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4-7

 折れた棒を片づけると、ようやく人捜しが始まった。

立ち合いだけでずいぶん働いた気がするけど、本来の用事はこっちだ。ギルドから預かった紙を広げ、五人で手分けする。


「ボクは西門へ行くよ。あそこに、顔の利く花売りがいるんだ」

「ほな、うちもそっち行くわ」


 エリハルが間を置かずに言った。

ツグリが紙から顔を上げる。


「姉御も聞き込みするんですか?」

「ちゃう。まあ、護衛やな。最近物騒やしな。うち今ちょうど暇やねん」


 仕事こなして、模擬戦までやって、まだ出歩こうというのか。さすがにすごい体力だな。

本人が暇だと言うなら断る理由はない。西門の裏は一人で歩けない場所じゃないけど、聞き込みで注意が散るのは確かだ。


「じゃあ、お願いしようかな」

「任せとき」


 エリハルは満足そうに腕を組んだ。

残る三人には、行方不明者が立っていた通りを回ってもらうことにした。ツグリとマリオスなら、荒っぽい客からも話を取れる。ティリスは二人の聞き漏らしを拾う役だ。


「ボクらも夕方までにはギルドへ戻るよ。何か分かったら食堂で」

「分かった。行くぞ、マリオス」

「了解っす。先輩」

「わ、私も頑張ります」


 ティリスはまだこちらを見ていた。けれどエリハルへ目を移すと、小さく頭を下げて二人を追った。

さっきまで棒と木剣を打ち合わせていた相手だ。少なくとも、ボク一人で西門へ行かせるよりは納得できるらしい。殴り合いにも使い道はあるんだな。


 西門へ近づくにつれ、通りは混んできた。

荷車が軋み、客引きが声を張る。門から入った旅人を狙って、宿の呼び込みと物売りが左右から寄っていた。香水と焼いた肉の匂いまで場所を取り合っている。


 花売りはいつもの場所にいた。

西門の柱のそばで花籠を提げ、入ってきたばかりの女へ黄色い花を勧めている。断られても笑顔は崩れない。すぐ次の客へ声を飛ばそうとして、ボクに気づいた。


「毎度! 兄さん、また会ったね」

「や。今日は花じゃなくて、ちょっと聞きたいことがあるんだ」

「自分に?」

「うん。そういえば、名前を聞いてなかった」

「リコだよ。兄さんは?」

「ユーニ」


 リコは花籠を抱え直した。日焼けした顔がこちらへ向く。

前に会ったとき、一本裏は物騒だから表を歩けと教えてくれた。毎日ここに立っているなら、誰がどちらへ歩いたか、最近誰を見なくなったかも知っているだろう。


「この辺りで客を取っていた男たちが、何人かいなくなってる。最近、急に見かけなくなった人はいない?」

「ああ。そのことか」


 リコは少し考え、門から伸びる通りの奥を見た。


「門の裏の荷車置き場は? 軒の下でよく男の人が休んでるよ。あそこで客を待つ人もいるし」

「そこなら、いなくなった人を知ってるかな」

「おれより顔を合わせてると思う。あとは……古い染物工房の方かな」


 リコの指が北東の路地を示した。


「細くて、青い襟巻きをしてた兄さんが、女の人とそっちへ歩いてったのを見たよ。最近見ないなって思ってたんだ」

「いつ頃?」

「十日くらい前かな」


 ギルドの紙にも青い襟巻きの男がいた。時期も近い。ただ、同じ人かどうかはまだ分からない。


「工房に入ったところは見た?」

「そこまでは。たまたま見かけただけだったから。もう潰れてるけど、裏の荷受け場には入れる」

「分かった。まず荷車置き場で聞いてみるよ。ここから近いし。そのあと工房の方も見てくる」

「荷車置き場なら、門を戻ってすぐ左だよ。奥まで行くと車が回れないから、手前の脇を通りなよ」


 リコはボクの後ろを見て、エリハルにも頭を下げた。


「姉さんが一緒なら平気そうだね。でも兄さん、家はどの辺なの?」

「家?」

「最近、物騒だからさ。帰り道とか大丈夫かなって」

「なるほど。ちゃんと人通りのある所だし、気をつけるよ」

「うん。それならいいけど」


 リコは花籠を抱え直し、道を空けてくれた。

礼を言って離れると、背中に花を売る声が聞こえた。


 荷車置き場には三台の車が詰まっていた。

軒下に腰掛けているのは、探している男たちではなく荷運びの女が二人。足元には空の籠が積んである。通り抜ける道と荷車の陰を見てから、邪魔にならない端へ寄った。


「ちょっといい? この辺りで客を待ってた人を捜してるんだけど」

「荷を下ろすまで待っとくれ。今これ離せないから」


 ボクは車輪の前から退いた。エリハルも一緒に壁際へ寄る。肩から麻袋が消え、空いた車に籠が積まれ、その車が出ていってからようやく話ができた。


「青い襟巻き? ああ、いたねえ」

「最後に見たのはいつ?」

「雨の日だったかね。ここで濡れた髪を拭いてたよ」

「最近の雨?」

「いや、待ちな。あの時は前の荷主がまだ……」


 女は隣の女に尋ねた。二人で荷主の名前を挙げ、どの荷を運んだ日だったか確かめる。

話が合うまで聞いていると、どうもひと月以上前のことらしかった。しかも襟巻きの色は片方が青、もう片方が緑だと言う。


「そのあと、どこへ行ったかは分からない?」

「客と出てったと思うけどねえ。悪いね」

「ううん、ありがとう。軒の裏も見ていいかな」

「構わないよ。兄さんも気をつけてな」


 エリハルが荷車の動く側に立ち、ボクは軒下を端から見た。

壁際には藁屑と踏み潰された果物の皮。裏へ回る細道にも靴跡はあったが、車輪と毎日の行き来で何重にも潰れていた。どれか一つを選んで連れ去りの跡と言えるものではない。

裏の出口まで確かめて戻ると、最初にいた三台は全部いなくなっていた。空いた場所へ別の荷車が入ってくる。

門の影もさっきより長くなっていた。思ったより時間を使ってしまった。


「どないやった?」

「最近の足取りは分からないね。工房の方へ行こう」


 紙を畳む。

エリハルは頷き、ボクの隣へ戻った。


 路地を一本入ると、客引きの声が遠のいた。

次の角で香水の甘さが消え、古い水路から湿った泥の匂いが上がってくる。路地は荷馬車が一台通れる幅があり、石畳には古い轍が残っていた。エリハルは少し後ろを歩いていた。振り返るたびに目が合うので、三度目は前を向いたまま声を掛けた。


「後ろ、大丈夫?」

「誰もついてきとらんよ」

「ありがとう」


 ボクが足元ばかり見ても、後ろは見ていてもらえるのは助かる。


 廃染物工房は角の先にあった。

外壁には藍と赤茶の染みが残り、建物の脇に古い排水溝が走っている。

まず通りの両側を見た。人影はない。入口から見える範囲では、空の染料桶と傾いた棚が壁際に残っていた。奥は仕切りに遮られ、ここからは見通せない。

入口で耳を澄ます。遠くの荷車の軋みと、水路で水が滴る音がした。


「中、見るよ。後ろをお願い」

「任せとき」


 エリハルがすぐ脇まで来たのを確かめ、ボクは入口の床へ屈んだ。戻る道には何も置かれていない。

車輪の跡が二本、荷受け場の中まで入っていた。轍の縁はまだ崩れていない。脇に蹄の跡と、乾きかけの糞。潰れた工房に、最近まで馬車が出入りしている。

轍の手前で、埃が帯になって拭われていた。幅は人の肩ほど。奥の仕切りの向こうから、まっすぐ車輪の跡まで伸びている。

帯の両脇に靴跡が二組。どちらも爪先が深い。重いものを持って歩いた足だ。三人目の靴跡は、帯の脇にはなかった。


「……これは」

「何かあったん?」

「馬車が入ってる。それと、何かを引きずって積んだ跡。ここ当たりかも」

「なんでわかるん? 潰れとっても、残った荷を運び出しただけかもしれんやろ」

「一つしか積んでない。帯は一本で、靴跡も往復してないんだ。荷物なら何度か運ぶよ」

「……こんな跡でようわかるな」


 エリハルは路地へ目を戻した。ボクは帯を踏まないよう脇を歩き、仕切りの手前まで進んだ。

帯はそこで途切れていた。代わりに靴跡が乱れている。細い靴底が横に滑り、石の継ぎ目まで擦れていた。爪先がもう一度強く床を擦り、すぐ近くに反対向きの足跡が沈んでいる。その横にもう一つ、幅の違う靴跡。ここで踏ん張って、二人がかりで押し戻された。

乱れた靴跡は仕切りの向こうへ続いていた。帯も、そこから出てきている。

壁の下と排水溝も見た。血らしいものは見つからない。


「揉み合った跡がある。通りから見えない所まで連れてきて、ここで押さえたんだと思う。押さえた側は少なくとも二人……いや、三人かな」


 誘い込む役、押さえる役、車を回す役。一人でできる仕事じゃない。組織的犯罪か……随分きな臭くなってきたな。


「そんで袋か何かに詰めて、車に積んだんか」

「たぶん。足を引きずった跡がないから、担ぐか、袋ごと引いたかだね」

「へぇ……まったくわからん」


 暴れた場所は狭く、長く争った様子もない。押さえて運ぶのに慣れているのかもしれない。

いつのものかは言い切れなかった。青い襟巻きの男の跡とも限らない。血がないから無事だと喜べるほど、分かったことは多くない。

それでも、調べるべき場所には来られた。リコに聞いてよかったな。


 ボクは屈んだ姿勢を解き、仕切りの先を覗いた。棚は壁側へ傾いている。通れる幅はあるが、奥の床までは見えなかった。


「詰めた場所は向こうだね」

「奥も見るんやな」

「うん。中に何かあるかも」


 棚の隙間へ足を向けたときだった。

仕切りの向こうで、何かが倒れる音がした。


「助けて!」


 甲高い声だった。

ここまで読んでくれてありがとうございます!


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