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おっさんの処世術は異世界でも有効だった。  作者: 畑酪 砂竹
おっさんの仕事術
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19/32

返信は来たが既読なし

管理者室の端末に表示された文章を、俺は三回読み直した。


『管理者ゴトーへ』


『権限の接続を確認しました』


『ただし、これは引き継ぎ完了を意味しません』


『私の所在を確認する前に、保守空間B―七を開けないでください』


『あの区画には、私の記録だけでなく、私が止められなかった処理が残っています』


 最後の一文が、どうにも引っかかる。


 止められなかった処理。


 言い方が嫌だ。


 職場で「処理」という言葉が出てきた場合、だいたい三種類に分類できる。


 一つ目、書類の処理。

 二つ目、設備の処理。

 三つ目、誰かが「ちょっとだけ」と言って始めた、取り返しのつかない処理。


 そして三つ目は、たいてい責任者が不在になる。


「……エドガーさん。あんた、八百年前から俺の仕事を増やす才能があるな」


 返事はない。


 そりゃそうだ。


 相手が本当に八百年前の人間なら、俺の独り言に即答できるほうがおかしい。


 いや、ここは魔法の施設だ。即答してきても、それはそれで困る。


 俺は端末の記録保存を確認し、メッセージの送信元を開いた。


 送信元の表示は、こうなっていた。


 管理者補佐権限:エドガー・ヴァレン

 

 送信経路:管理者室端末

 

 送信時刻:現在

 

 本人確認:未完了


「現在って書いてあるのに、本人確認は未完了かよ」


 会社の勤怠システムでも、もう少し気まずそうな表示をする。


 俺はミレイを呼んだ。


     *


「つまり、エドガーさん本人が送ったかどうかは、まだ分からないんですね」


 記録を読んだミレイは、俺と同じ結論にたどり着いた。


「そう。端末が受信したのは間違いない。でも本人が今、どこかで文章を打って送ったのか、昔の命令が条件を満たして自動送信されたのか、それとも別の何かが補佐権限を使っているのか。そこが分からない」


「八百年前の予約送信、ということも?」


「ある。八百年も動く予約システムがあるなら、俺の職場にも欲しかったな。会議の議事録を八百年後に送るんだ」


「誰にですか?」


「その頃には、議事録を作った人も、会議に出た人も、会議を開いた理由も、全員いなくなっているだろう」


「それは、送る意味がないのでは……」


「そういう会議は、今でもある」


 ミレイは何も言わず、記録の解析を始めた。


 俺は横から画面をのぞく。


 送信記録には、妙な空欄があった。


 通常なら表示されるはずの「発信端末番号」がない。


 代わりに、次の項目が表示されている。


 発信元:管理者補佐権限

 

 実行主体:未確定

 

 処理開始条件:管理者権限との接続成立

 

 保留理由:所在確認待ち


「俺が管理者権限で接続したから、何かが動き出した?」


「可能性はあります。以前の記録では、エドガーさんの補佐権限が現管理者端末に接続されていましたよね」


「ああ。接続開始日は空欄。理由は『引き継ぎ処理』。承認者は前任管理者」


「それが今回のメッセージとつながっているのかもしれません」


「かもしれない、だな」


 俺は念を押した。


 可能性と事実を一緒にすると、調査報告書は読み物になる。


 読み物になった報告書は、都合よく解釈される。


 都合よく解釈された報告書は、だいたい現場に戻ってくる。


 そして現場には俺がいる。


 だから、まだ決めつけない。


「まずは、メッセージの作成日時を調べよう。現在の送信時刻じゃなく、文章そのものがいつ作られたかだ」


「分かりました」


 ミレイが解析項目を開いた。


 すると、端末が短く鳴った。


 新しい通知だった。


 エドガー・ヴァレン:返信を受信しました。


 俺とミレイは、同時に固まった。


「……今、返信って出ました?」


「出たな」


「ゴトーさんが送ったのは、昨日の確認文ですよね」


「そうだ。『職務の継続状況を確認できていない。本人の所在と状態を確認し、本人の意思を聞いたうえで、職務と報酬の扱いを正式に判断する』ってやつだ」


「それに対する返信、でしょうか」


「だとしたら、ずいぶん待たせてくれたな。八百年の未処理案件を抱えてる人間に、返信が遅いとは言いづらいが」


 俺は通知を開いた。


 そこには、短い文章が表示されていた。


 ――――――――――


 差出人:エドガー・ヴァレン


 ゴトー殿。


 確認文を受信しました。


 私の職務状態を、現時点で確定しないという判断について、異議はありません。


 むしろ、その判断をしていただいたことに感謝します。


 私は、自分がまだ職務に就いているのか、すでに職務を離れているのか、正確に説明できる状態にありません。


 ただし、記録上の退職処理が無効であること、報酬の支給が停止されていること、補佐権限が継続していることは、私の意思によって決めたものではありません。


 少なくとも、私が最後に確認した時点では。


 保守空間B―七について、もう一度お願いします。


 そこを開ける前に、冷却系統の第三点検箇所を確認してください。


 黒い線の長さではありません。


 線が、どちらへ伸びているかを確認してください。


 もし線が壁の内側へ伸びているなら、記録を取ったうえで、その場を離れてください。


 追跡はしないでください。


 設備を停止しないでください。


 そして、誰かが「私を助けるためだ」と言っても、B―七を開けないでください。


 私は、以前にもその言葉を信じました。


 その結果、止められなかった処理があります。


 エドガー・ヴァレン


 ――――――――――


 読み終えたあと、俺はしばらく黙っていた。


 ミレイも何も言わなかった。


 さっきまでの軽口が、喉の奥で引っかかっている。


 返信には、こちらがまだ伝えていない情報が含まれていた。


 第三点検箇所。


 黒い線。


 B―七。


 ただし、俺がその場所を調べたことを、補佐権限が記録していた可能性はある。施設の監視機能が情報を共有しているのかもしれない。


 だから、この返信だけでエドガー本人が今もどこかにいるとは言えない。


 それでも。


「……こっちの判断を、理解しているようには見えますね」


 ミレイが言った。


「そうだな。少なくとも、俺が昨日送った文章に対応する内容だ」


「自動応答で、ここまで具体的な返信をすることはあるんでしょうか」


「あるかもしれない。八百年動く施設だぞ。俺の知っている常識を基準にしても仕方ない」


 俺は返信を保存し、送信情報を開いた。


 作成日時の欄には、予想どおり異常な表示が出ていた。


 文章作成日時:記録なし


 送信処理日時:現在


 応答形式:対話応答


 本人の生体・所在確認:未完了


 参照元:管理者補佐権限内の記録


「対話応答……」


 ミレイが小さくつぶやいた。


「定型文を一つ送るだけじゃなく、こっちの確認文を読んで返したように見えますね」


「ように見える、だな」


「はい」


 俺は彼女の言葉を訂正しなかった。


 今は、その慎重さがありがたい。


 端末の下部には、返信欄が表示されていた。


 エドガー・ヴァレンへ返信しますか?


 選択肢は二つ。


 『返信する』


 『返信しない』


 いや、もう少し選択肢を増やしてくれ。


 『返信する。ただし相手が誰かは分からない』


 『返信しない。ただし読んだことは記録する』


 『いったん上司に相談する。ただし上司が八百年前に退職している』


 最後の選択肢は、たぶん俺の管理職研修で不正解になる。


「ゴトーさん、どうしますか?」


「返信する。ただし、こちらから情報を余計に渡さない」


 俺は入力欄を開いた。


 書く内容は決めていた。


 ――――――――――


 エドガー・ヴァレン殿。


 返信を受信しました。


 現時点では、あなた本人が送信したものか、補佐権限による自動応答かを確認できていません。


 そのため、所在および職務状態については、引き続き未確定として扱います。


 第三点検箇所については、既存記録と照合し、安全を確保したうえで確認します。


 保守空間B―七は、許可なく開放しません。


 あなたの状態と意思を確認できるまで、退職処理、報酬停止、補佐権限の変更は行いません。


 追加の情報がある場合は、確認可能な記録とともに送信してください。


 管理者ゴトー


 ――――――――――


 送信ボタンを押す前に、ミレイが言った。


「報酬停止について、もう少し聞かなくていいんですか?」


「聞きたいことは山ほどある。でも今は、まず安全と所在の確認だ。金の話を後回しにしていいって意味じゃないぞ」


「分かっています」


「俺の給料も、エドガーさんの給料も、記録上は未解決だ。だけど、給料を確定させるために危険な扉を開けるのは順番が逆だ」


 俺は送信した。


 端末に表示されたのは、短い一文だった。


 返信を受け付けました。


 その直後、もう一度通知音が鳴った。


 俺たちは、今度こそ画面に食いついた。


 新しいメッセージではなかった。


 相手の状態:応答待機中


 その下に、小さな文字が追加されていた。


 次回応答条件:管理者による第三点検箇所の確認


「……条件付きか」


「ゴトーさんが現場を確認するまで、次の返信は来ないということでしょうか」


「そう見えるな。ただ、これも仕組みが分からない以上、断定はできない」


 俺は端末の記録を保存し、ミレイと一緒に第三点検箇所の図面を開いた。


 黒い線は、前に確認した時点では、壁の内側へ伸びているように見えた。


 だが、現場で確認したのは線の見える部分だけだ。


 壁の内側まで追跡したわけではない。


 エドガーは、長さではなく方向を見ろと言った。


 それから、追跡するなとも言った。


 設備を停止するなとも。


 そして、誰かが自分を助けるためだと言っても、B―七を開けるな、と。


 俺は図面を閉じた。


「明日の作業予定を変更する」


「第三点検箇所の確認ですね」


「そう。ただし、単独では行かない。レオンたちに記録を共有して、セシリアには魔力の流れを見てもらう。現場の安全確認が終わるまで、壁にもB―七にも手を出さない」


「エドガーさんが、次の返信を待っているかもしれません」


「そうだな」


 俺は端末の表示を見た。


 応答待機中。


 誰かがそこにいるようにも見える。


 ただのシステムが、次の条件を待っているだけにも見える。


 どちらであっても、俺たちがやることは変わらない。


 記録を確認する。


 現場を安全に調べる。


 分からないことは、分からないままにしておく。


 それから、誰かが八百年前に止められなかった処理を、八百一年目の俺が勢いで再開しないようにする。


「……しかし、エドガーさん」


 俺は端末に向かって言った。


「返信が来たのはありがたいんですがね。こっちはまだ、あなたの勤務実績も、退職理由も、給料の停止理由も分かってないんです」


 当然、返事はない。


「せめて次は、引き継ぎ資料を添付してください。口頭だけの引き継ぎは、後で揉めるんですよ」


 端末の表示は変わらなかった。


 ただ、記録の隅に、小さな文字が一瞬だけ浮かんだ。


 添付可能資料:一件


 俺は息を止めた。


 ミレイが、ゆっくりこちらを向く。


「……今、何か出ませんでした?」


「ああ」


 俺は表示が消える前に記録を保存した。


 添付可能資料:一件


 ファイル名は、まだ表示されていない。


 ただし、その項目の下には、ひとつだけ分類があった。


 分類:管理者権限による保留処理


 そして、その右側に。


 承認者:前任管理者


 俺は椅子の背にもたれた。


 八百年前の同僚から、ようやく返信が来た。


 その返信は、俺に扉を開けるなと言い、現場を追跡するなと言い、設備を止めるなと言った。


 そして今度は、前任管理者が承認した何かの資料が、添付されようとしている。


 よし。


 明日の仕事が決まった。


 給料の話がまた遠のいた。


 俺は管理者室の予定表に、ひとこと追加した。


 「添付資料の安全確認。開く前に記録を取る」


 異世界に来てから、俺は勇者らしいことを何一つしていない。


 剣を振るう代わりに、記録を取る。


 魔法をぶっ放す代わりに、権限を確認する。


 そして世界の危機らしきものが見えてきたところで、まず添付ファイルの扱いを考える。


 ……我ながら、実におっさんらしい仕事ぶりである。


おっさんの処世術


相手が誰か分からないときほど、返事の内容と送信元を分けて考える。 文章が自然でも、本人が書いた証拠にはならない。


注意書きは、都合のいい部分だけ読まない。 「開けるな」だけでなく、「追跡するな」「停止するな」にも意味がある。


安全と給料は、どちらも大事。 ただし、給料を確定させるために危険な手順を飛ばしてはいけない。


相手の意思を確認できないなら、勝手に退職にも復職にもさせない。 書類の都合で人の状態を決めると、後で大きな問題になる。


添付ファイルは、開く前に記録する。 怪しいファイルだけでなく、八百年前から届くファイルにも適用できる、地味だが便利な心得である。

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