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おっさんの処世術は異世界でも有効だった。  作者: 畑酪 砂竹
おっさんの仕事術
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10/32

おっさんは予定が未定というわけにはいかない

翌朝。


 俺は管理室の机に座り、昨日作成した予定表を眺めていた。


 一、封印の定期点検。

 二、動力設備の調査。

 三、ギルド担当者との面談。

 四、食料の調達計画。

 五、管理者報酬の申請書類の作成。

 六、赤いドラゴンの拘束具に関する調査。

 七、管理者権限の再評価。

 八、北東方向で確認された謎の魔力反応の調査。


「……誰だよ、こんな予定を立てたのは」


 俺だった。


 自分で作った予定表に文句を言っても仕方がない。


 しかし、八件は多い。


 会社員時代だって、朝の予定が八件もあれば、そのうち三件は翌日に回していた。全部を完璧にこなそうとすると、重要な仕事まで雑になるからだ。


 俺は予定表の前に、紙を一枚置いた。


 そして、三つの欄を作った。


 今日中にやること。

 今日できればやること。

 今日やらなくてもいいこと。


 こういう仕分けは大事だ。


 仕事は、たくさん抱えている人間が偉いわけではない。必要な仕事を、必要な順番で片づける人間が頼りにされる。


 ……まあ、そういう人間が一番忙しくなることもあるのだが。


「ゴトーさん、朝食です」


 ミレイがパンとスープを持ってきた。


「ありがとう。ところで、食料の残りは?」


「今日の夕方までは何とかなりそうです」


「よし。じゃあ、食料の確保を最優先にしよう」


「封印の点検は?」


「定期点検は予定どおり。ただし、異常が見つかったらそっちを優先する。緊急性のない調査は後回しだ」


 ミレイは感心したようにうなずいた。


「ゴトーさんは、仕事の整理が上手ですね」


「いや。整理しないと、何から手をつけていいかわからなくなるだけだよ」


 俺はスープを飲んだ。


 温かい。


 昨日より少しだけ安心できる朝だった。


 だが、その安心は三分も続かなかった。


『警告。施設外部に大型魔力反応を検出』


「……はいはい。今度は何ですか」


『北門付近に、未登録の大型生物が接近しています』


 ミレイが窓の外を見た。


「ゴトーさん。あれ……」


 森の向こうから、赤い巨体が歩いてくる。


 赤いドラゴンだ。


 昨日まで首輪に拘束されていた、あのドラゴン。


 ただし、今日は一人ではなかった。


 ドラゴンの背中に、小さな荷車が載っている。


 荷車には木箱が山積みになっていた。


「……あれは何だ?」


『荷物の内容は不明です』


「見ればわかるよ。知りたいのは中身だ」


 俺は上着を羽織った。


「ミレイ、記録端末を持ってきてくれ。荷物の受け取り確認をする」


「受け取り確認?」


「そうだ。食料かもしれないし、危険物かもしれない。何も確認せずに受け取るわけにはいかないだろう」


 俺は扉へ向かった。


 異世界に来てから、ドラゴンを見ても驚かなくなりつつある。


 それが良いことなのかどうかは、よくわからない。


     ◇


 北門の前に着くと、赤いドラゴンは地面に伏せていた。


 その首には、相変わらず黒い拘束具がついている。


 しかし、昨日よりも魔力の光が弱い。


 ドラゴンは俺を見ると、低く鳴いた。


『管理者。荷を持ってきた』


 声が頭の中に響いた。


 黒いドラゴンと同じく、直接話しかけてくるらしい。


「荷物を? 誰からだ?」


『森の集落からだ。お前たちが困っていると聞いた』


「森の集落?」


『薬草を採る者たちが暮らしている。お前が森で拾った薬草の匂いを覚えている者がいたらしい』


 俺は、あのときのことを思い出した。


 森で薬草を集め、怪我をしたミレイを助け、黒いドラゴンから逃げた。


 いや、正確には、逃げる必要があったのかどうかも怪しいのだが。


「なるほど。わざわざ届けてくれたのか。ありがたいな」


『礼は集落の者たちに言え。私は運んできただけだ』


 ずいぶんと律儀なドラゴンである。


 俺は荷車を確認した。


 木箱には、干し肉、乾燥した果物、穀物、それから薬草が入っていた。


 別の箱には、金属部品や布、縄などもある。


「これは助かる。だが、代金はどうすればいい?」


『代金?』


「物をもらったら、対価を払うのが基本だろう。集落の人たちが善意で届けてくれたとしても、今後も支援を頼むなら、負担をかけっぱなしにはできない」


 赤いドラゴンは、しばらく黙っていた。


『人間は、物を渡すときにも決まりがあるのか』


「ある場合もあるし、ない場合もある。贈り物なら礼をする。売買なら代金を払う。支援なら、相手が何を望んでいるのか聞く。大事なのは、相手の意思を確認することだ」


『……そうか』


 俺は荷物を一つずつ確認し、内容を記録した。


 数量、状態、受け取り時刻。


 食品は傷んでいないか。部品は使えるものか。薬草は種類ごとに分けられているか。


 赤いドラゴンは、その様子をじっと見ていた。


『お前は、戦いの準備をしているのではないのか』


「これも準備の一つだよ」


『荷物を数えることが?』


「必要なものが何個あるかわからなければ、何日持つかもわからない。使った量を記録しなければ、次に何を補充すべきかもわからない」


 俺は最後の箱を開けた。


 中には、紙の束と、小さな革袋が入っていた。


 革袋には銀貨が入っている。


 そして紙には、こう書かれていた。


『薬草採取の依頼を受けた旅人へ。森で採れた薬草の一部を、集落で買い取ります。もし古代遺跡に滞在しているなら、必要な物資について相談してください』


「……薬草の買い取り?」


 俺はミレイを見た。


「これ、ギルドの依頼と関係があるのか?」


「集落の薬師が、ギルドに薬草を卸しているのかもしれません。ゴトーさんが採取した薬草も、品質がよければ買い取ってくれると思います」


 俺は思わず笑った。


 まさか、こんな形で話がつながるとは。


 世界を救うために古代遺跡を管理していたはずなのに、気がつけば薬草の販売先まで見つかっている。


 人生、どこで何が役に立つかわからないものだ。


     ◇


 荷物を管理室へ運び終えると、俺たちはさっそく在庫を確認した。


 食料は、これで数日分の余裕ができた。


 設備の修理に使えそうな部品もある。


 薬草はギルドへ納品できる可能性が高い。


 そして、集落との連絡経路もできた。


「これで、ひとまず食料問題は解決ですね」


 ミレイがほっとしたように言った。


「いや、解決というより、時間を稼げたというところだな」


「そうなんですか?」


「今回の荷物はありがたい。でも、これが毎回届く保証はない。集落の人たちにも生活がある。今後も必要な物資を確保する方法を考えないといけない」


 俺は在庫表を作った。


 現在の食料。

 一日に消費する量。

 設備の修理に必要な部品。

 薬草を売った場合に得られる見込みの収入。


 数字を並べていくと、少しずつ状況が見えてくる。


 食料は節約すれば一週間ほど持つ。


 動力設備の修理には、まだ部品が足りない。


 薬草を売れば、当面の消耗品を買うくらいの金は確保できそうだ。


 つまり、今すぐ破綻するわけではない。


 ただし、余裕もない。


 この状態を、俺は前の世界で何度も見てきた。


 仕事は回っているように見えるが、どこか一つに問題が起きると、全体が止まる。


 だからこそ、余裕を作っておく必要がある。


「ミレイ。今日から、食料と資材の在庫を毎日記録しよう」


「毎日ですか?」


「そう。使った分を記録して、残りを確認する。少なくなったら、なくなる前に補充を考える」


「わかりました」


「それから、森の集落には、荷物のお礼と、今後の取引について相談したいと伝えてくれ」


「取引、ですか?」


「薬草を買い取ってもらう代わりに、遺跡で余っている資材を提供できるかもしれない。もちろん、何が余っているのか確認してからだけどな」


 ミレイは目を輝かせた。


「それなら、お互いに助かりますね!」


「そういうことだ。相手が困っていることと、こっちが提供できるものが一致すれば、長く続く関係を作れる」


 俺は在庫表の最後に書き加えた。


 『支援を受けるだけでなく、互いに利益のある関係を作る』


 これも大事なことだ。


 助けてもらうのは悪いことではない。


 だが、助けてもらうことが当たり前になると、いつか関係が崩れる。


 感謝を伝えること。


 相手の負担を知ること。


 できる範囲で返すこと。


 それだけでも、ずいぶん違う。


     ◇


 午後。


 赤いドラゴンの拘束具を調査するため、セシリアが管理室にやってきた。


 彼女は端末に表示された魔力波形を見て、険しい表情になった。


「やはり、昨日よりも拘束具の出力が下がっています」


「原因はわかったのか?」


「完全には。ただ、施設の封印補助回路が安定したことで、拘束具へ供給されていた魔力にも影響が出たようです」


「つまり、この遺跡と拘束具は、どこかでつながっている?」


「その可能性が高いです」


 俺は腕を組んだ。


「なら、拘束具を外す前に、つながりを調べたほうがいいな」


「はい。無理に解除すれば、魔力が逆流する危険があります」


 赤いドラゴンが低くうなった。


『いつまで待てばいい』


 その声には、焦りがにじんでいた。


 俺はドラゴンを見上げた。


「気持ちはわかる。だが、急いで外して、お前が傷ついたら意味がない。まずは安全に解除できる方法を見つける」


『お前は、いつも安全の話ばかりだな』


「仕事で失敗したとき、一番困るのは現場で動く人間だからな」


 俺は首輪を見つめた。


「それに、危険を避けることと、何もしないことは違う。今は、解除に向けて調査を進めている。何もしていないわけじゃない」


 ドラゴンはしばらく黙っていた。


 やがて、ゆっくりとうなずいた。


『わかった。待とう』


 セシリアが感心したように言った。


「あなたは、ドラゴンとの交渉にも慣れているのですね」


「いや、全然。相手の言葉を聞いて、できることとできないことを説明しているだけだよ」


「それが難しいのです」


 そう言われると、少し照れくさい。


 だが、仕事でも同じだ。


 相手が何を望んでいるのかを聞く。


 こちらができることを伝える。


 できないことは、できないと説明する。


 曖昧な約束をして、あとで裏切るよりはずっといい。


     ◇


 夕方、管理端末が新しい通知を表示した。


『北東方向の魔力反応について、追加情報を取得しました』


「おっ。昨日のやつか。今度は何がわかった?」


『反応は、森の集落に近い地点から発生していました』


 ミレイが顔を上げた。


「森の集落?」


「まさか、集落に何かあったのか?」


『現在の情報では、危険の有無は判定できません』


 俺はすぐに、赤いドラゴンを見た。


「お前は、集落からここまで来たんだよな。途中で何か変わったことはなかったか?」


『森の北東に、見慣れぬ光があった。だが、集落の者たちは気づいていないようだった』


「それは、いつのことだ?」


『今朝だ』


 俺は記録を開いた。


 北東方向の魔力反応。


 赤いドラゴンが見た光。


 そして、地下区画で封印に干渉していた仮面の人物。


 今のところ、これらが直接つながっている証拠はない。


 だが、無関係だと断定することもできない。


「よし。明日の朝、集落に確認しよう」


 レオンが眉をひそめた。


「危険があるかもしれない場所へ行くのか?」


「だからこそ、いきなり乗り込むんじゃなくて、まず情報を集める。集落の人たちに話を聞いて、必要なら監察局にも協力を頼む」


「また調査か」


「そう。わからないことは、調べるしかない」


 俺は予定表を更新した。


 明日の予定。


 一、封印の定期点検。


 二、森の集落への連絡。


 三、薬草の納品手続き。


 四、拘束具の安全な解除方法の調査。


 五、管理者報酬の申請書類。


 六、北東方向の魔力反応について情報収集。


「……六件か。昨日より二件減ったな」


 俺は満足しかけた。


 その瞬間、管理端末が鳴った。


『新規通知。王国管理局より、管理者報酬に関する問い合わせが届いています』


「おっ、ようやく報酬の話か!」


 画面を開く。


 そこには、こう書かれていた。


『管理者報酬の申請にあたり、過去八百年間の施設管理記録を提出してください』


 俺は画面を見つめた。


 八百年。


 俺がこの遺跡に来てから、まだ数日も経っていない。


 過去八百年間の記録など、どうやって集めればいいのだろう。


「……ミレイ」


「はい?」


「この遺跡、八百年前の書類は残っていると思うか?」


 ミレイは少し考えてから答えた。


「管理室の奥に、記録保管庫があったはずです。まだ中を確認していませんが……」


「よし。明日は記録保管庫も調べよう」


「報酬のために、ですか?」


「もちろんだ」


 俺は真顔で答えた。


「世界を守る仕事も大切だが、働いた分の報酬を受け取るのも大切だからな」


 窓の外では、赤いドラゴンが森の方を見つめていた。


 その首輪は、夕日を受けてかすかに光っている。


 まだ問題は山積みだ。


 だが、食料は確保できた。


 仲間との連携も進んでいる。


 ギルドとの交渉も始まった。


 少しずつではあるが、前に進んでいる。


 俺は机の上の予定表をたたんだ。


「さて、今日はここまで。明日に備えて休もう」


 ミレイがうなずく。


「はい。お疲れさまでした、ゴトーさん」


 俺は立ち上がり、管理室の明かりを落とした。


 異世界の夜は静かだった。


 ……と思ったら、廊下の奥から管理端末の声が響いた。


『補足。記録保管庫の入口は、管理者権限レベル四以上で開放されます』


 俺は、その場で立ち止まった。


「……明日の予定、七件に戻ったな」


 どうやら、昇格試験はまだ終わらないらしい。


おっさんの処世術

予定は重要度と緊急度で整理する。 全部を同じ優先順位にすると、本当に必要な仕事が後回しになる。

支援を受けたら、感謝と返礼を忘れない。 長く続く協力関係は、片方だけが負担する形では成り立たない。

危険な作業は、焦って進めない。 急ぐことと、無理をすることは違う。

できることと、できないことを明確に伝える。 曖昧な約束は、あとで大きなトラブルになりやすい。

報酬を求めることに遠慮はいらない。 仕事の価値を説明し、正当な対価を交渉するのも大切な仕事だ。


 明日は記録保管庫の調査。


 その前に、管理者権限レベル四への昇格試験が待っている。


 俺は心の中でつぶやいた。


 ――せめて、試験に合格したら昼飯くらい豪華にしてくれ。

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