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1-4

 エリハルの宿は、彼女の言う通り宿というよりは、門付きの立派な戸建ての家だった。

彫刻の入った格子窓やしっかりした屋根飾りがあって、ちょっとしたお屋敷みたいな雰囲気だ。大衆向けの宿屋とは大違いだな。


「うわー、すごいねここ宿なんだ?」

「な、贅沢やろ。ここの町長さんがな用意してくれたんや。……まぁ一人で使うには広すぎるんやけどな」


 エリハルが扉を引きながら、館の中に入った。

開いた瞬間に、優しい香油の香りと少しだけ湿り気を帯びた温かい空気が鼻をくすぐる。中は玄関ホールになっていて、高級そうなダークオークの床に、真っ赤なカーペットが敷かれていた。

豪華だなぁ……。


「寝室は2階や」

「上がっていいの?」

「もちろん」


 彼女に促され、軋む階段を上がっていく。エリハルはその後ろからついてくる。もしかして、と思い振り返ると、エリハルが下からボクのお尻をガン見していた。……階段を上る異性の尻って、やたらと煽情的だよな。まぁ、気持ちはわかる。わかるのがなんか悲しい……。


 部屋に入ると、天蓋付きのキングサイズベッドが目に入った。壁際には、贅沢なほど大きなガラス窓。その向こうには、灯りのともる宿場町の街並みが、煌々と光る星空の下に広がっていた。


「うわ……こんなに綺麗に見えるんだ」


 思わず窓に近づいて見とれていると、エリハルが後ろから抱きしめてきた。荒い息を吐きながら、遠慮のない手が這い回る。


「ふふふ、……いきなり?」


 その手が際どいところへ滑り込みかけたので、やんわりと掴みとって彼女の方に向き直る。

すぐそばには、彼女の興奮した目、上気した顔があり、鼻先をボクの頬に擦りつけてきた。熱い吐息がかかる。彼女はすでに出来上がってるようだった。


「ん……っ」


 有無を言わさずに顔が近づいてきて、唇が奪われた。


「んっ、……ちゅ、ちゅっ、……んっ」


 エリハルは水音をたてながら、乱暴にボクの唇を貪る。情緒もへったくれもない、ただ自分の性欲をぶつけるだけの自分勝手なキスだ。拒むわけではないけど、あまりに唐突で面食らってしまった。


「……うわー、すごい反応やな」


 密着した身体越しに、ボクの変化はしっかり伝わってしまっているらしい。


「おかしぃなぁ、チューしただけやのになぁ? なんでこんな元気になっとるん?」

「っ……、こんなことされたら、普通こうなるでしょ……」

「むふふ……ユーニちゃんはエッチな子なんやねぇ……」


 ボクの返しが挑発に聞こえたのか、彼女の目がぎらりと光った。

まるで何かの堰が切れたように、彼女の手が腰を引き寄せ、次の瞬間にはボクの体はベッドへ押し倒されていた。背中がシーツに沈む。

彼女は立ったまま、自身の征服欲を満たすかのようにこちらを見下ろし、呼吸を荒げている。


「……ふぅー、ふぅー」


 息が荒く、滅茶苦茶興奮している様子だ。ここまで求められたのは初めてだ。ちょっとだけ乱暴に押し倒されても悪くない、と思ってしまう自分がいる。


 彼女は迷いなく自分の上衣に手をかけると、そのまま留め具ごと左右に引き千切った。

糸の弾ける音と、金具が床に跳ねる音が響く。

……ちょっとワイルド過ぎじゃない?

布が肩から滑り落ち、鍛え上げられた体つきが月明かりに浮かび上がる。何というか、実に堂々とした脱ぎっぷりだ。

一日動き回った汗の匂いがふわりと届く。……ていうか、シャワー浴びてないよなこれ。

彼女は横たわるボクのパンツに手をかけて、その動きを止め、言いづらそうに口を開いた。


「アカン。久しぶりやし、ゆっくり楽しも思ったけど我慢できんわ。勝手に盛り上がっちゃって悪いんやけど……最後までしてええんやろ?」

「え?」

「ほら、男の子って最後まですると力使うやろ? 出すと駄目って子、結構おるやんか」


 ……そうか、そうだった。この世界じゃ”男の射精は命を削る過酷な営み”というのが常識らしい。だから無闇に精液を出すのは避けるのが常識で、娼館でも出させない遊びが当たり前にある。女の欲望は満たすけど、男の精は資源扱い――そんな価値観なのだ。


「色つけたるから、ええやろ。なっ」


 エリハルは甘えるような声色で、股間をズボン越しに押し付けてくる。

すっかり興奮しきっている。仮に拒んだところで、この勢いを止められるだろうか。


「……じゃあ、脱がせてよ」


 と言うと、エリハルは「やったぜ」と小さく言いながら、ボクのパンツの留め具を外し始める。下着の中から、熱を帯びた空気が一気に肌へ触れ、思わず息が詰まった。


「うぉっー。すご、ユーニちゃんの、名剣やん。カワイイ顔してるのに、エぐいの持ってるなぁ」


 名剣って比喩がなんだか世界観出てるなぁ……。


「こんなもん見せられて我慢できる女おると思う? うちは無理や。……最後まで付き合ってもらうで」


 彼女の影が覆いかぶさり、視界が月明かりごと閉ざされた。

その夜、ボクは彼女の熱から逃げられなかった。



 あれから何時間たっただろうか。気持ちよい気だるげな感覚だけが身体に残っていた。


 エリハルは満足げに寝台へ体を投げ出して、天蓋の布を指先でくるくる弄んでいる。荒かった息もだいぶ落ち着いた。


「は~~、やり切った~~~……」


 彼女は仰向けのまま、んー、と猫みたいに伸びをした。その横顔はすっかり満ち足りていて、S級冒険者の鋭さなんてどこにもない。ただの、欲が満たされた女性の顔だ。


「あ……ごめんな、そういえばお金の話してへんかったわ」


 エリハルが寝台から降りて、床に脱ぎ散らかした上着――引き千切ったやつだ――の中から財布を探り当てた。じゃらり、と硬貨が鳴る。


「心配せんでええよ。めっちゃ満足したから、たっぷり弾んだるわ。……いくらがええ?」

「じゃあ……2,000ギルで」


 今日飲んだお酒が2,000ギルだったから、2,000ギルもらえればちょうどトントンってところかな。そう思って伝えると、彼女の手が止まった。


「…………は?」

「2,000ギル」

「駄菓子ちゃうねんぞ!?」


 彼女は目をひん剥いて、財布を握りしめたまま振り返る。


「いやいや、安すぎやろ! 冗談やろ? 本番なしの手だけでも倍はいくで。最後までして2,000て……ユーニちゃん、自分の価値わかっとる?」


 いやー、う~ん…。と頭をかく。まいったなぁ。


「……実は、相場がわからないんだ」

「え?」

「今日が初めてだから」


 沈黙が落ちた。エリハルの青い目がゆっくり瞬きする。


「……初仕事? あんなエロいのに?」

「うん。だからさ、正直いくらが適正なのか知らないんだよね」

「ええと、……えぇ~?」


 冗談めかしていうと、エリハルは口をぱくぱくさせたあと、何を思ったのか急に真剣な顔になって寝台の横の小さな書き机に向かった。引き出しから羊皮紙とペンを取り出して、さらさらと何かを描き始める。字ではなく形を書いている。


「……何してるの?」

「ちょっと待ちぃ。……よし」


 差し出されたのは文字ではなく絵……いや、記号かな? で埋められた一枚の羊皮紙だった。手の形、口を開けたような丸、♂の上に♀。♀の上に♂。人の顔に矢印……それぞれの横に、数字だけが几帳面に並んでいる。


 手の記号:20,000~ / 口の記号:35,000~ / ♂♀:50,000~ / ♀♂:60,000~ / ふにゃふにゃ:+20,000


 ??? なにこれ。


「……なにこれ?」

「男娼の料金表や。うちが知ってる相場で作ったった」

「……随分詳しいんだね?」

「う、うるさいわ! S級は各地を回るから色々知っとんねん!」


 耳まで赤くなっている。思わず笑いをこらえた。


「ユーニちゃんの器量と手管ならこれくらいが相場……いや、安い方かな。王都の高級商館並みがこのくらいや」


 なるほど。ボクの初仕事は相場で言えば10,000以上の価値があったらしい。2,000ギルと言ったのは、確かに「駄菓子」だったわけだ。


「まあ、初回やし勉強代っちゅうことで……今日はうちが多めに払ったるわ。次からはちゃんと始める前に受け取っとくんやで。ヤリ終わったあとに『満足しなかったので払いません』なんちゅう最低なヤツもおるからな」


 彼女が手渡してくれたのは、大きめの銀貨が数枚と紙幣が一枚。掌に載せるとずっしりと重い。おぉ……、すごい大金だ。さっき自分で口にした2,000なんて、もう笑い話レベルだ。

冒険者の仕事では、命を懸けても稼ぎがこれに届かないことも珍しくない。


「ありがとう。じゃあ、頂くね」


 手渡された報酬を確かめて、それからペンダントを指で弾く。


 ――こうしてちゃんとギルをもらえば、関係はあくまで"ビジネス"だ。狭苦しい束縛も遠慮もない。ただ快楽と金だけが絡み合う、一番シンプルで気楽な関係。ボクが求めていた"割り切り"ってやつだ。


「……なぁ、ユーニちゃん」

「ん?」

「もうちょい定期的な……いや、安定した関係っちゅうか……。愛人って……興味ない?」


 ベッドの端に腰かけたエリハルが、珍しく少しだけ目を逸らしながら言った。


「金は不自由させんで? うちS級やし」


 エリハルはじっとこっちを見ている。短く切り揃えた青い髪の下長い睫毛に縁取られた目がこちらをみている。猫みたいな目鼻立ちが息を殺して返事を待っている。


「あはは。ならないかなー」

「なんでー!?」

「お金に困ってるわけじゃないし、縛られるのは性に合わないんだよね」

「……そっか。ま、しゃあないな」


 意外にもエリハルはあっさり引き下がった。唇を少し尖らせてはいるがしつこく食い下がるタイプではないらしい。その潔さはちょっと好感が持てる。


「じゃあ、もう一回する?」


 ボクがそう言うと、エリハルは目を丸くした。


「え……一日二回も大丈夫なん? 男の子やろ、身体キツない?」

「大丈夫だよ。ボク、そのへん丈夫だから」

「マジで……?」


 心配そうな目をしておきながら口元がもう笑っていた。本音が顔に出ている。


「……しゃあないなぁ。ユーニちゃんがそう言うなら、お言葉に甘えよかな」


 エリハルはそう言ってもう一度ボクの方へ手を伸ばしてきた。

二度目はさっきより少しだけ穏やかな始まり方だった。……いや、一度目はワイルド過ぎたな。

ここまで読んでくれてありがとうございます!


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