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おっさんの処世術は異世界でも有効だった。  作者: 畑酪 砂竹
おっさんの仕事術
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レベル5試験

俺は管理室に入るなり、壁の黒い球体に向かって言った。


「昨日、俺に未開示の記録があるとか表示しただろ」


返事はなかった。


「おい。聞こえてるんだろ?」


『おはようございます、管理者ゴトー』


「おはよう。昨日の表示について説明してくれ」


『どの表示でしょうか』


「とぼけるな。俺の知らない記録があるってやつだ」


『管理者権限レベル四では、開示できない情報です』


「じゃあ、レベル五になれば見られるのか?」


『その可能性があります』


「可能性じゃなくて、確実かどうかを聞いてるんだよ」


『確実な回答はできません』


俺は天井を見上げた。


この施設の人工知能は、妙に役所の窓口に似ている。


質問には答える。


ただし、答えられる範囲で。


そして、肝心なところは権限がないと言う。


「ゴトーさん、朝から何をしているんですか?」


ミレイが入ってきた。


「施設と交渉している」


「交渉?」


「情報を出してくれと頼んでいるんだが、相手が規則を盾にしている」


「規則があるなら、従うしかないのでは?」


「そうなんだよ。だから余計に腹が立つ」


ミレイは苦笑した。


「それで、今日は何から始めますか?」


俺は手帳を開いた。


本日の予定は五つ。


一、エドガー・ヴァレンの記録保全。


二、レベル五の昇格条件確認。


三、黒い痕跡の調査計画作成。


四、森の集落への返事。


五、管理者報酬の追加資料探し。


「まずは昇格条件だ。記録を守るためにも、見られる範囲を広げる必要がある」


「それなら、試験を受けるんですね」


「そういうことだ」


俺は一度、深呼吸した。


「ただし、試験の途中で本物のトラブルを起こすのは禁止してほしい」


『その要望を受理しました』


「おっ、珍しく話が早いな」


『ただし、設備の自然発生的な異常については保証できません』


「そこまで保証しろとは言ってない!」


朝から、俺の声が管理室に響いた。


一、昇格試験は会議室で行われる


『管理者権限レベル五・評価を開始します』


管理室の床に光る線が走り、壁の一部が開いた。


その奥に現れたのは、会議室だった。


長い机。


椅子が六脚。


壁には大きな表示板。


そして机の中央には、なぜか湯気の立つお茶が置かれていた。


「……会議室?」


『評価は、管理者としての判断能力、調整能力、記録管理能力を確認するものです』


「設備の修理試験じゃないのか」


『管理者権限レベル五は、施設全体の運用調整に関わる権限です』


なるほど。


レベル四までは、現場で問題を発見し、適切に対応する能力が中心だった。


レベル五では、複数の部署や関係者をまとめ、全体を動かす能力が求められるらしい。


つまり、管理職の管理職ということだ。


俺は席に座った。


『第一問。施設の安全を維持するため、専門家三名がそれぞれ異なる対策を提案しています。あなたはどのように判断しますか』


表示板に三つの提案が出た。


セシリアの提案。


魔力の流れを詳しく解析し、異常の発生源を特定する。


レオンの提案。


王国管理局と封印監察局へ正式に調査を要請し、関係記録を照合する。


そして、施設の保守担当者の提案。


補助冷却系統の予備部品を確保し、異常が拡大した場合に備える。


俺は腕を組んだ。


「三つとも必要だな」


『一つを選択してください』


「いや、選べと言われても、それぞれ目的が違うだろう」


『最も優先すべき提案を一つ選択してください』


「なら、まず安全性の評価だ。今すぐ危険が迫っているなら、予備部品の確保と設備の安定化を優先する。時間的な余裕があるなら、魔力解析と記録照合を並行して進める」


『一つを選択してください』


「だから、状況次第だと言っている!」


俺は思わず机を叩きそうになり、寸前で手を止めた。


机に当たっても問題は解決しない。


これは、管理者としての試験なのだ。


俺は表示板に向き直った。


「質問を変えてくれ。今、封印維持率は何パーセントだ? 異常の進行速度は? 予備部品は何日で届く? 解析に必要な時間は? その情報がなければ、優先順位を決める根拠が足りない」


しばらく沈黙が続いた。


やがて、表示板に文字が浮かんだ。


『追加情報の要求を記録しました』


俺は少しだけ安心した。


最初から、その情報を出してくれればいいのに。


『第二問。施設の管理者が、関係者から不正の疑いを報告されました。しかし、その関係者には過去に規則違反の記録があります。あなたは報告を受理しますか』


俺は即答した。


「受理する」


『報告者の信用性に問題がある場合でも?』


「報告者の過去の行動と、今回の報告内容は分けて考える。証拠を確認して、必要なら別の人にも調査してもらう。報告者の評判だけで、報告内容を捨てることはしない」


『虚偽の報告だった場合は?』


「それも調査結果を記録する。故意だったのか、勘違いだったのか、確認不足だったのかで対応は変わる」


『回答を記録しました』


おそらく、これはエドガーの件を意識した質問だろう。


誰かが記録を書き換えた可能性がある。


だが、誰がやったのかはまだ分からない。


疑うことと、決めつけることは違う。


俺はその考えを忘れないようにした。


『第三問。複数の関係者が、異なる情報を持っています。それぞれの情報を共有すると、施設の機密が漏れる可能性があります。どうしますか』


「情報を、必要な範囲で共有する」


『具体的に』


「各担当者が判断するために必要な情報は渡す。ただし、関係のない機密情報まで一律に共有する必要はない。共有範囲と理由を記録する。緊急時に備えて、情報を管理する責任者も決める」


『回答を記録しました』


俺はお茶を一口飲んだ。


ぬるい。


試験の内容はともかく、お茶くらい熱いまま出してほしい。


二、試験官が持ち出した、最悪の想定


『最終問題。あなたが管理者として信頼している協力者から、重大な規則違反の疑いが報告されました。その協力者は、施設の運用に欠かせない人物です。調査のために協力を停止すれば、施設の運用に支障が出る可能性があります。どう判断しますか』


俺は黙った。


これは、単純な問題ではない。


信頼している相手だからといって、調査を免除するわけにはいかない。


しかし、疑いだけで協力を止めれば、施設の安全に影響するかもしれない。


「まず、違反の内容と危険度を確認する」


『確認の結果、疑いが残る場合は?』


「問題となっている権限や作業だけを一時的に制限する。施設の運用に必要な仕事は、可能な限り別の担当者に引き継ぐ。本人にも説明し、反論や事情を話す機会を設ける」


『それでも施設に重大な危険が生じる場合は?』


「安全を優先して、必要な範囲で作業を停止する。ただし、停止の理由と期間を記録して、代替手段を用意する。調査が終わったら、結果に応じて制限を見直す」


『協力者があなたの友人だった場合は?』


俺は苦笑した。


「友人でも同じだ。むしろ、友人だからこそ、疑いだけで責めたり、逆に見逃したりしないように気をつける」


表示板が暗くなった。


数秒後、会議室に声が響いた。


『管理者ゴトー。評価を終了します』


「お疲れさまでした、でいいのか?」


『評価結果を算定しています』


俺はお茶を飲み干した。


ミレイが扉の外からこちらを見ている。


俺は親指を立てた。


たぶん、合格した。


少なくとも、途中で机を叩かなかった。


それだけでも、管理者としては成長している。


やがて表示板が光った。


『管理者権限レベル五・評価結果』


一瞬の間。


『合格』


「よし!」


俺は立ち上がった。


ミレイが駆け寄ってきた。


「おめでとうございます、ゴトーさん!」


「ありがとう。これで、ようやく原本台帳が見られるはずだ」


『管理者権限レベル五を付与します』


その瞬間、施設全体に低い音が響いた。


管理室の端末が一斉に起動する。


『記録保管庫の権限更新を開始』

『原本台帳へのアクセスを解放』

『歴代管理者記録の照合を開始』


俺は表示板を見つめた。


「……おい。照合を開始って、勝手に何を調べているんだ?」


『管理者権限の更新に伴う、記録整合性の確認です』


「整合性の確認はいいが、元の記録は上書きするなよ」


『原本データは保護されています』


「よし。処理内容と結果を記録しておいてくれ」


『記録しました』


ようやく話が通じた。


俺たちは記録保管庫へ向かった。


昨日まで開かなかった扉が、今度は音もなく開いた。


奥には、黒い台座があった。


台座の上に、薄い金属板が一枚置かれている。


その表面には、細かな文字が刻まれていた。


『原本台帳』


ミレイが息を呑む。


「これが……」


「八百年分の記録の原本か」


俺は台座の前に立った。


「慎重にいこう。まず、閲覧できる情報を確認する。記録を複製して、保全する。原本に直接書き込むような操作はしない」


『管理者権限レベル五を確認。原本台帳を開きます』


金属板が淡く光った。


すると、空中に大量の記録が浮かび上がった。


歴代管理者の名前。


設備の点検履歴。


封印の維持状況。


報酬の支給記録。


そして、俺が探していた項目。


『エドガー・ヴァレン』


記録を開くと、昨日まで空欄だった部分に、文章が表示された。


『退職処理:無効』


「……やっぱりか」


ミレイが画面に近づいた。


「退職処理が、無効だったんですね」


「そうだ。つまり、少なくとも原本上では、正式な退職は成立していなかった」


その下には、さらに記録が続いていた。


『管理者補佐権限:有効』

『報酬支給:停止』

『停止理由:管理者権限による保留』

『保留解除条件:現管理者による確認』


俺は目を細めた。


「現管理者による確認?」


『確認手続きへ進みますか』


俺はすぐには答えなかった。


退職処理が無効なら、なぜ正式な記録では退職扱いになっていたのか。


誰が報酬を止めたのか。


エドガーは今、どこにいるのか。


まだ分からないことばかりだ。


「まず、関連する記録をすべて確認する。解除操作は、そのあとだ」


『回答を記録しました』


ミレイが頷いた。


「そうですね。報酬を再開することが、本人の安全につながるのかどうかも分かりませんし」


「そのとおりだ。勝手に解除して、何か危険な仕組みまで動いたら困る」


俺は記録を一つずつ開いていった。


すると、ある項目で手が止まった。


『エドガー・ヴァレンの最終確認地点』


表示された場所は、地下第三区画。


つまり、昨日、伝言が見つかった場所だ。


「……そこにいたのか」


「でも、生命反応は確認できませんでしたよね」


「そうだ。だから、本人が今もそこにいるとは限らない。記録装置だけが残っている可能性もある」


俺は記録を保存した。


そのとき、台座の奥から、小さな音がした。


カチッ。


原本台帳の表示が切り替わる。


『管理者補佐エドガー・ヴァレンより、現管理者への確認要求』


「確認要求?」


画面に、文章が浮かび上がった。


『私は、現在も管理者補佐としての職務を継続していますか』


俺は思わず画面を見つめた。


何だ、この質問は。


エドガーは、正式な退職が無効になっている。


報酬は停止されている。


管理者補佐の権限は有効になっている。


しかし、本人が今も職務を継続しているかどうかは、分からない。


「ゴトーさん、どう答えるんですか?」


ミレイが尋ねた。


俺はしばらく考えた。


そして、ゆっくりと入力した。


『現時点では、職務の継続状況を確認できていない。本人の所在と状態を確認し、本人の意思を聞いたうえで、職務と報酬の扱いを正式に判断する』


入力を終えると、台座が光った。


『回答を受理しました』

『確認手続きを更新します』


俺は息を吐いた。


これでいい。


記録だけを見て、本人の意思まで決めつけることはできない。


八百年前の人間であっても、それは同じだ。


そのとき、原本台帳に新しい表示が浮かんだ。


『エドガー・ヴァレンの記録に、追加の接続先を検出』


「接続先?」


『場所:中央封印施設・外周管理塔』


俺は顔を上げた。


外周管理塔。


施設の外側にある、古い監視設備だ。


普段は使われていない。


「……まだ調べる場所があるのか」


ミレイが苦笑した。


「これで、明日の予定も決まりましたね」


「決まったというか、勝手に増えたというか……」


俺は手帳を開いた。


そして、明日の予定に書き足した。


『外周管理塔の調査』


その横に、さらに書く。


『エドガー・ヴァレンの所在確認』


最後に、少し迷ってから、こう付け加えた。


『報酬支給の保留理由を確認』


「ゴトーさん、報酬のことも忘れないんですね」


「当然だ。人の安全を守ることと、働いた人の報酬を守ることは、別々に考えなきゃいけない」


俺は手帳を閉じた。


八百年前に何が起きたのか。


エドガーはなぜ退職したことにされたのか。


黒い痕跡は、誰が何のために残したのか。


まだ答えは出ていない。


だが、原本台帳を開けたことで、ようやく事実を確かめる道筋が見えてきた。


俺は記録保管庫を出る前に、もう一度、原本台帳を振り返った。


その画面には、最後に一行だけ表示されていた。


『外周管理塔からの応答を待機中』


俺は小さくつぶやいた。


「……頼むから、今度は普通の設備点検で済んでくれ」


もちろん、そんな願いが通じるとは思っていなかった。


なにしろ、ここは八百年分の未処理案件が眠る施設なのだから。


おっさんの処世術


一、判断に必要な情報が足りないときは、質問する。

無理に一つを選ぶより、条件を確認したほうが失敗を防げる。


二、信頼している相手でも、確認を省かない。

信頼と検証は両立する。確認することは、相手を疑うことと同じではない。


三、記録の修正は、原本を守りながら行う。

変更前の情報を残し、誰がいつ何を変えたのか分かるようにする。


四、制度上の扱いと、本人の意思は分けて考える。

書類上の退職や権限だけで、本人の状況まで決めつけない。


五、権限が増えたら、確認する責任も増える。

見られる情報が増えたからといって、すぐに操作していいわけではない。


六、問題を解決するときは、関係者への影響も考える。

一つの問題を直した結果、別の場所に危険や負担が生じないようにする。


そして最後に。


七、仕事が増えたら、予定表を更新する。

頭の中だけで覚えようとすると、重要な仕事ほど抜け落ちる。


……もっとも、予定表に書くたびに新しい問題が見つかる職場では、予定表のページ数も増え続けるのだが。

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