レッツエンジョイ草取り
ギルドを出ると、まだ昼間だから日差しが強かった。
「さて……薬草か、山菜取りかねぇ」
依頼書を眺めながら、俺は大通りを歩く。記憶を頼りに歩くしかないか。
依頼内容はいたって簡単、
指定された物を、日没までにギルドへ納品する。
報酬は一本につき銅貨数枚。
つまり、二十本なら銀貨一枚にもならない。
「まあ、スポットバイトの稼ぎなんてこんなもんか」
夢の中でまで時給を気にする自分に、少し笑ってしまう。
いや、そもそも夢の中なんだから金って空から降ってきてほしいもんだ。
……でも、こういうところが妙にリアルなんだよな。
腹も減るし、喉も渇く。 仕事をすれば疲れる。
報酬をもらえばちょっと嬉しい。いや大分嬉しい。
「夢って、もっとこう……空を飛んだり、芸能人が出てきたりするもんじゃないのかね」
独り言を呟きながら、街の外へ向かう。門を出ると、舗装されてない道が続いているはずだ。
街道の両脇には草原が広がっていて、その先には森が見える、そこを進めば目的地だ。
遠くには山。 空には鳥。とても大きな鳥。え、あんなサイズ、俺 実は恐竜好きなのか?
どう見ても日本じゃない。飛んでいる姿がなんかファンタジー。
「うーん……」
立ち止まって辺りを見渡す。
「やっぱり夢にしてはリアルすぎるな、普通に足 痛くなってきたし。」
そう呟いた瞬間。思い出したことがあった。
とても、 腹が、、、、、鳴った。
「……腹減った」
現実でも夢でも、腹は減るらしい。
街を出る前に買った硬いパンを取り出し、歩きながらかじる。
「うん……普通にまずい」
いや、まずいというより硬い。
昨日のパンなのか、元々こういうものなのか。
それでも腹が減っているので食べられる。不味いものは水で流し込む。
「午後の仕事としては、まあ悪くないか」
そんなことを考えながら、依頼書に描かれた薬草の絵をもう一度確認する。そして記憶の中からも思い出してみる。
細長い葉っぱ、少し長くてきれいな花、ただ背が高くて目立っていた。
花自体は主張が弱いのか白っぽい小さな花。
少し独特な匂い、ツンとした匂いだから薬なのだろうか。
「これなら見つかるだろ」
たぶん。というか、こういう採取依頼って初心者向けだろ?
中年のおっさんがいきなり危険な魔物と戦う仕事をするわけでもない。
草を二十本採って帰るだけ。簡単な仕事だ。
そう、だれでもできる簡単なお仕事です、そう思っていた。
森に入って、五分ほど経つまでは。
「……あれ?」
しゃがみ込んで、地面を見る。
「あった」
依頼書の絵と同じような草が一本。
「これだよな?」
葉っぱを確認する。
茎を見る。匂いもある。
「よし、一個目」
根元から丁寧に抜く。
そして、その隣を見る。
「……二本目」
さらにその隣。
「三本目」
少し歩く。
「四、五、六……」
どんどん見つかる。
「……めちゃくちゃあるじゃん」
気が付けば、周囲には同じ薬草が大量に生えていた。
俺は黙々と採取を続ける。
二十本。
三十本。
四十本。
「……こんなに採っていいのか?」
依頼書を確認する。
納品数には上限が書かれていない。
「まあ、報酬が増えるなら採っとくか」
完全に仕事モードだった。
掃除と同じだ。
やれば終わる。
終わった分だけ報酬になるなら、やれるだけやったほうがいい。
そんな現実的な考えで、さらに採取を続けた。
気が付けば、籠は薬草でいっぱいになっていた。
「……これ、何本あるんだ?」
数えてみる。
一、十、二十……。
「百……?」
自分でも驚いた。
こんなに採るつもりはなかった。
だが、まだ周囲には大量に生えている。
「まあ、夢だしな」
夢なら多少やりすぎても問題ないだろう。
そう思って、もう一度手を伸ばした。
その時だった。
森の奥から。
――バキッ。
枝が折れる音がした。
「……ん?」
俺は顔を上げる。
風か?
いや。
風なら、木々全体が揺れる。
今の音は、一箇所だけ。
しかも。
……近い。
「熊とか?」
現実なら、とりあえず逃げるところだ。
しかしここは夢(異世界)。
熊より怖いものがいる可能性もある。
そう思ったところで、ふとギルドの受付嬢で言葉を思い出した。
『最近、竜の目撃情報があったみたいだけど……』
「……」
俺はゆっくり立ち上がった。
「いやいやいや」
そんなわけない。
竜なんて夢の中の存在だ。
そもそも俺は薬草採取の初心者だ。
竜と遭遇するような場所まで来ているわけがない。
たぶん。
きっと。
……そうだよな?
もう一度、森の奥を見る。
何もいない。
「気のせいか」
そう判断して、籠を持ち上げる。
帰ろう。
今日はもう十分働いた。
午後の仕事としては上出来だ。
街に戻って、ギルドで報酬をもらって、家に帰る。
それで終わり。
夢なんだから、そろそろ目が覚めてもいい。
そう思って歩き出した。
その瞬間。
森の奥から。
――ズン。
地面が揺れた。
「……」
俺は止まった。
もう一度。
――ズン。
木々の向こうで、何かが動いている。
「……帰ろ」
俺は人生で初めて、薬草を抱えたまま全力で走った。
ところが。
「待って!」
後ろから声がした。
「……え?」
人の声。
俺は思わず振り返った。
森の中から、一人の少女が走ってくる。
年齢は十代後半くらいだろうか。
薄汚れた服。
肩には小さな袋。
そして、その顔は明らかに怯えていた。
「あなた、街から来たの!?」
「え? ああ、まあ」
「お願い! 助けて!」
「……」
嫌な予感しかしない。
俺は手に持った薬草を見る。
少女を見る。
そして森の奥を見る。
「もしかして……竜?」
少女の顔が青ざめた。
「知ってるの!?」
「いや、知らないけど」
俺は即答した。
「じゃあ何でそんなこと言うの!?」
「ギルドで聞いたから」
「ギルド……?」
「ああ。最近、竜が出たって」
少女は目を見開いた。
「それなら、早く逃げて!」
「いや、俺も逃げようと思ってたんだけど……」
少女の後ろを見る。
木々が大きく揺れている。
何かが近づいてくる。
「……お互い、逃げたほうがいいんじゃない?」
「でも私、足を怪我して……」
「え?」
見ると、少女の片足から血が出ていた。
どうやら森の中で何かに襲われたらしい。
「……」
俺はため息をついた。
こういう時、昔の俺なら迷わなかった。
困っている人がいたら助ける。
それくらいは普通だ。
ただ。
今の俺は中年だ。
体力には自信がない。
戦える武器もない。
魔法も使えない。
持っているのは薬草と、籠と、食べかけの硬いパン。
「……ここで見ないふりは夢見が悪くなりそうだな」
俺は少女に背を向けてしゃがんだ。
「乗って」
「え?」
「おぶってやるから」
「でも……」
「竜が来る前に走らないと、二人とも危ないだろ」
少女が背中に乗る。
思ったより軽い。
「しっかり掴まって」
「はい!」
俺は街道へ向かって走り出した。
……いや。
走ろうとした。
「ぐっ……」
一歩目で足が重い。
「……運動不足だったな……」
「大丈夫!?」
「大丈夫、大丈夫……」
背中に少女を乗せて走る。
数十メートル。
百メートル。
息が切れる。
「はぁ……はぁ……」
その後ろから。
――ドォン!
大きな音が響いた。
少女が振り返る。
「来た……!」
「見るな見るな!」
俺は必死に走る。
そして森を抜ける直前。
背後から巨大な影が伸びた。
俺の足元まで影が覆う。
「……」
俺はゆっくり振り返った。
そこにいたのは。
巨大な翼。
黒い鱗。
鋭い爪。
そして。
こちらを見下ろす、金色の瞳。
「……」
俺は固まった。
少女も固まっている。
竜はゆっくりと首を下げた。
俺と目が合う。
数秒。
いや、もっと長かったかもしれない。
そして竜は。
俺が抱えていた籠を見た。
薬草でいっぱいになった籠を。
「……?」
竜が鼻を近づける。
俺は動けない。
竜が薬草の匂いを嗅ぐ。
そして。
――ぐるるるる。
「……」
「……」
少女と顔を見合わせる。
竜がもう一度、籠を見る。
「もしかして……」
俺は恐る恐る口を開いた。
「これ、食べたいの?」
竜は。
ゆっくりと頷いた。
「……」
俺は思った。
竜って、薬草食べるんだ。
いや。
それよりも。
「……今日の報酬、どうなるんだろう」
俺の頭の中には、そんなことしか浮かばなかった。




