4-5
呼ばれた時点で、あまりいい予感はしていなかった。
依頼なら掲示板に貼ればいい。わざわざ人を集めて説明しなきゃならない仕事は、大抵どこかに面倒がある。
ギルドの扉を開けると、受付前に女たちがひしめいていた。食堂の椅子を持ち出して座っている者もいる。剣の鞘がぶつかる音に、低い話し声が重なっていた。
「北の街道じゃないのか」
「あっちは昨日片付いたろ」
「じゃあ何だよ。アタシ、これから飯なんだけど」
ボクもそれが知りたい。
人の肩越しに受付を探していると、見覚えのある金髪が揺れた。
「お。来たのか」
「ユーニさんも呼ばれたんすね」
ツグリとマリオスだ。近づこうとしたところで、横から白い手がボクの袖を掴んだ。
「ユ、ユーニさん。こっちに」
ティリスがいた。
ボクを背中へ隠すように半歩出る。その目は二人の腰の得物を見ていた。
「ああ、大丈夫。もう仲直りしてるよ」
「……え?」
「一緒に仕事もしたし。今は仲良くやってる」
ツグリが口を開きかけて閉じた。腰に当てていた手を下ろし、金髪の先を指に巻く。
マリオスもなぜか盾の留め具を直し始めた。
「ま、まあな。いろいろあってよ」
「その節は、どうもっす」
「こちらこそ。いつもありがとう」
二人とも目を逸らした。
普段あんなに遠慮がないくせに、昼間に顔を合わせるとこれだ。
ティリスがボクと二人を順番に見る。
「そ、そうなんですか」
「うん。だから剣はいいよ」
「……はい」
柄へ伸びかけていた手が戻った。
よかった。以前壊したテーブルも、たぶんまだ新しい。
後ろから人が押してきたので、少し横へ避けた。
その拍子に尻を撫でられた。
人混みで手が当たった、という動きではない。ちゃんと下から持ち上げようとしている。
振り返るより先に、ツグリの手が伸びた。
「おい。何触ってんだ」
女の手首を掴み、ボクから引き剥がす。マリオスが間に体を入れた。
「手を引っ込めるっす」
「何だよ、ちょっと当たっただけだろ」
「じゃあ、もう当たんねえとこ行け。……てめー面覚えたかんな」
女は舌打ちして人の間へ消えた。
ツグリが鼻を鳴らし、マリオスは満足そうに頷く。
お前らが言うか。
……という気はしないではなかったが、助かったので黙っておいた。
奥の階段で靴音がした。
手すりに小さな手が掛かる。帳面を脇に挟んだ人物が、ゆっくりと階段を下りてきた。
周りの冒険者の腰ほどしか背がない。丸い頬に小さな鼻。知らずに会ったら、受付の誰かが連れてきた子供だと思うだろう。
ただ、階段の下に立っていた女がすぐに道を空けた。
小さな人物はそちらを見もせず通り、受付の前へ出る。
「……誰です?」
ティリスが耳元で聞いた。
「カタクラの支部長。メッケさん」
「ギルド長?」
「うん。ああ見えて、結構なお歳らしいよ」
ティリスの視線がもう一度下へ戻った。
メッケは近くの椅子を爪先で引き寄せ、座面に立った。帳面を受付へ置き、集まった顔を見渡す。
「忙しい中、皆よう集まってくれたの」
「本当だよ。何の仕事だ?」
「割のいい話だろうな」
「先に酒つけてくれよ」
メッケは最後の声を無視した。
帳面の位置を揃えてから、顔を上げる。
「今日持ってきた話は……金にならん仕事じゃ」
近くの女が天井を仰いだ。
「解散!」
「呼ぶ前に言えよ!」
「聞こえんかったか。金にならんだけで、話はまだ終わっとらん」
帰りかけた女の肩越しに、メッケが小さな布袋を掲げた。
口を解いて受付へ傾ける。銅貨がばらばらと転がった。銀色の硬貨も少し混じっているが、ここにいる人数で割ったら飯代が残るかどうかだ。
「依頼料はこれで全部じゃ」
「……何をさせる気だよ、その金で」
ボクも同感だった。
メッケは最後まで袋を振った。縫い目に引っかかっていた銅貨が一枚落ちる。
「男娼たちが行方不明になっておる」
出口へ向いていた女が振り返った。
「どこの店だ」
「店の者ではない。裏で客を取っておる夜鷹じゃ」
「ああ、あの噂か」
「何人だよ」
メッケは帳面から折り畳んだ紙を出した。
「今のところ、こちらへ話が来とるのは四人。ただし名が違う、寝泊まりする所が変わった、別の町へ移った。そういう者まで混ざっておるかもしれん。まずはそこを確かめる」
四人か。
花売りの少年も、いなくなる男娼がいると言っていた。あのときは軽口で返しただけだったけど、仲間が金を集めて捜してくれと頼むほどになっていたらしい。
「最初に来たのは一人じゃ。いつも同じ路地に立っとる仲間を見なくなった、と」
「それで?」
「依頼料が足らんかったからの。受付で断った」
ノエルくんが受付の奥で少し俯いた。
メッケは振り返らず、紙を広げる。
「今度は連名で持ってきた。皆で出し合ったから、これで頼めんかとな」
紙には短い名前が並んでいた。字の大きさも傾きもばらばらだ。途中からは同じ筆跡になっている。
ボクの隣でツグリが腕を組み直した。
「それでも足りねえって話か」
「足らん。ギルドの取り分をなくしても足らん。わしが帳面を睨んでも増えんかったわ」
誰も笑わなかった。
椅子に座っていた女が、膝へ肘を乗せた。
「気の毒だとは思うけどよ。人攫いなら領主の仕事だろ」
「その通りじゃ」
「じゃあ、そっちへ持ってけよ」
「持っていったそうじゃ。いなくなっただけでは事件かどうか、まだ分からんと言われた」
夜鷹には店がない。毎晩同じ場所に立つとも限らない。
客からすれば急にいなくなったように見えても、いい稼ぎ口を見つけただけということはあるだろう。だからって、仲間の話までそれで片付けられては困る。
「荷物は残っとるそうじゃ」
メッケが紙の端を押さえた。
「着替えも、稼いだ金を隠した壺も。黙って町を出るにしても、銭まで置いていくかの」
「……そりゃ、妙だな」
「じゃろ。じゃが、その話だけで誰ぞの家の戸を蹴破るわけにはいかん。わしらにも、そんな権限はない」
後ろの方で誰かが「面倒くせえ」と呟いた。
メッケはそちらへ頷いた。
「面倒じゃ。畑に出た小鬼なら、退治して耳を持ち帰れば済む。相手が人間ならそうはいかん」
「何か見つけたら?」
「持ち帰って報告せい。聞いて回るのと、人を縛って引きずってくるのは別の仕事じゃ」
その辺を曖昧にしないのはありがたい。
善意で首を突っ込んだら、帰ってきた自分に縄が掛かる。そういう話は笑えない。
「領主の兵を呼ぶほどでもない魔物がおる。荷車一台に護衛が要る。そういう小さな用事を拾うために、わしらがおる」
メッケは銅貨を一枚拾った。
「今回も、まずは人捜しじゃ。最後に見た場所、会っていた相手、荷物を置いて出た理由。それを集めたい」
「その金で?」
「だから有志を募っとる。無理にとは言わん」
銅貨が袋へ戻された。
隣にいた女が戸口を見てから、腰を壁へ預け直した。
「世話になった顔の一つや二つ、お前らにもあるじゃろ」
メッケが言うと、あちこちで目が逸れた。
妙に襟を直す者までいる。
「長にもいるのかよ」
食堂の方から声が飛んだ。
「おるが?」
「……いるのかよ」
「わしを何じゃと思っとる」
ティリスが口を開けてメッケを見ていた。
ボクは見なかったことにした。
「捜しに来た者へ、金が足らんと二度言って終わりにするのは簡単じゃ。じゃが、次に困ったときは、もうここへ来んぞ」
メッケは紙を受付へ置いた。
「頼る先をなくした連中が何を頼るか、ろくなことにはならん。拾える話は拾っておけ。いつかこちらの用にも立つ」
なるほど。
人助けだけと言われるより、ボクには分かりやすい。
「名前、見せてくれ」
壁際の女が一歩出た。
「片方の通りなら知ってる。あそこで飯食ってる子もいるし」
「昼間はどこにいるんすかね」
「炊き出しのある辺りじゃねえか。アタシら、そっち回れるぞ」
ツグリがマリオスへ顎を向けた。
ボクも紙を見ようとしたが、前の女の背で隠れてしまった。もう少し人が引いてからにしよう。
そのとき、ギルドの扉が開いた。
扉に近い者から声が止まった。
女たちの頭が同じ方へ向く。空いた隙間から入り口を見ると、最初に大きな牙が見えた。
獣の首だった。
肩に担いだ女の上半身が隠れるほどある。厚い唇から指ほどの牙が突き出し、濁った目がこちらを向いていた。切り口を包んだ布は赤黒く濡れている。
それを担いだ女が中へ入った。
竜鱗を重ねた革の軽装に、顔を覆う革兜。長槍の柄は使い込まれて黒く光っていた。装具の縁にも、手袋にも返り血がこびりついている。
鉄臭い。
さっきまであった酒や煮込みの匂いが分からなくなった。
「二本足の竜……」
誰かが小さく言った。
「エリハルだ」
「疾突のエリハル」
あ、エリハル。
顔が見えないので分からなかった。あんな装備で仕事をしてるんだ。
エリハルが歩くと、前の人が下がった。
誰も急かされたわけでもないのに、受付までまっすぐ道ができる。
獣の首がカウンターへ置かれた。
どんという音が腹に響き、ペン立てが跳ねた。ノエルくんが両手で押さえる。
「これ。確認頼むわ」
くぐもっているが、知っている声だった。
メッケだけは椅子の上から平然と首を覗き込んだ。
「ちょうどよい。エリハル、お前も参加するじゃろ?」
「あぁ? 何の話や?」
兜がゆっくりとメッケへ向いた。
機嫌がよくなさそうだ。首をここまで担いで来たなら、肩も凝るだろうな。
「夜鷹が消えておる。足取りを捜す人手を集めとるところじゃ」
「領主は何しとんねん」
「領主様、と言わんか。まだ事件かどうか分からんそうじゃ。まずは、それを確かめる」
「ふうん」
エリハルは手袋の留め具を外しかけた。
「せやけどな、うち今戻ったとこで――」
丁度兜の奥と目があった気がしたので、ボクは手を振った。
兜の向きが止まった。
目が合った、と思う。暗い隙間の奥なのでよく見えない。
もう一度、小さく手を振っておいた。
エリハルは外しかけの手袋をそのままに、兜へ手を掛けた。
ゆっくり持ち上げると、短い青髪がこぼれた。
口が少し開いていた。
何も言わず、その顔でボクを見つめていた。
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