1-3
ティリスと別れてから、しばらく石畳の通りを歩いた。夕暮れ時の宿場町は、店じまいを始める露店や、晩の仕込みに忙しい料理屋の匂いが漂っている。
ほどよく人通りもあり、危なげはない。今夜の宿はまぁ、普通の旅籠だ。石造りの二階建てでよくある凡庸な造り。受付で簡単な手続きを済ませ、鍵を受け取ると、階段を上がって部屋へ向かう。
扉を開けて部屋に入ると、まず軽く見回す。壁は白い漆喰で、床には古びた木の板。窓がひとつ、外に面して開いていた。……ここから逃げ出せるな。と、逃走経路を頭に入れておく。いつも逃げ道を確保しないと落ち着かないのは……この世界についてからの習慣だ。
部屋の隅に、洗い桶と水瓶、それに布巾が二枚。いかにも旅籠といった備えだ。
残念ながら鏡はない。この世界において高級品である鏡は、おいそれと部屋に備え付けられてはいないのだ。
鞄の内ポケットに収めていた、小さな手鏡を取り出して、窓際の棚の縁にそっと立てかける。角度を確かめてから、外套を脱いで身づくろいに取りかかった。
洗面台の脇に置かれていた陶器の水差しで、木の桶に水を注ぐ。すぐそばの布巾を濡らし、首筋から順に、腕、胸元、脇腹、脚へと丁寧に拭っていく。馬車の中でかいた汗や、道端で舞った埃をすっきり落とすと、それだけで体が軽くなる。
小さな手鏡を手に取って顔を映す。これは結構な高級品だ。縁は銀緑色のセラリウム鋳で成型されていて、表面には蔦模様の彫金が施されている。肝心の鏡面部分も安物の鉄鏡ではなく、れっきとした硝子製の鏡だ。最初の町で女遊びにうつつを抜かしていたころ、商家の若女将からの贈り物だ。
額や顎のライン、口元の産毛をチェックする。鏡を棚に立てかけ、腰をひねって背中側も指先でなぞる。念入りに見るまでもなく、この身体には無駄毛なんて一本も生えていない。完璧なまでにすべすべだ。
鞄の奥から小さながま口を取り出し、留め金を外す。中には化粧用の小瓶がいくつか詰まっている。ひとつを取り、手のひらに灰白粉を少し。頬から額にかけて薄くのばす。続けて紅花油を唇にのせ、頬にほんのりと血色を足す。最後に、ひと際小さい香油瓶を取り出すと、瓶の蓋を外し、首筋と手首に軽くつける。甘さの中に樹皮の渋みが残る、落ち着いた香りだ。媚びすぎず、記憶には残る。
最後に髪を梳く。旅で少し乾き気味だったので、水を含ませた布で軽く湿らせ、植物油をつけて指先で整え直す。前髪の乱れを撫でつけてから、ようやく鏡の中の自分に頷いた。
「――ま、こんなもんだろ」
自分で言うのもナルシスティックだが、小さな手鏡の中で微笑んでいるのは絶世の美男(語呂が悪いな…)だった。
それから、途中で買った果物をつまんで軽く腹を満たした。
「……さて、準備するか」
寝台に放り投げた鞄を開く。手荷物の中にある革で包まれた入れ物を開くと、中に赤石でできた蛇のペンダントを取り出した。
ボクはそれを手に取り、しばし眺める。それは、銀色のチェーンに赤い蛇が絡みつくようなモチーフのペンダントで、赤石を削り出して作られている。妖艶な輝きと言ってもいいかもしれない。
チェーンの金具を首の後ろにかけて、ペンダントトップはシャツの中に入れる。外套を羽織ればもっと目立たないだろう。大っぴらには見せないが、対面で会話をしたとき、相手が胸元を覗き込んだりすれば目に入る。そんなさりげなさだ。
蛇は男根の隠喩。赤石は情熱と享楽と血液、即ち生命の象徴だ。
この世界では赤石で象った蛇の意匠は娼婦――いや、男娼のサインとして使われるのだ。
◆
酒場の扉を開けると、喧騒とアルコールの匂いが混じり合った空気が一気に押し寄せてきた。木造の古びた内装は、換気装置が不十分なのか、所々が煤けている。テーブルがところどころに置かれ、地元の人間、あるいは交易で立ち寄った客たちが酒を酌み交わしながら笑い声をあげている。それは女性が多く、ボクが店に入ると、店で飲んでいた客の視線が一気に集まった。酒場の喧噪が一瞬止んだように思える……というのは、さすがにそれは自意識過剰だろうな。
カウンターに近づくと、グラスを磨いている女バーテンが、眉尻を上げてボクを見た。
「なんか強いの頂戴」
「……棚にあるのを選びな」
「うーん……あれ、珍しいのがあるね」
棚の上部には深い琥珀色の液体を湛えたガラスの彫刻のような瓶がおかれていた。金箔が施されたラベルが控えめに輝く。こっちの世界に来てから一通り酒は嗜んだと思っていたが、初めて見るお酒だ。
「ダンシャルの20年だ」
「いいね。ストレートで」
「一杯2,000ギルだぞ」
高いなぁ、でも、飲んだことがないお酒への好奇心が勝った。
とくとく、と音をたて、グラスに1センチの高さにも満たないほんの少しの量が注がれた。
香りを楽しんでから、口に含む。果実とハーブの温い香りが鼻腔を通る、遅れてアルコールの強い刺激が口内から食道にかけて広がる。そのあとに残るのは何とも言えない熟成された精油と香料のニュアンスだ。アルコールが胃に染みわたって体中に流れていくのがわかる。
美味しい。
アルコールが喉を通り過ぎると、視線が自然と店の客を拾う。そこにいるのは地元の女たちがほとんどのようだった。髪をまとめた年増の女性や、若い娘らしき女性がちらほらいて、楽しそうに話をしている。すぐにひそひそと囁きあっては笑いを交わしている。
忘れがちになるが、ここは男女の価値観が逆転している世界だ。
「見ろよ、あそこの男、いい男じゃねえか……お前いくか?」
「……うーん、相手にされっかなぁ」
客は女ばかりで、男の姿はない。しばしボクは静かに飲んだ。店内では女性たちがまだボクのことをチラチラ見ているのがわかる。誰か話しかけてこないかな。釣りでもしている気分で、グラスをちびちびと舐めながら数分が経った。すると横から声がかかる。
「そのお酒、ええやつやね。なんか特別な日なん?」
唐突に声を掛けられ、ボクは顔をあげる。そこにいたのは青い髪の女性だった。少し訛りがある彼女の口調は、この地の人たちと少し雰囲気が違った。愛嬌があるというよりは、強かな風情がある感じだ。でも、その瞳は好奇の色で満ちている。
「いや、今日はいい夜になりそうだからね」
気障ったらしく返事を返すと、くすりと笑われた。
「うちも試してみようかな。隣ええか?」
「どうぞ、もちろん」
横目で彼女の様子をさりげなく観察する。鼻筋の通った整った顔に、無駄な脂肪の無い引き絞られた手足……。
……?
彼女の横顔はどこか記憶の片隅に引っかかる。彼女をどこかで見たことがあるような気がする。
「そこのお兄さんとおんなじのちょうだいな」
マスターが酒を注ぎ、彼女の前に置く。彼女は慣れた手つきで杯を掲げた。
「乾杯」
「おおきに、乾杯!」
彼女は一口酒を含み、喉を鳴らして飲み干すと、ふっと口角を上げて呟いた。
「ひゃー、キッツイなーこのお酒。疲れも吹っ飛ぶわ」
やはり見覚えがある。……昔どこかで寝たことがあるかな……。まじまじと彼女の顔を見つめるが、彼女の顔からはこちらを知っているような気配は感じられなかった。
「そんな見つめて、どないしたん。なんか顔についてる?」
「あぁ…いや、前に会ったかなと思って」
バチンと肩を叩かれる。すごい力だ。
「なんやもう、逆ナン? 美人にそんなん言われたら、照れてまうやん」
「……あは、そんなんじゃないよ。ただ、本当にどこかであった気がしたんだよね」
「ほう? それで思い出せたん?」
「いや、まだ。でも、なんか印象的で……」
「んー、そんなら次は忘れんように、名前でも覚えとき?」
彼女はくいっと顎を上げ、思わせぶりにボクに目線を向ける。
「エリハルや。覚えときや、イケメンくん?」
「エリハル……?」
名前を耳にした途端に思い出した。話に聞いたことがある。S級冒険者エリハル。王国一の槍の遣い手。
「ああ、知ってるよ! S級冒険者の!」
思わず声を上げてしまった。周囲の目線がボクに移る。
そうか。竜が討伐されたとかで、戦勝パレードをやっていたときに見かけたんだ。
彼女は得意げに髪をかき上げる。艶やかな青い髪。酒場の微かな灯りに照らされて際立つ。首を見せた時のうなじがそそる。
力量も階級も彼女に遠く及ばないが、ボクも一応冒険者だ。彼女がどんな世界を見ているのか、単純に興味があった。
冒険者とは、言ってしまえば魔物退治の傭兵のことだ。人同士の争いが少ないこの世界では、中世の封建社会では禁忌とされていた平民の武装が許されている。それだけ魔物の脅威が大きいということだ。
あの馬車で出会ったティリスといい、今日は冒険者とよく出会う日だ。
「お兄ちゃんは地元の人なん?」
「いや、ボクは移動中で立ち寄っただけなんだ。カタクラにむかっててね、しばらく滞在しようかなと思って」
「おー、ええやん。カタクラはお酒も肉もおいしいしな。ええとこや」
「行ったことあるんだ?」
「まぁ、せやな。いろんな町を転々として依頼を受けて回ってるんや」
彼女の腕飾りが目につく。大振りな宝石がはめ込まれたもので、相応の財力がないと扱えない逸品だ。エリハルがゆったりとグラスを手にするだけで、その飾りがさりげなく輝いている。うーん、現代世界だったらカ〇ティエ辺りの高級時計といったところか。S級って金があるんだなぁ。
「ここではどんな依頼をこなしたの?」
「丁度大きい仕事にケリつけてきたところや」
彼女はグラスの中身を少し傾けた。ボクも真似するように少しだけ口に含み味を楽しむ。
「変異種グリフォンの討伐依頼が出てたから、ちょろっと相手したろうと思ってな」
「へぇえ、すごい」
グリフォンか。ボクも一度戦ったことがあるが、警戒心が強く飛行して逃走するため、面倒な相手だった。その戦闘力もさることながら、随分と手間取った記憶がある。
ボクは弓使いだから飛行する相手に相性がまだ良かったが。彼女は確か、槍以外に使わないはずだ。飛び道具なしではさすがのS級も手がかかるのではないだろうか。
「あれ、グリフォンって空飛んで逃げるんでしょ。槍じゃ相手するの大変だったんじゃない?」
「おー、兄ちゃん詳しいな。……ま〜、大変だったわ。グリフォンって、やたら警戒心高くてな。こっちが近づいていくと、野生の勘なんかな? 向こうも用心して、すぐ空飛んで逃げていかれたわ」
「それでどうしたの?」
「夜通しぶっ続けで追いかけて、向こうが疲れて下りてきたところを槍で仕留めたんや。山三つくらい越えて追いかけたかな」
「はぇー……すっごーい」
フィジカルでゴリ押したのか。真似できないな。
「グリフォンの首担いで山越えて、昨日の夜帰ってきて、依頼報告だして…。町戻ってきたのは…5、6……7日ぶりやな」
「それじゃ、今日は特別な夜だね。お疲れ様」
すごい執念だなぁ。ボクだったら依頼諦めちゃうね。こういう仕事に対するプロ意識も、S級たる所以なんだろうか。
「7日も山の中に居たら色々溜まってるんじゃない?」
彼女の目を見ながら思わせぶりにそう言うと、一瞬、彼女の動きが止まったようだった。
「え…?」
「ほら、S級だと各地から沢山依頼が来るでしょ。ギルドに依頼が溜まってるんじゃない」
「あ、あー……そっちか。せやなぁ」
彼女の反応を見て、ボクは内心で苦笑いする。『溜まってる』と含みを持たせたのはわざとだけども。ひっかけの問いかけを意識しているのか、少しだけ肩が引けて見えた。ジャブにしてはすこしあからさま過ぎたか。
「ボクね、こうやってS級の人と直に話すの初めてなんだ。さっきのグリフォンの話だけでもすごく興味深いんだけど、他にも色んな冒険を経験してきたんだよね? もし良かったら……その、もっと聞かせてくれない?」
ボクはほんのり身体を前に乗り出していた。一流の冒険者から武勇譚を直接聞ける機会なんてそうそうない。異世界に来てからボクもいろんな依頼を受けてきたけれど、最高位の冒険者の話が聞ければ、なにか得られるものがあるだろう。
「おー、聞きたがりやな? ええよ、おごりの酒でも振る舞ってくれるんならいくらでも話したるわ」
ボクが微笑むと、エリハルは陽気に笑っていた。そう言いつつも、彼女もまたボクに興味を持っているのか、積極的に話してくれる素振りだ。
「ええわ、ほなサクッと話すか。あんま長いと退屈やろ?」
エリハルは滔々と語り始めた。
彼女は若い頃に天性の身体能力を見込まれて冒険者のパーティにスカウトされ、その後一人立ちしたらしい。パーティ時代には怪物退治や護衛任務などの荒事を経験し、その際の話を酒の勢いも手伝って臨場感たっぷりに語ってくれた。
山肌を崩すヤマアラシ状の棘を持つ巨大ワームとの死闘。土中を自在に潜るその怪物に、結局魔導士の助力を借りて討伐に成功したという。ほかにも、はぐれ竜の討伐に参加した話や、遺跡探索、魔蟲討伐といったエピソードが次々と飛び出し、どれも聞いているだけで手に汗握る内容だった。
エリハルと二杯目の酒を傾けながら、ボクは相槌を打っていた。
「それじゃ、今度はお兄ちゃんの話きかせてや」
「ボク?」
「うちばっか話してたら退屈やろ。名前何て言うん?」
「ユーニだよ」
「へぇー、美人は名前もかわいいんやな」
…んん。
「ユーニちゃんアレやね。めっちゃモテるやろ、今、彼女おるん?」
「彼女? うーん、どうかなー。恋人はいたことないなぁ」
「ほんま??…いや、嘘やろー! こんな美人なのに勿体ないなぁ」
体の関係はあったけど、恋仲になったことはないなぁ。
……なんだか、普通に口説かれ始めたな。
こうなると逆に、商売の話が切り出しにくい。
ボクが求めているのは金銭を媒介にしたドライな関係なので、普通に仲良くなってしまうとまた面倒なトラブルになる気がする。
彼女は時折、ボクの顔を覗き込むように笑いかけてくるけど、それが単に好意なのか、下心なのかは微妙なところだ。
ボクは酒場のテーブルに置かれていたナプキンを、わざとするりと落とした。椅子をずらして拾い上げる。胸元が自然に開くように角度を計算して、だ。エリハルの視線の先にボクの鎖骨……それと、その奥の赤石の蛇のペンダントがちらりと映るはずだ。男の大胸筋なんか見て何が楽しいのかと思うんだけど、この世界の女性にとっては、ともかく男の胸の谷間は前世界の男にとっての女性の谷間と同じくらい目が吸い寄せられるものらしい。
女性を男の自分が誘惑するというのは、自分でもばかばかしいと思うが。こんなものはちょっとした小細工だ。だが、有効なのは実証済みだ。
「ごめんね」
平然を装いつつナプキンを拾い上げ、腰を戻す。ちらっと彼女の顔を窺うと、白々しく明後日の方向を向いていたが、手で口元を隠している。
……これは見たな。
「どうかした?」
「ん? いや、なんも?」
素知らぬ顔をして喋っているが、意識しているのは明白だった。ちゃんとペンダントも目に入っただろうか。赤石の蛇のペンダント。男娼のサイン。こころなしか、ボクを見る彼女の目は先ほどよりも遠慮がなくなり、その視線には抑えきれない欲望の色が滲んでいるように思える。探るようにじっと彼女の目を見つめると、エリハルは観念したように口を開いた。
「……なんか、……ん。いや、偶然目に入ったんやけど、ユーニちゃんの胸元見えてな。いや、本当偶然に。……あー、見間違いとかやったら悪いんやけど。それ、変わったペンダントつけてるなぁ。かわいいような、艶めかしいような……うーん、ヘビ、かな」
「そうだよ。蛇のペンダント」
「あ、そうなんやー、へえー……蛇かあ」
彼女はまじまじとボクの顔を見る。期待しているような、何かを推し量るような目。
エリハルは何か考えてるのか、言葉を迷っているのか、グラスを持ってカウンターの辺りに視線を彷徨わせていた。会話のない妙な間だ。だけど妙にゾクゾクする。
「蛇のペンダントってアレやろ。その、女のお客とか…とったりってやつ?」
彼女の顔を見た。何でも無い風を装っているが、彼女の喉から静かに唾を飲み込む音が聞こえた。彼女が緊張しているのが手に取るようにわかる。ボクはエリハルの青い目を見ながら、微笑んで言った。
「そうだよ。……買う?」
「…………買う」
一瞬だけ言葉を詰まらせて、エリハルは答えた。少し照れたのか頬が赤く染まり、こぼれおちる笑みを隠すように口元を手で覆った。
ボクがグラスに残った酒を一息で飲み干すと、エリハルも黙ってグラスを空にした。
「どうしよっか。ボクの宿行く?」
「…あー、ウチの部屋でええかな?」
「いいよ。連れ込み大丈夫なとこ?」
「いけるで。組合が用意した一棟貸しの宿やから」
「へぇ、じゃあ騒がしくしてもいいね」
ボクがそう言うと、彼女の喉が再び鳴る。彼女のボクを見る眼差しは、先ほどのような気取った、淑女の仮面を被ったものではない。仮面の下にある、ただの性欲の対象としている遠慮のない雌の目だった。
ボクの方も上から下まで彼女の体を観察する。さすがS級冒険者だ。布地の上からでもわかる。ネコ科の肉食獣を思わせる無駄の無いしなやかな筋肉だ。服の下はどんな体が隠されているのだろう。
エリハルはグラスから手を離し、立ち上がるとボクに向かって片手を差し出した。
お、エスコートしてくれるのか。いいね。
「じゃあ、いこか」
この世界は男女逆転だ。エスコートするのは女。されるのは男。何も間違ってない。
エリハルが胸を反らせてこちらを見ている。
彼女の手を取って、席を立つ。
彼女がS級冒険者だからか、酒場の視線がボク達に集まる。
「おい、エリハル! 今夜も『槍』を磨くのかい!」
酒場の客の一人が下品な声をかける。野次で笑い声が上がる。
「……今夜も?」
ボクが野次に反応して声をかけると、エリハルは焦ったように「いや、嘘やから、ウソウソ! アイツラ適当なこと言うんや!」と弁明していた。
エリハルは片手で酒場の扉を押さえながら、もう片方の手でボクの手を引いて酒場を出た。ざわめきがまだ耳に残る中、道を夜の帳がゆっくりと下りてくる町へと歩みを進めた。
「皆、顔見知りなんだ?」
「まー、酒場はよく行くし、飲んでる時は名前知らん奴とも仲良くなるしな」
「社交的なんだね」
通りは夜露に濡れた石畳がしっとりと光り、道端のランタンが揺れるたびに影が踊る。別の酒場からは歓声と笑い声が漏れ、夜の賑わいを伝えている。
「はー、でも信じられんわ」
「何が?」
「こんな綺麗な子が体売ってるなんてなー」
この世界の女性にとって、ボクの容姿はクリティカルヒットする容姿らしい。まぁゲームのキャラだから綺麗なのは当たり前なんだけど。
彼女は横を歩きながらボクの顔をまじまじと見つめてくる。小首を傾げてキメ顔で彼女の目を見返していると、照れたように視線をそらされた。やった。S級に勝ったぞ。
繋いだ手を解いて、彼女の腰に腕を回し、腰と尻の境目を触る。服越しに感じる広い骨盤に、筋肉と脂肪のついた臀部。歩くたびに彼女の筋肉が隆起するのを感じる。まだ日が暮れたばかりで人目があるので、TPOをわきまえて、あまり過激なことはできないが、このくらいなら大丈夫だろう。
「んおぉ……積極的やな……」
エリハルは頬を染めながら、ボクの手を自分の尻に誘導するように押し付けた。積極的なのはお互い様だ。
「宿、遠いの?」
「もうちょっと。そこの道入ったとこや」
ここらへんにあるのは貴族とかが利用する一等地の宿屋だ。ちなみにボクがとった宿は酒場に近い二等地の宿だ。
……?
唐突に、人混みに違和感を覚えて振り返る。
「どしたん?」
「いや、……なんか視線感じて」
「そうか? まあ、ユーニちゃん美人やから、見てたんちゃう?」
振り返って視線の出所を探すが、確かにちらほらこちらを見ている人はいる。S級冒険者といえば、国を代表する英雄の一人だ。ボクが美人だから――とお世辞を使っているが、彼女が有名人だから、見る人もいるか。
そんなことを考えていると、エリハルがボクの腰に手をまわしてきた。先ほどの意趣返しなのか、腰と尻の際どいところに触れてくる。
「ほら、そこの角曲がったところや。行こ」
「……ふふふ」
そう言いながら彼女は手をさらに下の方へ、ボクの尻を周りに見えないように撫で上げる。顔を見れば悪戯娘のような顔をしている。
こうして、ボクは言われるがまま彼女の宿についていくのだった。
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