰っていい?」


 俺は杭を持ち上げた。


 すると、刻まれた紋章が淡く光る。まるで生きているかのように


「うわっ!」


 慌てて手を離そうとしたが、なぜか手から離れなかった。


「ちょ、ちょっと待て! 何だこれ!」


 引っ張る。


 離れない。


 反対の手で地面に押さえつけようとする。


 やっぱり離れない。


「……おいおいおい。伝説のアイテムなら、もっと若くて将来有望な奴にやってくれよ」


 俺は誰に向かって言っているのか分からない愚痴をこぼした。


「いや、それは呪われた物ですよね。おじさん、手が……!」


 少女が俺の手を指差す。


 見ると、杭から伸びた淡い光が、俺の手の甲に絡みついていた。


 痛みはない。


 むしろ、少し温かい。生暖かい、ちょっと気持ち悪い。


 やがて光は消え、杭は何事もなかったかのように静かになった。


「……終わった?」


 試しに手を離してみる。


 離れた。


「おお、よかった」


「よかった、じゃないですよ!たぶん、体が呪われましたよね?」


「え?」


「今の、見ましたよね!?」


「見たけど……」


「普通じゃないですからね!?あと近寄らないでくださいね!?」


「え!?ひどくない??」


 俺だって、仕事中に道具が手にくっつく経験なんてない。


 道具っていうよりゴミだぞ、太い杭とか藁人形がお似合いじゃんか。


 そして何より、こんなもの危ないじゃないか。


 そんなことを考えていると、少女が恐る恐る口を開いた。


「その杭……伝承に出てくる物かもしれません」


「伝承?」


「はい。昔、この世界に大きな災いが訪れたとき、各地に現れた呪われた杭です」


「へえ」


「その杭は、放置しておくとその地を腐らせると言われています」


「……へえ…でも消えたよ??」


「大地を腐らせる力が体に入ってしまうなんて、たぶん…」


「……たぶん??」


「………助からないかも」


 俺は杭を見た。


 そして、少女を見た。


「これ、売れるかな?」


「何でそうなるんですか!?」


「いや、だって高そうじゃん」


「災いの杭ですよ!?」


「助からないなら最後は贅沢したいじゃん!」


「そういう問題じゃありません!」


 少女は頭を抱えた。


 いや、分かっている。


 分かっているんだ。


 呪われた杭。


 分からない効果。


 助からないかもしれない。


 この流れなら、普通はこう思う。


 ――どうせ死ぬなら贅沢したい!


 ……なんてな。


 いやいや。まだ死ぬと決まったわけじゃない、俺はまだ中年だぞ。


 これで天寿を全うだなんてとんでもない。


 今までやってきたのは掃除と、飲食店で働いた経験と、面倒な客への対応くらいだ。


 災いの杭がなんだ、クレーマー対策のほうがシンドイわ。これでどうにかなるとは思えない。


「……まあ、ギルドに持っていけば何か分かるか」


 とりあえず、そういうことにした。


 そのときだった。


 ――グオオオオオオッ!


 再び、森を揺らす咆哮が響いた。


 竜が顔を上げる。


 さっきまで俺の薬草を食べていた竜が、明らかに警戒していた。


「……なあ」


 俺は少女に尋ねた。


「今のって、別の竜の声?」


 少女がゆっくり頷く。


「はい」


「……何匹いるの?」


「分かりません」


「そうか」


 俺は籠を持ち直した。


 薬草はまだ残っている。


 少女もいる。ついでに謎の杭


 そして、目の前には俺たちをここまで連れてきた竜。


 どう考えても、状況は悪化していた。


「……帰ろう」


「はい!」


 少女が即答する。


 よし。


 意見が一致した。


 俺たちは竜に向き直った。


「悪いな。今日はもう帰るわ。薬草も少し分けてやるから、あとは自分で何とかしてくれ」


 竜は動かない。


「……聞こえてる?」


 当然、返事はない。


 代わりに、竜は森の奥へと視線を向けた。


 そして、ゆっくりと俺の前に頭を下げる。


「……え?」


 少女が息を呑んだ。


「そんな……」


「どうした?」


「竜が、人に頭を下げるなんて……」


「そうなの?」


「竜は誇り高い生き物なんです。自分より弱い相手に、そんなことは普通しません」


 俺は竜を見た。


 竜も俺を見ている。


「……いや、俺、弱いけど?」


 竜は首を傾けた。


 その様子が、何となく困っているように見えた。


 まるで、こっちの言っていることが分からないとでもいうように。


 そして竜は、俺の持っている杭を鼻先で軽く押した。


「……これ?」


 竜が頷く。


「杭を持ってるから強いってこと?」


 もう一度、頷いた。


「いやいやいや。これ、勝手に抜いてみただけだから」


 竜はじっと俺を見つめた。


 そして。


 ――グルルル。


 低い声を漏らすと、俺の背後に回り込んだ。


「……何?」


 竜は俺たちが来た方向を塞ぐように立つ。


 その巨大な翼が、ゆっくりと広がった。


 少女が小さく叫ぶ。


「まさか、私たちを逃がさないつもり!?」


「おいおい、冗談だろ」


 俺は竜を見上げた。


「俺はただの雑用係だぞ? 世界を救うとか、魔王を倒すとか、そういうのは専門外なんだよ」


 竜は答えない。


 代わりに、俺の籠を咥えた。


「ちょっ! それは駄目!」


 思わず声が出る。


 籠には、今日の報酬になるはずの薬草が入っている。


 これを失ったら、今日の仕事はどうなる。


 竜は籠を咥えたまま、森の奥へ歩き出した。


「待て待て待て! それ俺の仕事道具!」


 俺は慌てて追いかける。


 少女も後ろからついてくる。


 数分ほど歩いたところで、竜が立ち止まった。


 そこには、大きな岩壁があった。


 いや。


 岩壁だと思っていたものは、違った。


 巨大な扉だった。


 木々に覆われ、苔むした石の扉。


 その中央には、さっきの杭と同じ紋章が刻まれている。


「……なんだ、これ」


 俺が呟くと、竜は籠を地面に置いた。


 そして、扉の前に座り込む。


 まるで、俺に何かを促しているようだった。


「……開けろってこと?」


 竜が頷く。


「いや、無理だろ」


 扉には取っ手も鍵穴もない。


 俺は自分の手を見た。


 さっき消えてしまった杭に刻まれた紋章。


 扉に刻まれた紋章。なんとなく同じものな気がする。


「……まさかね」


 俺は杭を扉に近づけた。


 すると。


 ――ゴゴゴゴゴゴ。


 地面が揺れた。


「うわっ!」


 扉の紋章が青白く光り、石の表面に細かな光の筋が走る。


 そして、重々しい音を立てて扉が左右に開き始めた。


「……」


「……」


 少女が口を開けたまま固まっている。


 俺も固まった。


 扉の向こうには、広い石造りの部屋があった。


 壁には古い文字が刻まれ、天井には見たこともない結晶が輝いている。


 そして部屋の中央には、一つの台座。


 その上に置かれていたのは、小さな木箱だった。


「……罠?」


 思わず声が出た。


 そう。


 こういうのは罠だ。


 こういうのって宝かもって思って絶望する、そんなあるある展開じゃないか。


 でも俺は少しだけワクワクしながら、木箱に近づいた。


 用心して近くに落ちてた木の枝で突いてみる、反応なし。


 ゆっくりと蓋を開ける(木の枝で)。ガスの噴射はナシか。


「どれだけ用心してるんですか!」


 こいつは罠で命を落とすタイプだな、とりあえず無視しておく。


 中には、一枚の紙と、小さな金属の板が入っていた。


 金属の板には、見覚えのある紋章。


 紙には、こちらの世界の文字が書かれている。


 読める。なぜか、読めてしまう。こっちの住人だから当たり前か。


 そこには、こう書かれていた。


『 選ばれし者へ。


 この地に眠るの悪しきものの封印が弱まっている。杭が現れるのはその前兆だ。


 杭を抜ける力を持つ者よ、再び封印を結べ。さもなくば世界は滅びる。


 その者には、古代の管理者としての権限を与える』


「おいおい、明らかにビンボークジじゃねぇか……ん……管理者?」


 俺は紙を裏返した。


 裏には、さらに小さな文字があった。


『なお、管理者は施設内の清掃、設備点検、備品管理を担当すること』


「…………は?雑用じゃねぇか」


 俺は紙を二度見した。


 清掃。設備点検。備品管理。


「……おいおい」


 俺は思わず笑ってしまった。


「夢の中でも、結局こういう仕事かよ」


 少女が不思議そうに俺を見る。


「おじさん?」


「いや、何でもない」


 俺は紙を丁寧に折りたたんだ。


 なぜか、妙にしっくりくる。


 勇者でも冒険者でもない。


 魔王を倒すのは無理でも、汚れた場所を掃除することならできる。


 設備の不具合だって、見れば何となく気になる。


 ……いや、だからって管理者って何だよ。


 俺は金属の板を手に取った。


 その瞬間。


 頭の中に、機械的な声が響いた。


『管理者認証、完了』


「……」


『施設状態を確認します』


 目の前に、見慣れない光の文字が浮かび上がった。


『施設損傷率:七十八パーセント』


『設備稼働率:十二パーセント』


『清掃状況:著しく不良』


『管理者不在期間:約八百年』


「……」


 俺は静かに目を閉じた。


 そして、深く息を吐いた。


「……まず、掃除からだな」


 少女が叫んだ。


「何でそうなるんですか!?」


 俺にも分からん。


 ただ。


 八百年間、誰も掃除していない場所。


 それだけは、どうにも気になってしまった。

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