↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おっさんの処世術は異世界でも有効だった。  作者: 畑酪 砂竹
おっさんの仕事術
PR
12/32

こんなとこでも給与で悩むとは…どの世界も同じなのね。

翌朝、俺は管理室の机で、ひとつの重大な問題と向き合っていた。


昨日、俺は管理者権限レベル四に昇格した。


八百年前の記録も見つけた。


施設の異常について、新たな手がかりも得た。


そして何より、管理者報酬の申請に必要な書類を発見した。


普通に考えれば、今日は記念すべき日である。


だが、俺の目の前にあるのは、王国管理局から届いた追加書類の一覧だった。


「……十二種類?」


俺は書類を数え直した。


「本人確認書類、管理者資格証明、業務実績一覧、設備保全記録、緊急対応報告書、協力者登録簿、物資受払記録、危険事象報告書、施設稼働率証明、報酬算定申告書、推薦状、そして――」


最後の一枚を持ち上げる。


「管理者としての適格性に関する所見?」


何だそれは。


俺は紙を裏返した。


何も書いていない。


表に戻す。


やっぱり何も書いていない。


「つまり、自分で自分を評価しろと?」


朝から胃が重い。


ミレイが隣から書類を覗き込んだ。


「管理者の仕事って、大変なんですね」


「いや、仕事そのものはいいんだ。設備を直す、記録をつける、人の安全を守る。それは分かる」


俺は十二枚の書類を机に並べた。


「だがな、同じ内容を別の書式に何度も書かされると、人間は自分が何のために働いているのか分からなくなる」


「では、まとめて書けばいいのでは?」


「ミレイ。君はまだ若いから知らないだろうが、役所というものは、同じ事実でも提出先によって別の名前を与えられることがある」


「それは必要なんですか?」


「俺にも分からん。ただ、提出期限はある」


俺は一枚目の書類に手を伸ばした。


そのとき、管理室の壁が光った。


『管理者報酬申請補助システムを起動します』


「おっ。そんな便利なものがあるのか」


『申請者の業務記録を参照し、必要書類を自動生成します』


「最初からそれを使わせてくれ!」


『ただし、過去八百年間の記録との照合が必要です』


俺の手が止まった。


「……何年分だって?」


『八百年間です』


「自動生成するのに、八百年分の記録を読ませるのか」


『はい』


「それ、今日中に終わるのか?」


『推定処理時間、三日と六時間』


俺は椅子の背にもたれた。


「よし。手書きにしよう」


「早くありませんか?」


「三日も待っていたら、報酬をもらう前に食料が尽きるかもしれん」


ミレイは真面目な顔で頷いた。


「では、記録を分担して確認しましょう。私は設備保全記録を調べます」


「助かる。俺は業務実績と物資の記録を整理する。セシリアには魔力関連の報告を頼もう」


「レオンさんとガルドさんは?」


「レオンには王国管理局との調整。ガルドには――」


俺は少し考えた。


「重いものを運ぶ仕事と、食料の在庫確認を頼もう」


「ガルドさん、見た目で仕事を決められていませんか?」


「違う。本人の得意分野を活かしているんだ」


「本人に聞きました?」


「……今から聞く」


管理者の仕事とは、こういう小さな反省の積み重ねである。


一、報酬算定の謎


昼前、レオンが管理室へ戻ってきた。


「王国管理局から回答があった。管理者報酬の算定には、通常の基本給に加えて、危険区域勤務手当、緊急対応手当、特殊設備管理手当が適用される可能性があるそうだ」


俺は顔を上げた。


「可能性?」


「正式な認定が必要らしい」


「その認定は誰がするんだ?」


「王国管理局だ」


「その王国管理局が、俺に八百年分の記録を出せと言っているんだよな?」


「そうだ」


「記録を調べるために、俺は設備を管理しなきゃいけない。設備を管理するには食料が必要で、食料を買うには報酬が必要だ。だが報酬をもらうには記録が必要で、その記録を調べるには時間が必要……」


俺は机に額をつけた。


「これが伝説の無限ループか」


レオンは腕を組んだ。


「だから、緊急支援金の申請も並行して進めている。報酬とは別枠で、施設の維持に必要な費用を請求できるはずだ」


「そういうことは早く言ってくれ」


「今、言っただろう」


「もっと早くだ」


「昨日の時点では制度の確認が取れていなかった」


「……それなら仕方ない」


俺は顔を上げた。


現場では、正確な情報が何より大切だ。


相手が正しいことを言っているなら、悔しくても認めるしかない。


「分かった。緊急支援金と管理者報酬は、別々に申請しよう。費用の二重請求にならないよう、物資と作業の記録も分けておく」


「助かる。こちらも王国管理局にその方針を伝える」


レオンは出ていこうとして、ふと足を止めた。


「そういえば、封印監察局からも連絡が来ている」


「今度は何だ?」


「地下の黒い痕跡について、過去の記録を確認したいそうだ」


「閲覧許可は?」


「申請中だ」


俺はゆっくり椅子に座り直した。


「……仕事が増えたな」


二、八百年前の管理者は、休暇を取っていたのか


午後、ミレイが記録端末を持って戻ってきた。


「ゴトーさん。少し気になることがありました」


「給与の計算方法が分かったのか?」


「それも分かりました。でも、もっと変なものを見つけたんです」


ミレイが画面を見せる。


そこには、八百年前の管理者の勤務記録が表示されていた。


『第一管理者、勤務終了』

『第二管理者、引き継ぎ完了』

『第三管理者、長期休暇申請』

『第四管理者、休暇中のため代理者が対応』


「……長期休暇?」


「はい。記録によると、歴代管理者は交代で休暇を取っていたようです」


俺は画面を凝視した。


この施設は八百年ものあいだ、封印を維持してきた。


その間、管理者は交代し、休みを取り、後任へ引き継いでいた。


つまり、管理者が一人で全てを背負い続ける仕組みではなかったのだ。


「ミレイ、代理管理者の記録は残っているか?」


「一部だけですが、あります。ただ……」


「ただ?」


「七百九十九年前を最後に、代理管理者の登録がなくなっています」


俺は黙った。


八百年前の記録にあった、第八代管理者の警告。


補助冷却系統の黒い痕跡。


王国管理局からの報告記録の閲覧制限。


そして、代理管理者の登録が途絶えた時期。


偶然の可能性はある。


だが、調べる価値は十分にあった。


「代理管理者制度がなくなった理由を探そう。まず、制度変更の記録と、最後に登録された代理管理者の名前を確認する」


ミレイは端末を操作した。


数秒後、画面に名前が表示された。


『第八代管理者補佐――エドガー・ヴァレン』


その下には、短い記録があった。


『最終出勤日:七百九十九年前、冬季第十二日』

『退職理由:記載なし』

『引き継ぎ:未完了』


「引き継ぎ未完了……」


俺は思わず繰り返した。


「普通、退職するなら引き継ぎをするだろう」


「何か事情があったのでしょうか」


「そうだな。事故か、病気か、別の部署への異動か……。今の段階では何も分からん」


俺は記録を保存した。


「でも、引き継ぎが未完了なら、何が残っているか調べる必要がある」


そのとき、管理室の通信機が鳴った。


『こちらセシリア。地下設備の調査結果が出たわ』


「どうだった?」


『黒い痕跡と、赤竜の首輪の魔力波形には共通点がある。ただし、完全に同じではない。首輪から出ている波形の一部が、施設の補助冷却系統に似た反応を示しているの』


「つまり、首輪が冷却系統を動かしている可能性がある?」


『可能性はある。でも、逆に施設側の魔力が首輪へ流れている可能性も否定できない』


俺は眉を寄せた。


「どちらが先なのか、分からないわけか」


『そう。今はどちらも切り離さないほうがいい』


「了解。調査を続けてくれ。危険な操作は避けて、変化があればすぐ記録を頼む」


通信を切ると、ミレイが心配そうに尋ねた。


「赤竜さんは大丈夫でしょうか」


「今のところはな。ただ、首輪と施設の間に何らかの関係があるなら、勝手に外すのは危険だ」


「早く自由にしてあげたいですね」


「そうだな」


俺は窓の外を見た。


赤竜は、もともと自分が守っていたものを取り戻すために、この施設へ来た。


首輪をつけられ、自由を奪われている。


それなのに、俺たちの調査が終わるまで待つと約束してくれた。


ならば、こちらも責任を果たす必要がある。


安全に外す方法を探す。


そのための記録を集める。


そして、赤竜をただの調査対象として扱わない。


本人の意思を聞きながら進める。


「ゴトーさん、何か決めましたか?」


「決めた」


俺は手帳を開いた。


「赤竜の首輪の調査について、本人にも分かる言葉で説明する。今分かっていること、分かっていないこと、危険なこと。全部だ」


ミレイが頷いた。


「そのほうが、赤竜さんも安心できますね」


「そうであってほしいな」


三、森の集落からの報告


夕方、森の集落から伝令がやってきた。


伝令は息を切らしながら、俺に一通の手紙を渡した。


『北東の森で確認された光について、集落の見張りも目撃しました。光は朝方に現れ、しばらくして消えました。光の周辺では、地面に黒い筋のような跡が残っています』


俺は手紙を読み直した。


黒い筋。


地下設備の配管に現れたものと同じとは限らない。


だが、確認する必要はある。


手紙には、さらにこう書かれていた。


『見張りが近づこうとしたところ、遠くから低い音が聞こえたため、危険を避けて戻りました。現場へはまだ誰も入っていません』


「……集落の人たちは、無理に調べなかったんだな」


ミレイが頷く。


「危険を感じて、引き返したんですね」


「それでいい。分からないものに不用意に近づかないのは正しい判断だ」


俺はすぐに返事を書いた。


現場へ入る前に、位置と周辺の状況を詳しく確認すること。


黒い筋には触れないこと。


調査に協力してもらう場合は、事前に危険性と役割を説明すること。


そして、集落の生活に影響が出るなら、物資の補充や見回りの支援をこちらも検討すること。


手紙を書き終えたとき、俺はふと気づいた。


これまでの俺は、施設を守ることばかり考えていた。


だが、施設の問題が周囲に影響するなら、森の集落も無関係ではない。


逆に、集落の人々が異変を教えてくれなければ、俺たちは問題を見逃していたかもしれない。


施設の安全は、壁の内側だけで完結するものではないのだ。


「ミレイ、明日は集落との情報交換を予定に入れてくれ」


「分かりました」


「ただし、地下設備の調査と記録保管庫の整理が優先だ。無理に全部を一日で片づけようとしない」


「ゴトーさん、少し管理者らしくなってきましたね」


「少し、か」


「少しです」


厳しい評価だった。


四、そして、給与明細が届いた


夜。


俺はようやく、管理者報酬申請に必要な書類をひととおり整理した。


業務記録はミレイが確認済み。


設備保全記録はセシリアが確認済み。


物資の受払記録は俺が作成し、レオンが王国管理局への提出方法を確認している。


あとは、管理者としての適格性に関する所見だけだ。


俺はしばらく考え、こう書いた。


『現管理者は、専門知識の不足を認識し、必要に応じて専門家の助言を求める。また、設備の安全性、関係者の協力、記録の保全を重視している。今後も継続的な学習と、適切な業務分担が必要である』


「……自分で自分を褒めるのは、なかなか難しいな」


ミレイが横から覗き込んだ。


「でも、正直な評価だと思います」


「そうか?」


「はい。ゴトーさん、分からないことを分からないと言いますし、危ないときは無理をしませんし、私たちの意見も聞いてくれます」


俺は少し照れくさくなった。


「まあ、年を取ると分かるんだ。何でも一人でできるふりをすると、あとで困るのは自分だからな」


そのとき、端末が短く鳴った。


『管理者報酬申請書類、一次審査を開始します』


俺は息を止めた。


数秒後。


『申請書類を受理しました』

『暫定支給額を算定します』


画面に数字が浮かび上がった。


俺は身を乗り出した。


「おお……!」


ミレイも画面を覗き込む。


『基本管理報酬:算定中』

『危険区域勤務手当:審査中』

『緊急対応手当:審査中』

『特殊設備管理手当:審査中』

『過去期間の遡及支給:記録不足により保留』


「最後の項目、なんだ?」


『過去期間の遡及支給:記録不足により保留』


「いや、そこを何とかしろよ!」


『正式な支給額は王国管理局の審査後に確定します』


俺は天井を仰いだ。


「結局、まだ金額は分からんのか……」


「でも、書類は受理されたんですよね?」


「そうだ。これは大きな前進だ」


俺は自分に言い聞かせた。


書類が受理された。


必要な記録が整理できた。


支給額の算定に進んだ。


少なくとも、何も進んでいないわけではない。


そのとき、端末にもう一つ通知が表示された。


『追加情報』

『過去期間の遡及支給に関する記録は、管理者権限レベル四の記録保管庫に存在する可能性があります』


俺はゆっくり画面を見た。


「……まだあるのかよ」


ミレイが苦笑した。


「八百年分ですからね」


「分かってる。分かってるんだが……」


俺は手帳を閉じた。


今日はもう、十分働いた。


明日は、黒い痕跡の調査、森の集落との情報交換、過去の管理者記録の整理。


それから、給与の遡及支給に関する資料探し。


やることは山積みだ。


しかし、以前と違って、今は一緒に動いてくれる仲間がいる。


専門家もいる。


物資を送ってくれる集落もある。


冒険者ギルドも、少しずつ協力してくれている。


一人で全部を抱える必要はない。


「ミレイ、今日はここまでにしよう」


「はい。お疲れさまでした」


俺は机の上を片づけ、最後に今日の記録を保存した。


そして、管理室を出る直前。


背後の端末が、また一度だけ光った。


『第八代管理者の未送信メッセージ、追加データを検出』


俺は足を止めた。


画面に表示されたのは、短い一文だった。


『もし、報酬の遡及支給に関する記録を見つけたなら、必ず支給対象者の一覧を確認せよ』


その下には、さらに小さな文字が続いていた。


『記録上、退職扱いとなった管理者の中に、実際には退職していない者が含まれている可能性がある』


俺は画面を見つめた。


退職していないのに、退職扱い。


七百九十九年前に引き継ぎを残さず姿を消した、管理者補佐エドガー・ヴァレン。


黒い痕跡。


封印監察局による記録の閲覧制限。


そして、支給対象者の一覧。


まだ何も断定できない。


だが、八百年前の記録には、単なる設備故障では片づけられない何かが残されている。


「……明日の仕事が、また増えたな」


俺は手帳を開き、予定の最後に書き足した。


『退職記録と報酬台帳の照合』


その横に、小さく付け加える。


『できれば昼食後』


おっさんの仕事は、明日も続く。


おっさんの処世術


一、仕事は一人で抱えず、得意分野に応じて分担する。

任せるときは、役割と責任の範囲をはっきりさせる。


二、分からないことは、確認できるまで断定しない。

似た症状や不自然な記録があっても、証拠がそろうまでは可能性として扱う。


三、協力してくれる相手には、情報と感謝を返す。

助けてもらうだけでなく、相手の安全や負担にも目を向ける。


四、報酬の話は、記録をそろえて冷静に進める。

働いた内容、かかった費用、必要な支援を整理すれば、交渉もしやすくなる。


五、昔から続いている制度でも、理由を確認する。

「ずっとこうだった」は、必ずしも「これからも正しい」という意味ではない。


六、未解決の問題は、見つけた順ではなく重要度で片づける。

目の前の謎が気になっても、安全に関わる仕事と期限のある仕事を忘れない。


そして、もう一つ。


七、仕事が終わっていなくても、休む時間は確保する。

疲れた頭で判断を続けるより、休んでから取り組んだほうが、結果的に早く終わることもある。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。