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2-3-1


 馬車の走る音にまぎれて、金属の擦れる音、甲高い複数のわめき声が聞こえる。

 それにつれて、外が騒がしくなる。


 身体を起こすと、馬車の扉から身を乗り出し御者に声を掛ける。御者は慌てた声で騒ぎ立てている。毛むくじゃらの小柄な身体でこちらを見やる。その両目には焦りの色がありありと見えていた。コボルトの言葉は上手くは聞き取れないが、大まかには言いたいことが分かる――魔物か。


「……? 何かあったんですか?」


 まだ状況をつかめていないティリスの側の窓に体を寄せて外を覗くと、視界の端に緑色の影が飛び込んできた。魔物――ゴブリンが群れをなして追いすがってくる。鉄の武器や錆びた鎧で武装しているから、ただの野生のゴブリンではなさそうだ。繁殖が進み満杯になった巣から離群した、一番質の悪い連中だ。新たな巣穴を求めて移動し、手当たり次第に略奪を繰り返しながら勢力を拡大する性質を持つ。


 この馬車は連中の標的となったのだ。この街道沿いで遭遇するとは運が悪い。……いや、この馬車には戦える人間――ボクが乗っているわけだから、運がいいか? ここで始末すれば周りにも被害が出ない。ティリスの様子をチラリと見る。


「……ゴ、ゴブリン? ど、どうしましょう、戦いになるんですか?」


 ティリスが焦った声を出し、布で巻いた剣をしっかりと抱きよせた。彼女は剣術を習っていると言っていたが、実戦能力は未知数だ。頭数に数えるのは難しいだろうか。力量がわからない人間を頼ることほど危ういものはない。戦闘になったらボク一人で対処すると考えたほうがいいか。


 ゴブリンの放った矢が馬車の外装に当たる。鋭い音を立てて弾かれ、木製の車体に浅い傷を残した。


 馬車の進路上にゴブリンの姿はなく、このまま進めば容易に振り切れるだろう。少しあっけない気もする。

 御者のコボルトは、ゴブリン達を振り切ろうと馬車の速度を上げた。


 しかし御者は後方のゴブリン達に気を取られ、前方の状況には全く気付いていない。視線はひたすら後ろへと向けられ、焦ったように手綱を握る指が強張っている。


「馬車を止めて! 今すぐ!」


 ボクは声を張り上げた。

 馬車の進路上には木が倒れ、道がふさがれている。恐らくゴブリンはこのことを知っていたのだ。遅れて気付いた御者が手綱を強く引き、馬がいななきながら速度を落とす。


 なるほど、既に道を塞いでいたからこその余裕か。追い込み猟のつもりか。

 小賢しい奴らだ。


 10、13、……14匹か。鎧や兜を着こみ、装備が揃っている体躯の大きなホブ級が2匹。弓を持っているのが3匹。残りは粗末な武器を持っているだけの雑魚だ。


 面倒だな。街道でこんな本格的な襲撃に遭うとは思いもよらなかった。懐に忍ばせていたナイフを取り出す。主装備の弓はカバンの中だが、馬車の上に積んでいるので取りに行かなければ。ティリスにチラリと視線を送る。矢を射る間、一瞬だけ誰かが連中を引き付けてくれれば、全部片づけられるのだが。


 考えても仕方ない、ボクは外に出ると馬車の屋根へと飛び上がった。山積みの荷物のうち一つ、革のトランクがボクの持ち物だ。装備を取り出すため自分の鞄を開いていると、辺りに甲高い叫び声が響いた。


「ギ+ッ、■ギ#ャ"アッ!!」


 振り返ると、ゴブリンの群れがギラついた目でボクを見つめ、舌なめずりをしている。連中の中には、ボクの姿を見て歓声を上げる者もいた。


 やばい、完全に狙われている。捕まれば巣に連れて行かれるのは確実だ。

 ――余談だが、この世界のゴブリンはメスしか存在せず、同種族間での繁殖ができない。そのため、人間や獣人などの異種族のオスを攫い、巣へ持ち帰っては種取りとして利用する生態をもつのだ。


 まぁ、貞操逆転の世界の法則はゴブリンにも適用されるということだ。ボクが連中に巣に連れ込まれれば、どんな目に遭うかは……あまりそれを深く考えるのはやめておこう。精神衛生上よろしくない。


 そうやすやすとやられてたまるか。背中におぞ気が走るのを感じながら、ボクはミスリル製の短弓に矢を番え、周囲を見渡した。ゴブリンたちは停まった馬車を取り囲むようにじりじりと距離を詰めてくる。低く唸るような声を上げ、興奮した様子で牙を剥いている。先頭のゴブリンが鉈を抜き、盾と打ち鳴らして鈍い金属音が響いた。その音がまるで号令のように、他のゴブリンたちも一斉に武器を構え、襲撃の準備を整える。ボクは深く息を吸い、弦を引き絞った。


「来い。お望み通り穴だらけにしてやる」


 ボクは口角を上げて小さく呟いた。しかし、その意気込みも意外な闖入者によってあっさりと打ち消されるのだった。


ここまで読んでくれてありがとうございます!


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